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次の時代を模索する経済人、産業人の役割とは

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

2022年を振り返ってみると、これまで自分としてはある程度、グローバルな経済情勢を気にかけてきたつもりでしたが、2月のロシアのウクライナ侵攻により世界情勢が一変したことで、国際政治に関する自分の不勉強さを反省しました。自分の視点、視座を国際政治にも持っていかないといけない、それこそがリアリティのある「多様性の受け入れである」と痛感しました。インフレは3年前から予測はしていたものの、この戦争でエネルギー、食品はじめ多くのものの価格がこれほど高騰する状況までは認識できていませんでした。結局、私自身グローバルに物事を見ていたといっても企業経営レベル、せいぜい主要国の景気動向ぐらいしか見ていなかったのです。

人の環境変化の予測には限界があります。自分自身に都合のよい解釈、偏見、思い込みをいかに捨て、真実を直視し、クリティカルにものごとを考えることができるかが大事だと思いました。これからは、地政学、国際政治、国家安全保障など、今更ですが必死に学ばないといけないと反省しております。またその先の新しいグローバル社会のあり方も主体的に考えないといけません。

2023年を迎えるに当たって私が考えたことをご紹介させていただき、みなさんのお仕事や暮らしのお役に立てれば幸いです。

国際関係・国際政治は激動の時代に突入

世界は3極体制になると言われていています。米国、EU、オーストラリア、カナダ、日本、韓国などの「西側陣営」。中国とロシアを中心とする「強権勢力」。これには北朝鮮、イランなども含まれます。第3は「中立パワー」で、トルコ、インドなど、前の2つの陣営の力関係を自国に有利に利用しようとする陣営です。この3極体制は、ロシアのウクライナ侵略で明確になってきました。「西側陣営」は、ロシアに対し厳しい経済制裁を科し、ウクライナには、莫大な規模の軍事支援をしています。中国とロシアは、米国を敵視し、経済的、政治的結びつきを強めています。

このような3極体制はEUのリーダーであるドイツを見ても明確です。ドイツは、中国が習近平体制になってから、かつて「蜜月」と言われた中国との関係を「政冷経熱」つまり政治的には冷静に判断し、経済はこれまでと同じように進めていこうという考えに変化させています。具体的にドイツは台湾問題はじめ中国の太平洋覇権問題に対して反対の意思を明確に打ち出しています。またロシアのウクライナ侵攻を機に、ロシアに依存していたエネルギーを、なりふりかまわず猛スピードでロシア以外からの調達にシフトさせています。

この3極体制が、今後どのような方向に動くのか、ロシアの核使用問題、台湾海峡での米中戦争が起こった際にどうなっていくのか、さらに第三次世界大戦は起こるのか。強いアメリカの元で、浮き沈みはあったものの概ね安定して成長してきたグローバル経済・社会は、今大きく変わり、激動の時代に入ったと認識しなければいけません。

世界的景気低迷も予測される経済動向

先進国では歴史的なインフレが起こっています。中国を除く各国でコロナが終息し、主要都市の封鎖や行動制限が解除され、経済社会活動が正常化し、需要が急速に高まったのに対し、コロナによる人手不足等で供給力とのギャップが生じ、それがインフレーションの大きな原因となっています。さらにロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁は、インフレを加速させました。

2008年のリーマンショックから世界は低金利基調で進んできましたが、2020年のコロナ禍の対策として各国は大規模な財政出動と金融緩和を行い、市場にはさらに多くの資金が共有されました。米国ハイテク企業株などがリードする形で、株式市場が加熱気味となり、持てる者と持たざる者の格差が広がり、社会の分断につながりました。2020年に旅先で会った、新型コロナ感染拡大の影響で帰国できなかった20代の米国人男性が「日本にいてもオンラインで仕事ができるし、株式と暗号化資産でも十分食べていける」と話していたのを思い出します。

急激なインフレに対して米国、EU、イギリスの中央銀行は急速な金融引き締めを行いました。また欧米以外の日本やアジアの国も、国内インフレを沈静化することと、欧米通貨に対する自国通貨の防衛策として金利を上げました。その結果、暗号資産(仮想通貨)など高リスク資産が急落。株式と債券は28年ぶりの同時安となり、長期投資家さえも大きな痛みを味わうことになりました。低金利が前提の従来の投資戦略が通用しない時代に入りました。金融業界では『グレートモデレーション』(大いなる安定)は終わったと言われています。

今後はインフレの状況と金利との関係により、株式相場が大きく影響を受けていくはずです。インフレが鎮静しなければ金利を上げ、金利が上がると企業や個人の調達金利が上がり、企業の設備投資が冷え込み、住宅や車など耐久消費財の個人需要が低迷し、株式相場は下落傾向になります。こういった想定が難しい変動は、インフレが鎮静するまで続くのではと思います。

国家安全保障、経済安全保障が前提となる時代に

これまでアメリカの強い軍事力、経済力を背景に進めてきた、民主主義と市場原理や自由貿易主義を基本につくられてきたパワーバランスが崩れ始めています。かつては関税を下げ、自由貿易を進めていけば、各国産業は自分の得意な分野に特化することで国内生産は増え、世界は共に繫栄するという、いわゆるグローバリゼーションの夢を抱いていました。しかし実際は、行き過ぎた資本主義のグローバリゼーションにより、国家間の経済格差、一国内での経済格差を生み出し、アメリカ国内をも分断させた原因となりました。2020年まで構築してきた網の目のようなグローバルサプライチェーンは、地政学上リスクがあると判断されるようになりました。例えば、米中対立の中で、トランプ氏によるファーウェイ社の通信機器等の中国製品排除などです。

こういった背景の中で、2022年2月ロシアのウクライナ侵攻が起こり、世界は急速に力の政治(リアルポリティーク)に進もうとしています。具体的には、

  1. 大国が強い軍事力や経済力を後ろ盾に「勢力圏」を拡大すること
  2. 核保有国が核の使用の可能性をほのめかす「核の脅し」
  3. 経済制裁、金融制裁とエネルギー制裁が打ち合い、サプライチェーンでの戦いによる経済安全保障の脅威の発生
  4. サイバー戦、情報戦、認知戦などの戦争のDX化と、さらにはSNSを通じて世界中の市民が参加する総力戦
    1から4は「国民安全保障国家論」 船橋洋一著を加筆)

このような状況に対し、前出の船橋洋一氏は、日本の日本だけが非現実的な平和主義を唱える「一国平和主義」、福島原発事故に見られる「絶対安全神話」、コロナにおけるその場しのぎの対応で露呈した「平時不作為行為」を厳しく指摘しています。

こういった状況を変革する上で、国家安全保障、経済安全保障の考えと具体的な制度制定が急務です。最悪の事態を想定した詳細なシナリオづくりと対策案と想定訓練、有事の際の政府と各中央官庁と地方自治体、公益的事業を担う民間企業との連携やそのガバナンス、有事の際の国民のための行動制限と罰則とそれに対する補償の法制度。有事の際の、自衛隊、警察、消防、海上保安庁等の役割分担と指示命令系統の整備などです。つまりインテリジェンス機能、法制度、規制、行政機能と人的資源などを安全保障の視点で見直し、整備することです。

このような国家安全保障、経済安全保障の必要性に対し、政府は12月23日に2023年度予算案、防衛関係費は過去最大の6兆8219億円、今後5年間の防衛費を従来の1.5倍の43兆円程度とする方針を示しました。また2022年5月には経済安全保障推進法が成立しました。簡単に言えば、政府が重要だと判断したものを「戦略物資」として開発、輸出入を制限し、必要に応じて政府が資金的支援をすることです。自由経済、自由貿易と反対の政府の統制主導の考え方です。

次の時代を模索する経済人、産業人の役割とは

これまで述べてきた通り、国内外の格差の原因となる、特定の企業や個人が莫大な利益を獲得する「度が過ぎたグローバリゼーション」の方向修正が必要です。しかし一方で、第二次世界大戦前に戻ったかのような力の政治(リアルポリティーク)も避けなければなりません。いま世界は新しい価値基準を求めています。

経済人、産業人の役割とは何でしょうか?国や地域を超えて、技術、知識、文化の交流を図り、無理なく互いが発展することです。商売相手、つまり顧客の発展なしに自身の発展はありません。顧客の発展とは、雇用拡大、賃金アップや暮らしが豊かになること、子供をもうけて大学教育を受けさせることができること、そのための技術、知識、スキルの習得です。最初に顧客に発展してもらい、その後に自分たちが発展する、これが経済人、産業人の基本ではないでしょうか。先に自分たちだけが儲け、顧客がどうなろうと、吸い取れるだけ吸い取るではありません。

しかし、そんな理想を言っても、今、経済人、産業人は、先に述べたような不可抗力とも思える国際関係、国際政治の動向や、それにともなう国家安全保障、経済安全保障に関わるリスクに直面しています。経済人、産業人はそれらのリスクをいち早く察知し、リスクマネジメントを徹底しなければなりません。

一方で、単に受身でリスクに対応するだけでなく、正しい視点で国家を厳しく監視し、戦争を回避し、国家間関係を永続的、発展的にするための役割も果たしていかなければなりません。その点で、今の状況がなぜ起こったのかを私自身で振り返ってみました。そこで気が付いたのは「度が過ぎたグローバリゼーション」にも、「専制・軍国主義による支配」にも、両方に共通する「欠落しているいくつかのこと」があることです。それは、以下の4つです。

  1. 私たちグローバル社会がどういう方向に行くべきかの「理念とビジョン」の議論がなされないこと
    国や組織が違えば利害が対立することはあります。しかしその目先の利害を超えて連携することでより大きな成果がえられることが多いのです。企業のアライアンスも同様です。それを成功させるには、国と国、企業と企業が連携する先に何を目指すのかをいった理念とビジョンが最も重要なのです。現在の国際政治では、理念やビジョンに関する議論は聞かれません。「ルール違反だ、だから制裁だ」「自分たちに脅威を与えている。だから先行して攻撃した」と互いに一方的です。これが地政学上の「リアル」だという人もいますが、現実はきわめて知性の低い稚拙な論法です。

  2. 相手の立場を理解し支援する関係性構築のクリエイティビティが乏しいこと
    人間は国家であろうと、企業、家族、友人関係であろうと、関係性の基本原理は変わらないと思います。発展性ある新たな関係性構築は、相手から略奪することではありません。略奪行為は内部の略奪行為へ展開され、いずれその組織は破滅します。人類の発展は、相手の立場を理解し、支援する関係性の構築にあります。その際重要なのは、クリエイティビティです。異なる文化、様式が融合した場合、何か独自なことが生まれるだろうというインスピレーションです。わたしたちは古代から危険を冒してまでも旅をしてきました。なぜでしょうか。それは新しい出会いと発見を求めているからです。異文化との交流は、クリエイティビティそのものです。

  3. 地球環境保護を重視する価値観が希薄であること
    かつてのグローバリゼーションは、地球環境コストを考慮したものではありませんでした。しかし、いまや人類共有の危機感は、地球温暖化による気候変動と災害の増加や、環境破壊による健康被害などです。ましてや戦争は、人の殺戮だけではなく、弾薬による土壌汚染、温暖化ガスの排出など環境破壊の最たるものです。人類共通の大きな課題である地球環境保護に関する議論を優先させるという価値観を持つべきです。

  4. 人権が軽視されていること
    どの国家であろうと人権は最優先で守られるべきものです。国家を守るために人権を守らないことは本末転倒です。相手が仕掛けてきた戦争であっても、相手国の兵士の人権は守る努力はするべきです。国家は人のためにあるはずです。自国の人権を守るために他国の人の人権を守らないのも、人権を守ったとは言えません。国家も企業も自国と世界の人の人権を守らないといけませんし、個人も他人の人権を守る義務があります。その約束で社会は成立しています。この世に生まれた人はどこの国の人であろうと皆、ある一定レベルの生活をし、家族を持ち、人生を全うする権利があります。こういった極めて基本的な「人権」に関する認識が十分に共有されていません。

国や国際政治とは切り離した「個人」を基本とした経済人、産業人の「対話と協力の場」が必要

このように、あるべき社会の理念やビジョンが欠落し、国と国の創造的な関係を構想する力も乏しい政治の中で、国と国が対立し、紛争を起こし、その結果、紛争に巻き込まれた国の個人や家族が犠牲になっています。その根底にあるのは、私たち人間の持つ欠落欲求と貧困に対する恐怖心、制御不能の権力と富への欲望などです。私たち経済人、産業人はこれらの動きを後押ししてはならないと思います。むしろこういった動きとは別の、独自の新たな価値のネットワーク、社会システムをつくるべきだと思います。

そこで私は、国や国際政治とは切り離した「個人」を基本とした経済人、産業人の「対話と協力の場」をつくるべきだと思います。経済人、産業人の「対話と協力の場」では、未来のグローバルネットワーク社会の価値の設定と共有が最も重要であると思います。

  • グローバルネットワーク社会で、個人が自由で健康に生きるために共有すべき経済、産業のパーパスの設定と共有(価値の設定と共有)
  • 技術、知識をグローバルネットワーク社会に活かす連携
  • 個人や企業をグローバルにつなぎ、支援する投資や資金援助
  • 循環型社会を構築するための技術、事業などの開発と相互協力
  • 経済・産業が率先して地域コミュニティ社会や文化、アートを守る方策
  • 災害、貧困などに対する救済、支援ネットワークの構築
  • グローバルネットワークを通じたビジネスのインキュベーション
  • 過度に国家に依存しない「個」のネットワークを中心とした自由なコミュニティの構築

などを議論し、新たなグローバル社会のコモンセンスを作り出したいと思います。このような「対話と協力の場」は、ITテクノロジーの発展により既に可能になってきていると思います。誰かが同じようなことをすでに考えていて、つながっていけばいいなと夢を持ちます。国や国連といったレガシーの組織体制と対立するのではなく、それらを補完し、時には監視し、また課題をあげて対話するようになればと思います。

現在の国家間の分断、対立は続くかもしれません。しかし、その真っただ中で、私たち経済人、産業人は、どのような役割意識で、どのような理念とビジョンを構想するべきでしょうか。今回は、極めて浅い私の考えを披露してしまいましたが、もっと多くの方とつながり、議論し、考えを深め、実践に向かって挑戦しなければいけないと思います。2023年、グローバルネットワーク社会が今よりも少しでも改善され、また皆様方もご発展することをお祈りします。

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