心理的側面からみたブレークスループロジェクト(3) ~「オン」と「オフ」のコミュニティを仕掛け、「有能感」「関係性」を充足する~
最終回は、ブレークスループロジェクトの後半ステップ、(3)実行段階と(4)報告段階を前回と同様に心理的な側面から考えてみよう。
まずは(3)実行段階について。前回(2014年7月23日掲載)のコラムにおいて、理念やビジョン、ブレークスルーゴールを内面化し、メンバーはプロジェクトの意義を見出すことに触れた。また全体像をとらえることで、目の前の小さな一歩もその意味や重要さを認識できるようになった。
しかし、ブレークスループロジェクトの実行段階では、実際の活動は今まで自分の行ってきた仕事のやり方と違っているはずである。慣れていない部分も多く、いざ一歩踏み出そうとしても、具体的な行動レベルをどうしたらよいのかイメージできず、戸惑い、不安になる。
そのとき、リーダーはメンバーに対して「お前の責任なのだから、自分で考えてなんとかしろ」などと決して言ってはいけない。プロジェクト全体にかかわるメンバーも一緒に考えるし、サポートもする。いざとなったらトップが責任をとるという姿勢を示すことが大切である。
ブレークスループロジェクトという、一つの運命共同体、言い換えるなら「コミュニティ」があり、「みんなでやっているのだ」という環境を見せる。それによって「関係性」の欲求が満たされる。
コミュニティでは、メンバー間やチーム間のコミュニケーションとコラボレーションについてルールをつくり、それをトップおよび事務局が促進する必要がある。例えば以下のようなルールを徹底するといいだろう。
- リーダーは日々メンバーに声をかける
- メンバーは日々の活動を報告し、自分の活動でよい取り組みを発見したら、それをベストプラクティスとして他メンバーに紹介し、参考にしてもらったり、さらによいアイデアを追加してもらったりする
- 困っていることがあったら、オープンに助けを求める
- よい情報や人脈ができれば、他チームに助けを差し伸べる。その際に助けてくれた相手の申し出を断ることはタブーとする
このようなやりとりによって、他者にとって有益な行為をとることで、メンバーの「有能感」の欲求が満たされるようになる。
コミュニティ内のルールづくりのほか、プロジェクトの実行段階で工夫できる点をいくつか挙げておこう。
リーダーは、時に年上のベテランや他部署、異性を含めた多様なメンバーを率いることもありえる。その場合、組織の縦方向の「権威によるマネジメント」は行いにくく、成果につながりにくい。対応方法として、事前にプロジェクトのメンバーとしての「フォロワーシップ」の教育を行っておくのもよい。
ICTツールの発達でコミュニケーションはメールなどが多くなったが、相手とのコミュニケーションのうち数回に1回は、あえて直接会って話をする工夫もいいだろう。実際にブレークスループロジェクトを行うと、ICTツールだけでのコミュニケーションでは他者に対して気軽に相談しにくくなり、さまざまな課題について個人が抱え込んでしまうケースが見られた。これは若手だけでなく、ベテランメンバーも同様である。
「メンタリング制度」を導入するのもよい。プロジェクトリーダーと同じランクであるが、異なるプロジェクトのリーダーをメンターとしてメンバーの相談役とするのである。メンターには、プロジェクトリーダーに直接相談しにくいことを相談することができ、“斜め方向”のコミュニケーションが可能となる。
日々の活動の“見える化”も有効である。プロジェクトの関係者が互いの活動状況をICTツールなどを使って日々報告し、“見える化”を図る。人に見られている意識は、自然と緊張感や競争意識を生む。そこでゲーム感覚をもたせるのもよい。緊張感のある取り組みであっても、それを楽しむ工夫をするのである。色々な指標を設定して毎週の行動を測定し、同様に色々な指標での表彰を行う。ただし、評価は成果よりも、「どれだけ行動しているのか」「学んでいるのか」といった部分を第一に評価すべきである。具体的には「どれだけ提案書を書いたか?」「どれだけ顧客にアポをとったか?」「どれだけ部下のための教育を行ったか?」などが指標となり得る。
「ロールモデル」を見せるのも効果がある。他社でブレークスループロジェクトを実施して結果を出した人の話、あるいは以前、社内で取り組まれたブレークスループロジェクトで結果を出した人の話を聞かせる。そうすることで、「あの人のようになりたい」という、いわゆる心理学における「目標感染」の効果を狙う。
オーナーやリーダーから、各メンバーにフィードバックする方法にもポイントがある。メンバーのモチベーションを維持するには、褒める内容と批判する内容を3対1以上にすることが心理学的に重要といわれる。プロジェクトがなかなかうまくいかない初期段階において、できないことを「なぜ、なぜ、なぜ」と問い詰められれば、メンバーは「すみません」としか答えようがない。これではモチベーションはゼロになってしまう。
ポジティブなフィードバックのポイントは、フィードバック内容の第一は結果への評価ではない。行動したこと自体を評価し、その人が成長したことを称賛する。先天的なものでなく、後天的なものを褒める。その後で結果を評価する。フィードバックにおいては、評価の対象となる行動を自ら選んで動いていることを実感させることが重要だ。それによって自律性が維持される。プロジェクトの開始当初はなかなか成果が出なかったとしても、自律的に行動し続ければ、否が応でも知識・スキルは上がり、ある閾値(スレッシュホルド)を超えると自ずと成果が出てくる。
ただし、ポジティブといってもおおげさな、根拠のないフィードバックはかえって白ける。常に根拠に基づいたフィードバックを心がけることが重要である。
一方、失敗したときに慰めるだけのフィードバックもモチベーション向上にはつながらない。ネガティブなフィードバックももちろん必要だ。ただし、批判だけのフィードバックはいけない。その人の成長を願って、問題点を指摘しつつも、その解決の可能性を必ずセットにしてフィードバックすることが、次の行動につながる。
以上のようなプロジェクト内部の進め方における工夫だけでなく、実行段階においてリーダーが仕掛けることのできる工夫として、「オン」と「オフ」のコミュニティの活用がある。コミュニティは、ブレークスループロジェクトというフォーマルな「オン」のコミュニティだけでなく、仕事を離れて違いのことをよく知るためのインフォーマルな「オフ」のコミュニティが存在する。例えば、飲み会や運動会、地域イベント、趣味のサークル、個人ブログ、メーリングリストなどがオフの場としてあり得る。オフで相手の価値観や趣味を知り、「話をしてみると結構いいやつだ…」と親近感をもつと、オンの場面でも助けてあげたくなるものだ。人は相手に対して親近感をもつと、何かしてあげたいと思うものである。
サイバーエージェントの2駅ルールをご存じだろうか。勤務しているオフィスの最寄り駅から各線2駅圏内に住んでいる正社員に対し月3万円、家賃補助する制度である。これは2駅ということで残業させやすくする、というのではなく、業務終了後にメンバー同士で懇親の場をつくりやすくすることを目的としている。メンバー同士のことをもっと互いに知り、業務においての個と個とのチーム連携を促進する制度である。このような観点からブレークスループロジェクトのメンバーが交流するように、交際費等の多少の支援も時には必要である。
コミュニティは、オンとオフのコミュニティを意図的につくり、連動されることが望ましい(図)。
そのようにしてできあがったコミュニティは、プロジェクトが終わったあとも、よい影響を及ぼしあうだろう。組織というのは大きくなるにしたがって官僚制システムができあがって、各組織は別々の目的・メカニズムをもち、組織間でコンフリクトが起こることは必然的なものである。そのコンフリクトを乗り越えるには、マトリックス組織、コーディネーターの設置、人事ローテーションなど工夫があるが、やはり良い人間関係があることが第一である。
そもそも他部門に関心をもち、聞こうとする姿勢、学ぼうとする姿勢がなければ、良い組織は形成できない。会社全体を考えたうえで、仮説をもって相手に質問する。それを互いに行うしかない。互いの違い、立場の違いがわかれば、合意形成もしやすくなる。そのような関係づくりのきっかけとして、上記の「オン」と「オフ」のコミュニティの連動はよい機会になる。
最後にプロジェクトの(4)報告段階について説明する。
報告段階では、誰しも成果をまず評価したいところであるが、すでに述べた(3)実行段階でのフィードバックの方法と同様、まず行動面の評価を行うことが重要である。どれだけ行動し、気づきを得て、ノウハウをため、メンバーが成長し、他者に貢献したかを第一に評価する。そのうえで当然、成果も評価していく。
成果が出て評価されると、充足感・達成感といった快感を脳は覚え、さらにもっと高い快感を覚えて、次のテーマにチャレンジするようになる。
組織変革は初めの5~20%がしんどいという。20%を超えると参画者が増えやすくなり、50%を超えるとさらに新しいやり方が求められてくる。ブレークスループロジェクトを組織の一部からスタートし、これを継続・拡大し、組織全体を活性化させると、理念が現場で具現化され、それが最終的には文化・DNAとなる。それをリードしていくのが組織トップの役目であってほしい。