心理的側面からみたブレークスループロジェクト(2) ~理念・ビジョン、ブレークスルーゴールの「内面化」による自律性を高める~
ブレークスループロジェクトは、弊社コラムで以前から紹介してきたように、(1)準備、(2)テーマ企画、(3)実行、(4)報告の4つのステップで進んでいく。今回のコラムでは、そのうち前半ステップの(1)準備と(2)テーマ企画の段階を心理的な側面から考えてみたい。
まず、ブレークスループロジェクトの立ち上げの段階における(1)準備と(2)テーマ企画だが、ポイントとなるのは理念・ビジョンおよびブレークスルーゴールを参画メンバーが受け入れて、“内面化”されるかどうかにある。テーマを自ら選ぶことで自律性という欲求が満たされ、“内面化”が起こり、積極的なコミットメントが期待されるからだ。
大切なのは2つ。「対話による理念・ビジョンの内面化」と「ブレークスルーゴールの内面化」である。
最初の「対話による理念・ビジョンの内面化」を見てみよう。プロジェクトの初期段階においては、ブレークスループロジェクトは何のために取り組むのか、事業理念や行動指針、事業ビジョンを明確化し、関係メンバーに説明して理解、共感してもらうことが必要である。その理念・ビジョンが出てきた背景や歴史、トップの思いといった文脈を伝えることが大切になる。
理念やビジョンを伝えるときには、一般的に論理面よりも感情面--もう少しかみ砕けば情熱にウエイトを置いて訴える方が効果的といわれる。人は、1日の90%の時間を無意識で動いて過ごしているという。意識レベルの共通言語は「言葉」だが、無意識レベルの共通言語は「感情」である。この無意識レベルの「感情」に響くように、リーダーは一人ひとりの価値観や考えに親身になって耳を傾け、一緒に未来について語り合い、「情熱」をもって訴え、メンバーの感情に火をつけることがポイントとなる。
プロジェクトメンバーは、自分の本業と兼務でプロジェクトに参加するケースがほとんどだろう。本業だけでも多忙なのに、さらにプロジェクトに参加することで輪をかけて忙しくなるのは明らかであり、大きなストレスを抱えてしまう場合も多い。
そうした状況において、各メンバーを奮い立たせるためにはプロジェクトの目的と、なぜメンバーが選ばれたのかをトップが説明するとともに、その負荷の多さにも理解を示すことが必要である。上から下への押しつけや丸投げは面従腹背になり、常に「やらされ感」が付きまとい、能力以下の結果しか出すことができない。さらに、未来について語り合う一方、逆に何もしなかったときのダメージ・リスクについても話をすることで、リスク回避のための防御本能による動機付けも行う。
理念・ビジョンの伝え方には、「感情」に響かせる以外にもう一つのポイントがある。理念・ビジョンの内容自体は真剣に考えつつも、それを表現する時に“おもしろさ”や“ユニークさ”といった工夫を加えるのである。具体的には「一度、聞いたら忘れない」とか、「メンバーの心にすっと入る」といったワーディングが求められる。トップは「言葉」にこだわりをもつ。その影響力は想像以上に大きい。
理念・ビジョンを上手に浸透させた企業の事例として、検索サイト「Yahoo! Japan」を運営するヤフー株式会社が参考になる。2012年6月に同社のCEO(最高経営責任者)に就いた宮坂学氏は、それまでのトップダウン型経営スタイルから現場の力を引き出すボトムアップ型経営スタイルへの変革を行った。その際、新しい自社の理念やビジョン、行動指針を浸透させるためにさまざまなキーワードを工夫したという。
例えば「爆速経営」「課題解決エンジン」「ユーザーファースト」「異業種タッグ」「未踏領域への挑戦」「スマホファースト」……一度聞いたら忘れられない言葉の工夫が見られる。これらのキーワードは社内会議でも「次のプロジェクトは爆速(高速より早いスピード)でいこう!」といった具合に使用され、社員の潜在意識に直感的に働きかけて行動を促すことに成功している。
このように「感情」に響く対話と、コミュニケーションにおけるキーワードの工夫などを通じて、メンバー自身が事業の取り組みを自らのやりたいことと重ね、自ら行動を選択できるようになる。これが「対話による理念・ビジョンの内面化」である。この内面化によってセルフコントロール力(自制心)が高まり、他の作業や先延ばしといった誘惑にも打ち勝ち、行動も前倒しになることが期待される。
注意しなければならないのは、理念・ビジョンはブレークスループロジェクトで多忙な日々の中で忘れやすいものなので、組織のトップは繰り返しメンバーに発信していく必要がある(ある種サブリミナル的に)。
次に、2つ目のポイントである「ブレークスルーゴールの内面化」について解説しよう。ブレークスルーゴールの設定は、戦略視点から検討することが大切であると同時に、メンバーの心理状態が“フロー状態”になるように、現実的な理想主義で、ストレッチ目標を設定することも大切となる(図を参照)。「自分の現状能力からすると、ハードルは少々高いが、なんとかクリアできなくもない」、「もし達成できたら非常に意義のある戦略的に重要な目標である」といった設定である。
組織トップとしては、このストレッチ目標をメンバーに内面化させるプロセスにおいて、あまり過度な管理や抑圧を与えてはいけない。それは内面化のプロセスを妨害し、自律性が低下してしまう恐れがあるからだ。
もしメンバーが能力や工数に不安を抱えているようであれば、上司や周りがサポートすることが必要になる。例えば、目標をもう少しブレークダウンし、目標レベルをいったん下げ、メンバーをリラックスさせる。とにかく行動スタートさせ、まずは小さい成果を出し、自信をつける。そして次のレベルに挑戦させていくようにするのが効果的な方法だ。他の業務の負荷が大きく、工数が十分とれない、集中できないということであれば、上司や周りが協力して障害となる業務を取り除くことも必要となる。
ほかにも内面化の有効な方法として、複数のブレークスルーゴールを提示し、その中からメンバーに選択させることも挙げられる。自らの意思で選んだということで脳が満足し、内面化が進みやすくなるからである。
ブレークスルーゴールについて公の場で約束させるのも効果的だ。宣言した以上、達成できないと能力のなさを示すことになり、恥をかく恐れがある。宣言することによって行動を促すことにつながる。ただし、このアプローチは期間が終わるとモチベーションは一気に下がる傾向があることに留意したい。
次回のコラムでは、ブレークスループロジェクトの(3)実行段階、(4)報告段階について心理的な側面から考えてみる。