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新興国での事業の成功の決め手は“マーケティング・営業”にあり

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■危機状況を乗り越える次の時代の戦略コンセプト

2008年9月のリーマンショックによる世界的規模の不況、そして今年2011年3月11日の東日本大震災によるサプライチェーンの寸断、深刻なエネルギー不足問題。3年ばかりの短期間に相次いだこれらの大きな危機の中で、日本企業、およびそこで働く我々が改めて認識してきたことの一つに「日本はグローバルな相互依存のネットワークの中にある」ということがある。
「日本企業は、自社の強みをベースに自立したビジネスを行いつつ、調達、生産、開発、そしてマーケティング、販売、物流など様々な面でグローバルに連携することで成長発展していかなければならない」。このような現実的な認識から考えると、日本の危機的状況を乗り越える次の時代の戦略コンセプトは、まさに「グローバルネットワーク」といえよう。
 

■新興国営業の組織は出来たが・・・

欧州や米国が先の金融不況から抜け出せていない今、その「グローバルネットワーク」増殖のエネルギーが高い地域はどこか。言うまでもなくそれは“新興国”である。“新興国”とは、ブラジル、ロシア、インド、中国のいわゆる“BRICs”はじめ、東南アジア、東欧、南米、中東、アフリカの一部などの、市場が急成長する地域を指す。それらの国の多くは、計画経済から市場経済への転換や、自国市場を対外開放することなどで、潜在需要が急速に拡大するという特徴をもつ。
2008年の世界金融不況後、昨年2010年には多くの企業で“新興国営業部”“新興国市場開発部”などの組織がつくられ、または人員が増強された。組織が無くとも中期計画では“新興国の積極的な開拓”が謳われた。
 
コンサルティングの現場からその実態を見ると、多くの場合「製造拠点」の新興国展開はかなり進んでいるが、“マーケティング”や“営業”は従来の組織の人間を少し増やしただけで、実際のところ本質的なところは手つかずという会社が多い。日本や欧米市場などの先進国での競争に勝つために、コストダウン目的の「製造」機能の新興国展開は既に行っているが、新興国の企業、生活者をお客様と考え、ターゲット市場にした“マーケティング”や“営業”の本格展開は出来ていないのである。もっと大きな視点でいうと新興国を対象とした「事業・経営戦略」が不在ということである。
 

■ワールドクラスの優良企業は事業・経営戦略として新興国へ参入

一方ワールドクラスの企業の新興国ビジネス戦略を見てみると、例えば中国を例にとると以下のような実態である。

  • ネスレ:1979年からネスカフェの広告を開始。80年代から本格的なブランド認知の活動を行い、90年代までには15の工場を中国国内に建設し、中国でのビジネスで成功を収めている。
  • コカ・コーラ:1978年に北京にボトラーを設立。90年代半ば15年かけて黒字化。コカ・コーラのグローバルマーケティング戦略プログラムを導入し、中国全土をカバーする物流ネットワークを構築。
  • P&G:1988年に現地法人を設立。その頃からテレビ、新聞などで大量の広告を投入し、高い認知を確立。大都市だけでなく、中小都市、農村でもマーケティングプログラムを実施。

 
これらのワールドクラスの優良企業は、10年、20年の年月をかけ、長期的な戦略ビジョンを持ち、自社の強みを維持強化するかたちで独自の革新的マーケティングプログラムを導入している。単発の機能の展開ではなく、事業としての参入を他社よりも早い段階で行い、現地でのイノベーションを繰り返し、成長を遂げている。
 
ワールドクラスと比較すれば遅れをとっているものの、日本企業も今こそ、自社の強みを活かしたマーケティング、営業戦略を先行させた“事業・経営の新興国市場展開”が必要である。
 

■新興国マーケティング・営業の成功要因とは

製造拠点の新興国シフトではおおむね成功している日本企業であるが、マーケティング・営業では失敗続きという日本企業が、今後成功するためには何が必要なのか。ワールドクラスの優良企業、日本企業で成功している企業の調査分析、そしてコンサルティング活動を通じてニューチャーネットワークスが把握した「マーケティング・営業戦略」の成功要因は意外にシンプルである。
 
成功要因1:自社の強みを把握して、それが活かされる新興国ターゲット顧客を絞り込むこと
新興国を攻略する上で、自社の強みは一体何か。まずそれを認識する必要がある。この場合の強みとは、参入する国、地域におけるターゲット顧客を対象にした場合の、競合との関係での相対的な強みである。日本や欧米などの先進国での強みである必要はない。自社の強みはどのようなものであるかを把握するのは意外に難しい。新興国の現地にある程度の期間滞在し、ターゲット顧客を探りながら、分析する作業が必要である。自社の強みが「製品開発力」にあると思っていても、現地からみれば「品質管理力」「現場マネジメント力」など、日本では当たり前の知識、スキルであることも多い。

成功要因2:現地に合わせた製品コンセプトを新たに企画する
同じカテゴリーの製品でも、生活習慣、文化、所得が異なると、求める機能、使用場面、使用方法も全く異なる。インドネシアの首都ジャカルタでは、セブンイレブンなどのコンビニエンスストアは、イートイン(食事、カフェコ-ナー)が充実していて、日本の食スタイルを楽しむカフェ機能がベネフィットの中核という。どの要素を中核的要素にして、なにを周辺的要素にするか、また現地に合わせた追加すべき要素、省くべき要素はなにか。既存製品は発想のきっかけでしかない。
 
現地での製品コンセプトを企画する際に、現地の企画スタッフの参画は必須である。また製品使用の現場の観察、顧客との対話は大変重要である。さらに自らが顧客、生活者と同じ環境で使用してみる「経験」「体験」も重要である。

成功要因3:チャネルイノベーションを仕掛ける
多くの場合、参入しようとする新興国市場には、現地企業が既に参入している。従って、外国からの後発、新規参入企業の優位性は何かを冷静に考え、行動しなければ、営業面で勝ち目はない。外国からの後発、新規参入の最大の優勢性とは「現地のしがらみがないこと」それ故に「合理的、効率的なビジネス構造をつくりやすいこと」であろう。特に、販売チャネルは、一旦構築すると、取引先との関係を変えるのは容易ではない。古くからの関係は、強固であると同時に、合理性、効率性に欠ける場合も多い。従って日本企業が新たに新興国に参入する際には、複数段階のディストリビューターや小売などの販売チャネルとの関係をイノベーションするべきである。そのイノベーションで得られた人、モノ、カネの経営資源を市場拡大に投入することが可能となり、成長拡大の循環をつくることができる。
中国上海でビールシェアトップのサントリーは、中国市場に参入するにあたって、従来3段階あったディストリビューターを2段階、1段階さらには直販にし、各段階のマージンを大きくし、市場拡大に成功した。

成功要因4:ブランドポジションを前提にした効果的な価格戦略をとる
新興国市場において、外国製品のブランド因子は、現地製品とは異なる。つまりブランドイメージが異なる。簡単に言えば、顧客の受け止め方、購買の位置づけが、現地製品とは異なる。例えば日本のエレクトロニクス産業であれば「高品質」「ハードの高いデザイン性」「高価格」などのイメージが既に顧客に浸透している可能性がある。またその反対も考えられ、思ったよりも日本企業のブランドイメージが希薄な場合もある。いずれにせよ現状を認識した上で、ブランドポジション戦略を明確にし、それを将来どう変化させるか、その戦略に沿った値付けをどうするかが大変重要である。
 
先に取り挙げた中国上海ビール市場でのサントリーのブランド戦略は、一般に外国のビールの価格が高かったところに、外国ビールのブランドを持ちながら現地のビールの価格と同じ程度というボリュームゾーンを狙ったブランドと価格戦略の成功があった。

成功要因5:狙ったブランドポジションを獲得するためにターゲット顧客の認知度を向上させる効果的プロモーションに投資する
先ほど取り挙げたP&G、ネスレ、コカ・コーラなどのワールドクラスの優良企業は、新興国の物価が低く、従って広告宣伝費が先進国と比較して著しく低い段階で、まとまった広告宣伝投資を行い、消費者認知度の向上を、トータルでみれば低コストで実現していると言える。それに対し、多くの日本企業は、認知度向上の広告宣伝費を毎年の費用と考え、ブランド認知という無形資産構築の投資と考えない会社が多い。近年サムソン、現代自動車など韓国優良企業もブランド認知に戦略的投資を積極的に行い、同業界の日本企業を凌ぎつつある。
 
中国などはオリンピックも経験し、すでに広告媒体の費用も先進国並みになりつつある。しかし、その一方でネットなどの新しい広告媒体も増え、新たな広告宣伝手法の開発余地も十分ある。「日本や欧米で知名度が高いから新興国でも知られるだろう」という考え方は通用しない。先進国でシェアが5位以下でも、ある地域ではシェアトップという製品や企業はいくらでもある。いかにブランド認知を資産と考え、戦略的投資を行うかが勝負である。

成功要因6:上記マーケティング戦略を実行するために十分な市場調査と戦略検討を行うこと
日本企業の新興国市場展開の計画を見ると、これまで全く市場調査もせずに、参入1,2年目で売上が立つ計画を立てている企業が多い。「昨年比売上予算アップは新興国に振り向ければなんとかなる」ということなのであろうか。
 
その結果無理をして不本意な取引を行ったり、ブランドイメージが毀損するような製品を市場に出してしまったり、その上撤退し、現地との信頼関係を無くしたりなどの結果になっていることもある。
 
まずは十分な市場調査とそれに基づいたマーケティング戦略計画が必要である。そして現地での市場競争に勝ち、継続的な格差化を維持するため、ある一定の投資とその結果のリターンを見積もらなければならない。それは既存事業の延長線としての新興国市場開拓ではない。言わば「リスクの高い新規事業」と同じである。
 
市場調査も、日本や現地の市場調査機関にまかせて、報告書だけを読むといったレベルでは、成功はほど遠い。その様な第三者の客観的な調査レポートに加え、経営トップ、事業トップ、日本人社員、現地社員による、顧客のフォーカスインタビュー、タウンウォッチング、顧客観察、市場でのコンセプトテスト、クレーム処理など、生の情報からのマーケティングアイデアの発想が重要である。
 
戦略企画においては、先に挙げた成功要因、つまり顧客ターゲティングとマーケティングミクス(4つのP)を徹底的に企画検討すべきである。実情としては、4つのPではなく1つか2つのP、例えば広告宣伝、プロモーションを広告代理店にまかせて終わりということが多い。
 
マーケティングの投資コストを下げ、参入の時期や回収のタイミングを早める方法として、合弁事業、業務提携などの現地企業との戦略的アライアンスや企業買収(M&A)戦略なども考えられる。

以上が、新興国市場でのマーケティング・営業の成功要因である。振り返って見れば冒頭で述べたとおり、マーケティング戦略のごく基本的な要素である。なぜ今それが新興国市場攻略で必要になっているのか。つまり日本企業では、密度が高く、均質的市場である日本国内においては、マーケティング戦略があまり必要なく、そのせいかそもそもマーケティング機能が脆弱なのであろう。皆さんの会社には、新興国でも通用するマーケティング戦略をプランニングできる幹部、スタッフは何人いるだろうか。もしかしてゼロかもしれない。しかしそれは、皆さんにとって活躍の機会でもある。
 
さて次回からは、新興国においてマーケティング・営業戦略で成功した日本企業の事例を紹介し、その成功要因の理解をさらに深めたい。

 

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