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日本中心のパラダイムを捨てよ

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

「中国清華大学を卒業し日本の大企業に入社し2年経った。最近、母国中国にあるベンチャー企業で活躍しリッチになっている友人や、欧米企業の上位ポジションで活躍する友人の話を聞いて、職場における自身の成長機会が極めて少ないことを痛感し、日本企業を退職した。退職理由は決してお金ではない。」
「一昨年、国立一流大学を卒業し就職難を突破して日本の有名企業に入社したが、担当する仕事は業務のごく一部分だけ。事業や業務の全体像が見えにくく、同じ事の繰り返しで、自分自身の成長を感じない。確かに生活は安定しているものの、このような仕事をしていても、アジア・新興国の同世代エリートとの競争に勝てる気がしない。まず今の会社を一旦辞め、シンガポールの大学院で学ぶ決心をした。」
 
前段は28歳の中国人、後段は27歳の日本人から最近実際に伺った話である。
この2つの話に共通するのは、「日本企業は若い世代に成長機会を与えておらず、魅力が少ない」ということである。「今の若い人は基礎ができていないし、その上自分で考え、行動しようとしていない。」など、40代以上の管理職の方の反論もあろう。しかし、若い優秀な人材は自分にとって魅力ある成長の機会を求め、日本から離れていく傾向にある。「就職難の中、難関を突破してこの会社に入って幸運だろう」という発想は全く通用しない。企業や私が講義を担当している大学の若い世代の本音を聴くと、「成長機会の少なさ」に不安を感じており、日本企業は潜在的に若い優秀な世代の離職を増加させる要因を持っている。
 
職場や人材マネジメント、さらには経営・事業戦略を早急に変革しないと、今後もこの傾向は続く。なぜこのようなことが起き続けるのか。ここで“問題は日本企業の人事戦略にある”と短絡的なことを言うつもりはない。単に人事の仕組み・制度を変えれば良くなるというものではない。日本企業のパラダイム(前提認識)、構造、体質そのものに問題がある。
変えるべきことは大きく2つある。一つは「企業の価値基準を明確にすること」、もう一つは「戦略を、『日本もグローバル拠点の一つ』と位置付けたものに再構築すること」である。

■「企業の価値基準を明確にすること」とは

グローバルで業績を上げている企業“P&G”“日産自動車”“GE”“ネスレ”“ユニリーバ”が最も重視していること。それはそれぞれの企業の価値観、『DNA』を全社員が共有し、ベクトルを揃えていることである。企業の価値基準は、目先の利益や株主価値ではない。優れた企業はイノベーションを起こし、人々や顧客、社会が求める製品やサービスを提供し、無くてはならない存在であり続けることを価値基準として社内外に強く表明している。つまり企業の価値基準とは、その企業がどのような他にはない「善きこと」を社会に提供するのか、そのために社員は何を目指してどう行動すれば評価されるか、ということである。
 
例えば180カ国以上で洗剤や家庭用品、化粧品を販売しているP&Gでは、全世界の社員に「PVP」という共通の価値観をあらゆる方法でたたき込むという。「PVP」とは、企業目的(Purpose)価値(values)行動原則(Principles)の頭文字をとったもので、内容は「世界の人々のよりよい暮らしのために」「誠実さ」「リーダーシップ」「信頼」といったものである。世界中の国でも働けるような人事制度や数百に渡る研修制度、業績評価制度をはじめ、例えば戦略計画の立て方、意思決定、会議の進め方などすべての企業活動に「PVP」が明確に反映されている。P&Gに入社すれば、世界の誰もが、P&Gでの仕事の仕方やルールがわかるよう、“標準化”“見える化”されている。
 
日産自動車では行動指針を「NISSAN WAY」とし、グランドテーマを「すべてはひとりひとりの意欲から生まれる」(焦点はお客さま、原動力は価値創造、成功の指標は利益です。)としている。さらに「Mindset(心構え)」として「Cross-functional, Cross-Cultural」(異なった意見・考え方を受け入れる多様性)、「Transparent」(すべてを曖昧にせず、わかりやすく共有化)、「Competitive」(自己満足に陥ることなく、常に競争を見据え、ベンチマーキング)などを挙げている。また、「Action(行動)」として「Motivate」(自分自身を含め、人のやる気を引き出す)、「Commit & Target」(自ら達成責任を負い、自らのポテンシャルを十分に発揮する)、「Challenge」(競争力のある変革に向けて継続的に挑戦する)などを挙げている。P&Gと同様に、企業の価値基準を給与、昇格、研修、経営幹部の登用などの人事制度や経営者の意思決定だけでなく、現場の隅々まで徹底して反映させている。
日産自動車の志賀俊之COOは、1998年以前の日産を振り返り、「かつての日産はモノカルチャーの組織でした。日本人のみ、男性中心、似たような最終学歴者を新卒採用、会社の出世コースも決まっていた。これがあうんの呼吸、暗黙の了解という組織の空気を生み出すことになり、必然的に変化に対する無意識の抵抗になったのです。」と述べている。(JMA Management Review 2010.4)

■企業の価値基準を会社のルール、仕事のやり方に反映させる

会社の価値基準とは、社員にとって目に見えるもの、実感できるものでなければまったく意味がない。日本企業でも経営理念や行動指針は持っているが、その独自性が低く、インパクトに欠けるものが多い。社名を隠すとどこの経営理念なのか全く解らないことも多い。会社の価値基準は、ある程度は企業文化、「DNA」として製品や業務の中で伝承されているが、極めて内部志向が強いため、新入社員や日本人以外には解りにくく、伝達スピードも遅い。またその価値基準が社内の制度、具体的な仕事のやり方に反映されていることは少ない。
 
会社の価値基準を制度に反映させる場合、最も重要なのは給与制度、昇進昇格の制度などの人事制度であろう。しかし人事制度はそう簡単に変えることはできない。また地域、国によって、社会の発展段階、国の雇用制度、職業感、組織に対する帰属意識などが異なり、一律の世界標準版をつくることは不可能である。企業の価値基準を重視しつつ、各地域、国にあった範囲で人事制度を設計するべきである。ただしその中で、グローバル本社の役員、幹部社員や各国の現地法人の役員、幹部社員の人事に対しては、グローバル基準での制度設計と運用を行うことが可能である。
実際日本でも、シニアマネージャー以上の研修は原則としてグローバル研修しか行わないという企業も出てきた。
 
人事制度を変えることができないから、グローバルでシェアすべき企業の価値基準は制度、ルールとしてあまり徹底できないかというとそんな事はない。いくつか方策がある。例えば、

  • シニアマネージャー、経営幹部のグローバルローテーション(上司が外国人)を活用した企業の価値基準の徹底
  • グローバル共通の経営・事業計画と、プロジェクトマネジメントの標準化
  • 会議の運営方法、意思決定の方法、ファシリテーションなどの組織活動の共通言語化
  • 現場改善、変革プロジェクトなどのチェンジマネジメントツールの共有化
  • マーケティング、営業、生産、開発設計などのオペレーションプロセスの標準化やベストプラクティスの共有
  • 地域、国の属性から切り離した抜擢人事の実施とその評価・選抜方法の明確化

などである。
 

■「戦略を、『日本もグローバル拠点の一つ』と位置付けたものに再構築すること」とは

日本企業のグローバル化、アジア新興国への進出は今に始まったわけではない。多くの企業はすでに90年代から進めていた。それにもかかわらず、本質的なグローバル化が一向に進まないのはなぜか。多くの場合、日本基準または日本・欧米基準の事業戦略をアジア・新興国へ展開しようとしていたことに原因がある。本質的なグローバル化の遅れは、日本、欧米で成功した企業に特に顕著である。成功体験がイノベーション、変革を阻害しているのである。まさに意識改革が必要である。
実際、経営の現場ではどの様なことが起こっているのか。
 
まず、社長、役員がアジア・新興国の成長スピード、ダイナミズム、それぞれの地域、国の特殊性を理解していない。管理職時代からの認識不足、経験不足からか、自らが現地をあまり訪問していない。訪問しても現地の社会の発展段階、政治、諸制度から産業構造、市場競争の状況などグローバル市場を理解する力が無い。またそれを補佐するスタッフも、理解を助けるようなインテリジェンスを持ち合わせていない。グローバル市場で求められるインテリジェンスとは現地の社会・市場分析力であり、「現地で商売の経験が豊富」とか「駐在期間が長い」こととはあまり関係がない。社会経済、産業、市場、企業に関する体系的、戦略的な分析力がなければ「単に現地でむかし商売をやっていた人」に過ぎない。またアジア・新興国はものすごいスピードで変化しているため、数年前はおろか数ヶ月前の常識が通用しないことも多い。役員や管理職になってからアジア・新興国対応といってもすでに遅く、勝負にならない。鋭いビジネスインテリジェンスを持ち、現地に軸足を置きビジネスを展開するしか勝ち目はない。
 
事実上、日本企業のグローバル戦略は財務目標とキーワードだけであり、実際の取り組みは、事業部門、機能部門に丸投げで、統合された具体的な戦略がみえないこともある。その場合、多くは先進国の拡大プラスアルファの単純な拡大志向でしかなく、現地の市場環境やニーズにあわせたリソースの再配分、戦力の集中がない。メーカーであれば、グローバル規模での製品設計、生産などにおける技術、部品、製品それを作り込む機能、プロセスの機能分担などは全くイメージ出来ていない。そして魅力的な市場になりつつあるアジア・新興国での商品コンセプト企画、マーケティングを現地で行う覚悟を持って進めている企業は極めて少ない。実際グローバル化の施策を見ると、かつてコスト低減目的で行った生産や設計開発の海外展開戦略の手直しに過ぎないことが多い。
 
このように日本企業の多くは、日本中心志向を脱し得ていない。グローバル経営の遅れの結果、多くのアジア・新興国から、日本人社員は「人が良くて、のんびりしている。自己主張がない。」「高い給与をもらって、ずいぶんと小さな事を行っている。」「仕事が出来ない。」「仕事が遅い。決断が遅い。」と見られていることもある。日本中心の発想・戦略が、結果として日本人社員の相対的な競争力低下を引き起こしているともいえる。このままでは今後深刻な問題になるのは間違いない。
 
今後5年、10年の世界の成長センターは、アジアを中心とした新興国にある。その成長率は近年の米国金融不況、欧州金融危機の影響はあるものの、10%前後とめざましいものがある。企業の経営者、経営幹部はこの事実を直視すべきである。そうすれば、慎重にシナリオを描かなければいけないが、当然、経営、事業の権限を必要に応じてアジア・新興国の各エリア、国に置かねばならない。具体的には日本やその他の地域との機能分担を行いつつ、現地法人に経営機能、製品・サービスの企画開発機能、マーケティング販売機能、設計・生産機能などの権限を持たせることである。
 
日本から製品サービス、各機能を押し出すのではなく、アジア・新興国から日本のリソースを評価させ、選択させ、社内といえども、しかるべき対価で取引するのだ。そうすれば、日本はアジア・新興国を含めたグローバル市場の一部であることが自然と理解でき、むしろその中で日本という拠点にある豊かなリソースを有効活用出来るはずだ。しかし実際この状況をのりこえるのは簡単な事ではない。これまで努力してきたことの自己否定とも思える「意識改革」が必要であるためだ。まさに現在はその過渡期にある。
 

■変革のポイントは「グローバル経営」は社運をかけたイノベーションであると自覚すること

ここまでに述べたとおり、企業の本質的なグローバル化は、簡単なことではない。これは経営陣の相当の覚悟と現場への説得が必要な、苦しみを伴った「変革」「イノベーション」である。しかし実際は、変革どころか未だに現在の戦略の延長線、拡大路線でしかない。そこに大きな問題がある。コストダウン、製品・事業撤退、人的リストラなどこれまでも何度も、改革、変革を繰り返してきた日本企業であるが、さらに抜本的なグローバルイノベーションが必要である。まずはそれを自覚することである。
 
多くの犠牲と苦しみを伴うグローバルイノベーションであるが、その行く先は明るい。その確信とは以下の3つである。
 
1つめは日本企業がこれまで培ってきた高品質、低コスト化のノウハウである。その多くは、今だ世界をリードする高いレベルものである。この「質の高さ」を維持しつつ、「量の多さ」に展開することで収益は拡大する。アジア・新興国での「量はあるが低品質の製品」も、必ずや、顧客の欲求の高まりにより「質の高い製品」が求められるときが来る。そのときに莫大なチャンスが訪れる。
 
2つめは日本企業の抜群の対応力の高さである。製品種類の多さ、細かな仕様の摺り合わせ、ジャストインタイムなど各業界ともに対応力の高さでは日本企業は未だリードしている状況にある。アジア・新興国は発展途上で諸制度も整備されていないため、市場参入には困難が伴う。しかし参入が困難であるがゆえ、他の競合の参入が少なく、市場の異質さが独自の参入障壁に転換する。アジア・新興国は、欧米市場にはない極めて異質で多様な市場なのである。ここでは日本企業の対応力が競争優位性をもつことになる。
 
3つめは日本人の相手を尊重する姿勢である。多くの日本企業は、日本国内、欧米の顧客を最大限尊重し、品質とコスト、納期でライバルを圧倒してきた。その根底には、短期の取引ではなく、長期に渡った取引企業との信頼を重視する姿勢がある。社会が情報化、グローバル化され、不安定になればなるほど、継続的な関係を重視する傾向になる。日本企業の多くはその点で絶大な「信頼」をもつ。
 
このような強みを見直し、活かしながらグローバル戦略を立て直すことで、グローバル経営改革は十分に可能である。成功した暁には、現在グローバル競争で劣勢に立たされている日本企業は再び競争優位性を持ち、新たな成長機会と成果獲得を遂げることができる。

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