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アジア・新興国を意識したグローバル・マネジメントとは

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

 

2008年を機にグローバル化の概念が変化した

「経済のグローバル化」に関する議論は、日本に限らず米国や欧州でも活発である。その言葉の意味する重点は、2008年を境に完全に変わった。
 
2008年は、米国のリーマンショックに始まる世界金融危機が起こった年である。また2008年直後から今日に至るまで、ギリシアをはじめとする欧州の国家財政危機が、欧米さらには日本などの先進国の実態経済に大きなマイナスの影響を与え続けている。欧米の金融ビジネスを中心としたバブル経済が、2008年を機に大きく変わった。
 
そして2008年を機に、日米欧の経済が低迷する中で勢いを増したのが、中国やインド、東南アジア、ブラジル、ロシアなど、アジアをはじめとする新興国の経済である。オバマ政権は大統領就任後、軍事そして経済政策の重点をアジア太平洋にシフトし、金融バブルの悪しき要因を徹底して摘み取る一方で、米国国内の製造業に注力し始めた。今年になって、GEやデュポンなど米国の名門製造企業は相次いで米国国内での製造投資を発表している。米国国内で製造した製品を、成長するアジア各国に輸出するためである。
 
このように2008年を機に、世界の成長センターはアジア・新興国という認識が明確となった。同時に先に挙げた「経済のグローバル化」という概念の重点とする市場も、「日米欧およびその周辺国」という考えから、「アジア・新興国を中心に再編される世界市場」という認識に変わった。
 

資本主義、民主主義、ICTの3つの要因をベースに急発展

しかし2008年を機に、突如としてアジア・新興国がグロ-バル経済の舞台に登場したのではない。1970年代以降の、成熟市場である先進国での競争激化に伴う産業の国際分業化に始まるものである。簡単に言えば、製造コストダウンのための海外生産シフトである。国際分業の潮流は、1985年のいわゆるプラザ合意を機に始まる急速な円高による日本の製造業のNIEs諸国への製造拠点の移転で大きく加速した。その後中国、東南アジアの多くの国が製造拠点として成長し経済力をつけ、同時に市場としても成長してきた。
 
そのアジア・新興国経済の成長の背景には、3つのグローバル・プラットフォームが存在すると考えられる。一つ目は「国家政策としての資本主義の導入」である。中国、ロシア、ベトナムなどの共産主義国が、相次いで市場経済の活用を始めていった。二つ目は「民主化に伴う市場開放」である。選挙制度を導入して民主化を進めていき、同時に規制緩和を行い、国営企業から民営企業への転換を推進し、外資の導入を進めていった。最近ではミャンマー政府が民主化に向け大きく転換している。三つ目はICT(情報通信技術)の発展、つまり携帯電話やスマートフォン、PCなどの情報端末とインターネットインフラの普及である。携帯電話を持ってさえいれば、誰でも世界中の情報にアクセスでき、また発信もできる。地域や国家のボーダーを超えた経済活動が、個人によっても実現可能なことになった。
 

日米欧の先進国企業の参入を困難にしている現実とは

このように現在ではグローバル経済の中心になろうとしているアジア・新興国市場であるが、日米欧など先進国の経済システムや企業経営の視点から見れば、全く異なる性質の市場であると言える。多くの先進国企業が、市場参入の段階での失敗、参入後の長期に渡る赤字、賃金の値上がり、現地の低コストのフォロアー企業との競争など、多くの問題に直面している。かつてグローバルスタンダードという言葉がよく使われたが、新しい市場に対しては、先進国中心の一律的な考え方やシステムでは参入が難しいことが明らかになってきている。では、アジア・新興国経済社会のどの様な特性が、先進国の考え方やシステムによる参入を困難にしているのであろうか。整理してみると、主に以下の様なことが挙げられる。
 

  • 地域により宗教、文化、職業観、家族観など価値観が多様で、先進国からすると「異質」に感じる。
  • かつての先進国よりも発展のスピードが早く、過去の発想、方法が陳腐化しやすい
  • 国や自治体の法律、制度、そして産業や企業の制度や仕組みが十分に整備されていない
  • 経済、産業の発展レベルに対して必要な人材が十分に育成出来ていない。
  • 顕在、潜在市場ともに莫大な規模であるが単価が極めて低く、採算が取りにくい
  • 母国や先進国での生産、業務を減らすことでアジア・新興国のビジネスが拡大していくという傾向がある
  • 所得格差が大きく貧困問題が深刻である。人権の問題や自然環境破壊の問題も多い
  • 産業化、工業化、都市化などにより地域固有の民族文化、言語が廃れてしまっている

 
このように現実を直視してみると、アジア・新興国の実態と先進国企業のアプローチの考え方、方法には大きなギャップが存在しているのがよくわかってくる。これまで言われてきた「グローバル化」の意味や実行方法を大きく「イノベーション」する必要がある。
 

グローバル経営に「創発」「自己組織化」の概念を取り入れる

「グローバル化」の概念を「イノベーション」するとはどの様な考えに基づくものであろうか。それは、これまでの日米欧などの先進国での経営システムを現地に適合させる「トップダウン」型ではなく、先進国の方法の良いところを活かしつつも、アジア・新興国の現場の状況やアイデア、考え方を取り入れた「創発型」または「自己組織化」といった考え方や方法であろう。「創発型」「自己組織化」という概念を、アジア・新興国を含めたグローバル経営に当てはめるならば次の図ようになろう。
 
 
 
わかりやすい例で言えばFacebookが挙げられる。世界中に拡大するFacebookのフォーマットは標準化され、世界共通のプラットフォームであるが、使い方もコンテンツの内容も、国や地域、コミュニティ、個人によって極めて多様であり、それぞれ影響を与えながら、より良い方法があれば、共通のフォーマットとして普及していく。Appleのアプリケーションや、Googleの検索エンジンなども同様であろう。
  
それでは「創発」「自己組織化」の概念を取り入れたグローバルマネジメントとは具体的にどの様なものなのであろうか。グローバルマネジメントには、様々な切り口が考えられるが、ここでは経営システムに焦点を当てた「グローバルマネジメント・プラットフォーム」と、人材面に焦点を当てた「グローバルビジネスリーダー」を考えてみよう。
 

「グローバルマネジメント・プラットフォーム」

アジア・新興国を中核に据えたグローバル経営を目指したとしても、実際の企業経営では、どこかに本社機能をおく必要がある。最近では地域本社制度(地域統括会社)を取っている会社も多い。しかし本社のある拠点の国や地域の制度を、各地域にトップダウンで展開するのは現実的ではない。そこで考えられるのが「グローバルマネジメント・プラットフォーム」という方法である。
 
グローバルマネジメント・プラットフォームとは、「財務会計」「人事」「知財・法務」といった間接機能や「生産・技術・製品」「ブランド・マーケティング」「営業」などの直接機能に関して、大枠のルール、つまりプラットフォームをつくり、細部は現地にまかせるというマネジメントである。グローバルマネジメント・プラットフォームを、本社または地域本社のスタッフだけで企画・設計したのでは、その機能は発揮されない可能性がある。本社の意向を示しつつも、各地域のスタッフの意見を取り入れた企画・設計でなければいけない。プラットフォームの構築そのものを、地域スタッフを入れた多様なメンバーで「創発」することが重要である。
 
プラットフォームの機能を設計した後の運用の段階でも、個々の地域の運用事例は、他の地域にとって、そしてプラットフォーム全体にとって大変重要である。現場での実践知を交流させることで、互いが影響し合い、プラットフォーム全体が共有できる優れたベストプラクティスが生まれる。ここから企業の独自性、格差化が生まれてくる。
 
例えば人事プラットファームを例に挙げると、まず本社そして地域本社の経営理念、ビジョン、バリューに従って、人事戦略ビジョンのような大きなコンセプトや方針が示される。それに従い、就業規則、採用、教育、配置、異動、退職、組織構造、意思決定ガバナンスなどの人事のハード面、そしてコミュニケ-ション、リーダーシップ、モチベーション、ロイヤリティなどのソフト面などに関するフレームワークと基本的なルールを決める。それが人事プラットフォームとなる。
 

 
 

「グローバルビジネスリーダー」

先にも述べたが、アジア・新興国は先進国と比較して、社会も企業も仕組みが発展途上にある。一方で成長のスピードは著しく早く、そのためか所得の格差化、貧困層の存在、自然環境や地域文化の破壊といった問題も抱えている。
 
そのような中で企業経営を行っていく上で、マネジメントプラットフォームと合わせて重要なのが「グローバルビジネスリーダー」、つまり人材の育成である。社会や企業の仕組みが成熟し、市場の将来も見えやすい時にはリーダーシップよりも管理に重きがおかれる。しかし活気はあるが混沌としているアジア・新興国のビジネスではまさに「人材戦略」がビジネスの成功の鍵を握る。「人」で勝ち抜くのである。
 
欧米の企業に限らず日本企業も、アジア・新興国へのビジネス展開を始めて10年以上経過する企業は少なくない。しかし現実には、現地のメンバーから先進国の管理職に対して厳しい意見が突き付けられている。下記は弊社が実際に現地でヒアリングしたり、現地の人事関連のコンサルタントとのディスカッションからまとめた問題点(日本企業に限らず、欧米など他の先進国企業を含めた現地駐在の管理職の問題点)である。
 

  • 現地の人と接点が少ない。価値観、感情面での結びつきが薄い
  • 現地のメンバー、リーダー育成に時間をかけていない
  • 現地のメンバーを活かさず、独自に新たなことを導入しようとする
  • 良い話しか聞かない。現場の問題に入っていっていない
  • 現場のために奉仕しない。現場の問題を解決する力がない
  • 短期の業績に追われ、現地の視点に立っていない
  • 現場の細かなことに取り組まない
  • 現地で突然発生する問題に対して無関心である(「自分の担当ではない」)
  • 計画を立てたら終わり。実行は現場と考える
  • 人間性の向上や成長よりも、結果を重視する

 
要は、現場第一のマネジメントが出来ていない。現場こそ重要な、発展途上のアジア・新興国においてであるにも関わらず、である。特に、日欧米のブランド力のある企業の組織に長い間所属していて、自らが大きな成果をつくったのではないのに「成功した気になっている」管理職、役員クラスが、この様な問題を抱えている。たとえ自らが過去に大きな成功を収めたとしても、アジア・新興国市場での成功要因には何ら関係の無いばかりか、それが障害になるケースの方が多い。
 
このような状況の中で、グローバルビジネスリーダー育成で最も大事なことは、グローバルビジネスリーダーのコンセプトを見直すことである。欧米のビジネススクールで示されるビジネスリーダーのコンセプトは、どちらかというと先進国でのマネジメントで修練されてきた手法である。混沌としたアジア・新興国市場で勝ち抜くためには不足感が否めない。そこでニューチャーネットワークスでは、新たなグローバルビジネスリーダーのリテラシーとして図にあるようなコンセプトを示した。
 

 
このようなリテラシーをもったリーダーを育成するためには、選抜プログラム、知識スキル研修とさらには現場でのアクションラーニングが必要となる。選抜プログラムでは、グローバルビジネスリーダー委員会をつくり、上記のようなリテラシーを参考に評価基準をつくり、ノミネート、評価、選抜を、全拠点のメンバーに対してオープン、フェアに行うことが重要である。グローバルビジネスリーダー研修の参加者は出来るだけ、多様な人種、国籍の受講生を選抜することが重要である。企業のグローバル展開の歴史が浅く、メンバーが少ない場合は、異業種と共同で行ったり、しばらくは研修生の対象を広げることも必要かもしれない。
 
知識・スキル研修では、まずは現地の政治、文化、歴史、宗教、社会システム、商習慣を体系的に学ぶ「現地社会知識研修」を行う。現地で見学、体験をしながら行えば効果は抜群である。現地幹部社員による講義、講演もよい。国内では「東南アジア研究」「アジア歴史学」などと言った社会科学系の研究者などの力を借りることも効果的である。ここで大切なのは、派遣地域が異なったとしても、現地の社会を理解する体系と情報アクセス、分析方法、つまり「異なる社会を学習する方法を学習すること」である。
 
「現地社会知識研修」を終えたら、グローバルビジネスリーダーのリテラシーをベースに、アジア・新興国を意識した「ビジネス、マネジメントの研修」を行う。事業戦略、マーケティング、アライアンス戦略、人・組織戦略、財務会計、事業計画など項目は一般のビジネススクールと同じだが、その内容はグローバルビジネスリーダーのリテラシーを基本に大きくアレンジされているべきである。ポイントは基本的な知識をいかにアジア・新興国ビジネス向けに実践的にアレンジするかである。講師側のビジネス、マネジメントの知識体系を踏まえたうえでの実践的知識、スキルが求められる。
欧米や日本のビジネススクールには、アジア・新興国のビジネスケースがほとんど無いため、すべてオリジナルのアジア・新興国の現地の事例か、現地駐在経験者の企業内のケースである。
 
「ビジネス、マネジメントの研修」と並行して行うのが「実務知識・スキル研修」である。ここでは知財・法務、人事労務、経営管理などの実務知識・スキルを学ぶ。アジア・新興国となると多くの国が存在し、一様に研修を行うのは難しいが、現地でマネージャーを務めるために必要な知識体系と各国による知識、スキル内容の違い、現地社員、外部の専門家とのコラボレーションの方法などを具体的なケースを使って学ぶ。各国のより専門的な知識・スキルは、別途書籍や外部の講座を紹介するのもよい。
 
アクションラーニングは、アジア・新興国の現地に研修生を派遣し、具体的なケースを取り挙げ、それを対象に情報収集、分析、企画構想、計画策定を行い、現地の対象組織の幹部に提案する。期間は1ヶ月から1年と、各企業の狙いや前提条件によって異なる。ここでポイントとなるのは、以下の通りである。
 

  • 先に挙げた「知識・スキル研修」とアクションラーニングの連動性
  • テーマ設定の厳格さ(テーマの背景、ニーズ、目標値、制約条件、対象範囲、利害関係者など)
  • 現地のメンバーの巻き込みと現地ビジネスへの実際的な貢献(研修のための研修にならない。現地の邪魔にならない)
  • 現地の良きコーチ役、現地メンターを設置すること(現地人の上司)
  • 本社の評価だけでなく、現地メンバー、管理職からの評価を受けること

 
今回のメールマガジンでは、アジア・新興国を組み込んだグローバルマネジメントを、特に「グローバルマネジメント・プラットフォーム」「グローバルビジネスルーダー」という2つの重要なトピックスに絞って述べた。引き続き、アジア・新興国を前提とした、新たなグローバルマネジメントの実践方法の研究を行っていきたい。
 

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