研ぎ澄ませ五感 -新興国マーケティング タイ編
日本製造業の海外進出はますます加速し、その有望なエリアの一つとしてASEAN地域があります。
2015年には、ASEAN加盟10カ国がASEAN経済共同体(AEC)に統合されます。低い輸送コストで結ばれる関税フリーの6億人もの巨大市場が出現することになるのです。国境を越えたビジネスチャンスの拡大が期待されることから、地域企業の動きも活性化しています。
この流れは、日本企業にとっても大きな機会であるとともに、この機を逃せば他の企業の成長を許すことになる脅威でもあります。ASEANは日本から飛行機で6~7時間と地理的にも近く、文化的な近さからも対応しやすいといえます。日本製造業として、ぜひASEANの拡大トレンドに乗って大きなビジネスチャンスをつかまえてほしいものです。
今月7月23から28日まで、弊社クライアントの進出にともなう市場調査活動のために、ASEANにおける製造業の集積地、タイに出張しました。今年4月にも弊社コンサルタントが出張したベトナムの日常から新興国マーケティングを考えるコラムをお届けしましたが、今回はその第二弾ということで、タイの首都・バンコクをマーケティング視点で見て感じることをご紹介します。タイやASEANにおける変化やビジネス成功のポイントをお伝えできればと思います。
■タイ・ラーメンに見る経済発展と階層社会
今回のタイ出張のエリアは首都のバンコク。バンコク訪問は私にとって5年ぶりです。バンコクの玄関口であるスワンナプーム国際空港から車で約30分、到着したバンコク市街地の姿にはずいぶん驚きました。5年前にも高架鉄道「スカイトレイン」や地下鉄「BTS」はすでに整備されていたものの、駅周辺はそれほど開発されていませんでした。ところが、いまは外国ブランドを扱う大型のショッピングセンターやオフィスビル、高級タワーマンションが多数出現しています。
また以前は有名な「テュクテュク」やバイクを多数見かけたのですが、いまは圧倒的に乗用車やタクシーが多くなっています。排ガス対応もしていて空気も東京と同じくらい綺麗です。5年前ガスにむせながら街中を歩いた経験に比べると、少し寂しい感じもしました。
ショッピングセンターに入ってみると、顧客は皆、都会的できれいな服装という印象です。ショッピングセンター内の商品の価格は決して安くなく、ほぼ日本並みの価格でした。たとえばレストランフロアで、タイで一般的なタイ・ラーメンを見たところ一杯200バーツ(約520円)といったところでした。
その一方で、真新しい建物の脇には昔ながらの露天商も多くいます。目の前は交通量の多い道路で排ガスもすごいはずですが、露天のお店で食事をする人もよく見かけます。同じタイ・ラーメンの価格を比較してみると、ショッピングセンター内が200バーツだったのに対して、露天商の場合は一杯20バーツ(約52円)といったところのようです。現地でよく見かけるコンビニエンスストアの時給が25バーツ(約65円)だそうですから、ちょうど時給分くらいのようです。
同じタイ・ラーメンで価格差はざっと10倍。ずいぶん差があるといえます。タイは経済成長しているとはいえ、所得の格差は結構大きいようだということがうかがえます。あとで調べてみましたが、タイでは相続税がないそうです。富裕層は富裕層のままです。また学歴を重視する社会で学閥をつくる傾向があり、いい大学を出ると現地の大手企業に入社しやすく、おのずと所得も高くなる。そうすると家族ができたときに子供に十分な教育を受けさせられる。そして大手企業に入社できる・・・。このようなサイクルが発生してしまうことで、階層ができてきているのが現実のようです。
所得の差は、生活者のライフスタイルの違いにつながります。格差に起因するタイの社会問題も重要ですが、ビジネスとしてはまずこの状況に留意して、自社のアプローチすべきセグメントを選択することが基本的なファーストステップとなりそうです。そしてターゲットセグメントの生活者のライフスタイルを洞察し、商品開発やマーケティングを考えることになります。
■「スカイトレイン」で静かに進むマーケティング
バンコクの生活者にとって、バンコク市街地の主要なポイントをつなぐ高架鉄道「スカイトレイン」は必須の交通手段です。朝や夕方から夜にかけては道路が渋滞しますので、「スカイトレイン」は重宝されています。
5年ぶりに乗ったスカイトレインで、ふとあることに気がつきました。誰も会話をしていないのです。唯一の話し声は、電車のアナウンスと宣伝用ディスプレイの声のみ。多くの乗客がスマートフォンまたはタブレットを持っており、それをずっと操作していました。 大人だけかと思ったら、中学生くらいの子供までがスマートフォンの画面に見入っていました。
一見するとまるで東京の電車の中のような光景です。5年前は、電車の中でもがやがやと大声で電話する人が多い状況でしたが、大きな様変わりでした。現地の方に聞いてみると、いまはスマートフォンのLINEやFacebookのアプリケーションを活用したコミュニケーションが通話よりも多いのではないかとのことでした。
タイの方は商品を購入する際に、広告よりも知人・友人からの「口コミ」に影響される傾向が強いとのことです。今、LINEやFacebookにおける「口コミ」効果は企業にとって重要なマーケティング・アプローチであるようです。もしかしたら私がスカイトレインで見かけたあの瞬間にも、スマートフォン経由でのマーケティングが進行していたのかもしれません。
また、多くの方がスマートフォンを持っていましたが全て純正品とのことです。スマートフォン自体は決して安くありません。バンコク市内の家電量販店でも日本円に換算して5万円前後が相場でした。富裕層ならば問題なく購入できますが、中間所得層とはいえ平均月給10万円以下です。そう容易には購入できません。
彼らはどのようにして購入をしているかというと、ローンを組んでいるのでした。タイの方の気質のようですが、その場で衝動買いをする傾向があるようです。ただそのために後になって、ローンを返せずに差し押さえになるケースもよくあるとか。売り手側の企業としては、たとえば金利は企業側が負担してローンで購入ハードルを下げるマーケティング・アプローチも有効のようです。もちろん金融機関と連携して貸し倒れリスクの分散を行う必要があります。
■食品から透けて見える商品企画・開発力
滞在して数日もすると日本食も恋しくなります。バンコクには日本食のお店が1500店もあるとのこと。寿司、ラーメン、カレー、牛丼、焼き肉、定食屋などひととおりの日本食の定番メニューがそろっています。大型ショッピングセンターのレストランフロアにもたいてい日本食のお店が入っています。日系人だけではなく、現地の生活者も当たり前のように食べています。日本食はすっかり定着しているようです。
どのような日本食の商品が売れているのか、現地のスーパーにも立ち寄ってみました。多くの日本メーカーの食品が並んでいましたが、なかでも日本のメーカーが開発したという「タイカレー」が目にとまりました。スーパーの店員に聞いてみるとこの「タイカレー」、よく売れているとのことです。タイカレーはタイの伝統料理です。それを日本メーカーが開発しているのです。日本の食品メーカーの商品開発力、製造技術力の優位性が感じられました。
またタイはインスタントラーメンの消費量の多い国で、消費量で世界第七位です。インスタントラーメンというと日清食品が海外でもブランド力があります。しかし、タイでは日清食品よりもブランド力のある現地メーカーがあるとのことでした。タイ企業はどのように商品開発を行っているのかを知りたくなりました。
現地の方の何人かにヒアリングしてみましたが、なぜか歯切れが悪くなります。よくよくその理由を聞いてみると、タイの食品メーカーは商品企画・開発力は低く、紹介するような取り組みはしていないとのことでした。ではどうやって新商品を市場に投入するのかを突っ込んで聞いてみると、他国でヒットしている商品を探索し、それを持ってきて、タイ人に合うテイストにアレンジして新商品にしているケースが多いとのことです。
これは商品企画・開発力のある日系メーカーにとってチャンスです。海外進出の場合、基本的に現地パートナーとアライアンス・M&Aを行うことになりますが、日系メーカーには技術だけでなく、商品企画・開発の手法・ノウハウもアドバンテージとなります。これらの強みを活用して有利な関係性を構築し、ビジネスチャンスを獲得できそうです。
■女性の健康食品への出費
街中を移動していると広告の看板があちらこちらで見かけます。女性モデルも多いのですが、ひとつ共通点がありました。モデルの肌が白いということです。日本の女性も美白へのニーズは強いですが、タイ女性も美白ニーズが強いのではないかと推測しました。
ショッピングセンターの化粧品フロアなどで店員さんにヒアリングしてみると、タイの女性はスキンケアには結構お金を使うようです。それも外面的な化粧品だけでなく、内側から美しくするための健康食品も人気とのことです。この点、日本の女性と変わりません。日本の女性にも、化粧品だけでなくコラーゲンなど美のための健康食品は人気があります。
タイでの美白は、一部の女性だけのニーズではないようでした。改めてよく観察してみるとスカイトレインの駅中にもお店が出ています。富裕層はあまり電車には乗らず車で移動するらしいので、必ずしも富裕層ではない、中間所得層が購入するということでしょう(バンコクの月の平均世帯所得4万バーツ(約10.4万円)強)。駅中の店舗にある健康食品の価格は、1ヶ月分の商品で800バーツ(約2080円)強。日本で売っている健康食品も価格をあまり下げずに展開できる可能性があります。
ただし、その売り方が特徴的でした。カゴに入れてリボンがつけてあります。タイでは健康食品がギフトとして喜ばれるとのことです。日本の食品メーカーや製薬メーカーも健康食品を扱っていますが、タイではギフトという大切なタイミングで購入する商品としてブランドをつくり、そのブランドの派生で広く商品を展開するのも一つの方法かと思います。
また売り方としては、すでに展開している日本のプレイヤーと連携し、展開するほうがより有利になります。例えば、伊勢丹などはタイでブランドがありますから、そこで販売しブランドをつくってから、現地チャネルで展開するというのも有効なアプローチでしょうか。
■研ぎ澄ませ五感
今回のバンコクのタウンウオッチングの半分は、現地の方に同行してもらったのですが、上記のような話をその方から問わず語りに聞かせてもらうことはありませんでした。現地の方にとっては当たり前のことだからかもしれません。
フィールド調査で大切なのは、事実を見て、自身で考え、仮説を持つということです。現地の人と話したら何でも分かるというものではありません。相手が話してくれるのは、相手の関心のあるテーマです。こちらから問いかけなければ出てこない話もたくさんあります。えてしてそのような話にこそヒントがある場合もあります。そして問いかけに必要なのは、事実の本質についての仮説、事実に基づいてどのようなビジネスを行うかという仮説です。
仮説は自分の目で見て、手で触れて、まさに五感で感じ取って考えることが重要になります。ベトナム編でも紹介したとおり、特に海外の場合は統計資料だけでは分からないことも多いからです。
そしてこの仮説を検証するために、相手と対話するということになります。こちらに仮説があれば、相手もYES/NOと言いやすいですし、そしてその理由を説明してくれます。仮説検証型の対話を行うことで、現地市場における成功のポイントを見い出していくことができます。
これは一見当たり前で簡単のことですが、海外のフィールドの「その場」において「一瞬」のうちにそのような思考を行うことはそうそうたやすいことではありません。一つのスキルですので、フィールドに出てスキル向上の場数を踏むことがなんといっても重要となります。