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先走ったグローバル事業計画に見られる問題と本質

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

新商品・新事業開発「グローバル・マーケティング」

中期経営計画の海外事業売上目標が達成できない。いったい誰の責任?

 2008年のリーマンショック以降、多くの企業が中国などアジアをはじめとした新興国でのビジネス拡大を狙い、中期経営計画での海外売上目標を大きくした。会社によっては今年が中期計画の最終年であり、多くの会社においては目標達成年度が2013年や14年、15年とここ2~3年である。
 目標とする最終年度が近づくに従い、担当組織の部長やマネージャーは不安と焦りに苛まれることが多い。思ったように海外での業績が上がらないばかりでなく、海外展開の基盤さえおぼつかないからだ。海外の仕事を進めれば進めるほど、人事・労務問題、現地パートナーとの契約トラブル、製品価格のミスマッチなど、予測しなかった問題が次々と起こり、それらの火消的な対応に追われるばかりという話も珍しくない。以前は目新しいトピックスで時間を稼げた毎月の役員報告も、今では報告そのものが辛い作業となってしまっているという。開始2~3年目ともなれば結果を求められるからだ。経営陣としても株主と約束している手前、業績未達は許されないため、担当組織に対するプレッシャーは高まるばかりである。日本でこのような問題を抱える企業や組織は、驚くほど多い。
 我々がコンサルタントとして状況を分析すると、業界に関わらず、問題は共通しているようである。今回のコラムでは、代表的な問題とその解決のためのヒントを挙げてみたい。
 

問題1:実績が出るまでのリードタイムを把握するためのフィージビリティ調査を行わないまま、中期計画の目標が設定されてしまった。

 上場企業の多くは中期経営計画を株主に発表する。株主に示すからには、その根拠がなくてはならないのは当然であり、国内事業の場合であれば目標数値の裏付けはある程度ある。しかし海外事業となると別世界になってしまう。裏付けがないまま目標数値だけが出されてしまうことが多い。根拠は、販売する製品と対象エリアのみであることもある。時にはエリアが「新興国」という表現だけのこともある。多くの場合中期計画の期間は3年であるが、中期計画が始まってから参入エリアの調査が始まることも多い。
 日本国内市場向けや、すでに現地参入している日本企業向けの供給のために海外生産を行うのであれば、最近ではアジア新興国も開発区を用意するなど誘致に熱心であるため、1~2年で生産を開始することが可能な産業も多い。しかし参入国で新たに顧客を見つけてビジネスを行うとなると、事情は大きく異なる。綿密な市場調査を行い、販売可能性を探り、重要顧客との関係を構築し、現地に合う製品コンセプトを考え、製造基盤を整え、それから初めて供給できる。当然ながらビジネスの失敗の可能性を考えると、業績が上がるまでのリードタイムを把握するのは難しい。株主へのコミットメントが必要な中期計画で目標を掲げるためには、詳細なフィージビリティスタディや事業計画が必須である。
 

問題2:海外事業に取り組むための組織体制が出来ていない。「事業」という発想がない。

 フィージビリティ調査も、「売り先である顧客を探すのだから営業部門でよい」といった発想は通用しない。海外では「事業」を行うのであって、単に「販売」を行うだけでない。「事業」には、マーケティング、製品企画、開発設計、製造、物流、販売、アフターサービス、さらには人事労務、法務知財、財務経理などの間接機能も必要となる。海外事業は、国内よりもより「総合力」つまり「クロスファンクショナルな組織力」が求められるのである。
 我々コンサルタントが外部から見ると、国内事業においても縦割りが強く、クロスファンクショナルな組織力が低い企業は、海外事業展開は難しいと思われる。例えば、国内における“新規”の事業ができる企業は、海外でも着実に成長している。新事業は海外での事業開拓と同様、未知の分野に、事業体としてクロスファンクショナルに展開しなければならないためである。
 

問題3:現地市場に合わせた価格と製品コンセプトのイノベーションが出来てない。

 事業の海外展開、グローバル化とは、事業の強い「コア」部分の地域移転である。しかし「製品・サービス」の移転であると錯覚している日本企業が未だに多い。宗教、文化、生活習慣、商習慣、社会や産業の発展段階も全く異なる海外の市場に、日本の製品・サービスが、しかも高価格のままで参入できるというのは、よほどのグローバルプレミアムブランドでない限りあり得ない。現地市場に合わせた価格と製品コンセプトのイノベーションが必要なのだ。「イノベーション」という言葉を使っているのは、経営トップはじめ組織全体の覚悟に基づく資源投入が必要であり、そしてそもそも発想の転換が必要であるためだ。
 特に「価格」と「性能」に関する発想転換が難しい。「自社ではこんな価格はあり得ない。利益が全く出ない」「このレベルまでスペックを落としては我が社のブランドで販売することはできない」などと言ったことが聞かれるが,この「価格」と「性能」の壁をブレークスルーしなければ、アジアはじめ新興国でのビジネスは一歩も進まないと言っても過言ではない。一概に言うのは難しいが、アジア新興国つまりグローバルでビジネスを行うことの本質は「低価格」で「大量」に製造販売することで大規模なシェアを獲得し、その結果グローバル規模での利益を獲得するという、スケールのダイナミズムに関する競争戦略なのである。
 現地の顧客を注意深く調査し、ニーズの強いある特定の機能を向上させ、現地顧客にとって新規性があり魅力的な製品コンセプトを企画し、一方で製品設計、生産力を駆使して大幅なコストダウンを達成し、圧倒的なシェアを獲得することが大切なのである。まさにグローバル事業戦略では、「クロスファンクショナルなイノベーション」が必要なのである。
 

問題4:現地人材の獲得、育成、配置などの人材戦略がない。また日本人マネージャーも役割を果たしていない。

 現地に合わせた製品コンセプトを企画し、現地の複雑な販売網を把握し、取引先との関係を構築し、現地にあったマージン体系や販促などのサービスを提供する、という一連のことを行うには、日本から赴いたスタッフはほとんど役に立たない。現地での対象事業の経験者がいなければ、ビジネスは前には進まない。よく考えてみれば当たり前のことであるが、そのことが分からないままの企業も多い。そのような状況を指して、私はよく冗談交じりで「カナダ人を突然大阪に連れて行って、たこ焼きの材料の営業をさせるようなもの」、つまり「あり得ないこと」であると言う。
 確かに現地の経験者を雇用し、引き留めておくことは容易なことではない。しかし決して不可能なことでもない。むしろ海外の多くは日本よりも経験者を採用しやすい。その場合重要なことは、現地での事業戦略シナリオと人材戦略シナリオをしっかりと合わせることである。
 例えば、当面日本からの製品を、開発投資として赤字覚悟で販売して実績をつくるのであれば、現地の市場の状況、販売網、顧客を知っているマーケティング、営業マネージャーを、他の外資系企業よりも良い条件で採用し、その下に素養のある現地スタッフを付けて、同時に力のある日本人のマーケティングスタッフのサポートを付ければよい。たとえその採用した現地のマーケティングマネージャーが退職してしまったとしても、販売チャネル、顧客、販売ノウハウは組織に残り事業を継続させることができる。
 ある程度販売のインフラができ、物量がまとまったところで、現地生産を行うためにまた経験者を採用し、日本の生産工場で短期に教育し、日本人マネージャーとともに現地に配属し、工場を立ち上げさせる。
 このように事業戦略シナリオと人事戦略を両輪でまわして行けば、途中退社する人が多少いたとしても、現地のマネージャー候補の人材も育ち、また同時に日本人も現地で活躍できるようになる。
 また現地にそのようなベースができてくれば、日本から派遣するマネージャーの人材要件が明確になり、日本で十分に教育し、また他国で経験を積ませたうえで派遣することができる。海外に派遣されたが現地の社員とうまく仕事ができずやむなく帰国したであるとか、現地社員の不満が多くなり重要な現地社員が会社を辞めてしまったという問題はなくなるだろう。
 

問題5:グローバルマネジメントプラットフォームがない。経営トップがその必要性を感じておらず、整備する兆しがない。

 去る10月11日の日経ビジネス主催セミナーをはじめとした講演や、本コラムでも何度かお伝えしているが、海外事業戦略と両輪として重要なのは、“グローバルマネジメント・プラットフォーム”である。グローバルマネジメント・プラットフォームとは、知財・法務、財務・経理、経営管理、人事などのスタッフ機能の基盤である。事業が先か、プラットフォームが先かは微妙な問題ではあるが、いずれにせよ海外事業を行うにはマネジメント・プラットフォームは必要かつ重要である。
 問題は人材資源である。それぞれの機能から一人ずつ派遣していたのでは、現地拠点のコストが膨れ上がる。日本人も含め現地100名に対し、日本人の間接スタッフはせいぜい2~3人といったところであろう。この派遣される日本人が、知財・法務、財務・経理、経営管理、人事のすべてをカバーしなくてはならない。これが大変なのである。拠点ごとに文化、習慣、法律、制度が違う。それらを短時間で理解し、現地スタッフをうまく活用し、実践しなければならない。
 このような人材不足に関して、弊社ではクライアントに対して国内機能スタッフ部門の方に、クロスファンクショナル・プロジェクトに参加し、自分の担当外の仕事を学ぶ機会を増やすよう勧めている。たとえば経理部門に所属の方であれば、知財・法務などを学べるM&A/アライアンスプロジェクトへ参加するといったようなことである。その次に人事労務の給与改定プロジェクトに参加すれば、経理部門に所属しながら、人事労務の知識・スキルも身につけられる。この様にクロスファンクショナルなプロジェクトに参加しておけば、言語や制度は日本をベースにしたものであっても、海外でのマルチタスクのマネジメントのベースができ上がる。経理部門の方が、突然知財・法務と人事を任されても困惑するばかりである。
 
 日本企業にとってグローバル展開、特に新興国市場での事業展開は急務である。しかし急務だからこそ、戦略的な発想、つまり自社のビジョンはどのようなものであり、そのビジョンをどう達成するべきかを冷静に考え、確実に進めていくことが重要なのではなかろうか。その意味においてはグローバル事業も、国内での新規事業や既存ビジネスの改革と、本質は変わらない。
 

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