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P&Gのギフト市場参入戦略に見る新事業創造のポイント

ニューチャーネットワークス シニアコンサルタント
中山 恵市

新規事業の創出は、どの時代においても多くの企業で模索されています。もちろん多角化にはリスクが伴いますし、期待された成果がなかなか挙がらないことも多々あるでしょう。しかしだからと言って簡単に諦めるわけにはいかない、というのが、多くの企業、多くのビジネスパーソンの考えていることと思います。
私は以前、プロクター・アンド・ギャンブル(以下、P&G)に所属し、いくつかの新事業創出プロジェクトを推進しておりました。今回のコラムでは、私自身がP&G時代に担当者として進めたプロジェクトの一つを紹介します。お歳暮やお中元といったギフト市場への新規参入に関する話です。
2000年頃の話ではありますが、新市場参入時の課題と解決策という観点から、2010年代にも通じる点があるかと思います。現在、新たなビジネスを世に送り出そうとしている方々に、少しでも参考にしていただければ幸いです。
まずは事例として具体的なケースを紹介したうえで、最後に本事例における新事業創造のポイントを考えてみます。

■ギフト市場の概要

多くの日本人には馴染みのある習慣、お歳暮やお中元。しかし1990年代後半、外資系企業であるP&G本社には、「What is OSEIBO?」という世界でした。お中元やお歳暮を、いつ誰がどのような目的で何を誰に贈るのか、ほとんど理解がなかったと言えます。
当時の中元・歳暮商戦における日用品市場は、K社とL社の寡占状態でした。K社の「アタックのギフト♪」というCMメロディを今でも覚えている方も多いと思います。大手2社は、大規模な広告宣伝によって生活者の認知度を十分に高め、それぞれ100人以上の販売組織によってチャネルもしっかりと押さえていました。
百貨店やギフト販売会社などの量販店側も大手2社との取引を優先しており、新規参入を図っていた私たちP&Gは、仮説を創るために百貨店をまわっていた当初、門前払いを頂戴することも頻繁にありました。

■卸業者とのパートナーシップ構築

参入の難しさが予想から実感に変わってきたころ、このような状況のギフト業界に小さな変化が起こります。取扱量で全国NO.1だったギフト販売会社が、卸からの仕入を止め、メーカーからの直接仕入れに変更したのです。対象となった卸業者にとっては主要な顧客を失うことになり、ギフト市場での大規模な戦略転換の必要に迫られることになっていました。
そこで私たちは機を逃さず、この卸業者との提携の可能性を探ります。先方も売上を失うまいと懸命で、私たちも市場に参入しようと必死でした。両者で知恵を絞って新たな戦略を企画し、従来にはない事業構造を創りあげることになります。ギフト商材を扱いうる私たちと、ギフト市場をよく知る卸業者のノウハウが凝縮された事業コンセプトとなりました。
それは、以下のようなビジネスモデルでした。まず私たちP&Gが、アリエールやジョイなどの商材と、ギフトを包装する包材をパートナーである卸業者に提供します。商材と包材によって、ギフトの「キット」となるわけです。「キット」を受け取った卸業者は、提携している倉庫会社にリパックを委託します。リパックとは、商材を包材で装飾し、「キット」をギフト商品として仕上げる作業です。そして出来あがった商品を、改めて卸業者が量販店に流通させるという仕組みでした。
このモデルによって、P&Gは商品あたりの利益率を高く見込めるようになりました。というのも、ギフト専用の商品を製造するのではなく、一般商品をギフトの商材として転用できたからです。また、リパックを自社で行うのではなく、パートナーの専門業者にアウトソーシングすることでやはりコストを抑えました。卸業者にとっても、得意とする輸送業務や包装業務を活かして事業規模を拡大させることにつながったわけです。

■量販店との商習慣の改革

卸業者との協働と並行して、私たちは量販店との連携を模索しました。従来の中元・歳暮商戦においては総じて量販店の力が強く、メーカー側には「置かせていただく」というイメージがありました。たとえば、商品の返品問題、百貨店ごとのカスタマイズ問題、広告掲載フィー問題などがあり、それらは量販店側に有利なように設計されていたのです。新規参入である私たちは、この力関係の改革を図りました。
改革の可能性を探っていくつもの百貨店をまわってみると、全国規模の大手百貨店にはやはり入り込む余地がなさそうでした。もし無理にお願いしようとすると、旧来の商慣習の順守が前提となってしまうわけです。
しかしギフト市場を俯瞰してみると、決して順風満帆ではありません。全体的に売上規模は右肩下がりになっており、量販店にとっても利益率は厳しく、さらに消費者意識調査からは「商品ラインナップがマンネリ化している」という声も聞かれていました。私たちは、「中元・歳暮商戦を改革しなければ」という意欲を持つ百貨店は当然あるだろう、と見込んでいました。
私たちはそして、関西地域に強みを持つ百貨店を見出します。返品問題やカスタマイズ問題などを改善する意向が潜在的にあり、何より若手バイヤーの方の熱心さに協働の可能性を感じました。
バイヤーを通じてこの百貨店には「P&Gの製品を導入することで、日用品ギフトの売上や利益の改善に寄与します」と熱意を伝え、一緒にビジネスを創っていく関係を確認しました。そして、一年目の売り場は小規模なスペースではありましたが、ともかくもチャンスを作ってもらうことができたのです。何より私たちにとっては、ギフト市場に参入できた喜びを感じるものでした。
商戦が終わるころには、思惑通りの結果が見えてきました。消費者は目新しいP&Gのギフト商品に魅力を感じてくださり、小さな売り場で大きな売上を達成したのです。協力してくれた百貨店にとっても、ギフト市場の再成長を予感させるものでした。
一年目の成果を見て、この百貨店が継続的に取引を続けてくれたのはもちろん、他の百貨店2社も翌年には取引を打診してきてくれました。そして二年目でも大きな成果を挙げたことで、三年目には全国すべての百貨店が取扱いアイテムに加えてくれることになったのです。しかも、メーカーに厳しい従来の商習慣をガラリと変えての関係構築となりました。関西でのスモールスタートによって、三年目には日本のギフト市場の様相を大幅に変革することにつながりました。

■サプライヤーとの協働と需要予測

ギフト市場への新規参入にあたっては、一般的な日用品市場に比べて包材が追加的に必要になります。この包材コストをどのように抑えるかという点にも苦心しました。それまで包材自体が重要な材料費として考えられていなかったため、従来はサプライヤー1社との取引を続けていました。しかし本格的にギフト市場に参入するとなると、当然総コスト抑制のために相見積もりが必要になります。
私はまず、もともと付き合いのあったサプライヤーの担当者に、「夢」を語りました。もちろんビジネスですから、最終的には相見積もりでの数字が勝負となりますが、ともに新しい市場で戦っていく仲間としての関係を続けたかったのです。私たちが仕掛ける戦略の売上予測を共有し、お互いの役割と機会を確認しました。
その結果、サプライヤーとの売上見込みの共有が奏功して、包材コストを劇的に抑制することに成功しました。一年目から二年目にかけてギフト商品の売上は8倍になった一方で、包材コストは2倍程度にしかならなかったのです。
この正確な売上予測の背景には、実は量販店の協力がありました。従来、ギフト市場は特注ということもあり品切れが当たり前の世界でした。この現実を改革すべく、私たちは量販店からの販売予測に応じて生産するシステムをつくったのです。特注ではなく一般市場の製品の横展というビジネスモデルだからこそできた取り組みと言えます。
量販店としても欠品を防ぐことができ、私たちメーカーとしても生産が効率化され、さらに上流の包材メーカーにとってもコストを抑えることにつながったのです。バリューチェーンの上下を私たちが結び、協力体制を敷いたことが成功につながりました。

■その後のギフトビジネスの成長

「What is OSEIBO?」から始まったギフト市場への参入は、三年後に全国展開された後も順調に成長していきました。卸業者、量販店、サプライヤーなどの現場を走り回って築いたビジネスは、P&G全社を巻き込む事業へと拡大していきました。現在では、全社的な商品情報管理から包材を含めた原材料費の予測までを業務部門と共同でマネジメントしています。
何より私が誇りに思うのは、関係するパートナーを巻き込みながら、生産性の高いビジネスを構築できたことです。パートナーの強みを引き出し、無駄を可能な限り削る仕組みによって、P&Gとしては現場1人および本社1人の2人でギフトビジネスを担当することができています。

■マーケティング戦略への示唆

以上、私が実際に推進した2000年前後のP&Gによるギフト市場参入について具体的にご紹介しました。実際には、現場を回っているうちに次第に全体像が見えるようになり、その仮説を基にさらに情報を集めて再度検討するという流れがあったわけですが、最後に、成功のポイントを抽出して紹介したいと思います。

①業界の構造変化を機敏に捉えること
本ケースの場合、ギフトカスタマーの物流戦略転換によって危機に陥った卸業者の存在を察知し、その卸業者との協業の可能性を企画しました。油断していると見落としてしまいがちな動きでしたが、その影響がどのように拡大するかということを想像し、最初のパートナーを見出すことができました。

②新規参入であることを活かして、従来の商習慣を変革すること
長期に亘る取引関係があると、どうしても関係が固定化してしまいがちです。自社に不利な関係でも、いったん始まると変革するのは容易ではありません。私たちは新規参入だからこそ構造を変革できると考え、特にファーストステップにおける契約内容にこだわりました。その結果、全国的な商習慣の変革につながったのです。

③取引先をパートナーと考え、共同でエコシステムを構築すること
単純に相見積もりでの数字で買いたたくのではなく、ビジョンを共有することで長期での協力関係を引き出しました。P&Gでは外部パートナーとの「協働」を大切にしており、パートナーの売上や利益をいかに向上させるかという視点を持っていました。今回のケースは、その成功例と言えるでしょう。

私自身の話なので、あまりにきれいにまとめることには若干の違和感もありますが、要点を整理すると上記のようになります。もちろん実際のビジネス構築の現場においては、先の見えない不安につぶされそうになりながら、暗中模索で進めていくものだということを最後に加えさせてください。本ケースの紹介が、皆様の新事業創造のヒントになれば幸いです。

 

 

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