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グローバル・フィールドにおける『対話』による技術系ビジネスリーダーの養成

ニューチャーネットワークス 取締役 シニアコンサルタント
福島 彰一郎

製造業は技術ベースのビジネスを行っており、その技術を深く理解する技術者が製品開発・事業開発において中心的な役割を担う場面は多い。既存事業の技術開発課題への対応や特許出願は当然として、技術をベースにした新製品開発・新事業開発・新市場創出、自社技術の標準化の働きかけ、アライアンス・M&Aにおける技術のデューデリジェンスまである。特に技術ベースの新事業開発・新市場創出は技術者ならではの、技術者がリードすべき重要なミッションであろう。
 
いま国内市場は低迷し、中国・アジア市場などの新興国の経済成長が著しい。日本製造業は従来は販売や生産という特定の機能組織レベルの海外進出であったが、国内事業環境の「六重苦」も背景に、今後は事業レベルでの海外展開が加速していくものと予想される。そこでは開発部門も含まれ、技術者も中国・アジアに出向いて、新事業・新市場創出につながる活動をリードしていくことが求められる。

■技術者の2つのキャリアパス ~スペシャリストかビジネスリーダーか~

企業における技術者には、基本的に2つのキャリアパスがある。1つは、特定技術分野におけるプロフェッショナルとしてのパスである。もう1つは、技術系の管理職のパスである。
 
まず前者のプロフェッショナルとしてのパスであるが、特定技術の知識・経験が「そこそこ」あるだけではグローバル競争の中で生き残るのは厳しい。新興国における技術者育成は盛んであり、多くの技術者が育成されている。米国のトップクラスの大学・大学院への留学数も多く、多くのPh.Dホルダーを輩出している。また彼らは生活水準や所得の向上のために学びチャレンジすることに非常に貪欲である。中国やインドになると人口も日本よりも一桁大きく、輩出される技術者人口も桁が違う。
 
一方、日本はどうだろうか。人口も1億人程度で、中国・インドなどに比べれば技術者の絶対数は相対的に少ない。質の面をみると、9時出社・5時帰社の『サラリーマン型』の技術者も多いなどという話も聞く。サラリーマン型の技術者では、大した技術イノベーションはでないだろう。イノベーションとはオペレーショナルな業務からは生まれない。昼夜関係なく集中的に取り組んでようやく生まれるしろもののはずである。海外の技術者にこれからどんどん追い越される時代がすぐそこまできている。
 
しかも、日本人の場合は、基本的には人件費が高い。また技術開発においては、技術は自然科学という「プロトコル」があり、言葉を超えてある程度の意思疎通もできる。特定技術の専門性の高さだけなら、企業が日本人よりも海外の人材を雇用していくことは容易に想像できる。グローバルレベルでトップクラスの技術者として、会社などの組織を超えて、通用するだけのレベルまで極められればよいが、そこまでいけるのはほんの一握りの技術者だけではないか。
 
そのような背景もあり、日本の技術者としては、もう一つの選択も平行してもっていてもらいたい。技術系の管理職のパスである。しかし、ただ管理するだけでは付加価値が低い。技術について知見があることを活かし、いろんな技術を目利きして、技術を組み合わせて、製品や事業、新市場創出につなげるリーダーになることが望ましい。このような人材をニューチャーネットワークスでは『技術系ビジネスリーダー(TBL:Technological Business Leader)』と呼んでいる。

■海外市場で事業成果を出せる技術系ビジネスリーダー(TBL)の要件とは

このTBLにはどのような要件があるだろうか。なんといっても一番必要な要件は、海外市場における事業戦略をリーダーとして構想・実行し、事業成果を出せるということである。そこでは事業を実行する上で必要な多様な知識・スキル・思考・行動を『一式』もっていることが求められる。
 
知識・スキルとしては次のようなものがある。

  • (技術)生産技術などの自社のコア技術の理解、コア技術および周辺技術のイノベーション
  • (市場)市場トレンド、業界全体の動向、顧客動向、競合他社動向、パートナー動向
  • (自社)国内だけでなく海外拠点まで含む自社事業の現状の理解
  • (ビジネス知識)理念・ビジョンの設定・浸透、国際会計・金融、製品コンセプト企画、ビジネスモデル・エコシステム構想、知的財産・標準化戦略、アライアンス・M&A戦略、組織戦略、地域への社会的価値と自社ビジネスの経済的価値の両面からの事業構想

 
思考・行動としては次のようなものがある。

  • 技術者としての「哲学」。「そもそも技術とは人や社会にとってどのような存在であるべきか。」「自分は何のための技術開発を行うのか。」「どのような思考・姿勢で自分は技術開発を行うのか。」ということについてある程度普遍的な考えをもっていることである。それなくして、多様な国籍や価値観をもつ知的レベルの高い技術者に対してリーダーシップはとれない。
  • 技術開発への『情熱』とビジネス視点から技術をみる『冷静さ』をもっている。技術開発という不確実性のある取り組みをするためには情熱が必要であるが、もしその技術がビジネス的にみて価値がないときには、冷静にその技術をあきらめて、次の技術テーマに取り組めるかということでもある。
  • 10人中9人反対しても、自身のテーマに信念があれば、やりきるタフさがある。新しいことを行うときには、不確実性も高いために、周囲の人は大抵批判するものである。そのようなときに、信念に基づき一人でもやりきる覚悟があるのかということである。
  • 技術という言葉を通じて、多国籍・他分野の技術者と境界横断的にコラボレーションできる。技術者ネットワークをもつ。技術イノベーションは他分野の技術同士の融合からもたらされることが多い。好奇心をもって他分野の技術者と交流・人脈をもつことも必要である。
  • 少なくとも試作や量産準備段階まで主体的にコミットしようとする事業化マインドがある。事業立ち上げで必要な他業務内容を理解し、各業務の大変さも理解し、さらに心情レベルで共感し、他業務を巻き込める人間性をもっていることも必要である。
  • リーダー自身が特定の技術分野で高い専門性と実績をもつ。技術者に対するリーダーシップをとる上であったほうがよい。技術者はリスペクトする技術者のいうことに従う傾向も見られる。
  • 上記要件を満たすTBLの出現を自然発生的に待っていたのでは、企業はグローバル競争で負けてしまう。企業は組織として戦略的養成を行っていく必要がある。TBL養成ということでは、例えば、下図のようなプログラムが効果的と弊社では議論をしている。

 
 
プログラムの大まかな流れとしては次のようになる。まず、経営トップがトップダウンで戦略テーマ設定する。次に、テーマ検討に必要な知識・経験をもった人材をメンバリングする。そして技術者に戦略検討に必要な知識インプットしつつ、戦略テーマを検討してもらう。それを検証するために、国内外のフィールドにでて潜在顧客やパートナー候補とヒアリングなどを行う。それにより戦略内容をバリューアップしていく。そこでは顧客やパートナーの巻き込みも実際には行う。ヒアリングなどにより検証した戦略についてトップ報告・議論を行い、より詳細検討すべき価値ある事業戦略は人事ローテーションもからめて実行に移すというものである。このような取り組みによって、ビジネス的に意義ある成果を出しつつ、TBL養成を戦略的に行っていくことは「費用」でなく、戦略的な「投資」となるはずである。

■グローバル・フィールドにおける厳しい「対話」を通じてTBLは養成される

プログラムの中にもあるが、このTBL養成で重要なのは、必要なビジネス知識を学んでつくった戦略仮説を検証するためにフィールドにでて潜在顧客やパートナー候補とのヒアリングを行うステップである。ヒアリングといっても、一方向的に話しを聞くのではなく、検討している戦略内容を検証・バリューアップするための厳しい「対話」である。この「対話」は技術者養成において非常に効果がある。
 
社内の「ぬるま湯」と違い、第一線の厳しいビジネス環境で日々仕事をしている相手との交流は緊張感がある。戦略仮説が正しく顧客から高い評価をもらうこともあれば、戦略仮説が間違いであり全否定されることもある。しかし、そこでの成功や失敗はすべて自身を成長させるよい経験となる。顧客との対話の中で、創発的に新しい製品・事業アイデアに気づくこともある。対話を通じて、信頼関係も醸成され、貴重な人脈となり、将来ビジネスが立ち上がったときに協力してくれるアライアンスパートナーにもなるかもしれない。そして顧客や他社の技術者との交流は、自身の技術者としての哲学や信念を相対的に眺めるきっかけにもなり、より深い思慮のもと、より普遍性のある哲学や信念をもつきっかけになるかもしれない。それによって日々の思考・行動もがらりとかわるはずである。これをグローバルまで範囲を広げて行った場合、その多様性による創発的な期待値を考慮すると、コストよりも得られる成果は大きくないだろうか。
 
しかし、大手製造業にコンサルティングでお邪魔すると未だに社内に閉じこもっている技術者が多いのが現状である。技術者のいる場所は研究所や工場というように顧客のいる場所から離れているケースが多いことも原因としてもちろんある。顧客のところに赴くことを奨励・サポートする仕組みがある企業はまだまだ少ない。技術者にしてみると顧客に会うのはクレームをもらったときくらい、その他顧客の声は営業のレポートで来るくらい。レポートで活字になっているので、微妙なニュアンスがよく分からないといった具合である。その他、そもそも顧客とのアポイントのとりかたもわからないし、顧客との対話といってもやり方がわからない。恥をかきたくない、下手に顧客先で発言したら営業に怒られるのではないか、という心理も働く。それによってますます外にいかなくなる。
 
社外にいくことは怖いことではない。自身の技術について仮説をもった上で、外にいってみよう。技術開発を何のために行っているのか、という自らの哲学を改めて問えば、それは決して自身の自己満足のためだけにはならないだろう。誰かのための技術のはずである。顧客のため社会のため環境のため、といった自分以外の誰かのためになるはずである。技術者は自分の開発テーマがあるのであれば、その内容を検証し、よりよいものにするために顧客との対話を行うべきである。開発で忙しいというのは理由にならない。顧客との対話は重要であり、そのための時間を全体の1割でも創り出すべきである。
 
技術者は『試作までつくらないと顧客とは会えないのでは?』と心配するかもしれないが、必ずしもそうではない。顧客は意外と会ってくれるものである。国内顧客も海外顧客も自社の事業に有益な情報を欲しがっている。試作ができておらず、コンセプト段階のものでも、将来、優れた製品が開発されるというのであれば喜んで議論や情報交換したいビジョナリーな企業も世界には多くあるのである。顧客に響く提案であれば、開発途中でも二度、三度と交流していくこともでき、将来、製品が量産されたときに真っ先に買ってくれるユーザーにもなるかもしれない。
 
このようフィールドでの対話を技術者が行うためには会社としてのサポート体制も必要である。出張費、調査費の支給、ヒアリング先のアポイントメント取りサポート、データベース化した過去のヒアリング先情報の提供、公開してはいけない技術・ノウハウの知財部によるチェックサポートなどである。
 
日本製造業は競争力があるといわれた「すりあわせ型」製品までシェアを競合にとられ始めている。しかし、そのような製品の開発・生産を支えた『生産技術』などの強みはまだ残っている。その強みがあるうちに海外事業を立ち上げ、そこで収益をあげて、日本にその収益を貫流し、次の技術イノベーションを行うスキーム構築を目指していきたいものである。
 
次回は、技術者が顧客やパートナー企業と『対話』を行うための具体的な手順などについて紹介したい。

 

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