高利益を達成するための生産財マーケティングとは(5)
営業というのは、私自身も現場で日々試行錯誤しながら行っております。私はもともと、30才手前までセラミックス材料の基礎研究者でありました。材料・化学の類いの研究というのは黙々と一人で作業することも多かったため、下手をすると丸一日誰とも口をきかないこともありました。そんな生活を長く送っていたためか、コンサルティングの世界に入り営業をしたときには、結構な心理的ハードルがあったものです。
とはいえ、現場でもがきながら10年以上営業活動をやっているうちに、読みにくいところはあるものの、営業もエンジニアリング的な側面があり、論理的なものであることがよく分かってきました。営業活動をしたからといって必ずしも受注できるわけではないですが、その確率を少しでも高めることはできます。
今回と次回の2回に渡って、特に「営業活動に慣れていない技術者向け」に、多少基本的なところから「6.『束にした顧客群」毎の販売戦略」についてポイントを紹介していきたいと思います(図1)。
高利益をあげるためには訴求力のある製品をつくることが基本ですが、顧客がその製品から期待される価値に関心を持ち、顧客から問い合わせがこないことには、受注もなく売上もありません。企業の購買においては、安ければ買うというような消費財にみられる衝動買いは、基本的にありません。いくら安いからといっても、必要でないものは買わないものです。よって、自社製品の価値をいかに顧客に知ってもらい受注までつなげていくかという販売戦略が必要となります。
販売戦略は大きく2つのフェーズに分けて考えます。「1.認知獲得フェーズ」「2.受注フェーズ」です。「1.認知獲得フェーズ」は自社および自社製品を顧客に知り関心をもってもらい、顧客から自社へのファーストコンタクトを発生させるまでのフェーズです。「2.受注フェーズ」は、ファーストコンタクトのあった顧客との対話を通じて受注を目指すフェーズです。
顧客への働きかけを行ったからといって必ずしも問い合わせがあったり受注ができたりするわけでもないので、各フェーズを確率的に考えていきます。また『束にした顧客群』によってニーズが異なるため、販売戦略は『束にした顧客群』それぞれについて別々に取り組んでいくことになります。受注後は、製品納品・アフターサービスを通じて満足度を獲得し、自社へのロイヤルティを高めていくことを目指すことになります。
では、「1.認知獲得フェーズ」です。よく「営業にいけ、新しい顧客をとにかく開拓してこい」と社内の営業ミーティングで言われることも多いかと思います。私も経営コンサルティングという業態の会社で、一定の営業責任をもち営業活動を行っているのでよく分かりますが、営業は顧客企業との交渉や受注契約といったフェーズにおいて重要な役割を果たしますが、そもそも顧客をゼロから発掘することは営業だけでは結構タフな仕事です。
消費財の場合は生活者が店舗に訪れるので、潜在的な顧客を見いだしやすいです。「こういう生活者はうちの商品に興味があるのか?」「この商品はよく手にとって見てもらえるが、あの商品はみんな素通りだな」といった具体に、顧客の反応も観察することができます。
一方で生産財の場合、顧客が集まる店舗は基本的にあまり存在せず、ニーズをもった顧客がどこにいるのかすぐには見いだしにくいものです。会って話をしてみて、「そうか、この企業はこのような製品に興味があるのか」と顧客ニーズの存在に気づくことになります。潜在顧客の数が少なければよいのですが、1000社、2000社といった具体に数が多くなると、営業が個別訪問して話をしていては非常に効率が悪くなります。
また、生産財には製造装置やシステムのように単価の高い製品もあります。それらの購入においては顧客企業の権限をもった役員クラスのキーパーソンの意思決定が必要となり、キーパーソンに会って製品説明をすることが必須です。しかし、そのようなキーパーソンは基本的に分刻みの多忙さで、知りもしない会社の営業がいきなり来たところで時間を割いてくれることはまずあり得ません。適当に追い払われるのがオチでしょう。
そのようなキーパーソンになんとか時間を割いてもらうには、営業にきた会社が「知っている名前の企業であること」「業界で評判のよい企業であること」が重要条件となります。なぜなら、キーパーソンは多忙といっても、自社の今後の経営について考えなければならず、日々多くの情報を新聞・雑誌・書籍・WEBなどのメディア、独自の人脈から集めているはずだからです。
それらのメディアを通じて、自社情報を事前にすり込んでおくことで、ファーストコンタクトのハードルも大分下がります。米国における生産財の営業に関する調査によると、営業担当の一回の訪問あたりの売上は、顧客が広告に接する環境にあった場合に著しく高くなるそうです。6割程度の企業は、広告をみるまでそのサプライヤーを知らなかったとのデータもあるそうです(参考資料:産業財マーケティング・マネジメント(理論編) (HAKUTO Management) 2009/10/15)。
生産財における広告宣伝のメディアには、大きく分けて「広告」「カタログ・パンフレット」「展示会・セミナー」「企業WEB」「デモ機・ビデオ」などがあります。それぞれの基本的特徴は図2のようになります。
「束にした顧客群」のキーパーソンらがどのような情報ソースから情報を得ているのかを調べて、自社製品の情報を発信していきます。どのような情報ソースを使っているかについては、特段、機密事項でもないので、顧客や業界関係者(雑誌社など)にヒアリングなどすることで比較的判明しやすいのではないでしょうか。
メディアを通じて発信するメッセージは、相手の課題を引き出し、使い方やベネフィットが直感的にイメージしやすい簡潔な表現になっているかが大切です。商品や価格の一覧表や、長文の説明などのみではだめです。顧客にとっては長時間の説明は不要で、要点さえ分かればよいのです。
メッセージを相手に合わせた言葉の工夫もポイントです。同じ製品であっても、相手によってバックグランドや知識レベルが異なるため、表現方法を工夫することも時には必要です。技術に詳しい顧客であればメッセージに技術的な説明も入れて論理的に説明するのが良く、技術に詳しくない相手であればベネフィットと実績を中心に説明するのが良いでしょう。
そして、異なるメディア間における「一貫性」です。内容に矛盾があると顧客が違和感を持ち、信用度が落ちて問い合わせ確度が下がり、ブランド力も下がります。これは非常に当たり前のことではありますが、グローバル展開の際の特に重要なポイントです。海外の現地法人に広告宣伝活動を権限委譲してまかせると、各現地法人はそれぞれ独自広告やカタログ、パンフレットを作り出します。顧客企業の事業活動がその国・エリアに留まっているうちはいいのですが、クロスボーダーで事業活動を展開しだすと、自ずと人材もクロスボーダーで行き来します。そこで「あの会社は米国と欧州と日本で言っていることが違うじゃないか。大丈夫か?」となるわけです。これでは信用度が落ちてしまい、受注確度が落ちることになります。
一貫性のあるメッセージ発信によって競争力をあげた事例としては、横河電機のグローバル・マーケティング事例が非常に参考になります(参考資料: Japan Marketing Journal 112、2009年)。横河電機は、制御機器・システム・計測機器などの製造・販売を行う産業エレクトロニクス・メーカーです。同社のIA(Industrial Automation:生産制御)事業は、2000年代に5年間で売上を2.3倍に伸ばすという急激な成長をとげています。既存顧客からは製品・サービスについて非常に高い評価を得ているものの、世界市場全体における認知度は低く、また世界の各拠点におけるカタログ、セールスツール、顧客へのメッセージ内容など不揃いでした。営業活動も属人的であったこともあり非効率で、既存顧客からも「システムは堅牢そのものだけれど、貴社とはつきあいにくい」という声まで聞こえるありさまであったということです。
そこで「横河らしさ」を明文化し、提供価値を「Vigilance(寝ずの番)」と設定して、一貫性のあるコミュニケーションツールを作成し、共通の顧客アプローチを世界の各拠点でとりました。それによって横河電機の認知度は格段にアップし、北米で60%、その他エリアで100%というレベルまで達しました。アプローチした新規顧客企業内における購買プロセスでも、関係者の横河電機への信頼感が高まり、新規受注を後押ししたとのことです。このように、一貫性のあるメッセージ発信による認知度アップ、良いイメージ形成というブランド戦略は、グローバル展開を考えると非常に重要なのです。
そしてグローバル市場では、国内以上に多くの潜在顧客があり、それらを広く効率的にカバーする必要があります。巨大組織も多数存在し、購買の意思決定も多様な組織メンバーも巻き込んで行われます。しかもグローバル競争激化により購買の意思決定にもあまり時間をかけられない傾向はますます強まります。それらの一方で、特に近年の背景として、1つの製品を作りあげるのに多種多様な部品・材料があり、それらの技術革新スピードも速く、ますます高度化していくという流れもあります。それにより、顧客サイドの購買関係者の製品・技術に対する理解が間に合わないケースも増加傾向にあります。購買において、製品の品質やスペックをつっこんで判断することが困難な組織メンバーも増加傾向にあるということです。そのようなときに営業を通じての直接接触が困難な層や関係性を築けていない層まで認知されよいイメージをもってもらえていれば、購買の意思決定もスムーズに進む可能性が高くなります。これまで合理性のみが重視され、ブランドは関係ないとされてきたB2B取引でも、ブランドが重要になってきているということです。このような認知獲得の働きかけを「束にした顧客群」毎に行っていくことになります。
次回コラムでは、「2.受注フェーズ」について考えていきます。キーワードは、「聴き込み型の営業」です。売り込み型営業ではなく、よくよく考えた質問によって「聴き込む」ことで、顧客を理解し、解決策を提供するパートナーになる営業アプローチです。営業に苦手意識をもつ技術者にとっても行いやすいアプローチとなります。