「睡眠の障害が関係する様々な疾患、及びバイタルサインと保健指導の連携」~不眠の認知行動療法を用いた睡眠保健指導~(下)
2015年6月19日、弊社で開催いたしました「高信頼多機能ウェアラブル・バイタルサインセンサ 普及啓発トークセッション※」において、北里大学の田中克俊教授に睡眠障害と不眠の認知行動療法についてご講演いただきました。本コラムでは、当日の講演録をご本人の許可をいただき、掲載させていただいております。
ニューチャーネットワークス 山内梓
※本トークセッションは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業である「クリーンデバイス社会実装推進事業/高信頼多機能ウェアラブル・バイタルサインセンサの用途開拓・普及事業」の一環として開催いたしました。
■不眠の認知行動療法
不眠の認知行動療法としてはまず、睡眠教育保健指導のように睡眠衛生教育を行うのが常となっています。これは、睡眠のメカニズムを知ってどのような生活が睡眠のためには望ましいのか、もしくは、どういったものが睡眠を妨害するのかといった知識の伝授です。しかし、睡眠は人それぞれ異なりますので、睡眠の基礎的な知識を得た上で個人保健指導という流れが中心になります。
認知療法としては、睡眠障害のアセスメント、すなわち睡眠状態を知るということが中心になります。眠れないと考えすぎて緊張し、眠りの質が低下する悪循環になりがちですから、不眠への過度の不安や心配を和らげてリラックスできるようにするといったことです。認知療法というと難しく感じられるかもしれません。確かに、認知の鍵となるものがないとすごく難しいです。認知療法の一番効果的な方法は「思ったより眠れている」という安心感を与えてあげることといえます。睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害といった睡眠の病気の方を除けば、それ以外の不眠を訴えている多くの方は実際には眠れているのです。必要以上に寝ようとするから睡眠が浅くなり悪循環をきたしているわけで、睡眠時間を少し短くしたら深い睡眠がとれるようになっていますよ、と伝えると「ああ、そうなんだ」と安心感を得ることが出来るわけですね。睡眠状態を知ることができる道具があれば、比較的簡単に認知療法は終わります。
行動療法としては、寝るとき以外は横にならない、日中仮眠をとらないようにする、遅寝早起きにしてみるといった睡眠の質を改善するアプローチです。起床から就寝までの時間が長ければ長いほど、睡眠圧が高まり深い睡眠をとりやすくなります。また、睡眠リズムを崩さないよう体内時計を整えるために日中は光を浴びる、食事や運動、入浴などを工夫して深部体温を上げ、睡眠前の体温勾配を急にすることで睡眠の質を良くすることができます。寝る前は覚醒作用を起こしてしまうカフェインを避けてノンカフェインの飲み物にする、寝酒をやめる、光刺激を避ける、リラックスできる呼吸法や音楽、アロマテラピーなども睡眠知識として身に着けましょうということです。体内時計がぐちゃぐちゃのまま寝過ぎてしまって、夜の睡眠が最悪の状態で翌週を迎えるというようなことを内容にすることが大切です。また、不眠の悪循環例として、眠れないのにベッドにずっといることでいつの間にかベッドが苦痛の場所になってしまうことがあります。ソファではうとうとするのに、ベッドに入ったら急に目が覚める、といった状態です。ベッドは寝るとき以外は使わないよう徹底すると、ベッドに入る=寝る準備をするという、緊張の場ではないということを体に覚え込ませることができます。
■適正な睡眠時間は人それぞれ
昨年、厚労省から睡眠指針というものが出されました。私も委員として参加したのですが、最も問題になったのは睡眠時間の扱いをどうするかということでした。睡眠時間は、何時間以上がいいということはありません。海外では7~8時間ぐらいの睡眠時間がQOLや生存率が高く、糖尿病や高血圧のリスクが最も低くなることから望ましいといわれていますが、睡眠時間の算定の仕方の違いなどから、なかなか一様に行きません。睡眠時間のエビデンスはみなさんも集めたことがあるかもしれませんが、海外は日本に比べて長めですよね。寝室に入った瞬間からカウントしているため、実際に寝ている時間はそれほど長いというわけではないという問題もあるので何とも言えないのですが、睡眠指針では結局、睡眠は人それぞれで異なるため、明らかに睡眠時間が短くても睡眠負債のサインが現れていなければいいのではないかという、曖昧な表現にすることにしました。
睡眠負債のサインとは例えば、12~15時ぐらいの時間帯は深部体温が下がるため眠気を感じやすいのですが、それが極端に強いといった場合や、また平日は5~6時間睡眠と短くて平気でも、週末は長く寝続けてしまうというよう状態などです。曖昧ではありますが、そういった判断を元に睡眠不足をチェックして、睡眠負債のサインがあったら睡眠時間をもう少し長く取るようにしましょう、ないようであればそのままでも大丈夫でしょう、ということです。
睡眠保健指導をしてぶつかるのが、8時間神話です。高齢者ではとくに8時間寝なければいけないと信じ込んでいる方が多く、眠りの質が悪いのにまた早く寝ようとすることがあります。ご存じのように、不眠を作り出すのは本当に簡単で、長く寝続けていれば睡眠の質が低下し、誰でも不眠症になれてしまいます。実際は、8時間眠る必要はなく、5時間くらい眠ればおおむね大丈夫です。3~4時間ぐらいしか眠れなくても、翌日、もしくは翌々日に6時間ぐらい眠れば補うことができます。そのようなことを伝えるだけで、認知療法が成功するようなケースもたくさんあります。
■不眠がもたらす心身への影響
睡眠はほとんどすべての社会生活、健康の問題に関わっていると言われています。うつ病では、不眠症状を抱えている人の発症リスクは2~29倍になるとされていまする。定義や診断基準が曖昧なため幅広くなってしまいますが、不眠がうつ病の大きな発症リスクになっていることが分かります。睡眠不足が続いているにも関わらず、眠りたいのに眠れないという本当の不眠状態が続いたところで、精神疾患の発症率が高まることを裏付けるデータもあり、不眠のうつ病を起こす病態や責任病巣は機能障害の方法などとも一致しています。不眠の認知行動療法をすることで、不眠だけでなく精神疾患も改善されるということがわかってきました。世界睡眠学会では、不眠の認知行動療法とか非薬物療法というのは、日常生活のQOLの何を上げることが出来るかということをターゲットにすべきだと盛んに提唱しています。
働く人の自殺の原因は過重労働などが多いわけですが、そのような場合は全例と言っていいほど、先行して不眠症状が現れています。眠れない状態が続いて疲弊が深まるわけです。脳の疲労回復は寝ている間、とくに深睡眠の間に集中して行われているわけですから、それがうまく取れない状態が続いたら生体として非常に弱い状態になってしまうわけですね。それを放っておくことで自殺というとんでもない状態を引き起こすということを、もっともっと真剣に考えなければなりません。
■睡眠とメンタルヘルスケア
自殺予防対策というのは日本全体で大変大きな目的として様々な施策を行っているわけですが、注目すべきは「お父さん、眠れてる?」キャンペーンです。中学生くらいの女の子が不眠気味のお父さんを心配するポスター、ご覧になったことがあるのではないでしょうか。家族や同僚に眠れていない状態があったら、早めに介入しましょう、それが自殺予防になるのだというものです。これは非常に高い期待を集めており、職場のメンタルヘルスケアとして絶対有効だと個人的にも確信しています。
先ほど申しましたように、起きている時間が長ければ長いほど深い睡眠をとれる可能性が出てきますので、返って眠りが浅い時や中途覚醒が多い時は、遅寝早起きにしてあえて睡眠時間を圧迫する。朝早めに起きてしっかり光を浴びる、昼寝をしないようにするとようにすると深い眠りが取れるようになりますよというのが、刺激統制法や睡眠時間制限法で、これらをまとめて睡眠スケジュール法と呼ばれていますが、誰でも出来る話だと思います。
【田中克俊様 略歴】
◆所属・役職
北里大学大学院 医療系研究科産業精神保健学 教授
◆経歴
1990年 産業医科大学医学部卒業
1992年 (株)東芝本社産業医
2002年 昭和大学医学部精神医学教室非常勤講師
2003年 北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学准教授
2010年 北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学教授
◆主要論文 著書
『働く人の睡眠と健康 あなたの睡眠足りてますか?~睡眠不足と睡眠障害~』(監修、アスパクリエイト、2012)
『働く人の睡眠と健康 快眠習慣のための10の方法~ぐっすり眠りたいよりよく眠りたい~』(監修、アスパクリエイト、2012)
『産業精神医学 精神医学テキスト』(改訂第3版)(分担執筆、南江堂、2012)
『精神科必須薬を探る』(分担執筆、中外医学社、2011)
『復職支援の基本的な考え方 医療従事者のための産業精神保健』(分担執筆、新興医学出版社、2011)
『心と体の健康づくり 衛生管理 上 第Ⅰ種用』(分担執筆、中央労働災害防止協会、 2010)
『職域におけるうつ病ケア うつ病のすべて』(分担執筆、医歯薬出版、2010)他