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技術マーケティング戦略のための真の技術経営人材育成

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

 ■中長期の技術戦略を下敷きにした経営ビジョンを語れる経営者は日本に何人いるのか

 日本の上場する製造業などの技術ベースの企業で、中長期の技術戦略を下敷きにした経営ビジョンを語れる経営者は何人いるのでしょうか。中長期の技術戦略をもたず、「構造改革」「選択と集中」といった固定費削減などで短期的に成果を上げた経営者がほとんどではないでしょうか。そういった経営者が長期間経営の頂点に居座ることで、組織の成長の芽を摘み続け、結果、多くの技術人材とその能力が無駄にされていることは問題です。また、そういった経営者が中興の祖としてあがめられてしまっていることもあります。

 製造業の成長発展の根幹は技術です。したがって、経営戦略のベースは技術に無くてはなりません。しかし社長または副社長クラスで、自社技術の発展のビジョンとそれによる社会や市場のイノベーションを自分の言葉で語ることができる人は、今や稀です。多くの経営者が、スタッフやコンサルタントが考えた耳触りのよいキーワードを並べているだけではないでしょうか。そのような空虚な言葉は、社外は当然のこと、社内にも全く響きません。

 日本の若い人のチャレンジ精神の乏しさを訴える人が多いのですが、製造業では問題はむしろ、経営を牽引する50歳代、60歳代の経営者の戦略ビジョン力の乏しさにあると思います。経営者の長期ビジョン力の低下が、将来への開発投資を貧弱なものにし、次の一手、具体的には中期的な成長の力が乏しい、無いといった状況の原因になっています。経営とはいかに投資し、回収するかの命がけのゲームです。目先のコストダウンと業務改善は現場の仕事であり、経営者の中心的ミッションではありません。経営者に中長期投資とそのリターンといった発想が無いため、目先のコストダウンと定期的ともいえる固定費削減を繰り返す悪循環に陥っている企業が多いのです。

■プレイングエグゼクティブでなければイノベーションのタネは見つからない

 しかしその一方で、富士フィルム、東レ、テルモなど、中長期のイノベーションを見据えた優れた経営を行う企業もあります。その様な企業の経営者や幹部社員は、自社のコア技術の視点から社会、市場でどのようなイノベーションが可能なのかを常に自分の目で確認する努力を惜しみません。役員室に座って、スタッフの報告を聴くだけといったスタイルではなく、常に世界の将来の市場や技術動向を、経営トップならではのネットワークを活用して広く把握し、自社のイノベーションの機会を窺っています。今や製造業などの技術ベースの企業の経営者は、プレイングエグゼクティブでなければなりません。自ら動き興味深い情報を発信しているからこそ、効果的なネットワークを構築でき、社会や市場をリードできるのです。まさに経営者自らが自社の技術の可能性を市場に問い続け、価値を企画構想する“技術マーケティング戦略”を実践していなければならないのです。

■次世代の技術経営者をいかに育てるか

 しかし今の経営者のことを云々言っていてもしょうがありません。諦めるよりほかないのです。そんなことよりも、次世代の技術経営者を見つけ、育て、経営トップに据えなければ、日本の製造業の先は無いと思います。技術経営者に求められる経験は以下の様なものです。

 ●ベンチャー経営

 ●新事業・新製品開発

 ●海外での新市場開発

 ●アライアンス、M&Aでの事業の成功

 ●基幹となるコア技術の開発と事業化

 ●製造、設計などで大きな改革プロジェクト経験者

 つまり、グローバルで競争する製造業の経営者として企業をリードする人は、イノベーションへの挑戦経験者でなければならないということです。たとえその挑戦が失敗に終わっていたとしてでもです。

 従って、将来技術経営者にしたい人、または自らがなりたい人は、少なくとも40歳までに2、3回はイノベーションに挑戦していなければなりません。それが技術経営者になるための最低限の資格だと考えます。

 社外のMBAやMOTも悪くはないと思います。しかし、それらは技術経営者の資格にはなりません。技術経営者は、あくまでも現場の実践の中でイノベーションの厳しさ、面白さ、エキサイティングさを体得していなければならないと思います。なぜならば経営者になれば、より高く、厳しく、しかし心躍るより大きなイノベーションに挑戦し、社員をはじめとしたステークホールダーをリードしなければならないからです。

 また、大きなイノベーションに挑戦する前に、小さくても挑戦的なレベルの改善やミニ改革に日常から挑戦することがとても大事だと思います。例えば、仕事の担当を少しだけ変えてみる、120分かかっていた仕事を90分で終わらせる、勉強会を主催してみる、といったことです。そういった小さな挑戦を一定以上実践することで、イノベーションへのベースを築きあげることができます。

 このことは、ベテランになってからも同じです。大きなイノベーションのために、小さな改善で変化することのチューニングをするようなものです。

■自分のイノベーションテーマを持ち追求する

 イノベーションの実現には、どこで何の仕事をしていても自分のイノベーションテーマを考える続ける態度が重要です。大事なのは自分のオリジナルのイノベーションテーマを持つことです。今現在、どこの部署にいようとも、今の組織上の仕事に直接関係がなくても、自分のイノベーションテーマを持つべきです。

 イノベーションテーマとは例えば、「IoTで中小の製造業を束ねて世界を席巻する企業群のビジネスモデルをつくり、開発・製造効率を今の3倍にできないか」「導電性材料を進化させた超低価格高精度センサーをつくれないか」「今の製造コストの1/10で製造できる新技術を開発できないか」などです。

 そして仕事を終え帰宅した後や、休日をつぶしても自分のイノベーションテーマを追求する、追求し続けないと気が済まないといったマインドを持つ人だけが、イノベーションに関わることができると思います。

 一般的には「仕事は効率的に進めるもので、残業する人は仕事ができない人だ」と見られ、確かに一理ありますが、イノベーションの実際は「寝ても覚めても」取り組むことが求められます。強い好奇心と達成欲求で、超人的な集中力を発揮しなければなりません。

■今の常識を壊せ

 今の日本社会は、無意味な型にはまっている企業が多いと思います。残業規制、コンプライアンス、許可制などなど、それが何のためにあるのかを全く考えずに、規則を守るために仕事をするといったことが多いように思えます。その結果、本音と建前が複雑に絡み合って本音かわからない状態になり、コンプライアンス問題を指摘される会社もあります。

 何のためにそれをやるのか。一度原点に立ち戻り、素直に技術のイノベーションで社会や市場でイノベーションを起こすことが社会のミッションで、足し算にもならないM&Aをやることではありません。

 

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