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これからの時代に求められるデザインマネジメントとは

株式会社エムテド 代表取締役 アートディレクター/デザイナー 
田子 學
今回のコラムでは、5月11日(木)に開催いたします『デザイン・シンキング&マネジメント実践セミナー~IoT本格到来時代に求められる業界を超えた「あるべき姿」の構想力~』の講師を務めていただくMTDO inc.の田子學様にデザインマネジメントについてご紹介いただきます。
ニューチャーネットワークス 山内梓

デザインとはラブレター

 初めまして。株式会社エムテド代表の田子學です。私は「デザインマネジメント」を実践する、日本で数少ないデザイナーの一人です。デザイナー以外にも、慶應義塾大学大学院システムデザイン学科(SDM)などをはじめとした教育現場で力を注いでいます。
 私は1994年に東京造形大学を卒業後、24年間デザインの現場にいますが、ここ数年は「経営にデザインをどのように取り入れたらよいのか」という相談を多くいただくようになりました。特に3年前に『デザインマネジメント』(日経BP 社)を上梓以降、大手企業はもとより中小企業、自治体などから講演やワークショップのご依頼をいただくようになりました。経営企画、商品企画、研究開発、営業、広報、法務など、デザインとは一見縁遠いように思える部署の方からお声がけ頂くことが実は多いのです。これらは「デザイン」が戦略的に目的を達成するために、大変有効な手段であると、多くの方に認識されている事の表れだと感じています。
 実は私は「デザイン」の仕事とは、「見えない誰かにラブレターを書くこと」と似ているのではないかと思っています。相手のことを考えながら課題と向き合うこと、良好な関係性を構築しようと努力すること、あれこれと工夫しながら様々な方法で想いを伝えようとすることなど、物事に向きあう姿勢は仕事の現場でも十分に通用することであり、むしろ大切にしなければいけないことのような気がするのです。このような考えにいたったのも、長年デザイン活動を続けてきたからです。最近になって“日本”では「デザイン思考」といった言葉があたかもビジネスのトレンドのように映りますが、むしろ時代の変遷の中でフォーカスされた必然の欲求ではないかと考えています。なぜならデザイン的な視点で物事を考えること自体は、今に始まったことではないからです。
 遅ればせながら、私の経歴を少しお話ししましょう。私は東京造形大学でデザインマネジメントを専攻していました。当時はバブル崩壊直後で、間もなく大量生産も終焉を迎えるであろうと言われ始めたころでした。「モノが大量につくられない時代?そんな時代に必要なデザインとはどんなものなのだろう?」と考え始めたのもこの頃です。
 大学卒業後は東芝デザインセンターに就職しました。ここではインハウスデザイナーとして家電、パソコン等の商品開発に加わり、企業における“ものづくりのセオリー”を13年間にわたって習得しました。大企業が抱える課題や工業製品ならではの制約を、イノベーティブな発想で打破することで、ブルーオーシャンを狙った商品づくりやブランド構築が十分可能であることがわかりました。大企業の底力はイノベーションを具現化させる技術力とのシナジーが強力な経営資源であるということです。しかしながら、いかんせん大きな所帯というものは“誰も見た事もない価値”を評価する事が苦手なのか、チャレンジを後押しできない上層部が多いものです。イノベーションを生み出す“環境”として限界を感じる事も多いのでした。
 東芝に勤務した後、ブランド構築を更に追求するために、活動の拠点をリアル・フリート(現アマダナ)という家電ベンチャーへ移しました。ここでは大企業ではなかなか実感することが難しいステークホルダーとの接点づくりに取り組み、消費者へ価値を届け、共有する楽しさを実感しました。さらに同じことを繰り返すことなく、ステークホルダーの期待に答えるために、常に変革し続けなければならないことが「デザイン」であると学びました。そして、企業で働く人々の多くが、このような“シンプル”で“やりがい”に感じられることを自身の「仕事」にできていないということや、それまでの組織のあり方が通用しなくなっているということを実感したのです。
 多くの企業がアマダナの成功事例に続こうと相談に訪れてくださいましたが、全てのブランドがアマダナのブランドイメージと合致するのはなかなか難しいことでした。そこで私は2008年に独立してエムテドを設立し、私の体験をもっと多くの企業・組織・団体で活かしていただきたいなと思ったのです。おかげで今となっては幅広い産業分野や地方自治体において、「デザイン的戦略」を展開するに至っています。

なぜ今『デザイン』なのか

 最近本屋に行くと経営の書棚にデザインとタイトルのついた書籍が多く並んでいます。つまりそれだけデザインが必要とされているということの表れです。ところで読者の皆さんは何故これほどまでにデザインが注目されているのだと思いますか?それを理解するには産業の歴史を紐解くのが一番良いでしょう。
 18 世紀半ばから19 世紀にかけておきた産業革命では、工場に機械が導入され工業化によって量産と消費社会が定着、社会構造に大きな変革がもたらされました。一次産業から二次産業へ発展することによって、多くの労働者=中流階級が生まれたのです。これによって市民の生活の質は格段に向上しました。やがて情報化社会が訪れると、肉体労働に変わってホワイトカラーと呼ばれるナレッジワーカーが経済を牽引します。情報の分析による効率的な経営によって物質的に豊かな社会が実現しましたが、今となっては先進国ではモノが溢れかえる状態です。オートメーション化によって、国内の労働者の仕事がなくなり、労働の中心が賃金の安い新興国に移りました。ノウハウは海外に流出、蓄積されているとわかったころには時すでに遅し、旧来型のモノづくりをするだけでは、価値を創出することが難しくなっているのが実状なのです。
このような背景から、効率を追い求めるだけでなく、いわゆる「右脳的思考=デザイン」に着目しようという流れが生まれたのです。情動に訴えかける、独自性ある美しく感性的な価値。これこそが物質的な豊かさを超えた心の豊かさという価値提供につながるからなのです。ちなみにデザインはロジックと具体的な表現力の両方がそなわっています。ダニエル・ピンクは著書『ハイコンセプト』(三笠書房)の中で、情報化社会の次は「コンセプトの時代だ」と指摘しています。これは右脳的思考を得意とするクリエイティビティをもった人材が主役になる時代を意味しており、そのためデザイナーのように創造性が生産価値とされる人材が注目されているわけなのです。

『デザイン』とは何か

 デザインという言葉は当然外来語です。その言葉の意味は「生活に必要ないろいろなモノを作るにあたって、機能はもとより、美しさや調和を考えて、一つのモノの形態あるいは形式へとまとめあげる総合的な計画、設計」(出典:『現代デザイン事典』(平凡社))とされています。日本においては「意匠」と訳されることが多く、色や形、装飾的な工夫だと勘違いしている人も多いのが実状です。
 もともと欧米では、デザインとは生活環境をより良くしていくための手段だと考えられており、社会性をもった本質的な活動として企業活動に当たり前のように組み込まれてきました。(ですから本文冒頭で『“日本”では「デザイン思考」といった言葉があたかもビジネスのトレンドのように扱われている』と述べたわけです。)欧米では子供のころからデザイン教育がされていますが、日本はまだまだそういう訳ではないでしょう。そのせいか日本の企業活動の根幹でデザインを活かしている例はまだまだ多くないと思います。
 しかし、一方でこうもいえます。デザイン教育を受けてないからといってデザインできないわけではないのです。デザインで最も重要なのは、常に「なぜやるのか」を考え抜くことです。
 例えば製造業の場合、多くの人は「なぜ?」の前に、ついつい「何を?」から考えたがります。しかし前述のように今はモノが溢れている時代。やみくもに何かを生産しても消耗するばかりです。売れないものを作るくらいならば、作らない方がいいかもしれない。だからこそ「なぜ?」に立ち戻って考え抜くことが必要であり、その答えを具現化するプロセスそのものが「デザイン」に違いないのです。

『デザインマネジメント』の役割

 日本は産業や国のシステムを変えなければいけない転換期に来ています。このような状況ではデザインの力は大いに発揮されるでしょう。戦略的に目標を達成するためには、課題に着手する前に見通しをたてる必要があります。プロジェクトには多くの専門性をもった人が集まるため、メンバーのベクトルを常に合わせる必要があるのですが、それがまさにデザインマネジメントです。まるで物語のように一貫したテーマをもってシナリオを作成し、プロジェクトを統括します。これによって場当たり的な対応や予定調和を防ぐことができるのです。対象となるのは色や形の外観にとどまらず、人の心の奥深くに潜在的に存在する新しい価値(インサイト)を呼び起こすことや、サービスといったアプローチも含まれます。これら複合的要素をシステムとして捉えることが、デザインマネジメントだといえるでしょう。
 デザインマネジメントを実践すると、課題の本質を正確に捉えることが可能になります。なぜなら企業の歴史、文化、環境把握、社会情勢や周辺環境の考察等をプロセスに入れることで、企業の抱える課題が本当は何なのかを整理することができるからです。
 そして本質をとらえることによって、既成概念から解き放たれ、目標を達成するために必要条件を客観的に把握し、革新的なアイデアを創出する機会を得ることができます。その着眼点こそが、新たな発見や発明、ひいてはイノベーションの種になることもあるでしょう。
 デザインマネジメントを実践するプロセスで得られる効果は多くありますが、目標の達成以外に副次的に得られる効果も多いでしょう。たとえばコンセプトを作り上げる過程では、ビジョンが明確になるでしょうし、なぜやるのかが明解であれば、チームメンバーの構成や役割も明確になって、チームそのものが活性化することでしょう。プロジェクトが活性化すると、やり甲斐や、やり遂げようというマインドが醸成されます。こういったシナジーがとても重要です。多くのプロジェクトで間違えやすいのは、課題の本質を明らかにする前に、チームメンバーを決めてしまうことです。これでは人員の最適配置ができませんので、課題の整理をした上で必要な人材を社内外から召集しましょう。
 今までの経営は自社の利益を追求することが目的とされがちだったかもしれません。しかしこれからは、どうすれば持続可能な社会が実現できるか、多角的に検討しなければならない時代です。もはや、すべき事とは、モノを沢山つくることでも、分かりやすく目に見える“数字”を追い求めることでもなく、むしろ数字には表れにくい“感性に響く内容”に目を向けなければならないのです。もし「社会の一員」として価値を提供したいと感じるならば、是非デザインを取り入れてみてください。デザインマネジメントが実践できたなら、デザインはあなたのプロジェクトの成功に大きく貢献することと思います。

 

 

【田子學様 略歴】

田子 學/Manabu Tago

田子 學/Manabu Tago

株式会社エムテド 代表取締役 アートディレクター/デザイナー

 東京造形大学II類デザインマネジメント卒。東芝にて家電、情報機器に携わり、家電ベンチャーリアル・フリート(アマダナ)の創設に参画した後、MTDO inc.を創設。企業や組織デザインとイノベーションの研究を通し、広い産業分野においてコンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルにデザインする「デザインマネジメント」を得意としている。 ブランディング、UX、プロダクトデザイン等、一気通貫した新しい価値創造を実践、実装しているデザイナー。
 2013年TEDxTokyo デザインスピーカーとして登壇、慶應大学大学院システムデザインマネジメント研究科特任教授、東京造形大学特任教授、東京藝術大学講師、熊本大学客員教授も務め、iF Design Award Gold、reddot Design Award Best of the Best他世界的なデザイン賞を数多く獲得している。

 

►書籍

デザインマネジメント

デザインマネジメント

田子學、田子裕子、橋口寛 著
定価:2,160円(税込)
発行日:2014年7月19日
ISBN-10: 4822276295
ISBN-13: 978-4822276294

 

 

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