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「顧客経験価値」の基本構造を理解する

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

 先に結論を言いますと商品企画とは「夢にあふれた顧客経験ストーリーという動画作成」であるということです。このことを理解するために、少し難しくはなりますが初めに基本的な知識を解説しますのでご理解いただきたいと思います。基本的な知識とは、顧客経験価値が事業活動全体の中でどのような位置づけにあり、またその中で変化・生成していくか、顧客経験価値を設計するために理解すべき基本構造とはどのようなものかを説明したいと思います。

■事業活動と顧客経験価値の生成・変化

 顧客経験価値という考え方の中で、顧客にとって商品そのものは刺激の一部でしかありません。顧客経験価値は、商品情報、広告はじめ、家族や周りのコミュニティ、商品のフィロソフィーや背景にあるストーリーなどの影響因子から生成されます。さらには世の中の動き、社会トレンドや企業が発信するコーポレートブランド、企業戦略などの影響因子からも顧客経験価値は生成されます。例えばアウトドア向けのアパレルや用品を販売するパタゴニアは、近年の地球環境保護のトレンドが後押しし、また自らも環境保護のフィロソフィーや商品や商品以外における数々のドラマチックなストーリーを持っています。そしてユーザー自身がパタゴニア商品を購入し、利用することで、その経験価値そのものが、顧客同士で共有する経験価値になっています。それは顧客の1日の生活の中で時折意識され、経験として認知されます。実際はどのようなことをおこなっているかわかりませんが、パタゴニアは何かしらの顧客経験価値を測定、分析する方法を持っていると思われます。その分析結果は、商品・情報広告などと顧客経験価値のリデザインにフィードバックされると考えられます。
 また顧客経験価値をうまく引き出す仕組みがビジネスモデルであると考えると、パタゴニアの場合は、店舗、ECサイト、ホームページ、社員とその家族、直接ビジネスにはならない自然環境保護に関わる多くの社会活動などによる仕組みがビジネスモデルであると思われます。
 以上のように顧客経験価値とは、商品やその情報、広告だけでなく、商品のフィロソフィーからストーリー、家族、コミュニティ、コーポレートブランド、企業戦略、販売チャネル、パートナーなど様々な要素とその関係性から生成され、常に変化していくものと考えます。

事業活動と顧客経験価値の生成・変化

■そもそも顧客価値とは何か?

 ところで私たちは「顧客価値」という言葉を日常よく使っていますが、顧客価値とはどのようなものなのでしょうか。よくあるのが、価値とベネフィットを同義語と捉えているケースです。ベネフィットとは厳密に言えば、顧客が受け取る便益つまり「得すること」そのものです。価値とはそのベネフィットを得るために支払う様々なコストを鑑みたものです。従って価値を概念モデルと表現すると、ベネフィットをコストで割ったものになります。
 顧客は常に、商品のベネフィットとコストの両方を考え購入を決定しています。しかしベネフィットも商品の機能だけでなく、ブランドイメージやデザイン、使いやすさなど機能そのものではなく、顧客が感じたり考えたりする要素があります。同時にコストも、顧客が支払う金銭的コストだけでなく、ネガティブナイメージや、使うための学習の面倒くささや難しさなどのコストが考えられます。

顧客価値の概念モデル

■顧客経験価値と直接的商品価値に分ける 

 そこで顧客価値を大きく2つに分け、顧客経験価値と直接的商品価値に分けて考えます。
 顧客経験価値は、前にも述べたとおりシュミットの5つの経験価値モジュール、つまり感覚(SENSE)情緒(FELL)創造的・認知(THINK)行動(ACT)関係性(RELATE)のそれぞれにベネフィットとコストがあると考えます。
 例えばペットボトル入りの冷たいお茶を飲んだ場合、感覚的ベネフィットとしてはひんやりして清涼感が感じられますが、コストとしてはヒヤッとしたり、少し歯にしみたりするコスト(負担)が考えられます。同じに情緒としては自然で落ち着いた情緒的ベネフィットが味わえる一方で、驚きやエキサイティングさに乏しく地味な印象をもつという心理的コスト(負担)が若干生じるかもしれません。創造的、認知的面では、ベネフィットは「自分らしく、落ち着いて」で、コストは「地味で、活性化されない」、行動面では、ベネフィットが「静かな、動じない」コストは「動きが無い、老けた感じ」、関係性ではベネフィットが「相手を受け入れる関係」でコストが「受け身で、消極的」というように、ベネフィットとコストが存在し、経験的コストを上回る経験的ベネフィットが生まれることで、高い顧客経験価値と認識されるのだと考えられます。
 直接的商品価値は、コストは顧客が実際に支払う金銭的コストであり、ベネフィットは商品の持つ物理的機能、いわゆるスペックと考えます。実際はこの直接的商品価値が、顧客への一つの刺激として顧客経験価値をつくり出していきます。

顧客経験価値の構造

■時間的視点でみた顧客経験価値

 顧客経験価値という考え方は本来顧客の時間的視点で考えるものです。わかりやすく言いますと使用前、使用中、使用後という時間軸で顧客経験価値は生成・変化していきます。顧客経験価値マーケティングとは、この顧客の時間軸での経験をいかに効果的に開発するかが目的となります。
 使用前には、商品などに関する情報収集、評価・選択、購入手続、支払、受取などのプロセスがあります。使用中には、使用方法の学習、保管・管理、使用行為そのもの、問題解消、返品、故障修理など、使用後には廃棄、売却、リサイクル、買換などがあります。
 ものづくりにだけに目を向けていると、このような顧客の時間軸での経験プロセスには目が行き届きにくくなります。提供側がモノの断面で考えていても、顧客側は時間軸で考えます。最近話題になり普及し始めたサブスクリプション、シェアリングといったビジネスモデルでは、商品の選択後の使用中、使用後がより重要になります。気に入らなければすぐに解約できるからです。価値を時間軸つまり経験価値で見ることが今後は必須となります。

時間的視点で見た顧客経験価値

 この時間軸でみた顧客経験価値においても、当然ベネフィットだけでなくコストの視点もいれて分析する必要があります。使用前、使用中、使用後で、コストを超えた独自のベネフィットを生み出せれば、顧客は継続して選択してくれる可能性があります。またコストをコストでなく、ベネフィットに感じさせる訴求方法、仕掛けがあれば、高いベネフィットを創造できます。

■優れた顧客経験価値とは「夢にあふれた顧客の経験ストーリー」である 

新商品や新事業企画などで、コンセプトやマーケティング戦略には、独自のインパクトあるストーリーが必要だとよく言われます。ストーリーとは簡単に言えば、様々な要素の関連性を時間的な流れや動きで表現したもので、人に意味を与えるものです。
 優れた技術で商品スペックをカタログに示しても、顧客にはあまり意味が無いことが多いと思います。商品や商品を提供する企業や人の背景などから、顧客が自発的に「夢にあふれた顧客の経験ストーリー」を語ってくれるような仕掛けが必要です。顧客経験価値のデザインとは、この「夢にあふれた顧客経験ストーリー」が起こりやすい仕掛けをあらかじめ用意しておくことです。その点で、先にのべた顧客経験価値のコストは、コストでおわるのではなく、ベネフィットに置き換えることがありえますし、世の中の大きなトレンド変化が、顧客経験価値というストーリーに大きく影響を与えることが十分にあり得ます。
 このように商品企画は「夢にあふれた顧客経験ストーリー」であると考えていくと、商品企画というものがとても楽しく、エキサイティングな顧客参加型の「動画づくり」に思えてくるはずです。

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