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「自律神経バランス測定によるセルフケアの意義」(下)

産業医科大学 医学部薬理学講座 教授
柳原 延章
2015年6月19日に弊社で開催いたしました「高信頼多機能ウェアラブル・バイタルサインセンサ 普及啓発トークセッション※」において、産業医科大学副学長の柳原延章教授にご講演いただきました。本コラムでは、当日の講演録をご本人の許可をいただき、掲載させていただいております。
第78回は、2015年11月11日に配信した「自律神経バランス測定によるセルフケアの意義(上)」の後編を配信いたします。

ニューチャーネットワークス 会田 明代

※本トークセッションは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業である「クリーンデバイス社会実装推進事業/高信頼多機能ウェアラブル・バイタルサインセンサの用途開拓・普及事業」の一環として開催いたしました。

 

■自律神経バランス測定の更年期障害への応用

 自律神経バランスの測定システムが整ったので、これを患者に応用できないかと考えていました。産婦人科の先生と話す機会があり更年期障害の話を聞いていますと、どうも自律神経系の症状とよく似ていました。女性のライフサイクルは女性ホルモン濃度に関係します。少女期から思春期にかけ血中女性ホルモン濃度が上昇し、20代ごろに最大となりそれがほぼ20年間続きます。しかし40代後半から50代前半の約10年間において急激に血中エストロゲン濃度が下がる時期があり、この期間を更年期といいます。それまで体内に満たされていた女性ホルモンが急激に減少するためいろいろな症状が出てくるわけです。例えば、のぼせ、発汗、冷え、不安、不眠、倦怠感、無気力等が代表的な更年期障害の症状です。この更年期障害の症状は、多くの場合自律神経系の症状と非常によく似ており、自律神経バランスに何か変化があるのではないかと考えました。更年期症状の出現比率を見てみますと、ホットフラッシュと言われる顔のほてりや汗をかきやすい症状の人が約4割弱、腰痛、頭痛、関節痛、めまい、吐き気、疲れ、寝つきが悪い、いらいらする、くよくよするなどの症状も2割から3割程度あります。しかし全く症状のない人も3割ぐらいおられますので、かなり個人差があることがわかります。ある新聞の記事によりますと男性にも更年期障害はあり、中年以降の男性で原因のわからない心身の不調に悩まされたら更年期障害を疑ってほしいと、この記事に書かれています(毎日新聞、長野赤十字病院、天野俊康医師より)。
 自律神経バランスの測定を更年期障害に応用できないかと思い、産業医科大学産婦人科更年期外来担当医師の石明寛先生に共同研究をもちかけました。石先生の更年期障害患者の同意を得て、約3年かけて自律神経バランスを測定しました。ある更年期障害の患者の例では、誰でも一見してバランスの悪いレーダーチャートが表れ、これを患者に見てもらいますと一目で自律神経バランスが悪いと自ら判断されていました。これが治療することによってだんだん良くなってくると「先生良くなりましたね」と患者自身が言われるようになりました。もちろん全部ではないのですが、このような例もあるということです。実際に更年期障害の患者を診断する指標としては、簡略更年期指数(SMI)テストというものがあり、日本の産婦人科で主に使われているテストです。顔のほてり、汗のかきやすさなど10項目を強・中・弱で評価し点数をつけ、スコアを合計したものが0-25は問題なし、26–50は軽症、51以上を更年期障害と診断されます。
 SMIテストのスコアで51以上と診断された患者の自律神経バランスを測定し、健常者女性40名と更年期障害患者40名の平均値を統計処理し比較しましたところ、更年期障害の患者は瞬時反応と活性化持続がやや低下し、心拍変動のゆらぎを表す内在活力のSDRR(sup)がかなり低下していることがわかりました(図3)。さらにSDRR(sup)とSMIの相関関係を調べてみました。縦軸が更年期障害の重症度(SMI)、横軸がSDRR(sup)の値をグラフに表しますと、更年期障害の患者はグラフの左上あたりに多く存在することがわかりました(図4)。つまり更年期障害が重症な人ほど、SDRR(sup)の値が低いと言う事です。この相関性を調べてみますと相関係数r=0.36でやや相関性があり、統計学的には有意であるという結果が得られました。つまり、更年期障害における自律神経バランスの評価において、SDRR(sup)すなわち心拍変動のゆらぎが小さいほど更年期障害の症状が重いことが判明しました(Yanagihara N., et al., Menopause, 21: 669-672, 2014; J UOEH 36: 171-177, 2014) 。

更年期障害患者における自律神経バランス異常
簡略更年期指数(SMI)とSDRRとの相関関係

 

■自律神経バランス測定の更年期障害に応用した実証実験の結果

  「更年期障害患者を対象にした、自律神経バランスのセルフモニタリング評価」を、株式会社東芝のSilmee (シルミー)を用いて測定しました。実施期間は2015年1月~3月、北九州市小倉にある「みつもとクリニック(光本正宗院長)」の更年期障害患者と同じく北九州市にある「株式会社サンキュードラッグ(平野健二社長)」の女性従業員(健常者)の40歳~60歳を対象としました。まず、Silmee で得た値と従来の心電計で得られたデータがどれぐらい異なるかを見てみました。患者が同じではないため一概に比較は出来ませんが、平均値を出してみたところ6つのパラメータの中でいくつかの項目で少し高くなったり低くなったりする結果が出てきました。今後Silmee を用いて測定をする場合は、Silmeeを用いて測定した健常者のデータをコントロールとして用いなければならないと考えています。
 健常者コントロール群と更年期障害患者群の基礎データは、年齢平均値はほぼ同じ、SMIテストでは健常者群の平均値は25点、更年期障害患者群の平均値は66点です。更年期患者の血中エストロゲン濃度は例数が少ないですが14と5 (pg/ml)と、正常値が80 (pg/ml)以上であることからかなり低いとわかります。薬物治療は、更年期障害患者は、女性ホルモンを8名が投与されていました。SMIテストの10項目を棒グラフにしてみますと、10項目全てのところで更年期障害患者のSMIスコアが高いことがわかりました。特に寝つきが悪い人や眠りが浅い人、怒りやすい人やいらいらする人に高い傾向がありました。健常者(12名)と更年期障害患者(16名)の自律神経グラフの比較では、上述した活性化持続と内在活力の2つの点において更年期患者群の方が少し低下する傾向でしたが、有意差はありませんでした。上述した更年期障害患者の結果と異なった理由として、今回は測定例数が少なかったことなどが考えられます。
 今まで紹介した自律神経バランスの測定方法は、最低でも1人あるいは2人の測定者が側にいて被験者を測定する必要があります。この測定操作を大部分自動化し、被験者自身で1人でも測定できないかを考えてみました。そこで、自動で測定できるアプリケーションソフトを東芝デジタルメディアエンジニアリング株式会社に依頼し作成しました。そのソフトを搭載した電子タブレット(東芝製、レグザタブレット)を用いて自律神経バランスを測定した後、簡略更年期指数(SMI)テストをマークシート形式で回答しますと、自律神経バランス測定の結果と更年期障害のレベルが自動的に見られるソフトを開発しました。まだまだ利用可能なレベルには到達しておりませんが、今後さらに改良して一人で自律神経バランスを測定することが可能なシステムを確立し、セルフヘルスメディケーションに役立たせたいと考えております。

 

 

■まとめ

 以上の結果より今回、東芝製のSilmeeを用いて薬局やクリニックでの健常者や更年期障害患者の自律神経バランスの測定が可能であることを示しました。さらに、1人で測定出来るセルフメディケーション用の自動測定用ソフトを開発しました。更年期障害患者における自律神経バランス測定においてSilmeeは有用で、今後日常生活のセルフヘルスメディケーションにおいて自律神経バランスをチェックする有力なツールとして活用できる可能性を示す事が出来ました。おりしも従業員が50名以上の企業では、今年12月から健康診断でストレスチェックが法律により義務化され、精神健康管理の重要性が増加するとみられております。今回の自律神経バランス測定システムは、例えばスマートホンに搭載し自分のストレス状態をチェックする手段の一つとして応用出来れば、セルフヘルスケアと言う観点から「いつでもどこでも手軽に」測定可能なウエアラブル生体センサになるのではないかと期待しております。

【柳原延章様 略歴】

柳原延章氏

◆所属・役職
産業医科大学 医学部薬理学講座 教授

◆経歴
昭和55年3月 徳島大学大学院医学研究科博士課程(薬理学専攻)単位取得満期退学
昭和56年3月 医学博士(徳島大学 甲号)
昭和55年4月 産業医科大学医学部助手(薬理学講座)
昭和57年4月〜昭和59年4月 米国コロラド大学医学部薬理学 (Research Associate)
平成12年2月 産業医科大学医学部教授(薬理学講座)
平成26年4月 産業医科大学副学長を併任

◆学会活動
日本薬理学会 理事(H24年~)、評議員
日本薬学会、北米神経科学会、その他多数

◆主要論文・著書
1) 『臨床栄養学総論』第6章 食品と医薬品の相互作用、第7章 くすりの見方 
柳原延章(分担執筆)、編集 小松龍史 他 (東京化学同人 2005年)
2) 『高齢者の栄養管理』 第3章(G) 気をつけておくべき薬剤と食品·栄養剤との相互作用 柳原延章(分担執筆)、編集 下田妙子 (文光堂 2010年)
3) 『植物性エストロゲンのカテコールアミン生合成·分泌への影響』柳原延章 他(日本薬理学雑誌 132: 150-154, 2008)
4) “Insights into the pharmacological effects of soy isoflavones on catecholamine system. In : Soy bean and Health ” by Yanagihara N., et al.,(分担執筆)(edit. El-shemy H A.) Croatia, INTECH, 167-180, 2011
5) “Inverse correlation between the standard deviation of R-R intervals in the supine position and the simplified menopausal index in women with climacteric symptoms.” Yanagihara N., Seki M., Nakano M., Hachisuga T., Goto Y.; Menopause, 21: 669-672, 2014
6) 『自律神経システムにおける植物フラボノイドと更年期障害の影響について』柳原延章 他(自律神経52: 13-17, 2015)

「自律神経バランス測定によるセルフケアの意義」(上)

 

 

 

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