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いま一度、成長戦略とは何かを考える ~「良い成長」を追求すべき~

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

心踊らないわが社の成長戦略

 「経営者、ビジネスリーダーに最も大事なことは何か」と聞かれたら、私は「いかなる状況であっても成長戦略を持っていること」と即座に答えるようにしています。「しばらくの間、市場の成長が見込めないから、今年は昨年並みか、微減だ」などは許されないのです。たとえ今年がダメでも2年後、3年後には今よりも成長していなければならなりません。経営者、ビジネスリーダーは、企業を成長させる使命があるのです。

 経営者、ビジネスリーダーは何をすべきか。絶えず市場の将来の動向を探り、事業機会を見つけ、そこに経営資源を投入し、企業を成長させる必要があります。魅力的な成長ビジョンを描き、社員はじめステークホールダーをリードし、それを実現することが求められるのです。

 そのような視点に立ってあらためて自社の戦略を眺めてみると、心湧きたつ魅力や成長性を本当に感じるでしょうか?

 よくあるのが、「10年後に売上1兆円を目指す」「新興国展開で利益倍増」「3年後の海外売上比率は60%」といった目標のオンパレードです。確かに数字上は成長目標が掲げられています。しかし周りの人の心は踊りません。なぜでしょうか? 我々は“成長疲れ”しているのでしょうか?

 経営者の意を受けて中期経営戦略を企画し、発信する経営企画室長はじめ、戦略スタッフ自身の話を聞いてみても、「本音を言えば、もうこれ以上、拡大するのは難しい」といった答えが返ってくることが少なくないのです。

「成長」とは何かが議論されていない

 こうした心踊らない成長戦略を見てみると、その背景には自社にとっての「成長」とは何かが十分に議論されていない現実があります。

 「あなたの会社にとっての成長とは何ですか?」――売上、利益、人員、展開エリア、いったい何を成長させるべきなのでしょうか。実は肝心なことが議論されていないことが多いのです。

 例えば財務的な視点であっても、企業の「成長」を定義すると大きく3つあります。

①    売上の成長
②    利益の成長
③    戦略資産の成長

です。そしてそれぞれの意味を考えていくと、様々な意味の成長が見えてきます。
                
 売上の成長とは、取引先が多くなったり、単価のアップまたは数量のアップなど企業の規模の成長を示します。背景には、ブランド力や認知度のアップ、製品の性能の高さなどによる独自の価値の創造など様々なものがあります。

 利益の成長とは、規模の成長に伴う利益額の拡大やビジネスのうまさによる利益率の拡大などの成長です。利益率のアップの背景には、生産性の向上、規模の経済による原単価や販売管理費の低減などが挙げられます。

 戦略資産とは、企業において人、組織や知識、技術、設備、ブランドなど売上や利益を向上させてくれる“エンジン”です。ですから、戦略資産の成長といえば、これらの“エンジン”の精度が向上し、うまく企業を儲けさせてくれるようになっていくことを指します。

 このように、よく使う財務目標で表される成長戦略の背景には、どのような成長を実現したいのか、規模の成長なのか利益の成長なのか、また能力の成長なのか--明確な意味と意図があるはずです。

原点に帰って自社独自の「成長の定義」が必要

そこで、いま一度原点に立ち返って「自社の成長とは何なのだろうか?」ということを議論することの必要性です。

 ある企業の成長は「取引先からの信頼。その象徴としてのコア製品の品質の向上」であり、またある企業の成長は「社員の知識とスキルの向上がお客様の支援に役に立つこと」です。他にも「人々の健康を維持、拡大すること」「子供の精神と知力の成長」など、企業によって成長するという意味は異なります。

 企業以外の非営利組織では「貧困の撲滅」「子育ての環境の改善」「人種差別の排除」など社会的なことが挙げられるでしょう。そこには企業の存在意義である「経営理念」「ミッション」の存在が見えてきます。

 自社独自の「成長の定義」をさかのぼって追求していくと、理念的なものに到達します。

極端な話をすれば、「売上も利益も成長しなくてもよいかもしれない。お客様の安心、安全を守ることができればよい」ということもあり得ます。例えば、医療関連の仕事がそうでしょう。こうした仕事では、売上や利益の拡大だけが企業の成長戦略だとしたら問題です。患者の健康、安心などを広げることが、成長戦略の基軸であるべきです。

 しかし現実には、「新興国経済が伸びているから、うちの会社も」「中国とインドが成長市場だ。わが社も」「世界シェアNo.1か、No.2」といった数字、規模先行の成長戦略が多いように思えます。

 本来、何を成長させるべきかという理念的なものが抜け落ちたまま、安易に数字に走ると、社員はじめステークホールダーとの間に隙間やずれが生じ、企業経営はうまくいきません。ピーター F.ドラッカーは生前、ことあるごとに「あなたの会社は何をする会社ですか?」という極めて基本的な質問を経営者に投げかけたと言われていますが、企業の成長発展において「なぜ」を考えることはとても大切なことです。

「良い成長」と「悪い成長」

成長戦略の原点が理念であるとすれば、世の中には「良い成長」と「悪い成長」があるように思えます。

 「良い成長」とは、組織の存在意義、目的つまり理念からずれることなく、売上などの組織規模、利益、スキルや知識などの戦略資産が成長拡大することです。一方、「悪い成長」とは、理念もなく、または理念を置き去りにしたままの無謀な成長です。

 今は消滅してしまった2000年代初期のITベンチャーなどの中には、経営理念を持たず、また考えもせずに株式市場に踊らされ、「ビジョンは宇宙へ行くこと」などと話していた経営者もいました。

 時代をさかのぼってみると、日本経済が急拡大していた1960年、70年代の高度成長期にも、政治家との癒着や実態のない土地取引、マネーゲームなどで拡大して行き詰まった企業も多くありました。それらの経営者には、お題目の社訓や理念はあっても、本当の理念はなかったと思います。

 それが結果的に1990年代初めのバブル経済につながり、バブル崩壊後の日本経済の長期低迷につながり、国民は大きな犠牲を払う結果となりました。近年では米国金融界に端を発する、いわゆるリーマンショックによる世界経済の危機的状況が悪い成長の象徴といえるでしょう。

 このように成長には「よい成長」と「悪い成長」があります。自社の今の成長は果たして本当に良い成長なのか。経営者やビジネスリーダーは、本来あるべき経営理念に照らして、いま一度、厳しく考える必要があります。

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