ビジネスリーダーにはソーシャルデザインの考え方とスキルが必須
■MBA発想はもう古い?
ビジネスリーダーにはMBA(Master of Business Administration、経営学修士)の知識、スキルが重要と言われてきましたが、最近そのことに違和感を持ってしまうのは私だけでしょうか。戦略、ファイナンス、アカウンティング、マーケティングなど、ビジネスの世界ではそれらは基本です。それに変わりはありません。しかし、モノのインターネット、いわゆるIoT(Internet of Things)やグローバル社会といった大きな潮流を考えると“ビジネス”といったカテゴリーの考え方でははまりきらないことが多くなってきている様に思えます。
そこで重要なのは視野を広げ社会的視点で物事を考え、問題や課題を見つけ、効果的な解決コンセプトをデザインする“ソーシャルデザイン”の考え方とスキルです。しかし今になって急にソーシャルな視点が必要になったわけではありません。ビジネスはじめすべての経済活動はもともとソーシャルなものなのですが、ここ数十年ビジネスの部分だけがクローズアップされ過ぎたのではないかと思います。人は、おカネなどの資産を増やすことだけでなく、いかに他の人に貢献するか、自分も含めどれだけの心の豊かさをつくり上げていくかといった社会的な価値が重要であることに、多くの人が改めて気が付き始めています。
現代の社会は、インターネットの普及や、移動手段の発展により、個人、企業、組織がネットワークされ、それらが相互に影響し合っているいわば“グローバル・ネットワーク社会”を体験しています。一個人がグローバル社会全体とつながっており、だからこそ個人の考えや行動が重要であることを、世界中の人々が自覚し始めているのではないかと思います。
ビジネスの世界でも、ビジネスのフレームワークで捉えるのではなく、まず初めにより広いソーシャルな視点でとらえ、その上でビジネスを考えるといったように思考の優先順位が大きく変わってきています。大きなパラダイム(社会の価値観)の展開が起こっているのです。
■ビジネスリーダーがもつべきソーシャルデザインでの思考、スキルとは
ではソーシャルデザインでの思考、スキルとはどのようなものなのでしょうか。
① ものごとを社会全体の視点でとらえる習慣を持つこと
② 社会の視点で明確な問題・課題提起ができること
③ 情報発信し、行動しつづけ様々な分野のキーとなる人、組織を巻き込むこと
④ 多様な意見を吸い上げそこからコンセプトをデザインすること
⑤ 一個人でもできるアクションを自らが開始すること
⑥ 小さくてもよいので具体的成果を毎日出し続けること
⑦ 小さな成果をネットワークし、成果創出の加速度をつけること
以上の7つと考えます。次にこの7つの思考、スキルがどのようなものなのかをもう少し詳しく説明していきます。
①ものごとを社会全体の視点でとらえる習慣を持つこと
もしかしたら7つの思考、スキルの中で、ある意味これが最も難しいかもしれません。なぜならこれは自分のことを置いておいて、多くの他の人の視点で物事を考え続ける習慣を持つことだからです。私たちはどうしてもまず自分のことから考えがちです。ビジネスを考える際もいかに自分の部門、会社、業界が繁栄するかから考えてしまいます。社会全体の視点とは、自分を捨てて、他人の視点で物事を考えることです。
そのためには、「これは何のためにやっているのか?」「何か本質的に善いのか」といった私たちのものの考え方の本質を問い直すことから始めなければなりません。テクニックを身に付けるのではなく、理念的なものを心に植え付けるといったことになります。
そう考えると恵まれない境遇、苦労ばかりが多い弱者の立場というのは、他人の立場から思考するための良い機会なのかもしれません。またそういった立場になくとも「共感する強い感受性」をもち、他人の問題を自分のこととしてとらえる力を身に付けることも大事だと思います。
②社会の視点で明確な問題・課題提起ができること
社会の視点で明確な問題・課題が見つかったら、次はそれを社会全体に問題・課題提起をします。例えば子供の貧困の問題であれば「日本の約5人に1人の子供が貧困であり、必要な食事、学習の機会を与えられていない。そこで私たちは何ができるか?」また日本の原子力問題を例にとると「2020年までに日本の出生率低下に歯止めをかけなければ、2040年以降日本の社会インフラが維持できなくなる。出生率を上げるための直接的な対策を考えるべきである」といったような強い問題・課題提起です。
この時点ではたとえ解決策が想定されていなくてもよいと思います。この段階で解決策が簡単に想定されるようであれば強い問題・課題提起ではないのです。問題・課題の重要性を考えて思い切ってそれを提起し周りを巻き込んで多角的で大きな視点で解決策を構想すればよいのです。
③情報発信し、行動しつづけ様々な分野のキーとなる人、組織を巻き込むこと
ソーシャルデザインでは、問題・課題解決のために様々な分野の人、組織を巻き込みます。そうすることによって、問題・課題の全体感をもち、ホリスティックな状況認識からその本質をとらえます。そこで重要なのは対話です。多様な人・組織の意見にしっかりと耳を傾けることです。対話をするには情報発信が必要となります。現在ではWebを活用すれば情報発信はコストをかけずに行うことができます。そのほかテーマを設定して多くの人の考え、意見を結び付けて一つの解決策を創発するワールドカフェなどの方法もあります。その際に意見をうまく引き出すためのファシリテーション力も必要になります。
④多様な意見を吸い上げそこからコンセプトをデザインすること
“ソーシャルデザイン”という言葉の“デザイン”とはどのようなことをすることなのでしょうか。一言で言えば、わかりやすい解決コンセプトを考案することです。解決コンセプトとは、問題・課題をあるべき姿に変える変換システムです。それを誰しもがわかりやすい方法で表現することです。解決コンセプトとは、全体の問題・課題を効果的に解決する範囲を効果的に限定し、それを革新的な発想、方法で解決することです。革新的な発想、方法とは、これまでにない逆転の発想です。これまでにない逆転の発想とはたとえば次のようなものです。
・時代の変化をうまく使った発想
・問題・課題の制約条件を活用した発想
・問題・課題をまったく異なる視点、文脈で捉えた発想
・実際に現場でアクションを起し試行錯誤の中て発見した発想
・解決主体の強みを生かした発想、弱みを強みにするような発想
ソーシャルデザインでは、解決コンセプトを誰にでも解りやすく表現することが大事です。解りやすさとは、シンプルであることと面白そうなことです。面白そうとは、個人的なこととしてとらえてもらえるものです。
⑤一個人でもできるアクションを自らが開始すること
“ソーシャルデザイン”では、課題・問題の解決の基本単位を大きな会社組織や国、行政などよりも、当事者としての一個人に置きます。一個人がなぜそれをやらなければならないかを深く認識し、意志をもって主体的に行動することから始めます。リーダーは組織の管理者としてよりも、自らが1プレイヤーとして身近にできることから周りに影響を与えて、変えていきます。
できることから始めると言う意味で、「マイプロジェクト」と言った表現を使う場合があります。「マイプロジェクト」とは自分が責任をもって主体的に動け、結果を生み出すことができるプロジェクトを企画し、楽しみながら取り組むことです。
楽しみながら取り組むことで、行動量が多くなり、周辺に話しかけることで、自分自身のビジョンが明確になり、取り組みの理由「なぜ」がますます明確になり、確信をもてるようになります。
⑥小さくてもよいので具体的成果を毎日出し続けること
物事を成し遂げるうえで、成果を出すことほど大事なものはありません。成果は最大のモチベーションの源泉なのです。従って成果達成を1年先、2年先に設定すると中々モチベーションを維持するのは難しくなります。私は大きな成果で90日そしてそれを30日、7日、1日と分解してできるだけ達成期間を短くすることを推奨しています。成果達成の期間を短くすることで、意識を集中させ、良い意味で自分を追い込み、持てる潜在力を出し切ることで、困難な問題や課題も達成しやすくなります。
大事なことは隠れている自己の潜在力を出すことで、これまでできなかったことを成し遂げることです。
⑦小さな成果をネットワークし、成果創出の加速度をつけること
不思議なもので一個人の成果は、他の多くの人に大きな影響を与えます。なぜでしょう。答えは簡単です。みな成功したいからです。人の成功にあやかりたいのです。ソーシャルデザインでは、この“成功にあやかり意識“を活用します。「○○さんだって出来たんだから自分は当然できる」と思っていただき、小さな成果を出してもらうのです。その小さな成果はさらに他の人を刺激し、成果を出すための行動に火を付けます。そうやってネットワーク状に広がっていきます。
個人の小さな成果は、個人の中でも他の仕事や生活の思考や行動に良い影響を与え、個人の成長を加速してくれます。
ソーシャルでの課題・問題解決とは一個人の成果が基本であり、それが集積され個人や組織を超えネットワークされて“社会”となっていくのです。
恐らく今回のコラムでソーシャルデザインが皆さんにとって身近なものになったかと思います。ソーシャルデザインは決して難しいものではありません。自分に正直であること、周りとよく対話すること、主体的に行動することがソーシャルデザインの原点です。