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「睡眠の障害が関係する様々な疾患、及びバイタルサインと保健指導の連携」~不眠の認知行動療法を用いた睡眠保健指導~(上)

北里大学大学院 医療系研究科産業精神保健学  教授
田中 克俊

2015年6月19日、弊社で開催いたしました「高信頼多機能ウェアラブル・バイタルサインセンサ 普及啓発トークセッション※」において、北里大学の田中克俊教授に睡眠障害と不眠の認知行動療法についてご講演いただきました。本コラムでは、当日の講演録をご本人の許可をいただき、掲載させていただいております。

ニューチャーネットワークス 山内梓

※本トークセッションは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業である「クリーンデバイス社会実装推進事業/高信頼多機能ウェアラブル・バイタルサインセンサの用途開拓・普及事業」の一環として開催いたしました。

■現代日本の睡眠事情

私は10数年ほど前から、職場のメンタルヘルスの予防医学研究を行っております。職場のメンタルヘルスにおいて、睡眠ケアによる予防効果が非常に高いということを実感しております。人間は、いろいろなものの見方や考え方、様々な環境や作用と共生して生きていますが、結局「寝る」「食べる」という、生き物として基本的なことができていなければ仕事も何もできません。「食べる」ことに関しては、飽食の時代でtoo muchなことが問題になっているわけですが、「寝る」ことに関してはかなりpoorで、知識も含めてそれをサポートするシステムというものも今の日本には不足していると痛感しております。

■睡眠改善は難しくない

 臨床において、原発性の不眠というものはそんなにあるわけではなく、ほとんどないといってもよいかもしれません。不眠は、生活習慣や覚醒させるカフェインなどの飲み物の摂取、光などの刺激となる要因によって妨げられていることが多く、睡眠薬を飲んでいても服薬のタイミングが適正でないため効果が十分に得られず、不眠が解消されないと悩みながら服用し続けている方もたくさんいます。そういった場合は、生活改善や適正な服薬タイミングなど、ほんのちょっとしたアドバイスやサポートで睡眠のレベルを上げることができます。
 日本人は心気的不安といって、健康不安に対する感受性がとても高い民族だと精神医学の世界では言われているのですが、その中でもとくに「眠れていないから健康上問題があるのではないか」という不安が大部分を占めているような気がいたします。その不安を取り除いてあげること、そしてちょっとした工夫でも良くなったという安心感や健康感を高めてあげることによって、睡眠の尺度としては数点の差かもしれませんが、QOLは向上していると感じております。
 例として、相模原市では健康づくり普及員という、市民の健康をサポートするボランティアの方々が180人ほどいらっしゃるのですが、高齢者の方々の相談を受ける中で「眠れない」という悩みが非常に多いそうです。保健師さんは悩みを解消してあげられるようにと、勉強会に参加して睡眠の知識を学ぶ研修をずっと続けています。

■睡眠の可視化で誤認を解消

 熊本県のある集落では、睡眠薬の服用率が非常に高く、同時に鬱の発症例も非常に多く、毎年自殺者が出ていました。村からの要請もあって、集落の担当の保健師さんに協力いただき、東芝の腕時計型ウェアラブル・バイタルサインセンサを使用して睡眠状態の研究を行いました。後でお話しますように、睡眠は実際の状態に対して誤認が起こりやすく、それが行動療法などを行っていく際の障害にもなっているのですが、データ化して客観的して示すことで「実は良く眠れているから大丈夫」「中途覚醒が多いけれど、深い眠りを十分に取ったあとに増えているようだから、それは良く眠れている証拠かもしれませんね」という形でお話しすることで安心していただけて、不眠恐怖症から解放されています。また、その村はお茶の産地でみなさんお茶をたくさん飲まれるのですが、夕方以降は控えるようにと保健師さんから指導した結果、寝つきが改善し深い睡眠も増えるということを客観的にみることができ、睡眠薬の使用を減らすことにもつながりました。睡眠の保健指導を受けた人がそういった取り組みを保健指導に参加できなかった人にも伝えていくことで、改善の輪も広がり、それ以来ずっと自殺者は出ていません。
 睡眠の客観的なデータを得ることで、睡眠の改善の取り組みは誰でも比較的容易に出来ようになる、さらには薬剤師の先生方など専門知識を持ってらっしゃる方であれば高い活用ポテンシャルがあるのではないかと思います。

■不眠の非薬物療法

 不眠改善のための非薬物療法としては、「不眠の認知行動療法」と呼ばれるものがあります。認知行動療法というのはよく耳にされるかと思いますが、専門的な内容が多いhigh-intensity CBT(高強度認知行動療法)に対して、英国などではlow-intensity CBT(低強度認知行動療法)プログラムを開発し、より簡便な治療と予防に繋げていこうというケアが中心になってきています。睡眠保健指導はlow-intensity CBTの中でもとくに低強度なもので、ちょっとした訓練を受ければ誰でも出来るものです。しかしながら、10~20年も前から認知行動療法のエビデンスが謳われているにも関わらず、なかなか日本をはじめとした国々に広まらないのは、睡眠状態の誤認が多いためです。自分では眠れているつもりでも実際は眠れていなかったという、睡眠時無呼吸症候群の方などはそうですよね。一方で、眠れているのに「眠れていない」と一生懸命訴える方もいます。そういった睡眠状態の誤認を克服出来ないがために、なかなか不眠の認知行動療法が広まらず、有効性を実感出来なかったわけです。それに対して、簡単に得られる客観的なデータがあれば随分事情も変わってきますし、誰でも認知行動療法に取り組むことが出来るようになります。

 

次号へつづく)

【田中克俊様 略歴】

田中克俊様

◆所属・役職
北里大学大学院 医療系研究科産業精神保健学  教授

◆経歴
1990年 産業医科大学医学部卒業
1992年 (株)東芝本社産業医
2002年 昭和大学医学部精神医学教室非常勤講師
2003年 北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学准教授
2010年 北里大学大学院医療系研究科産業精神保健学教授

◆主要論文 著書
働く人の睡眠と健康 あなたの睡眠足りてますか?~睡眠不足と睡眠障害~』(監修、アスパクリエイト、2012)
働く人の睡眠と健康 快眠習慣のための10の方法~ぐっすり眠りたいよりよく眠りたい~』(監修、アスパクリエイト、2012)
『産業精神医学 精神医学テキスト』(改訂第3版)(分担執筆、南江堂、2012)
精神科必須薬を探る』(分担執筆、中外医学社、2011)
復職支援の基本的な考え方 医療従事者のための産業精神保健』(分担執筆、新興医学出版社、2011)
心と体の健康づくり 衛生管理 上 第Ⅰ種用』(分担執筆、中央労働災害防止協会、 2010)
職域におけるうつ病ケア うつ病のすべて』(分担執筆、医歯薬出版、2010)他

「睡眠の障害が関係する様々な疾患、及びバイタルサインと保健指導の連携」~不眠の認知行動療法を用いた睡眠保健指導~(下)

 

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