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働き方改革の中の違和感

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■働き方改革に違和感をもつのは私だけでしょうか

 政府主導の「働き方改革」が多くの企業・組織で進められています。それはよいことではありますが、「働き方改革」を行っていること自体に少し違和感を持ってしまうような業界や企業があります。それは、「働き方改革」の対象となる「仕事」そのものが、他社のイノベーションによって無くなってしまう可能性がある業界や企業です。つまり、そのような業界や企業は、「働き方改革」よりも「ビジネスそのもの」を変革する必要があります。
 IoT(Internet of Things、モノのインターネット)は、今やバズワードだと思います。しかし実際には、自動運転や仮想通貨をはじめとした新技術により、多くの産業が変わろうとしている中、従来の「モノづくり」だけをやっていればなんとか生き延びられるという時代は終わろうとしています。強いモノづくりによる地上戦と、空中戦である情報技術を駆使したビジネスモデル戦略を連動させたイノベーションを起こさなければ、働く場そのものが無くなってしまう可能性もある・・・そのような環境に置かれた業界、企業が横並び意識から「働き方改革」を進めていることに、私は違和感を覚えています。
 一方、「働き方改革」のおかげで残業が規制され早く仕事を終えることができるようになった若手社員が、社外で自主勉強会を行っているというケースも最近よく耳にします。それは素晴らしいことなのですが、裏を返せば、会社のトップや経営幹部が実行すべきイノベーションがなされないまま、20年以上コストダウンや効率化だけに取り組んでいることへの若手社員の強い焦燥感や危機感の現れであるように思えてなりません。
 グローバル化、デジタル化、ネット化によって競争激化が進む中で、日本企業は果たして勝ち抜いていけるのかどうか?企業のトップや経営幹部は、「働き方改革」と同時、もしくはそれ以前にもっとやるべきことがあるのではないかと私は疑問を感じています。

■経営者が意思決定を避ける、先延ばしにすることで生産性を下げているのではないか

 日本人全体は生産性が低いのでしょうか?産業構造や雇用制度が異なる外国とは単純に比較はできません。少なくとも製造業の生産現場を見る限りでは、自動化などが進み、限界まで生産性を追求している企業が多いと思います。だからこそ、多くの日本の製造業はここまで生き残ってこれたのだと思います。現場の強さが日本企業の特色です。
 しかし一方で、経営面ではどうでしょうか。一義的には取締役以上の役員の仕事とは、他社に勝る事業領域を探して投資し利益を得ることと、そのリスクの管理です。経営者の仕事とは、経営・事業戦略を構想、意思決定し、実行管理することです。その経営・事業戦略の企画力、意思決定力の弱さに起因した競争力低下による「大きな視点でみた生産性の低さ」が日本企業には存在するように思います。
 「改善」や「コスト削減」で利益を取り戻せている間は問題ありませんが、今はそれが限界に達し、市場から大きなイノベーションが求められている、もしくは想定外の競合が現れて革新的な価値を顧客に提示され、市場を奪われ始めている時だと思います。すでに意思決定が遅いのですが、「意思決定力」や「決断力」の弱い経営者は、さらにそれを先送りにしようとします。そしてそのツケは全て現場に回ってしまうのです。
 継続的な改善、コスト削減などの現場力は、多くの日本企業の強みです。しかし、その強みに依存しすぎて大きな視点での経営・事業戦略に関する「意思決定」「決断」を避け、先延ばしすることが、IoTをはじめとするイノベーションが世界中で次々と生まれている現代で、日本企業を弱体化させてしてしまうリスクとなっているように思います。

■大企業の競合は同業大企業ではなく、スタートアップ企業になるケースが増えている

 大企業の「働き方改革」についてもう一つ気になる点が、スタートアップ企業との働く価値観の大きな違いです。大手銀行の最大の脅威は、同じ業界の金融機関ではありません。急速に普及しつつあるビットコインです。大手自動車メーカーの競合も、同じ自動車メーカーではなくGoogleをはじめとしたIT企業です。
 当然のことながら、大企業とスタートアップ企業では「働き方」が全く異なります。しかし顧客にとって、企業の働き方はあまり関係ありません。もちろんコンプライアンスを遵守することは前提ですが、顧客はより良いモノやサービスを選択します。
 スタートアップ企業は、急速に成長するのが最大の特徴ですから、社員は結果重視で猛烈な勢いで働きます。それが良いか悪いかは別として、大企業との間にパフォーマンスの差が生まれます。いま世界中の多くの若い優秀な人材がスタートアップ企業に入社したり、自身でスタートアップしたりしています。
 会社の存続を左右するのが、過去の実績の上にある同業他社ではなく、異業種のスタートアップ企業であることが多くなった現在、スタートアップ企業との競争に関しても真剣に考えていかなければなりません。この点でも、単純な横並び的に「働き方改革」を現場に指示することは危険であるように思えます。

■スタートアップの要素を取り入れた働き方改革が必要ではないか

 日本の大企業ではイノベーションを起こすのは無理なのでしょうか?簡単に諦める訳にはいきません。私は、イノベーションを積極的に誘発することも働き方改革に取り入れるべきだと考えています。例えば、社内ベンチャーという仕組みをつくったならば、そこは別会社として、意思決定も雇用契約も親会社とは全く別のシステムにするなどです。長い人生の中で、最低3~5年程度、事業イノベーションのために全力を注いでみたいという人は少なくないと思います。そういう人を募り、選抜して、社内ベンチャー組織に入れれば良いのです。採用段階で別口の特別採用でも良いと思います。同様に、社内でなく社外のベンチャーに関わるのも良いと思います。
 その際、社内ベンチャーで開発した事業案件を意思決定できる経営者がいることが前提となります。もし社内で意思決定が難しいのであれば、社外取締役や社外アドバイザーを活用すべきです。
 また自社内で事業化が難しいテーマは、社外のファンドや他の事業会社に投資してもらうというスキームもあって良いと思います。
 こういったことを進めるのにネックとなるのが、日本企業の人材流動性の低さです。人はそれぞれ独自の個性を持ち、生き方も異なるはずです。新卒一括採用で終身雇用というスキームを基本とするのは、既に現実離れしています。価値観、生き方によって仕事を選択できるようにすることで、もっと雇用の流動性を高める必要があると思います。「働き方改革」と並んで、「ダイバーシティ」も施策として挙げている企業も多くありますが、これはグローバル市場競争を踏まえず、表面的なことで済ませようとしているのではないかと心配になります。

■これから大事なのは仕事に対する「プロ意識」である

 「働き方改革」の議論で必須となるのは、「プロ意識」の有無です。
 良い悪いは別としても、グローバル社会は市場競争を基本軸として進みます。これからの市場競争は、効果を簡単に測定できるコストや性能のような単純なものだけではなく、社会性、環境配慮、人にとっての意味、デザインといったことがますます重視されていきます。
 いずれにせよ、市場競争ではどのような成果が出せるかが求められます。従って、「働き方改革」とは「できるだけ短時間で効果的な成果を出すこと」を前提にするべきです。
 単純な経済性ではなく、人や社会、環境にとっての本質的な意味を持つことも成果として問われるこれからの時代は、働いている時間だけでなく、プライベートの暮らしの中でも、仕事のアイデアを創造する時代だと思います。個人的な出会いや偶然も重要です。
 そういった意味では、公私をはっきりと分けるよりも、むしろ公私が融合する時代だと思います。公私が融合してもストレスが溜まらない働き方、暮らし方をすることで、独自の成果を創造できるスタイルを目指すべきかと思います。「働き方改革」とはつまり、「自分らしい独自の生き方をすること」であると考えたいです。

 

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