Global Age

コラム

  1. HOME
  2. コラム
  3. グローバルエイジ
  4. これでいいのか?日本企業の新規事業の取り組み方

これでいいのか?日本企業の新規事業の取り組み方

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■「コンビニのセブンイレブンが自前主義と決別」から何を学ぶか?

 今週火曜日の2018年10月2日、日経新聞に掲載された「セブン、自前主義と決別」という記事が目に留まりました。 サブタイトルは「2300万人のデータ 異業種と活用、デジタル改革に挑む」です。私が特に注目したのは、今年6月14日に行われた「セブンイレブン国内2万店」記念式典の様子です。鈴木敏文前会長が登壇され「セブンイレブンのモットーは自分たちで考え、自分たちでやることだ」「アイデアをもらうようなことは絶対しない」と話した後の井阪隆一社長の発言です。「私どもの知恵だけでは大きな変化を乗り越えられない」。鈴木氏を否定するような言葉に周囲は息をのんだとのこと。開かれた経営を具体化したのが、2018年6月に発足した他社と連携する「セブン&アイ・データラボ」です。NTTドコモ、東京急行電鉄、ANAホールディングスなど10社が連携(発足時)。この連携により、例えばセブン&アイの消費データとドコモの携帯電話の位置情報をかけ合せて買い物が不便な地域を割り出し、ネットスーパーの展開に生かすといったことを目指すものです。(出典:2018年10月2日掲載、日本経済新聞「セブン、自前主義と決別」)
 確かに鈴木前会長の極めて質の高い、仮説検証経営は素晴らしいものでした。しかし今時代が大きく変わり、アマゾン、楽天などネットベースでの流通の比率が、特に若い世代では大きくなってきています。自前主義では、顧客のライフスタイルの変化、ニーズ、異業種から参入する競合のスピードには全くついて行けないのです。
 セブンイレブンの例は、日本の多くの企業の新規事業開発の現場にも当てはまります。日本で優良企業と呼ばれる会社は、自社技術を発展させ、製品・サービスを生み出し、国内でのシェアを拡大し、コストダウンを行うことでそこそこの利益を出してきました。しかし成長はほとんどなく、内向きの管理、コストダウンが強化され、将来タネを生む研究開発さえも徐々に削られていく組織に、多くの若い世代は夢を持てなくなっています。人生で一番成長しなければならない20代、30代で、成長を抑制するような組織にいなければならないとすれば、それはかなりのストレスになると思います。
 成長戦略を示せないと、株主の期待値も下がり印象が悪いということを、さすがに認識してきたためか、多くの日本企業が新規事業開発を模索するようになりました。そのこと自体は悪くないのですが、経営者はじめ会社の幹部の過去のやり方、つまり内向き志向のやり方で進めているため、多くの企業の新規事業開発は行き詰まっています。既に破綻していると言っても大げさではありません。

■日本企業の新規事業破綻の原因

 私が仕事を通じて認識している日本企業の新規事業破綻の原因は以下の5つです。

①   全てを自前主義で進める癖(慣れ親しんだ居心地のよさ)

 技術は当然のこと、人材も、マネジメントスタイルも今の仕組みの延長線上でやる自前主義。連携する企業もこれまでお付き合いのある従順なサプライヤーさん。慣れ親しんだスキームでものごとを進めるのは居心地が良いのです。しかし、これで「新規事業開発」は無理です。新規事業とはもっと厳しいもののはずです。今の仕事のやり方、発想、思考を破壊しなければ新規事業は生まれないはずです。新規事業とは一種破壊です。製品・サービスのラインナップとは異なります。その破壊も言葉だけではダメです。新しい世界観とその目標の達成に向かって、必要なパートナーと組し、自社のルール、発想を「破壊」しながら進まないと、新規事業は創れません。達成できたらものすごくエキサイティングですが、その課程は地獄かもしれません。

②   技術開発投資を自社のモノだけで回収(技術の無駄遣いをやっても平気)

 新規事業開発は投資です。どのように回収するかが課題です。ネットが世界の隅々まで普及している現代で、私から見て日本企業の投資回収の方法はモノに偏り過ぎて極めてリスクが高いと感じます。そのモノも自社製造だけで、ライセンスなどもしないということがほとんどです。
 優れた技術でモノをつくっても、情報をベースにしたプラットフォーム、ビジネスモデルで、何らかのサービス、アプリケーション、ライセンスなどによって資金を回収する仕組みをつくるという発想が全くありません。私はマスコミが言う「モノづくり」という言葉が嫌いです。消費者や競合を無視して一生懸命「モノづくり」をしていればいつか良いことがあるといった無責任なニュアンスを感じるからです。
 大事な資金を投入してよい技術開発をしたならば、それをあの手この手で回収する努力をするのは当然で、そのために知恵を絞らないといけないのです。その努力をせずに次々に新しい技術開発に手をつけ、捨てていくのを見ると、「ああ、無駄遣いだ」と思います。

③   情報・ノウハウの動きに鈍感(モノしか理解しない、したくない)

 「先生、ウチの経営者は『プラットフォーム、ビジネスモデルという言葉を使うと分かりにくいからモノで示せ』って言ってくるんです。」こう愚痴る新規事業担当者は少なくありません。経営者やその取り巻きの幹部の勉強不足、努力不足、思考停止に落胆するだけでなく、若い人の可能性さえ阻害している現実に憤りさえ感じます。
 ネットは既に世界の社会基盤です。付加価値、格差化の源泉は、既に20年以上前からネットを活用した情報やノウハウなどの無形なものにシフトしてきています。だからといってモノビジネスを否定するつもりは全くありません。フィジカルな世界、モノビジネスこそ参入障壁が高く、むしろこれから面白いと感じています。しかしそのモノが活用されるその先には「情報」「ノウハウ」といったもので出来た仕組みがあるのです。その「情報」「ノウハウ」で出来た仕組み、つまりプラットフォームとかビズネスモデルといったことに対する知識、理論、そして感性レベルで反応する力が必要です。

④   意思決定スピード、組織スピードが恐ろしく遅い(決めない、決まらない、責任無い)

 20年以上前ERPなど企業情報システム導入ブームのころ「稟議制度をIT化している」と聴いてびっくりしたことを思い出します。IT化しても全く仕組みを変えようとしない・・・。上層部にはとてもよい仕組みです。誰の責任か分かりにくい中で、微妙な摺り合わせ人事で動く経営だからです。権限と責任を明確にして、失敗・成功を明確にすれば良いのですが、そういった経営に切り替えられていない企業が多いと思います。新規事業でこれをやるとどうなるか?想像に難くありません。新規事業を稟議で議論しても誰も責任をとらず、業績が良くなければ、保守的な方向に流れます。それ以前に意思決定が先延ばしになります。海外の企業だけでなく、国内企業であってもこんな会社とはパートナーシップは組めません。意思決定が遅く、事業機会の損失になる可能性が高いからです。

⑤   個人へのインセンティブの与え方が間違っている(新規事業をやるのは変人、傍流)

 起業、いわゆるスタートアップでもそうですが、新規事業はリスクが高い仕事です。日本の多くの会社は部門背番号制をもっているので、失敗すると部門の中で不利な状況に置かれることが多いと思います。また個人のスタートアップならば、自由度も高いし、成功すれば自分の名前も知られ、お金も入ってきます。しかしサラリーマンではそんなことはありません。このような状況で新規事業の担当にされて誰が頑張るのでしょうか?「今年の経営方針は新規事業開発だ」といっても、人事面でまったく理屈が通っていません。
 私自身もそうでしたが、それでも大企業の中で手を上げて新規事業に取り組む人は「変人」「部門の傍流で勝手に好きなことをやる人」と見られがちです。様々な事情で配属されれば、「2、3年それなりにやる」「良い経験になるかも」という程度です。こんな状況では新規事業は立ち上がることはありません。
 副業容認、社内ベンチャーで給与は自分で決められる、新規事業や厳しい成長戦略の挑戦経験がなければ上層の管理職には昇格させないなどの強いインセンティブがなければ、新規事業に挑戦する人は出てきません。

■リスクを切り離して、現経営陣が関与しない仕組みをつくる「出島戦略」

なんだか愚痴のようになってしまいましたが、この状況を変えることは可能です。先ほど上げた新規事業開発破綻の原因は、一言で言えば、現経営が関与していることです。「それを言ったらおしまい」と言われそうですが、実際そうなのです。そうであれば、現経営が関与しない仕組みをつくれば良いのです。具体的には以下のような方法です。

☆外部のベンチャーに連結対象にならない範囲で少額出資し、人を出向させる。技術提携、販売提携などの業務提携は行う

☆異業種と連携して連結対象にならない範囲で少額投資して新会社をつくり、さらにベンチャーキャピタルに出資してもらい独立の会社を作る。当然人も出向し、技術提携、販売提携などの業務提携は行う

☆個人で独立しスタートアップさせ、連結対象にならない範囲で少額出資し、人を出向させる。技術提携、販売提携などの業務提携は行う

 会社が出資する際に、増資の際の引き受け優先権などを持たせ、将来成功し、価値があがれば連結対象にしても良いのです。
 このように、コンプライアンスリスク、財務リスクを負わずに、自社の技術、販路、人材などを部分的に活用して、少しだけ離れた外に新規事業をつくることが効果的です。これを私は、長崎の出島のようなので「出島戦略」と呼び、担当する会社にお勧めしております。
 上記のようなことを実行するには、新規事業開発部門の役割、位置づけを大きく変える必要があります。自らが新規事業開発をやるのではなく、主に投資とアライアンス、コンサルテーション・インキュベーションをミッションにしなければなりません。投資枠をもっておくべきだと思います。外部のファンドや企業との資本提携を組み合わせれば、大きな投資枠はいりません。資金のリスクを最小限に抑え、むしろ会社の持つ技術や販売資源、人材資源を活用すれば良いのです。
 そのためには新規事業開発担当者、管理職は、投資とアライアンス、コンサルテーション・インキュベーションの知識、スキルを身につけなればなりません。外部の人材を招聘したり、一時的に外部コンサルタントを起用したりしても良いと思います。

このような投資判断を基軸にした「出島戦略」の仕組みをつくれば、人材も育成でき、無理なく、新規事業を開発できるのではないかと思います。

 

ニューチャーの関連書籍

『顧客経験価値を創造する商品開発入門』
『顧客経験価値を創造する商品開発入門』
「モノづくり」から「コトづくり」へ 時代に合わせたヒット商品を生み出し続けるための 組織と開発プロセスの構築方法を7つのコンセプトから詳解する実践書
高橋 透 著(中央経済社出版)
2023年6月29日発行
ISBN-13 : 978-4502462115

 

『デジタル異業種連携戦略』
『デジタル異業種連携戦略』
優れた経営資産を他社と組み合わせ新たな事業を創造する
高橋 透 著(中央経済社出版)
2019年11月13日発行
ISBN-13 : 978-4502318511

 

『技術マーケティング戦略』
『技術マーケティング戦略』
技術力でビジネスモデルを制する革新的手法
高橋 透 著(中央経済社出版)
2016年9月22日発行
ISBN-10: 4502199214

 

『勝ち抜く戦略実践のための競合分析手法』
『勝ち抜く戦略実践のための競合分析手法』
「エコシステム・ビジネスモデル」「バリューチェーン」「製品・サービス」3階層連動の分析により、勝利を導く戦略を編み出す!
高橋 透 著(中央経済社出版)
2015年1月20日発行
ISBN:978-4-502-12521-8