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「顧客は何を購入しているのか」パート3

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■顧客と企業の大きなギャップ

 人や社会は常に変化しそして進化しています。インターネットが普及してからはそのスピードが加速しています。しかし企業やそこで働く人の多くは、ビジネスの生産性を上げ、より多くの利益を獲得するために、過去投資したものをより効率的に活用し、人や社会、市場の変化や進化を避ける傾向があります。企業は今、「顧客は誰なのか?」「顧客は何を購入しているのか?」を常に新鮮な目で見なければなりません。
 これまでも述べてきましたが、顧客はもはやモノを買わなくなってきています。モノとその周辺の情報やサービスがもたらす「顧客経験価値」を購入しています。もし顧客がモノにお金を払ったとしても、それは単に顧客の一つのプロセスとして「モノを購入した」だけであって、モノの購入は最終ゴールではありません。しかし多くの企業は毎日、毎月、毎年のモノや一部のサービスつまり商品の「売上」や「利益」に注目します。売上に現れない「購入しなかった顧客」や「購入したが利用していない顧客」「2回目は購入しない顧客」の情報に注意を払う企業はごくまれです。購入した顧客でもそれをどう活用し、楽しんだり、利便性を感じたりしているかといった情報を把握している企業も少ないと思います。

 企業の経営トップや部長、マネージャーの仕事の時間配分の多くは、自社の売上、利益などの企業業績管理に費やされています。顧客が変化する環境の中で今、そして将来何を購入するのかを把握し、それへの布石を打っている経営トップや管理職は少ないと思われます。そこに企業と顧客との間に極めて大きなギャップが生じているのです。しかしこの企業と顧客のギャップはまた、新規参入者の大きなビジネスチャンスともいえます。

■商品開発の仕事の本質は商品の企画開発ではなく、顧客経験価値のデザイン

  今あなたが商品企画開発の仕事を担当していて、商品の企画開発そのもののデザインだけに注力していたとしたら、将来のビジネスの成長は難しいものとなると思われます。もはや多くの顧客は商品を購入するのではなく、自らが抱える問題、課題、商品の選択、購入、使用、使用後などの顧客経験価値を購入していますので、その顧客経験価値そのものを探り、デザインしなければなりません。
 しかし多くの場合、商品開発の担当者は従来通りの「商品」を求められ、顧客経験価値を調査したり、そのために顧客と場を共有しコミュニケーションしたりする時間を与えられていません。
 もし企業内で顧客経験価値をデザインしたとしても、その実現に必要なモノ、サービスや情報、アプリケーションを外部から調達するのが難しいケースが多く、はじめから顧客経験価値をデザインすることをあきらめている商品開発担当者も多くいると思います。
 既存企業が顧客経験価値のデザインの必要性に気が付くのは、既存事業者の商品を含んだモノ、情報、サービスを含めた新たなビジネスモデルで新規参入してきたときです。そのような新規参入を「破壊的参入」と呼びます。近年の破壊的参入はインターネットをベースとしたIoTやAIを活用した情報提供やサービスをともなって、新たな顧客経験価値を創造し、ニッチな顧客に提案し、素早くそれを拡大していきます。バーチャルリアリティをはじめとした情報技術、遺伝子治療などのバイオテクノロジーなど、多くの技術イノベーションが起こりますので、新たな顧客経験価値は、これからも創造され続けます。
 このようなことから既存企業も新規参入企業も、成長発展する道は、誰よりも早く新たな顧客経験価値を見い出し、普及するとこにしかありません。その中核的な役割を担うのが商品開発部門であり、開発担当なのです。

■顧客経験価値創造の3つの考え方

 これまでも述べてきた通り顧客経験価値とは、顧客が企業の商品やサービスとの関わりの中で、実際に感覚的、感情的に感じ、感動し、さらには思考し、行動し、より深い関係性が生まれる一連の経験のもたらす価値です。具体的には、企業が、顧客自らが抱える問題、課題、商品の選択、購入、使用、使用後といった一連の顧客の活動において、様々な企業活動、情報、商品、サービス提供などを通じて創り出す顧客の特別な経験です。
 バーンド・H.シュミットは経験を分類し、企業のマーケティング戦略を構成する要素として活用できるようにするために、認知科学と進化心理学の概念をベースに「5 つの戦略的経験価値モジュール、(Strategic Experiential Modules)(SEM)」を考えました。5つの戦略的経験価値モジュールとは、以下の図のような、SENSE(感覚的経験価値)、FELL(情緒的経験価値)THINK(価値観的経験価値)ACT(行動的経験価値)RELATE(関係的経験価値)の5つです。

 顧客経験価値とは企業の働きかけを通じて、顧客個人の心身内部で起こる事象です。それは「個人的主観的な事象・出来事」であり、外部から観察するのが極めて難しいことです。
 例えば企業が提供したある食品が、甘いと感じるか、甘辛いと感じるかは、個人それぞれ異なります。その食品のTV広告を見て、楽しい、愉快と感じるか、元気が出ると感じるかも異なりますし、どのような行動を起こすのか、その企業や商品ブランドと関係を続けるかも個人によって異なります。またその食品を食べた際に起こる身体の変化(行動的価値)も人によって異なります。
 しかしモノがあふれ、物理的には満たされた成熟社会では、この見えにくい人の心身で発生することを見える化し、価値として創造することができるか否かが、ビジネスの成功要因となってきています。
 この顧客の心身で起こる事象をターゲットとした顧客経験価値を企業経営として把握するために、基本的にどのようなことが必要なのでしょうか。ここで企業が顧客経験価値を創造するための3つの考え方を述べたいと思います。
 一つ目は、企業として社員の主観を重視することです。市場調査、事業戦略計画、業績管理など、企業が活用しているデータのほとんどは、客観的なデータです。その多くは第三者が過去のデータを分析、加工したものです。しかし顧客経験価値で必要なのは、顧客の主観データです。顧客の主観データは把握するのが困難です。そこで社員を顧客と見立てた、社員の主観データの把握、分析が役立ちます。しかし、ほとんどの企業は、自社商品、サービスに対する社員の主観データは社内の公式データとしては認めません。社内の素人意見は商品企画担当部門に排除されることが多いのです。そればかりか社員自身が自社商品をあまり利用していない企業もあります。顧客経験価値が重視される状況では、社員も重要な顧客です。顧客経験価値のデータは、自社のバイアスがかかった顧客ではありますが、企業のマーケティング活動を理解した社員だからこそ入手できるものとも言えます。社員を顧客と考えるには、その多様な意見を率直に採り入れる会社組織の風土が必要です。社員が自社製品を愛し、自由に意見を言える組織環境づくりが重要です。

 二つ目は、自社にかかわる顧客の接点の現場を社員が経験することです。多くの企業は顧客が自社の商品の選択、購買、利用する場面のことはよく知っています。しかし顧客は、まず顧客自身の固有の状況や問題・課題把握から始まります。何が問題・課題なのかがわからない顧客もいます。また商品の選択にあたっては、実に様々な情報収集、分析をします。身近な専門家の意見を参考にしたり、ネットで関連する情報を収集したりします。購買に当たっては、顧客社内の関係者の力関係も影響しますし、資金的なことも影響します。購入してからもその使い方を学習したり、性能を引き出すために多くのことをしたりします。このように、企業の商品を取り巻く顧客の現場では様々なことがあります。商品企画担当者はじめ企業の人は、、自社にかかわる顧客の接点の現場を体験することで、顧客経験価値を社員自らが主観的に把握でき、それを何らかの形で客観化し、社内で共有することができます。著者はこのような顧客経験活動を「現場観察」「現場体験」としてプログラム化し、BtoCの企業ばかりではなくBtoBの企業にもお勧めしてきました。
 三つ目は、顧客とともに顧客経験価値を共創する仕組みをもつことです。顧客経験価値とはそもそも、企業が提供する様々な商品、サービス、情報といった刺激に対して、何らかの主観的な感覚、感情を感じ、価値観を持ち、行動し、関係していくことです。したがって顧客経験価値は企業活動とともに発生するものです。それはワンウェイの活動ではなく、顧客と企業の相互のコミュニケーションであり、そこから作り出される共創活動であると言えます。自動車や家電などの製造業でも、飲食店やスポーツクラブなどのサービス業であっても顧客経験価値は共創活動です。またIoT、AIなどの情報技術が普及することで共創活動が可能となってきました。問題は企業が、顧客と共創するという考え方を持って、行動しているかということです。商品のことを知っているのは企業で、顧客は詳しくは知らないから、共創などあり得ないと考えていては、社会から取り残されてしまいます。マサチューセッツ工科大学のエリック・フォン・ヒッペル教授は2000年代初めにユーザー・イノベーションという概念を紹介しました。イノベーションの起点を企業内部だけでなく、顧客を起点にする考えを述べておられます。
 経済そしてビジネスの歴史の中で、唯一変わらないのが、市場環境の変化とその変化をいち早くとらえ、商品を準備した企業が勝ち残ることです。現代の最も重要な市場の変化の一つに「顧客経験価値経済」へのシフトが挙げられます。この変化は日本などの成熟した国だけではなく、中国、インド、アジアなどの新興国にも急速に広まっています。この「顧客経験価値」は、顧客の感覚、感情、価値観など主観をベースにしており、外部からはとらえにくいのが特徴です。しかし近年、IoT、AIなどの情報技術の発展や、認知心理学、進化心理学、脳科学などの発展により、顧客経験価値も把握できるようになってきました。問題は既存企業です。多くの既存企業は、工業化時代に経営基盤を構築し、生産性中心、企業業績中心経営となりがちで、顧客経験価値という発想とは正反対に位置することが多いと思います。そこで重要なのは、社員です。社員を顧客と見立て、自社の社員を活かし、その商品の選択、購買、利用、買い替えまでの顧客経験価値ライフサイクルを体験させ、多様な社員の主観から顧客経験価値を分析、推測することが可能です。そのためにも、企業は、多様な社員の主観を重視し、自社商品に対して自由に意見、アイデアが言える組織風土づくりが重要となります。

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