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技術マーケティング戦略(2)

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

5.    技術をビジネスの儲けに変えるための日本企業の強みとは

 これまで述べてきたことからすると、日本企業はかなり劣勢に立っているように思えます。確かに日本の製造業は危機的状況であることには違いはありません。しかし、今後ビジネスの競争で勝っていくための基盤となる強みも多く存在しています。技術をビジネスを儲けに変えるためと言う視点で日本企業の強みを私なりに述べたいと思います。

強み1:世界で最も厚い産業積層

 日本は小さな島国ですが、この小さな国に鉄やセメント、ガラスを溶解するプラントをつくるための耐火煉瓦やセラミクス産業から、有機、無機の素材産業、それを加工する部材産業、様々な部材を組み合わせる電子、機械などの部品産業、それら部品を組み上げて完成品にする機械、電機などのコンポーネント産業、コンポーネントの中にはロボットなどの先端産業もあります。また、エネルギー資源が少ないハンディを克服するための省エネ技術や、高効率火力発電や水素エネルギーなどのエネルギー技術もあります。高度な医療サービスを支える、薬品、医療機器や、最近では医療関連のバイオテクノロジーにも世界をリードするものがいくつかあります。現在ではある程度国際分業は行っているものの、基本的産業が国内にすべて存在する世界でもまれな国です。
 このように、素材をつくるプラントからロボット、ソフトウエア、ICTまで複数の産業が地層の様に重なり合っていることを、私は“産業積層”と呼んでいます。産業積層が厚い国や地域は、景気の変動を受けにくい傾向があります。産業が、ある特定の組み立て加工産業に集中していると、完成品が売れなくなるとダメージは大きく、立ち直りにも時間がかかります。他の産業があれば、そちらへシフトでき、また、高度なものを開発するにも適しています。部品とコンポーネントなどの標準品は、アジアで企画製造というオープンなビジネスモデルの弱点は、部品とコンポーネントだけでは圧倒的な高度なものが出来ないことです。ICT、ソフトに格差化が依存しますが、圧倒的に高度で高い価値のハードとそれを処理するソフトが出てくれば、勝てません。圧倒的に高度なハードとソフトは、素材、部材レベルからさかのぼって企画開発しなければならず、そういう産業が身近にあって連携できることは、間違いなく今後のアドバンテージになると思われます。新幹線システム、医療機器産業、自動車などはその強みが発揮されていると思われます。

 
産業積層のイメージ

強み2:国際的に中立的立場を取れるポジションにあること

 これは政治との関係してくる話ですが、日本はアメリカ、中国、EUの様な世界の覇権を握る、握らないといけない立場の国ではありません。それが良いのか悪いのかは解りませんが、経済、ビジネスの世界でいうと決して悪いことでもありません。
大国は自国のビジネス方式を国際標準にしたいとう意向が強いのですが、その際他国に賛同を得なければなりません。どちらかと言えば中立的な日本は、自国の仕様を組み込むことを条件に、いずれかの主張に賛成するキャスティングボードを握ることができるかもしれません。
 また、エコシステム・ビジネスモデルなどのプラットフォームも構築し、世界中の関連する企業や組織、顧客を囲い込むのは良いのですが、維持するには莫大な資金と労力が必要です。Googleが今後も検索エンジンの世界でNo.1を維持するのは相当大変なことです。むしろ、それを支持しながら利用してビジネスを行う方が儲かるかもしれません。いずれにせよ、大国は覇権争いの中で、多くの国、地域、企業とバランスよく関係を持ち、自社が得意な分野で貢献し、利益を得ていく、また大きな変化があった場合は、軽やかにポジションを変える可変性を持つことが大事で、その意味で政治的な日本は、弱さゆえの中立的なアライアンスが可能な、しかしそれなりの経済力を持った国と言えます。

強み3:組織に対するロイヤリティとチームワーク力

 地域のゆるキャラなどに見られる地域愛、愛社精神、所属チームに対する誇りなど、日本人は総じて所属する組織に対して強いロイヤリティを持つ傾向がありまます。時にはそれが組織縦割りの弊害や内向き志向など悪い方に転じる場合もありますが、高度なモノづくりには適した性格と言えます。
ものづくりでは、技術開発、製品企画、製造、物流、営業、アフターサービスの組織が高度に連携しなければなりません。それぞれの組織の活動をきめ細かく連動させながら、後工程を顧客と見立てて最前を尽くさなければなりません。そういったものづくり活動そのものが人間性を育成し、社会生活の基盤を作ってくれるという側面があります。
 近年派遣社員、アウトソーシングなどが多くなりましたが、たとえ企業外部の人、組織であっても、人間性を踏まえた仕事をしなければ、高度なものづくりはできません。
 一方、入社まもなく会社を辞め転職する若手社員や外国人社員も多くなり、「育成しても無駄」と考える傾向もありますが、組織を愛し、チームで連携することにより、仕事と自分の生活が日々良くなる文化は、多少人の出入りがあったとしても組織に根付くものと考えます。

 今後モノのインターネット化IoTが進むにつれて重要なことは、ICTを活用したビジネスモデルを構築すること、そして、最終受益者が圧倒的な価値を実感できるモノとそれを使ったサービスを提供することです。やはり、依然モノとそれを活用したサービスは重要で、ICT技術がコモディティ化し、誰でも手に入るようになればなるほど、モノづくりの技術、スキルは重要になってくると考えられ、日本の強みをいかに活用して儲けにつなげるかが重要になってきます。

6.    日本の製造業の成功要因

 技術をビジネスの儲けにするための、これまでの日本の製造業の問題課題と強みについて述べてきたが、それらをもとにして日本の製造業の成功要因に関して考えてみたいと思います。
 成功要因は、ビジネス戦略として3つ、組織マネジメント戦略として3つ、合計6つ挙げられると思います。

日本の製造業の成功要因

 

●    ビジネス戦略としての成功要因

成功要因1:市場を広い視点で捉え自社にとってのビジネスチャンスをいち早く捉えること

 IoT時代になると、業界を超えた連携が容易となり、その連携により、他社よりも早く新たな顧客提供価値を生み出すことが成功の要因となります。その場合のポイントは、自社が所属する業界だけでなく、関係する業界は当然のこと、異業種までにも視野を広げていなければなりません。具体的にはグローバルなレベルでの異業種とのネットワークづくりです。GEでは、世界中の優れた中小企業とのネットワークを構築するための投資ファンドを持ち、積極的にアライアンスを行っています。また重要な関係先に、GEの最新の活動を紹介するメールマガジンを発信しています。
 シンクタンクやコンサルタント会社の調査データを眺めているだけではいけません。一人一人の社員、特に幹部候補社員や経営トップは、業界を超えた外部とのネットワークを持っていなければ、有効な情報は入ってきません。有効な情報がなければ、いくらビジネススクールで戦略を勉強していても新たなエコシステム、ビジネスモデルを企画構想するのは難しいと思います。

成功要因2:既存ビジネスの中から強い技術が派生して生まれ、育成する仕組みをもつこと

 コンサルタントとしての私の経験からですが、成功する新事業の技術は、長年に渡って進めてきた既存事業の中の派生技術であることがほとんどです。なぜなら、既存のビジネスプロセスの中で、常に技術が鍛え上げられる仕組みがあるからです。その中のある特定技術が、新市場の視点から見た場合、転用でき、そして新たな発展をしていくのです。この場合の派生技術は、既存事業のコア技術ではない場合もあります。もちろん研究機関から全く新しいシーズが生まれて、それをもとに新事業が成功することもありますが、成功確率としては、既存事業からの派生する技術によるものが圧倒的に高いと思います。
 問題は、その派生すべき技術を将来のコア技術として発見できるか、それをもとに新製品・サービスを企画できるか、つまり市場、顧客の視点で着想できるかが勝負です。この段階では、必ずしも技術の細部を知っている必要はありません。
 新たに派生する技術と、新製品・サービス開発の可能性を育成する仕組みの成功ポイントは、ある程度権限を持った機動的なベンチャー組織を立ち上げるか、または、既存組織とは距離を置いて活動させることです。

成功要因3:製品・サービスを通じた圧倒的に差別化された顧客提供価値企画すること

 日本の製造業は、BtoBであれば顧客企業からの仕様をもらいたがります。BtoCであれば業界の競合他社のスペックを参考にして差別化を考えます。顧客の要望や競合のスペック比較も大切ですが、最終受益者への圧倒的に差別化された顧客提供価値を、独自に構想することが大事です。価値の独自性は、自社独自の技術がベースとなります。従って、自社の独自技術がどのような独自の顧客提供価値に変換されるかを考え抜かなければなりません。その顧客提供価値は、過去のものよりも最低30%以上の価値の向上が見込まれなければ、最終受益者や顧客の関心を引き出すのは難しいと思われます。
 また、ここで製品・サービスではなく顧客提供価値と言っているのは、あくまでも顧客起点で価値を考えることが大事で、自社の製品・サービスはそのための手段であるためです。この点も日本企業は気をつけなければなりません。製品・サービスがゴールになってしまい、手段が目的化してしまうからです。

●    組織マネジメメントとしての成功要因

成功要因4:結果に直結することを考え、無駄をなくす

 2011年起業家であり、コンサルタントの米国エリック・リースが、「リーン・スタートアップ」(日経BP社)を出版し、米国シリコンバレーはじめ世界中で広く読まれました。リーン・スタートアップの“リーン”の原点は、トヨタの生産システムです。目的、ゴールを明確にし、そのゴールに直結する優先順位の高い課題を解決する方法です。無駄なこと、無駄な作業は一切省き、ひたすらゴールを目指し、最も効果的考え、仕組みを行動しながら学習していく方法です。
 日本人にとってリーンな考え方は、生産現場などで極めてなじみやすい思考方法です。しかし、新製品・新事業開発となるとこのリーンな発想がなくなり、積み上げ発想、ステップ・バイ・ステップの発想が多くなり、ゴールに直結しない、寄り道、無駄が多くなってしまいがちです。
 まずは数値ゴールを設定し、仮説レベルで結果をデザインし、その検証を現場、現物で行うといったスタイルで、技術戦略、新事業戦略の企画を実施するべきです。

成功要因5:個人そしてチームで高速で学習する

 リーンな考え、行動で検証的に新事業を企画することは、学習することでもあります。ここでの学習とは、本を読んで知識を習得するというコトではなく、最適な解を出すために自分が過去持っていた考え、発想を新たなものに変えていくことです。日本的に言えば、古い皮を脱ぎ“脱皮”することです。事業の成功とは、その時代において市場で求められているであろう最適解に、自分たちの個性と得意技でいかに一番乗りするかのゲームです。その際、どこの国のどの企業でも最大の敵は自分自身、自社の過去のパラダイムです。カテゴリーキラーや異業種の新規参入者とは、その過去のパラダイムを持ってないことが有利に働き成功するケースが度々あります。若い人のベンチャーが成功するのも同様です。アンラーニング、つまり過去のパラダイムにおいて学習していないことが有利になることが多いのです。
 事業は組織活動ですから、その古いパラダイムを脱して新たな発想をする学習をチームで行わなければなりません。その際、強い目的意識と成果への責任を持ちつつ、現場の意向を常に汲み取るリーダーがいて、メンバーのボトムアップ型で問題解決することが得意な日本の組織は、有利だと考えます。

成功要因6:外から自社を見て緊張感をもつこと

 欧米と比較して日本の経営の弱さは、内部志向が強く、外部からの視点が弱いところです。株主は最重要ステークホールダーではありませんが、日本企業の多くはグローバル資本市場の常識から言っても、株主視点での緊張感が低く、その結果として低ROEが続いています。実際の製品・サービスにおいても、漠然とした顧客満足度調査は行っていますが、競合との厳しいベンチマークは十分に行われていないことが多くあります。労働組合との関係も長年持ちつ持たれつで、経営者を刺激する存在ではなくなってしまっているケースが多いと思います。その様なことから、アライアンスパートナー候補から、自社と提携する価値を考えてみる機会は少ないと考えられます。

 これからのビジネスの成功のキーは、エコシステム・ビジネスモデルを構築すること、もしくは有望なエコシステム・ビジネスモデルにいち早く有利なポジションで参加することです。外から自社を分析し、今現在どのような価値が自社に認められ、また将来生み出せる可能性があるのかを、把握し、適切なアクションを取らなければならないと思います。

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