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“競争”することの本質

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■競争することは人や社会にとって良いことか

 これまでコンサルティングプロジェクトや企業研修で実践してきた「競争戦略」に関する本を、今年9月の出版に向けて現在執筆しています。原稿をまとめながら、そもそも競争は産業や社会にとってどのようなメリットとデメリットがあるのか、またその意味は何かということに関してあらためて考えてみました。なぜなら、少し矛盾する話ですが、競争戦略は競争に如何に勝つかを追求し、「競争を無くすことが競争戦略の最終的な目的なのだろうか?」とふと思い至ったからです。
 産業界の競争は極めて過酷です。市場競争で負ければ、事業は撤退し、社員は失業状態になり、その過程で社員は疲弊してしまうかもしれません。ならば単純に考えて、出来るだけ競争しない方が良いだろうと思うかもしれませんが、競争のない状態にもまたデメリットがあります。
 例えば、実際の価値に見合わない製品・サービスのコストが長期間維持されて、顧客、消費者の便益が一向に向上しないことや、そのような企業で働く人の能力が向上しにくくなり、他の産業での雇用可能性が相対的に低くなること、規制緩和や市場のグローバル化で競争力が乏しくなることなどです。
 そう考えると、「過度」な競争はそこで働く社員や資源の浪費、環境の破壊の可能性があり避けなければいけませんが、「適度」な競争は、製品・サービスの進化や発展、そのために働く人や組織の成長に役に立つと言えます。

■企業の「良き競争」とは

 ここでは企業にとっての「競争とは何か」について考えてみたいとと思います。
企業の競争とは、様々な事業環境変化の中で、競合企業との間で互いに顧客を獲得するという場面で発生します。競争とは、自社と顧客と競合そして事業環境という関係性の中で発生するものです。
 この競争関係の中で望ましくない状態を産業や社会の視点で考えると以下の3つのような場面が考えられます。

①競争が進んで既存企業が淘汰され、また新規参入企業が少なくなることにより、独占・寡占状態になり、製品・サービスに進化発展がなくなる状態
②過度な競争のために、どの企業も利益が低下し再投資する余裕がなくなり、製品・サービスに進化発展がなくなる状態
③競争に勝つことだけを考えるあまり、人材を酷使したり、自然環境を破壊したり、社会規範を乱すようなことが発生し、社会全体に悪影響を及ぼす状態

 競争によって、このようなことが起こらないためには、規模の大小や産業の違いにかかわらず、いかなる企業であっても、社会の中でのミッションと理念を持ち、それに沿った行動をしなければなりません。
 一方企業の内部の視点で考えると、望ましくない競争状況とは以下の様な状態です。

①結果に対してコストが高く、企業の利益がどんどん減少し、経営体力が低下していく状態
②人材や技術、知識、設備、ブランドイメージなど、会社によって重要な資産が減耗したり、破壊されたりしてしまう状態
③競争が行き過ぎて、企業やそこに働く人の夢、希望が実現できそうにない状態

 企業は、市場での競争を通じて、利益を最大化するとともに、人やブランドを含めた資産を最大化し、関わる人の夢を実現するものでなければなりません。一時的なことならばまだしも、それらが長期的に悪化するような競争環境は不適切と言えます。

 このようなことから、企業の「良き競争とは何か」をあらためてまとめてみたいと思います。
 「良き競争」とは

①社会の規範とルールを守り、企業の担うべき社会でのミッションと理念を発展させるものであること
②企業が適切な利益を確保でき、将来顧客や社員などに貢献できる資産に再投資し、それを蓄積できること
③競争を通じて、企業とそこで働く人が、進化発展し、個々の夢の実現が期待できること

 です。 

 これらをまとめて一言でいうと「進化・発展」という言葉に尽きると思います。進化・発展のない競争は良くない競争です。競争は単に競合を打ちのめし、消滅させることが目的ではありません。できるならば競合も活かしながら、ともに進化・発展するのが理想だからです。

■競争はいつまで続くのか

 しかし実際、ビジネスの競争のど真ん中では、常に気を緩めることができず、様々な突発的なことがおこり、進化・発展などの充実感を味わう余裕などあまりないと思います。実際の現場では、厳しい競争はいつまで続くのか、気が遠くなるのが普通ではないでしょうか。たとえ競争することに関して先のような考えを持っていても、実際には競争に対して積極的な意識を持ちにくいと思います。そこでもう一段深い理解が必要となります。それは次のようなことです。

①競争は永遠に続く
 ビジネスでの競争には終わりがありません。自社が打った戦略に対して競合もまた新たな戦略を打ってきます。その繰り返しが続くのです(図1)。したがって、一度成功して競合からシェアを奪取できたとしても、それで終わりではありません。また次の競争が始まるのです。ですから「戦略が成功した」「目標が達成した」とあまり喜びすぎてはいけません。競争が終わった気持ちになったら負けということです。
 一方、これまでの戦略がうまく行かず、現在シェアが低いということをことさら悲観的に考える必要はありません。競争はこれからも続きますので、環境の変化をうまくとらえ、仕掛けていけば、競合に勝てる可能性もあります。
 繰り返しになりますが、競争には終わりはありません。自分が会社を引退しても、市場から完全撤退しない限り、競争は続きます。

 

図1 競争に終わりはない (図1)

②競争とは終わりのない自己変革である
 競争するということは、競合の打ってきた戦略や、変化し続ける顧客や環境に応じて自分も変化することです。つまり自己変革することです。結局最後は内部をいかに変えるかが大事になってきます。自己変革が後手にまわると、事業機会も失いリカバリのためのコストもかかるものです。

③競争とは行きつくところ学習競争である
 さらに自己変革とは何かを追求すると、「学習」という考えに行きつきます。「学習」とは本を読んで学ぶということではなく、これまでの自分が持つビジネスに対する前提認識、考えを、環境変化に合わせうまく書き換え、新たな認識を持てるようにすることです。言葉で言うのは簡単ですが、実際に「学習すること」は難しいことです。なぜなら過去自分が依って立っていた考えや行動を変えなければいけないからです。成功体験が強い人ほど学習は難しいものです。
 競合を否定するのではなく、むしろ競合の戦略や仕事の仕方からしたたかに学び、必要であればそれを取りこみ、自社独自のものを発見、開発できれば、先ほど述べた自己変革ができたことになります。競争とは、変化する環境でいかに柔軟に学習できるかです。

■競争の本質は自社、産業、社会の進化・発展の方策としての戦略

 繰り返しになりますが、全てのビジネスに関わる人・組織のミッションは、産業を通じて、社会、人類を進化・発展させることにあります(図2)。経営・事業戦略とは、競争を通じて社会、人類を進化・発展させるために、方策を考え、実行することです。したがって我々産業に関わる人や組織は、この競争を健全に行わなければなりません。単純に競合を意識し、競争に勝つことだけを考えるのでなく、競争を通じて顧客や社会に進化・発展をもたらすことを意識することは大変重要です。

 

図2 競争の本質は自社、産業、社会の進化・発展 (図2)

 このような競争の本質を知ることは、実際の戦略の様々な現場で重要な機能をはたします。
 例えば、厳しい競争環境に対し、自社の人と組織を社会的、長期的視点に立たせてくれ、大局から市場やビジネスをみることができるようになります。その結果、変化する環境に対しても、柔軟で粘り強く対応できるようになります。
 また、競争は社会を進化・発展させるものという認識があると、先ほども挙げたように競合を否定するのでなく、競合から学ぶ姿勢も生まれます。さらには競合とアライアンスを組んで顧客や業界に貢献し、自社、競合が互いに存続できる発想が生まれるかもしれません。
 その結果、何の成長もなく、自社も競合もともに疲弊するような近視眼的な価格競争も回避できるかもしれません。
 事業環境変化の多いグローバル社会でのビジネスの競争では、いかに大きな、そして多面的な視点で、市場や社会を捉えることができるかが勝負になるといっても過言ではありません。その際競争を、単に閉じた業界の中での、短期的シェア争いと捉えるのか、産業さらには社会の進化・発展のための知的ゲームと考えるかによって、自社と業界の未来には大きな違いが生まれるでしょう。

 

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