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技術者に求められるものが大きく変わる

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■技術者に求められているものが大きく変わってきている

 技術開発、研究開発はじめ、技術者に求められているものが大きく変わってきたと感じます。かつて技術者は、何らかの形でモノを造ることに関わるという認識が大半で、特にそれは企業において顕著でした。確かにそれは今でも変わらない重要な役割ですが、技術者に求められるものはそれだけではなくなってきています。今、技術者に求められているのは

技術的知見を起点にして

①社会や業界全体の新たなビジョンをイメージングすること=『戦略ビジョン構想』

②顧客やパートナーと価値を共創・創発するために交渉し関係性をつくること=『エコシステム・ビジネスモデルの構築』

③製品・サービスを企画し、それを製造し生み出すためのバリューチェーンを構築すること=『製品・サービス、バリューチェーンの構築』

などです。

 しかし実際の技術者の役割は、製品(ハード)の新たな機能の発見やそのレベルアップ、または製品コストダウンに貢献することとかなり限定されてしまっています。

 製品(ハード)の性能アップやコストダウンが企業・組織の発展に直結している時代ではそれでも問題ありませんでした。しかしながら現実は

①代替技術、製品、サービスが次々と発生し、自社の技術の陳腐化が加速した

②デジタル化、情報化でハードだけの差別化よりソフト情報の差別化が重要になった

③顧客も製品(ハード)から、コト(製品によって達成されるもの)に対してお金を払うようになった

といった背景から、技術者を製品(ハード)の差別化だけに閉じ込めておくのは会社としてかなり危険になってきていると思います。

 

■技術の出口を製品(ハード)だけに限定することで多くの犠牲が出ている

ネットをベースにした社会、経済の変化の中で、技術の出口を製品(ハード)だけに限定することの矛盾、犠牲がたくさん生じています。たとえば、自社技術偏重による開発の遅れや、スペック競争そのものでの敗退による膨大な開発投資の無駄などです。もちろん、技術の自社開発が悪いというのではありません。しかし、技術をしっかり理解し競合他社をベンチマークしていれば、自社で開発しても勝てないと認識した時点で技術を外部調達に切り替えることができます。その場合技術者の役割は、自社技術の開発から外部技術の評価と調達に変わります。技術的な知見を捨てずに生かせるのです。

多様な技術方式が次々と現れる今日では、「一旦開発し始めた技術は製品化するまでやり続ける」という考えでは、失敗による犠牲を払う可能性も高くなります。経済的にも関わる人の心理的にも、大きな犠牲が出てしまう可能性があります。

失敗が解っていながら誰も開発中止を宣言できず、その一方で人材資源、開発費をどんどん少なくして行ってプロジェクトそのものを自然死させるという企業もあります。そのような企業では、技術者は開発テーマを自主的に挙げなくなってしまいます。失敗しても責任を取りたくないからです。

 

■技術者の新たな役割とは

これからの技術者には、製品(ハード)づくりに貢献することを超えて、冒頭に述べた新たな3つの役割が求められます。今回のコラムでは、冒頭で挙げたその3つの役割について説明します。

 

①『戦略ビジョン構想』

 企業が提供するものが、製品(ハード)のみならず、情報、サービスなど多岐に渡るようになりました。したがって、技術者も製品(ハード)のコンセプトを構想するだけでなく、より大きなシステムをイメージングし、構想することが求められます。

 そのために、技術者には具体的にどのようなことが必要なのでしょうか。まず広い視野で社会、業界、市場環境変化を観察している必要があります。そのためには社会を見る目、センス、好奇心が重要です。もっと具体的に言えば、社会、業界、市場と直結するネットワークを持っていなければなりません。

一見これらのことは一技術担当者には難しいと思われがちですが、今の時代はSNSをはじめとする大変便利なツールがたくさんあります。少しの努力で世界中の様々なものに低価格で自由にアクセスできます。

ビジョンのイメージングにはトップダウンで考える方法と、ボトムアップで考える方法があります。トップダウンで考える方法とは、世の中の変化、動向を広く捉えて、自己が関係する技術と結び付けていくことです。ボトムアップで考える方法とは、自己が関係する技術から関連するものを結び付け、社会、業界、市場の動向を探っていく方法です。いずれにせよ、今の自分の知っているものと周りの変化を関連づけていく“イマジネーション力”が重視されます。イマジネーションの方法は、今現在学校や企業で教育しているところはまだ少ないですが、大変重要な思考方法です。近年、クリエイティブシンキング、デザインシンキング、サービスデザインなどと呼ばれ、少しずつその重要性が認められてきました。

②『エコシステム・ビジネスモデルの構築』

 企業が生き残っていくためには、製品(ハード)をつくるだけでなく、いかに顧客やパートナーと共生関係をつくれるかが重要になってきています。関係性の構築のために製品(ハード)があるといっても過言ではありません。顧客にとっては、製品(ハード)そのものの価値にとどまらず、サービス、情報、対応力など全体の価値が重要であり、それはつまり企業と顧客が何らかの関係性をもつことです。

 たとえば、インターネットの普及によって消費者、顧客のオーダーのスタイルが大きく変わってきました。店頭に行ってそこでモノを買い、自宅に持って帰るのではなく、ネットで検索・比較して、購入ボタンを押し、ポイントを貯める。修理もネットや電話で対応してくれる。そういった中で、メーカーがモノばかり作っていても儲けられる訳がありません。自ら顧客やパートナーとの関係性をつくっていかなければ、存在感が薄れていきます。

 顧客やパートナーとの関係は何で決まるか。それは自社の独自の強みです。製造業でいえば、まずは製品に関連する要素技術、設計技術、製造・物流技術などですが、施工技術、保守、メンテナンス技術、利用技術なども含まれます。こういったモノづくりの周辺の強い技術を外部の人が認識できる一塊のパッケージにして、強力な交渉材料にすることができるはずです。必要によっては自社に有利な方式を国際標準化するといったことも可能かもしれません。私見ですが、日本企業は欧米企業に比べて、この知識、スキルのパッケージ化が弱いように思います。

ここで技術者には、社会や業界全体の新たなビジョンをイメージングした上で、自社の強みを顧客やパートナーの視点から捉え直し、それをうまく交渉材料にして、自社に有利なエコシステム・ビジネスモデルを構築するよう交渉するという新たな役割があります。

技術者が顧客やパートナーとの関係性を構築するスキルを身に着けるためには、基本的に次の3つのことが必要です。

  1. まず外部とのネットワークを持つこと
  2. 外部から自分や会社の技術、スキルの価値を認識すること
  3. 大きなビジョンを前提に自分や会社の技術、スキルを顧客やパートナーに売り込むこと

 上記3つは、これからの技術者として必要な基本的要件ですが、戦略的な関係性の設計、交渉、構築となるとマーケティング、事業戦略、法務などの知識やスキルも必要になります。さらには、トップマネジメントの意思決定力も重要です。そのレベルになると組織としての体制・仕組が必要となります。

③『製品・サービス、バリューチェーンの構築』

 3つ目は、従来から技術者が担う強いモノづくりの仕組づくりとその実行力です。ここでも大きな見直しが必要です。バリューチェーンのすべてを自社で進めることは、リスクでもあるからです。「既存の自社設計開発部門や製造工場の活用」が通用しないばかりか、会社の大きなリスクになってしまう可能性があります。需要変動の大きなビジネスでは、自前で装置を保有することは莫大なリスクをかかえることになります。よく言われる「製造段階における差別化」を技術的視点で徹底分解すると、すべてを自社製造しなくてもよいという結論に達する場合があります。技術のコア部分を自社独自のモジュール化し、製品のアッセンブルを外注、そのコアモジュールは自社からの支給にするといった形です。このような場合、バリューチェーン戦略は、製品の企画、開発設計段階から考えなければならないことであり、まさに技術戦略そのものと言ってもよいと思います。

 バリューチェーン全体を考えると「私は設計だから」「私は製造だから」といった機能部門の範囲内のみの発想では、技術者として認識不足であるといえます。専門性は重視するものの、他部署のこともある程度把握し、バリューチェーン全体から最適解を導き出して実行できなければなりません。

 このようなバリューチェーン全体の発想ができる技術者になるためには、どのようなことが必要でしょうか。一つは「自分の担当を超えてバリューチェーン全体、つまりは事業全体の結果や成果からものを考える習慣」です。当然、自分の権限を越えたところで考えなければなりませんので、ストレスがたまります。しかしそれを乗り越えるだけの忍耐力と他部署を説得する熱意とコミュニケーション力が求められているのです。もう一つは「客観的な競合他社とのベンチマーキング」です。競争に勝つためには、強みの無いところに資源を投入するよりも強いところに資源集中することが必須です。そのためにも、競合他社とのベンチマーク比較が重要です。

 

以上、これからの技術者に求められる3つの役割に関して述べましたが、実際は簡単なことではありません。知識だけでなく、経験から学習していく部分が多いからです。経験から学習するということは、世の中で言う「失敗」を経験することと考えてもよいと思います。むしろそれは「失敗」ではなく「学習そのもの」といったメンタリティが必要なのです。つまり、企業の中に挑戦できる環境があるかどうかがキーになってきます。

 

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