相手を思いやる仕事の仕方で組織の生産性を高める
国を挙げた働き方改革によって、長時間労働を続ける要因となっていた「時間をかければよいものができる」、「長時間働く人が出世する」という意識はほぼなくなり、仕事の生産性、効率性の高い人が評価されるようになりました。その一方で、個々では自分の生産性を上げることに強い意識を持っていても、一緒に仕事をしている人の生産性を上げようという意識まで持って仕事をしている人はどれぐらいいるでしょうか。
日々の業務の中で、自分の都合や優先順位で仕事を進め、他人の時間を余計に使わせているケースが多くみられます。例えば、作成した資料にミスが多く、その資料を受け取った人が修正に1時間かけていれば、その人の1時間分のコストがかかります。相手の時間を無駄に消費することは、単純なコストアップだけでなく、その人の付加価値創出の機会損失につながる可能性もあります。労働生産性を表す際によく用いられる「労働生産性=付加価値÷労働投入量(時間×労働単価)」という式において、「付加価値」の低下と「労働投入量」の増加を同時に引き起こし、結果として個別最適が組織全体の労働生産性を引き下げてしまうという状況を招きます。
チームで仕事をしている場合は、自分だけでなく一緒に働いている人の時間的コストがかかっています。一緒に仕事をする人の時間的コストを考えた「相手を思いやる仕事の仕方」で、組織の生産性を高めることが必要です。一人一人が努力し個別最適で生産性を上げても、組織全体における大きなインパクトの生産性向上にはつながりません。
今回のコラムでは、現場で起こりがちな事象をもとに、自分と相手の時間的コストを意識して働くことについて考えていきます。
■仕事は時間的コストで考える
生産性向上に取り組む場合、「残業時間月10時間削減」「業務時間20%減」といったように時間をベースにした目標設定がされますが、「時間的コスト」まで意識されていないことが多くあります。
企業は従業員に働いてもらうために、給与の他に福利厚生費、保険料、家賃、ユーティリティ費などを支払っています。企業形態にもよりますが、一般的には企業は一人を雇うために年収のおよそ2.5倍~3倍のコストを払っていると考えられます。つまり、これらのコストを回収するためには、従業員の年収の3倍を稼ぎ出さなければなりません。年収600万円の人が1時間仕事をすると、約1万円の時間的コストがかかっていることになります。以下のように、時間的コストを無駄にし、貴重な1万円をばらまいているような事例が多くの組織で見られるのではないでしょうか。
①仕事を抱え込む
自分ひとりで解決しようと仕事を抱え込んでいる場合、自己完結型の仕事であれば自分の時間的コストが消費されるだけです。しかし、それによって他人を待たせている場合、相手はその仕事を進めることができないため、手待ちの時間的コストが発生します。
また、納期直前に仕事を渡すことは、相手に時間を無理やり作らせることになります。その結果、相手が本来やるべき仕事が業務時間内に終わらず、残業が発生します。それによって、相手は予定していたプライベートの用事をキャンセルしたり、睡眠時間を削ることになるかもしれません。時間的コストだけでなく、心理的コスト、肉体的コストも負担させてしまいます。
②過剰なメール文化
メールでのやり取りは、相手との確認すべき内容を可視化し、また自分の都合の良いタイミングで相手に連絡できるというメリットがあります。しかし、近くにいる人に対してまで何でもメールで依頼や確認をすることは、ムダな時間的コストを発生させます。自分がメールを送ることでメール作成と送信の作業が生じ、また受け取った相手も内容閲覧、返事作成、送信といった作業が必要になります。対面で話せばすぐに済む内容でも、相手の作業を邪魔しては良くないという考えからメールを活用することで、むしろお互いの時間的コストを嵩んでします。
また、長くて要領を得ないメールは、それを読む相手の時間を奪ってしまいます。長文のメールを書くこと自体にも時間がかかりますので、自分と相手の二重にコストを浪費していることになります。
③部下への仕事依頼
後輩や部下に仕事を任せる際にも、時間的コストを考える必要があります。自分と部下の時間的コストから、どのような仕事任せるかを判断します。
例えば、部下が仕事を行うスピードが上司の半分であった場合、同じ仕事を行うのに時間が2倍かかり、コストがかさんでいるように見えます。しかし時間的コストで見ると、仮に年収が上司600万円、部下300万円の場合、上司はその仕事を部下の倍以上のスピードもしくは倍以上の量こなさなければ、時間的コストを抑えたことになりません。それが難しいようであれば、上司自身がその仕事を行うよりも、部下に任せた方が費用対効果は高くなります。上司は自分にしかできない仕事と部下にもできる仕事を明確に区分しておき、自分にしかできない仕事を優先的に行うようにします。一方で、部下の能力アップのためにあえて仕事を任せることも必要です。コストに合わなくとも、部下に仕事を任せて育てる“先行投資”の視点を忘れてはいけません。
④上司への仕事確認
仕事の目的・成果を定義して仕事をする重要性は、前回のコラム(vol.113「仕事の目的・成果を常に意識することの重要性を再確認する」)で述べました。
上司から仕事を振られた場合に、仕事の中身を曖昧なままにして進めることは、内容の確認、手直し・手戻りの発生により、自分と上司双方の時間的コストアップの要因になります。
⑤会議の実施方法
時間的コストが意識され、改善対象に真っ先に上がるのが会議です。会議の時間的コストは、会議自体だけでなく、会議に使われる資料作成や会議後の議事録作成なども把握することが重要です。会議で時間的コストが無駄に浪費される点としては、様々な書籍や記事でも取り上げられていますが、主なものとして以下があります。
- 会議の目的、ゴール、終了時間、各議題の検討時間が設定されていない。
- 議事進行となるファシリテーターやタイムキーパーなどの役割が決まっていない。
- 投影・配布している資料をそのまま読んでおり、会議で報告する付加価値がない。
- 検討・確認すべき議題は全て済んでいるのに、会議時間いっぱいを消費し、その際に話される内容は脱線したものが多い。
- 情報共有という名のもと、一部の議題だけで十分なのに始終会議に参加している(参加させられている)
- 会議は多くの人が関わるために、運営方法の改善によって時間的コストへの影響が大きく現れます。取り留めのない会議は、組織の時間的コストを大きく嵩ませていることになります。
■時間的コストを意識して相手を思いやった仕事をする
自分が仕事をしたことによって消費される時間的コストは、社内で一緒に仕事をしている同僚、部下、上司だけでなく、外部の取引先や顧客にも影響します。相手の時間的コストを意識して仕事をすることは、その人の生産性を最大限に引き出すことにつながります。そのためには、以下の点に気を付けて仕事をすることが必要です。
①自分の仕事の時間的コストを把握する
まずは、自分の仕事の時間的コストを把握することです。それにより、自分が組織にとって価値のある仕事をしているか、自分でなくてもよいような仕事を行っていないかを常に意識することになります。また、他人に仕事を任せる場合にも、どれぐらいの負荷をかけることになるか、その仕事を任せるのに適した人材かを判断することが可能になります。
②コミュニケーションを密に取る
他人と連携して仕事をする場合は、自分の都合や優先順位で仕事を進めず、他人の仕事の流れと同期しながら進めることが必要です。そのためには、相手とのコミュニケーションが重要になります。自分の作業の進捗状況を適宜、仕事を受け取る側と共有することで、相手も自分の仕事の段取りを組み替えて、仕事のムダの発生を防ぐことができます。
③遠慮せずに相談する
仕事を抱え込んでしまうと、仕事の優先順位付けができなくなり、迷いが生じて余計に時間がかかってしまったり、間違った方向で進めたりしてしまうことが多くあります。また、上司や同僚が常に忙しそうにしているため、相談できず状況が一層悪化してしまうこともあります。遠慮が、自分だけでなく自分以降の工程の仕事量を増やし、組織の時間的コストを膨らませることになります。自分が危機的な状況になりそうだと気づいた場合は、遠慮せず上司や同僚と相談して、共同での取り組みや仕事の再分配を行うことで、組織全体で仕事をスムーズに進めることが期待できます。
■時間的コストを効率的に管理することは、組織活動の価値を向上させる
ビジネスは人と人とのつながりで成り立っています。仕事は1人ではなく、チームで進めるものです。自分の時間と同様に、他の人の時間にもコストがかかっていることを忘れないことが大切です。自分の仕事の効率化が相手にとっても効率化につながっているかというように、他の人の時間も常に意識することが重要です。
組織全体で時間的コストを効率的に管理することによる効果は、「費用」を削減できるだけではありません。仕事がスムーズに進むことで余剰時間が生まれ、また能力に見合った適材適所で仕事を行うことで、組織が生み出す「価値」を高めることが可能になります。