「顧客経験価値のためのマーケティングリサーチとは」顧客経験価値のための商品企画開発の実践 第29回
解を探すのではなく、企画を検証し、修正・学習するためのマーケティングリサーチ
マーケティングリサーチは以前、市場がどこに存在するかを調査し、発見することが主な目的でした。しかし今、多くの産業で市場は飽和しており、ニッチ市場であっても市場の存在を調査することは難しいし、たとえ発見し事業化したとしても短期間で模倣され、あっという間に市場は飽和するでしょう。今マーケティングリサーチの目的は大きく変わりました。それは企画した独自の商品やビジネスモデルとそれによって生み出される独自の顧客経験価値を試し、検証し、その結果を踏まえて修正していくこと、ひとことで言えば「学習」していくことにあります。
その意味ではマーケティングリサーチは、事業化されたとしても常に継続しつづけるもの、つまり学習プロセスそのものだと思います。何かのゴールに向かって期限を設けて実施することではありません。それは、顧客もまた環境適応するために常に変化・学習して新たな顧客経験価値を求めているからです。
マーケティングリサーチを行っていて、市場規模を推定するという仕事がありますが、確かにある程度の予想は必要ですが、ドキュメント調査で明確な市場規模が算出されることは大変リスキーなことだと思います。なぜならドキュメント調査でシンクタンクの調べた市場規模の資料がでてくるということは、誰かが既に市場調査し、参入した痕跡そのものだからです。すでに相当に出遅れていたことを確認するだけです。それにも関わらず市場規模にこだわっている経営者はいまだ多いと思います。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。それは工業化のパラダイムである単純な規模の経済が身体に染みついているからだと思います。市場が存在してそこにいち早く大規模投資をして市場シェアを獲得するというモデルです。しかし今や市場シェアという考えさえ怪しくなっています。なぜならかつての産業がインターネットでクロスオーバーし「市場区分」が曖昧になっているからです。
市場は参入する時代からイノベーションを起こし創造する時代にすっかり変わっています。従ってマーケティングリサーチが行うべきことは、「市場を創造できる潜在的可能性があるかどうか」です。
マーケティングリサーチは商品やビジネスモデルによる共感の伝搬力を調査すること
では市場はどのように創造されて行くのでしょうか。それは提供された商品ビジネスモデルにより、顧客の経験価値が5つの顧客経験価値の視点の最後の「共感」のレベルに到達し、その感覚、感情、思考、行動の習慣が変化しながらも定着し、多数の人、組織間で共感が伝搬し広がっていくことです。マーケティングリサーチの目的は、市場の存在の確認ではなく、商品やビジネスモデルによる共感の伝搬力を調査し、その伝搬力加速度を高めるための方策を模索することにあります。
マーケティングリサーチは商品やビジネスモデルの伝搬力を分析・検証するために、伝搬力に影響を与える要因である世の中のトレンドや複数の産業と企業が共生関係を形成しているエコシステムの状況、顧客の経験価値を取り合っていると予想される競合の商品、ビジネスモデルの伝搬力と将来戦略、そして顧客の価値観、行動などの変化を調査します。これは消費財などのB2Cに限らず対企業向けであるB2Bビジネスでも同様です。
顧客経験価値重視のマーケティングリサーチではシナリオシンキング、システムシンキングが必須
共感の伝搬力を調査するとなると、それはいわば静止画でなく動画の調査となります。静止画の調査は「市場はこうでした」という過去の状態を述べるにとどまります。そこから将来を推測する方法となります。しかし動画の調査は、変化のシナリオやシステムのメカニズムを分析把握し、そのシナリオやシステムの行く末をいくつか予想することになります。そしてそのシナリオやシステムの行く末を自社に優位にするための商品やビジネスモデル戦略の修正と学習の方針を出すことになります。
ここで必要となるのがシナリオシンキングやシステムシンキングの知見やスキルです。シナリオシンキングとは、複数の環境変化要因を組み合わせ、起こりうる事象のシナリオを複数示します。システムシンキングはいくつかのものごとの関係性のメカニズムを複数のモデルにし、その複数モデルがまたさらに大きなシステムのモデルとなる可能生を推測します。
皮肉なことにこれらは予想通りになることがあまりありません。しかし変化のシナリオなり大きなシステムとその動向を想定しておくことにより、環境変化に対する組織の学習スピードが上がります。その結果、競合する企業や組織に負けないで、生きつづけることができるのです。