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製造業における個の能力を引き出す人材戦略(2)

株式会社イノービア 代表取締役社長
山川 隆史

前回は、製造業を取り巻く環境変化に対応するために、企業が取り組み始めている「個の能力を引き出す戦略的な人材育成・活用」についてご紹介しました。
今回は、それを具体的に実行するための方法論について考えていきたいと思います。

■「人材の見える化」が個の能力を引き出す人材戦略の第一歩

 
社員一人ひとりの個の能力を組織の力に変えるためには、まず、「人材の見える化」を行わなければなりません。これまで、“戦略的な人材育成”、“人材戦略”というように、人材育成の分野においても、“戦略”という言葉が頻繁に使われてきました。しかし実際には、戦略という言葉が独り歩きし、長期的・全体的な視点から計画された人材育成の取り組みはそれほど多くはありませんでした。
戦略を立てるためには、その材料として、自らの資源の把握が必要になります。例えば、プロ野球で長いペナントレースを勝ち抜くにためには、選手の能力の把握なくして戦略を立てることはできません。企業の人材育成においても、戦略を立てるためには社員の能力を把握することが最低限必要です。
「人材の見える化」は、次のようなステップで行います。

 
図1.「人材の見える化」ステップ

まず、企業戦略から将来必要となる人材像を導き出します。次に社員の現状、つまり社員一人ひとりが保有している能力などを把握します。求める人材像と社員の現状がわかれば、そのギャップを質・量の両面から分析します。これで、将来に向けて不足している人材が明らかになります。ここまで来れば、あとはその人材ギャップを埋めるために、採用、育成、異動といった人事施策を行えばよいことになります。
では、人材の見える化における3つのステップを、それぞれをもう少し詳しく見てみましょう。

(1)求める人材像の見える化
そもそも戦略的に人材育成・活用を行うためには、企業戦略上で、将来必要になる人材像が明確になっていなくてはなりません。どのような職種、専門分野の人材がそれぞれ何人必要になるのか、どのようなスキルや資格を持ち、どういう行動をとれる人が求められるのかを割り出すことが求められます。
最近では、「キャリアモデル」、「キャリア基準」、「能力レベルマップ」など呼び方は様々ですが、人材の育成や人材の有効活用の指針として、求める人材像をしっかりと定義する企業が増えてきました。一般的には、職種ごとに表を作成し、横軸にレベル、縦軸に各レベルに求められる
行動要件、能力要件などを記載します。以下に、キャリアモデルの見本を示します。

 
図2.キャリアモデル
 
(2)「社員の現状」の見える化
次に、社員の現状を可視化します。求める人材像で定義した職種、専門分野に対し、それぞれどのレベルの社員が何人いるか、ということを把握します。下図のような人材ポートフォリオを作成することにより、社内の人材分布が一目瞭然になります。

図3.人材ポートフォリオ

また、簡単なアセスメントなどを行うことによって、社員一人ひとりの能力の棚卸しを行います。すると、図4のように、各スキルにおいて、どのレベルの人材が何人いるのかを一覧できるスキルマップが作成できます。

能力の棚卸し方法について困っているという声をよく聞きますが、自己申告のアセスメントに加え、上司が調整を加える程度で運用しているケースが多いようです。ステップ(2)で行う「社員の現状」の見える化は、あくまで人材育成や人材活用を目指したものであり、過剰に厳密さを追究しない割り切りも必要です。

 
図4.スキルマップ
 
(3)「人材ギャップ」の見える化
(1)の「求める人材像」と(2)の「社員の現状」が把握できれば、それらを引き算すると、人材ギャップが現われます。将来必要となる人材に対して、現状ではどの職種、専門分野で、どういう能力を持った人材が何人足りない、というように、人材ギャップが質と量の両面で明らかになります。

■効率的に育成し、適材適所で活用する

 「人材の見える化」をすることで、初めて人材戦略を立てるための材料が整いました。次は、いよいよその活用です。人材の見える化ができると、これまで感覚的に行っていた人材育成と人材活用を、よりシステマティックに改めることが可能です。まず、人材育成についてですが、人材ギャップを見ることで、将来必要になるけれども、現在社員が保有していないスキルを明らかにすることができます。その中で、組織として優先的に引き上げるべきスキルを特定し、教育などを実施します。従来は、人材ギャップが明らかになっていなかったため、階層別研修や専門別研修において、重要そうに思えるテーマの教育を一律的に行ってきました。これらの教育が一概に意味がないというわけではありませんが、必ずしも企業戦略上で優先度の高いものから教育が行われておらず、ムダが多かったことも否めません。また、これまでは年次や役職といった集団ごとに教育をすることが多かったため、社員1人ひとりのニーズとは異なる教育がなされることも度々でした。しかし、人材の見える化を行えば、社員1人ひとりのレベルでの教育ニーズも明らかになるため、ムダのない、効率的な教育が行えるようになります。次に、人材活用について見ていきましょう。人材の見える化ができると、社内の人材分布が一目瞭然になります。どの職種、専門分野において、どのレベルの人材が何人いるのかがわかるため、人材配置を最適化する際に貴重な情報になります。例えば、「今後必要になるアナログ回路設計の人材が不足しているから、デジタル回路設計にいる人材をローテーションさせて育成しよう」というように、将来を見据え、着実な手を打つことができます。また、プロジェクトなどで必要な人材を探す際にも大変有効です。以前は、ある特定のスキルをもった人材を社内で探そうとすると、人事担当者に声をかけて、希望に合いそうな人材を紹介してもらうのが一般的でした。しかし、人材の見える化ができていると、「スキルAとスキルBを兼ね備えた人材が社内のどこに何人いるか」ということまでピンポイントで探せるようになります。

■社員のキャリア開発を支援する

人材の見える化は、社員のキャリア開発を支援するためにも力を発揮します。前回のコラムで、個の能力を組織の力に変えるためには、個人の目標と組織の目標のベクトルを合わせることが大切だとお話しました。社員は、キャリアモデルによって、キャリアの可能性のある職種や専門分野、またそれぞれの行動要件や能力要件が明らかになっていると、「将来はこの職種やレベルを目指してみよう」、「この職種は自分の能力とマッチする部分が多いから挑戦できる」というように、キャリア上の目標設定が大変やりやすくなります。さらに、「この職種、または次のレベルを目指すなら、このスキルを習得しなければいけない」といったことがわかるため、自身が成長するためにやらなければならないことが明確になります。
一方、企業側は、キャリアモデルによって、将来必要となる人材像を社員に示すことができるため、企業戦略と同じベクトルに社員の成長を導くことができます。また、上司の立場からすると、部下1人ひとりの目標や能力開発状況が見えるため、これまでよりも行き届いた育成支援が可能になります。

■社員一人ひとりを育てる風土をつくる

ここまで、キャリアモデルやスキルマップなどを活用することで、個の能力を引き出す人材戦略が可能になるということを述べてきました。しかしながら、キャリアモデルやスキルマップを作れば万全かというと、実はそうではありません。また、キャリアモデルやスキルマップを活用するために、ITシステムを導入する企業も増えていますが、それでも不十分です。「仏作って魂入れず」ではありませんが、書類やITシステムだけではなく、魂を入れるための“運用”を忘れてはなりません。
もう少し具体的に述べますと、個の能力を引き出す人材戦略の軸には、やはり上司と部下とのコミュニケーションが不可欠だということです。キャリアモデルやスキルマップなどの仕組みをうまく回すためには、社員に提示するだけではなく、定期的な面談や日々の指導において、部下と密なコミュニケーションをとることが大切です。「仕事が忙しくて、部下の育成に割く時間がない」という声をよく聞きますが、人材育成は上司としての最も重要な役割の一つです。実際に運用している企業では、上司が大変という話もありますが、目に見えて育成や活用のサイクルが回り始めています。人材の見える化に加えて、コミュニケーションを運用の軸にすえ、企業全体で人を育て、活かそうとする風土を醸成することが「個の能力を活かす人材戦略」の成功の鍵だといえます。

以上、2回にわたって、「個の能力を引き出す人材戦略」について考えてきました。失われた10年以降、激しい環境変化とグローバル競争の波にさらされ、製造業で働く人たちの間に閉塞感が漂っているように感じるのは私だけではないと思います。今こそ、個の能力を引き出す人材戦略を実行することで、社員が活き活きと働き、自らの力を発揮し、成長できるような環境を作ることが必要ではないでしょうか。そして、その社員の力を組織の力に変換し、日本の製造業が競争力を強化できることを心から期待します。
 

山川 隆史

山川 隆史

・所属・役職
株式会社イノービア 代表取締役社長
・略歴
早稲田大学理工学部を卒業後、信越化学工業株式会社に入社。
電子材料事業本部にて、新規技術のビジネス開発や開発品の市場開拓などに10年間従事。
半導体用材料の次世代技術開発など、アジア・欧米のグローバル企業とのプロジェクトに多数参画。
2006年3月に、製造業の人材育成を支援する会社である株式会社イノービアを設立し、現在に至る。
・著書・訳書など
『仮説思考』 ファーストプレス 2007/01 共著 

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