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コトづくりのための「顧客経験価値」を理解する

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

 「D2C『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略」(NewsPicksパブリッシング)で佐々木康裕氏は「『モノからコトへ』といったシフトではなく、『コト付きのモノ』という積層にしていくべき」という問題提起をされており、大変印象的です。モノの強みを生かした独自のコト開発の必要性を訴えておられます。結局顧客がお金を支払うのは顧客経験価値であり、そのための「モノ」と「コト」であるべきです。

 そのコト開発とはモノ開発の延長線にはありません。コト開発は、顧客経験価値開発に直結し、モノ開発とは全く違うアプローチが必要です。それでは顧客経験価値重視の商品開発とはどのようなものなのでしょうか。

■顧客経験価値重視の商品開発とは、顧客の個人の価値観や感情、感性に働きかけるものである

 顧客が何かを購入する究極的な目的は何か?商品の特性にもよりますが、やはり「よく生きる」ことにつながっていることだと思います。それが日用品であれ、住宅や自動車などの高額品であれ、すべては顧客自身が「よく生きる」ことにつながっていなければなりません。豊かになり、マズローの五段階欲求説の上位に位置する自尊の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求などに関連したことが重視されます。
 その際に重要なのは提供側のフィロソフィー、世界観です。提供側のフィロソフィーや世界観が希薄であったり、顧客の考えと合わなかったりしたら、購入されることが難しくなります。アップル、ディズニーなどはモノやサービスよりも明確な世界観を訴求しています。パタゴニアも自然環境保全や地域の伝統文化保護といった考え方を前面に出し、様々な活動を行っています。
 顧客は企業のフィロソフィーや世界観から、自分のライフスタイルのあり方を学び、企業が提供するモノやサービスを使って自分のライフスタイルを開発します。
 従ってこれからの企業経営や商品開発ではまず、どのような独自のフィロソフィーや世界観を持つかが勝負となり、記憶に残らないような、うわべだけの経営理念での経営や商品開発では、顧客に相手にされなくなる可能性があります。結果低価格のみを求められることになります。

■顧客経験価値重視の商品開発とは、ワンウエイではなく双方向コミュニケーションである

 顧客経験価値重視の商品開発では、顧客を顧客として捉えません。売り手買い手の関係を超えたパートナであり、友だちでなければなりません。マスメディアで集中的に情報を流し、広く流通に商品を並べ購入を刺激する方法はコストが高くつくだけでなく、顧客の情報が入らず、また顧客と企業のコミュニケーションによる新たな発想が生まれることはありません。BtoBであれば顧客とのコミュニケーションは売り込みのための営業とクレーム対応だけという企業も未だ少なくありません。
 顧客経験価値重視の商品開発では、企業と顧客の壁を壊し、SNSや店舗をコミュニケーションツールとして活用し、自由でクリエイティブな会話を気軽にします。常に商品が顧客と寄り添って、フィロソフィーや世界観を共有し、新たな商品開発の要素を創造します。

■顧客経験価値重視の商品開発とは、顧客との長い関係の中で行われる    

 顧客経験価値重視の商品開発は、販売前の集中的な広告宣伝や購入する瞬間だけに依存せず、まだ購入していない顧客、すでに購入した顧客との長い時間の関係の中で実施されます。よく言われるライフタイムバリュー、つまり顧客との一生涯のお付き合い価値とその間の関係から企画開発される商品と考えます。
 例えば一生付き合うノート、鞄、靴とったブランドは十分に存在しうると思います。自分らしく考え、生活するための重要なアイテムとして、商品が存在しうる可能性があります。その可能性を開発するためには、そのブランドが顧客のシンボリックで印象的なシーンやライフステージを捉えたものであり、ストーリーを持っていなければなりません。
 BtoBでも、オフィス空間、ITシステム、税務会計や法務サービス、教育研修など、長期間何世代にも渡って顧客企業との関係を継続することが双方にとってとても有意義であることも考えられます。顧客側も、短期間に機能のみを消費し使い捨て、ブランドを次々とスイッチするのではなく、長期間の関係から互いが無理なく、ほどよく成長することが重視されてきているのだと思います。

■シュミットの経験価値モジュール

 これまで述べたとおり企業は、顧客経験価値を生み出すために、独自のフィロソフィーや世界観を持ち、企業と顧客の壁を壊し、顧客と友人のような関係を、顧客の一生涯に渡って構築できるかが問われています。では顧客経験価値とは具体的にどのようなものなのでしょうか。著者もこれまで、いくつかのフレームワークを使用してきましたが、最もフィットするのはコロンビア大学ビジネススクール教授バーンド・H・シュミット氏が提唱する経験価値モジュールです。

シュミットの経験価値モジュール シュミットの経験価値モジュールは、認知心理学をベースに経験価値をマーケティングに応用したものです。

① Sense(感覚的経験価値)

顧客の五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)に働きかけることによる審美的な楽しみや、刺激的な経験を味わうことです。例えばペットボトル入りの冷たい緑茶であれば、飲んだときの冷涼感や日本茶のほどよい苦みや香り、ペットボトルのデザインからくる和風で落ち着いた感覚などです。

② Feel(情緒的経験価値)

顧客の内面にある感情や気分に訴えかけることにより、情緒的に生み出される経験です。これは感覚から入った何らかの刺激が特定の感情や気分をつくり出すことです。例えばペットボトルの緑茶を飲んだ際に、先ほどのような感覚から結果的に落ち着いた感情、ほっとした感情、冷静な感情などが生まれるといったことです。

③ Think(創造的、認知的価値)

顧客の価値観、思考面に働きかけることにより、顧客の認識、問題解決などの経験を引き出すことです。ペットボトルの緑茶の例でいえば、お茶を飲むことで、自分らしく冷静な思考をしようと考えたり、物事を素直に受け入れようと考えたりすることです。

④ Act(行動的経験価値)

顧客の行動に働きかけることにより、顧客の五感、情緒、思考の総合的な経験を引き出すことです。ペットボトルの緑茶の例で説明すると、お茶がよりおいしく感じる和菓子を一緒に食べるとか、和風に正座をしてより心を静かにするなどといったことです。

⑤ Relate(関係性的経験価値)

顧客が自己実現を達成させるために、顧客の望む集団、組織との関係を経験させることです。簡単にいえば憧れの仲間になることです。ペットボトルの緑茶の例でいえば、メーカーが起用する芸能人のようなライフスタイルを共有することや「和の伝統を重んじる」価値観を共有することなどです。

■顧客経験価値とは

 5つの顧客経験価値モジュールは、単独で存在していません。SenseはFellに、SenseやFellはThinkに、ThinkはActやRelateに関係しています。またその反対に上位のActやRelateがSenseやFellをつくり出すこともあります。従って各経験価値モジュールの相互関係を何らかの方法で分析し、主な関係を把握し、商品に反映させることが必要となります。

商品と顧客経験価値モジュールの関係
 顧客提供価値は商品価値とは異なります。顧客経験価値とは、商品そのものの持つ機能や情報、ブランドイメージなど、商品と商品に関連する人、モノ、情報、そして顧客が置かれた環境が生み出す刺激によって生まれます。
 顧客経験価値は、顧客が商品に関する情報収集、選択などの商品利用前と、購入してから利用中、そして利用後の保管、修理、廃棄、買い換えなどの利用後といったように時間の経過とともに発生するものです。そしてその顧客経験価値はあくまでも個人的で主観的なもの、いわば心の動きで、外部から観察できるのはごく一部です。

顧客経験価値はあくまでも個人的・主観的なもの

■売手視点の「顧客提供価値」「商品価値」、顧客個人視点の「顧客経験価値」

 「顧客経験価値」を理解するとこれまで私たちが使ってきた「顧客提供価値」「商品価値」は、売手の視点が強かったことに気がつきます。「顧客提供価値」は企業が顧客に「提供する」価値であり、商品価値は、商品そのものに関する平均的顧客の価値であったのではないでしょうか。「顧客経験価値」は、商品とその周辺の刺激から発生する、それぞれの顧客の主観的な感覚、感情、思考、行動、関係性などです。このように商品は顧客経験価値をつくり出す多く存在する中の一つの刺激の手段であること、顧客経験価値とはあくまでも顧客の個人的、主観的なできごとであることがわかります。つまり時代の流れは「個人的」「主観的」なものが重視されてきていると思います。別の言い方をすれば「パーソナライゼーション」の時代が来たともいえます。

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