顧客経験価値創造のための商品開発の7つのコンセプト 後編
今回のコラムは、前回に引き続き「顧客経験価値創造のための商品開発の7つのコンセプト」のうち、4つを紹介します。
「顧客経験価値創造」に求められることといわれれば、MBA的市場分析でもなくポートフォリオマネジメントでもなく、「自分の価値観(考え方)と感情や感覚を知ることである」と私は言い切ります。自分自身を知ってその価値観、感情、感覚を感覚器にして、顧客という自分以外を推定することです。または共感の輪を広げ、影響を与えていくことを考えていることです。ですからよくある世の中のマクロトレンド分析を行うにしても、情報は同じでもその受け止め方と解釈は全く違います。PEST分析のようなごく一般的なマクロトレンド分析を行っても、本質的なものが見える人とそうでない人の違いは、自分自身の顧客経験価値を持っているかどうかだと思います。
■コンセプト4:世の中の変化の本質をつかむ
政治(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)の分析をPEST分析と呼び、世の中のマクロトレンドの変化を分析するのは戦略企画の基礎です。しかし単にPEST分析を一通り行っただけでは事業機会や脅威を見いだすことはできません。そのマクロトレンドの変化の本質を掴まなければならないからです。しかし変化の本質とはどのようなことなのでしょうか。変化の本質とは、世の中の重要と思われるマクロトレンドの変化が、私たち「人」にどういった影響を与え、その価値観(考え方)、行動、感情など、つまり経験価値をどう変えていくかということを読み解くことです。つまりマクロトレンドの変化を人の経験価値の変化に変換することなのです。価値観、行動、感情などの人の経験価値の変化は、人によって異なり数字になりにくいので把握しにくいものです。また変化が急でないもの、例えば人口構成の変化や、自然環境の変化などは、事象がゆっくり進むため、意外に認識しにくいものです。だからこそそれらを人の経験価値として読み解いた人がビジネスチャンスを獲得できるのです。
PEST分析などのマクロトレンドの変化から、顧客経験価値の変化を読み解くにはどのようなことをするべきなのでしょうか。
まずはっきりと確認することができるのは人の行動です。具体的には人の時間の使い方、移動、訪問、何に時間を費やしているか、どんな時間を省いているかなどです。お金の使い方も大事な要素です。そういった目で見える、少し時間はかかりますが統計データとして出されるものから価値観、感情を推定します。
もう一つは、自分の肌感覚です。自分自身、家族、友人、職場の同僚などと会話したり、観察したりして、世の中の変化が、周りの人にどう影響を与えているかを観察します。私はSNSを通じて人の行動や関心事を探り、世の中の変化が人にどう影響を与えているかを推測する手立てにしています。この方法が良いのは、周りの人と会話し、仲良くなれることです。周りから学ぶことそのものです。そのためには特定の人との付き合いではなく、様々な国籍、性別、年齢、居住地、趣味の人と付き合うことが大事です。
またテレビ、新聞などのニュース、様々なジャンルの週刊誌などの記事、書籍、その中に掲載されている各専門分野の知見は大変重要です。そういった身近な情報をいかに丹念に読み解くかがとても大事です。また読み解くだけの知力を身につけておくことが大事です。
過去を振り返ってみるとバブル経済の崩壊や、インターネットの普及、リーマンショック、東日本大震災、最近では新型コロナショックなど、大きな社会動向の変化は必ず人の経験価値に影響しています。大きな社会動向は特に注意したいものです。
■コンセプト5:計画よりも身近なことで実証を繰り返す
ビジネスに長けている人の共通点は、身近なことですぐ試す習慣を持っていること、そして試行錯誤の中から革新的な方法を見いだせることです。反対に、ビジネスが中々成功しない、人や組織は、計画ばかり立てて、中々実行しない。実行する時には失敗が許されない状況となっているケースです。
顧客経験価値の変化は過去のデータの分析からは中々見えてきません。何かこちらからぶつけていくことによって、初めて新たなインパクトのある顧客経験価値が見えてくるのです。
高学歴の人、知識がたくさんある人は気を付けなければなりません。ついつい難しい分析を行ったり、詳細な計画を長時間かけてつくったりする傾向があるからです。組織で言えば、既存の大企業や大学、行政、官庁などの大きな組織では、すぐできる小さな実証を行わずに、計画と予算取りから始めることが多いと思います。おかしな話ですが計画と予算取りが仕事になり、実証実験の期間が異常に短かったり、試行錯誤が行われないまま、立派な報告書ができあがったりすることも少なくありません。こういった環境では、顧客経験価値を把握することは期待もできませんし、実際不可能です。
顧客経験価値の主体は人です。人の思考や行動、感情は、変化しやすく、相互の関係で変化していきます。したがって、身近なことで実証実験を繰り返し、検証しつつ、人に影響を与えていき、その変化を組織学習することが大事です。
2019年からトヨタ自動車が始めた自動車のサブスクリプションサービスKINTO (キント)は、今も加入者が少なく、苦戦していますが、はじめは赤字でもこういったビジネス実験の積み重ねが大変重要だと思います。今は認知度が低く、利用者も少ないのですが、試行錯誤の中から、ターゲット顧客が見つかり、他社が追いつけない、顧客経験価値を構築できる可能性は十分にあります。なぜなら実証実験をしているからです。実証実験しなければ、失敗もしませんが成功の可能性はゼロです。トヨタの規模にしてみればKINTOは小さな実証実験に過ぎません。顧客経験価値を構築するにはこうした小さな試行錯誤が何よりも大事です。
■コンセプト6:アイデアで終わらずにコンセプト化する
顧客経験価値とは、感覚(Sense)感情(Fell)思考(Think)行動(Act)関係性(Relate)といった各経験モジュールの一連の文脈(コンテクスト)であことは前に述べました。この一連の経験価値にインパクトを与えるには、商品そのものも、いくつかの要素の文脈(コンテクスト)でなければなりません。つまり単発のアイデアでは顧客経験価値にはインパクトを与えることができません。
商品企画を考える際に重要なのは、単発のアイデアで終わらずに、いくつかのアイデアが組み合わさって一連の意味を形成するようコンセプトになっていなければなりません。単発のアイデアを商品企画と勘違いする人も多いのですが、アイデアとコンセプトは違います。コンセプトとは、ある一つの重要な視点で複数のアイデアを組み合わせ、一つの意味を持った概念を創造することです。
例えば、「コンパクトデジタルカメラより小さいカメラ」は一つのアイデアですが、それに加え、「長時間動画が撮影でき、防水処理が施され、気軽にSNSで楽しめ、様々なシーンで使えるようなアクセサリーが付属品で揃っている」といういくつかのアイデアを組み合わせると、一つのコンセプトとなり独自の意味をつくり出すことができます。
最初のアイデアだけですと、おそらく顧客経験価値のようなものは発生しません。しかし後者のようなコンセプトになると、サーフィンやスノーボード、スキューバダイビングなどのアウトドアスポーツで使えるといったいくつかのエキサイティングな顧客経験価値が生まれてくるはずです。
このように顧客経験価値を生み出すには、単なる一つのアイデアではなく、いくつかのアイデアを効果的に組み合わせたコンセプトにしなければません。そのためにはアイデア力に加え、コンセプト力、つまり意味を創造するためのアイデアの組み合わせ、編集力を身につけていく必要があります。
■コンセプト7:ストーリーとしての面白さを妥協しない
少し前になりますが、一橋大学の楠木健教授の「ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件」(東洋経済社 2012年)という名著があります。本書には「大きな成功を収め、その成功を持続している企業は、戦略が流れと動きを持った『ストーリー』として組み立てられているという点で共通している。戦略とは、必要に迫られて、難しい顔をしながら仕方なくつらされるものではなく、誰かに話したくてたまらなくなるような、面白い「お話」をつくるということなのだ。」と書かれてあります。
顧客経験価値を生み出す商品企画もまた、優れたストーリーでなければなりません。楠木教授は本書で「戦略を構成する要素がかみあって、全体としてゴールに向かって動いていくイメージが動画のように見えてくる」と著しています。顧客経験価値も「静止画」ではなく、「動画」でなければなりません。つまり商品そのものに時間的な変化の要素が組み込まれていなければならないのです。その時間的な変化が、顧客にとって予想外の部分があり、顧客にとって発展的で夢がなければなりません。
優れた商品には、すべて独特の物語があります。その物語は、偶然のものあれば、意図したものもあります。例えば米国のグリーティングカード製造販売の企業、ホールマーク社は、自社の販売するグリーティングカードの利用者から当社に対する感謝の投書を、年間12本の感動的なコマーシャルフィルムにして放映しています。すべてとても印象的で、例えば家族の中の何かの問題で母と娘の関係が年々悪化していたが、娘から年老いて独居の母に誕生日カードを渡し、お互い親子愛が確認できたといったシーンです。
グリーティングカードは言ってしまえば単なるカードですが、その受け渡しには、様々な利用者の物語が存在しており、感情が込められています。ホールマークは、その顧客の物語を、製品の物語にして、顧客経験価値を創造しています。同社は自社のビジネスドメインを「エモーショナルインダストリー」と位置づけ、ブランドマネジメントを行っています。(「エモーションマーケティング―「感情」こそが生涯顧客をつかむ」2002年日本能率協会マネジメントセンター ニューチャーネットワース訳。)
インパクトある商品企画を行うということは、このストーリーとしての面白さを妥協しないということだと思います。どれだけ良い動画のシナリオを書き、それを感動する映像にできるかです。