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顧客経験価値創造のための商品開発の7つのコンセプト 前編

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■これまでの「商品開発」と「顧客経験価値創造のための商品開発」の違い

 これまで顧客経験価値とはどのような基本構造、仕組みなのかに関して説明してきました。次にこれまでの「商品開発」と「顧客経験価値創造のための商品開発」の違いとは何かについて説明し、その後に顧客経験価値創造のために押さえてほしい「商品開発の7つのコンセプト」を紹介したいと思います。
 一概には言えませんが、これまでの商品開発、特に日本のメーカーの商品開発の多くは、結果として自社都合の商品開発だったかと思います。「自社の売上シェアを伸ばさなければいけない」「自社が開発した技術を使った商品開発を行わなければいけない」といった普段どこの会社の中でも議論されていることです。しかしこれは顧客には全く関係ありません。こういったことはすべて自社都合の話です。もちろんすべてが自社都合ではありませんが、商品開発の動機、起点がほぼ自社都合だと思います。
 企業で働いている方がこの矛盾を一番理解されていると思いますが、すでに自社都合では、顧客には受け入れられない時代に入っています。もし受け入れられているとすれば、それは他に選択肢がないか、どの会社も代り映えがしないから価格や購入の手間といった理由で購入しているにすぎず、積極的に購入しているのではありません。
 これまで一般的にどのように商品開発を行ってきたかを考えると、市場分析や顧客分析を行い、ニーズを想定し、商品コンセプトを企画し、開発するといった流れだったかと思います。しかしこのやり方はこれから通用しない可能性があります。なぜなら顧客経験価値を想定していないからです。顧客経験価値は、商品が市場に出た後に顧客が使って初めてわかるものとされていました。
 しかしこれからは商品企画の前か、商品企画と同時に顧客経験価値を想定しなければなりません。また従来の分析中心のマーケティング手法では商品企画は難しいと思われます。
 したがって過去の方法とは一線を画し「顧客経験価値創造のための商品開発」を強く意識し、実践しなければなりません。

 そのためにここでは「顧客経験価値創造のための商品開発の7つのコンセプト」を紹介したいと思います。

■コンセプト1:商品の開発ではなく意味の開発を目指す

 多くの国や地域が豊かになり成熟し、個人の自由がある程度確保されてくれば、「意味」が大変重要になってきます。「意味」とは、働く意味、休む意味、食べる意味、移動する意味、学ぶ意味、そして生きる意味などです。すこし抽象的になりますが「意味」とは、部分や一機能ではありません。各個人の信条、目的、生きがい、夢などを起点に形づくられる文脈(コンテキスト)であり、ストーリーといってもよいと思います。自分らしさを感じることの要素のネットワークといってもよいかもしれません。以下の図は「意味」をイメージしたものですが、顧客経験価値の創造とはこの意味を企画することと言えます。一商品となると人生全体の意味という広い範囲ではなく、あるカテゴリーの範囲の意味になりますが、カテゴリー同士は人生全体の意味の文脈の一つであり、つながっています。
 この「意味を開発する」ということは、皆さんご自身の立場に立って考えみるとわかるはずです。自分にとって重要な物事を選択する際には、自分の人生にとってどのような意味があるかを考えて慎重に選択し、選択したらそれを徹底的に活かすはずです。
 商品とは、この意味を刺激し、支援するものでなければ重視されません。意味の開発のためには、開発する本人が、生きる意味から始まって自分に関する様々な意味を考えることができなければなりません。難しく考える必要はありませんが、フィロソフィーを感じ、思考できるセンス、知力、行動力が求められます。
そのためには日頃「誰のため」「何のため」「なぜそれが必要なのか」といった本質的なことに問題意識を持つようにすることが大切です。特に日本は、学生時代から「何のため(What)」を置き去りにして「どうやるか(How)」を問うことが多いと思います。企業も同じように思えます。
 この「何のため(What)」の思考力に加え、世の中の垣根を越えた発想をもてば「革新的な意味」を創造することができます。つまり「革新的な意味」を創造することとは、加える要素の制限を設けずに大胆に異質と思われるものを取り込み、文脈を設計することです。業界区分、組織区分、学問領域区分など意味形成には邪魔なものです。
 最近で言えば国連が提唱するSDG’s(Sustainable Development Goals)持続可能な開発目標なども「革新的な意味」を創造する重要な要素と言えます。

 

■コンセプト2:新しい意味を創り出せそうな異業種でプロジェクトを組む

 商品開発や事業戦略など高度な企画業務は、誰がそれを行うかで成果は決まります。誰もが手順通り進めてやればできるものではありません。「顧客経験価値創造のための商品開発」は、誰が行うべきなのでしょうか。多くは社内の人を考えますが、新たな革新的意味を創り出すのであれば、社内だけのメンバーではないはずです。社内であっても組織横断的なプロジェクトメンバーの選出が必須ですし、社外のメンバーも必要です。
異業種でのコラボレーションの重要性に関しては拙著「デジタル異業種連携戦略」(2019年 中央経済社)で紹介しておりますが、異業種各社でも、新事業・新商品開発担当、スタートアップ起業経験者、またはスタートアップ企業に所属している人、デザイン部門に所属している人、フリーのデザイナー、事業開発コンサルタントなどもよいと思います。つまりすでに、業界、業種を超えてクリエイティブな仕事の経験のある人たちです。別な言い方をするとクリエイティブなアウトプットを出さないと食っていけない人達です。一部の専門知識だけの仕事経験しかない人や繰り返し業務だけの経験の人は、本人の挑戦意欲と努力がない限り難しいと思います。
 必要なメンバーを自由に選定できないとよい結果は期待できないといっても言い過ぎではありません。一方プロジェクトで社外の良いメンバーを選定するためには、外部の優れた人材と接点がなければなりません。何かのコンソーシアムやセミナー学会、イベントなどに顔を出し、日ごろからネットワークづくり、外交戦略を実践しておくことが大事です。企画部門にはそのような自由度が必須ですが、日本の多くの企業はルールに縛られ、自由が利きにくいのが現状です。

■コンセプト3:調査分析からではなく、個人の主観からスタートさせる

 これまで何度か述べてきましたが、顧客経験価値は、従来の市場分析からは生まれません。従来の市場分析は、既存市場の検証には向いていますが、新商品開発、ましてや顧客経験価値創造には向いていません。しかし多くの企業の経営者や管理職は、市場規模、その成長
性などの市場分析結果を求めます。そこには参入戦略はありますが、市場創造戦略は存在しません。
今に始まったことではありませんが、私の経験で言いますと、ヒットしている新商品や新事業のほとんどはある優れた個人の主観からスタートしています。市場分析は、役員会を通過させるための理屈や儀式に過ぎません。
以前ある食品メーカーの商品企画担当者が、いろいろ市場分析したがこれといった明確な結果がみえなかったのですが、私が「この商品がヒットする自信がありますか?」と聞いたところ「私と私のお母さんがこの商品が大好きです。それと過去10回お母さんにこの商品をあげましたが、毎回近所の人にお裾分けして、『どこで買えるのですか』と聞かれています。だからヒットします。」と熱意をもって答えてくれました。そのことは事業構想書には入っていませんでしたが、役員と相談して上市することにしました。その結果商品はヒットしました。この事例にある「近所の人にお裾分け」はいわば主観テストの実証実験を繰り返したようなもので、実際効果的であったと言えます。
 実際には企業内で個人の主観からスタートさせることは難しいことだと思います。それを難しくさせている原因は2つあります。
 一つ目は、会社の雰囲気が「個人の主観」から議論することを排除していることです。常に客観的、論理的と思われることからでしか議論しないことです。優れた経営、経済評論家の山口周氏は、ベストセラー「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか? 経営における『アート』と『サイエンス』」 (光文社新書)で、「これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない」と述べています。山口氏の言われる日本企業の一見もっともらしい「サイエンス」的議論偏重が、優秀な社員を腐らせ、つまらない商品を市場に生み出している原因といってもよいと思います。
 二つ目は、共感の得られない「個人の主観」を言い張る人、特にそれがプロジェクトリーダーやキーパーソンの場合は致命的です。またはプロジェクト組織に主従の関係ができていて、リーダーやキーパーソンの意見になびいてしまうケースです。
「個人の主観」の価値は、どれだけ多くの人と共感できるかが大事です。そこで大事なことがプロジェクトメンバーのダイバーシティと自由に意見が言える雰囲気づくりです。顧客経験の創造にはそこで生まれる自然な共感がとても大事です。

(後編へつづく)

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