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顧客経験価値を実現する商品企画開発の全体感をつかむ

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

■商品企画開発プロセスは捉えにくい

 筆者は30年以上新商品や新事業企画に関わってきましたが、未だに商品企画開発のプロセスは、生産や設計プロセスなどのオペレーショナルなプロセスと比較し全く異なる特性をもちます。マーケティング戦略プロセスなどの戦略企画プロセスと比較しても捉えにくいところが多いと感じます。商品企画開発にはプロセスと言う概念は必要ないのではと思うことも少なくありません。
 商品企画開発プロセスが捉えにくいのは、他のプロセスとは全く違う特性があるからです。その主な特性をあげると次の五つとなます。

 1つ目は、商品企画開発では、偶然発生する社会のトレンドが成功につながる可能性があります。例えばこれまでそれほど売れなかったある健康食品が、ある偶然から起こった社会トレンドにより急に売れ出し、その後定番となるケースです。事業を長期的に成長させることができるかどうかはマネジメントの問題ですが、商品は偶然トレンドに乗ってヒットすることはあり得るのです。
 2つ目は、直感に優れた一人のキーパーソンが発想するアイデアが当たる場合です。商品企画開発は、学歴が高く多くの知識を持った人が取り組んだとしてもヒットするとは限りません。知識よりも市場を読む力に長けた感覚に優れた人が当てることが多いのです。ポストイットやダイノックフィルムなど、ハイテクからコンシューマ商品まで幅広く多くのヒット商品を生み出している米国スリーエムでは、社員全員が担当の業務以外に自分考えた商品のアイデアを実現させるために業務時間の15%を費やしてもよいという15%ルールという制度があります。これはヒットするアイデアはだれからいつ出てくるかわからない、むしろ偶然見つかるアイデアを重視しているのです。
 3つ目は、実証実験を繰り返す中で、偶然ヒントが見つかることです。多くの場合、商品コンセプト仮説などは、マーケティングリサーチや、実証実験PoC)の段階で否定的な結果が出ることが多いと思います。その一見失敗と考えられる中に、商品がヒットする要因が隠れていることがあります。しかし多くの場合、仮説検証段階で諦めてしまったり、検証結果から学ぶことができず成功要因を見逃してしまうことが多いのです。企画した仮説を変えること、最近ではピボッティング(方向転換)と呼んでいますが、いざ実行するとなると容易なことではありません。
 4つ目は、企画する主体の知識、論理よりも顧客の感覚(Sense)、感情(Feel)、価値観(Think)などの顧客経験価値に依存する部分が多いことです。いわば主観の結果である顧客経験価値を、客観的な知識、論理で把握することは少し矛盾しています。顧客経験価値は顧客の主観ですから、顧客の数ほどの主観、つまりある商品に対する個々の意味が存在するのです。AIなどの分析技術が発展しても、その顧客個人にとっての意味としての顧客経験価値を把握するのは簡単ではありません。
 5つ目は、これまでの常識では失敗だと考えられるものからヒットする企画が生まれることが多いことです。これは一つ目の特徴の裏返しですが、事業化後、失敗すると言うことは、その商品は顧客求める価値との間にギャップが存在すると言うことです。そのギャップこそがヒットする商品の成功要因であることが多いのです。しかし、失敗は失敗とだけしか捉えられないままで、企画が終わることが多いのです。
 本書を読んでいただきながら不謹慎な話ですが、このような商品企画開発プロセスの特徴から、商品企画開発は、他の業務プロセスの様に、テキストや書籍にある手順やフォーマット通りに進めても結果が出ないことも多いのです。
 しかし、商品企画開発プロセスの特徴を踏まえ、また著者の経験からも大事だと思うのは、商品企画開発プロセスとは、「コンセプチャルな仮説を持つことと、その仮説を計数的、論理的に検証すること」にあることを認識することです。重要なのはこの2つのことです。つまり、商品企画開発のプロセスとは、熱い思いの仮説をもつことと、顧客に受け入れられたかどうかの結果の数値と、論理的根拠を明確にする課程であり、その課程で商品が売れる法則性を見いだし、継続性のある事業システムを構築することだと思います。

■商品企画開発の全体像

 商品企画開発プロセスは、他の業務と比較してかなり特異であると述べましたが、それだけに商品企画開発の全体像、つまり商品企画開発の要素とその構造は理解しておくべきです。全体像を理解することで、前にあげた商品企画開発の機会を逃すことなく、またそれが継続性のある事業システムとして構想することができます。
 商品企画開発の全体像を把握するために、最初に理解しておくべきことは、商品企画開発と事業開発の関係です。事業とは、業務の技術、製造、販売など共通性の高い商品群をひとまとめにし、損益を算出する単位です。事業は商品で構成されています。
 新商品を開発する場合、新たな事業開発を前提とすることがあります。特に近年ほとんどの産業において、IoT,AIなどのICTの活用が商品開発の前提となってきており、新商品の開発は、ITを活用した新ビジネスモデル開発を伴うことが多くなってきています。
 図2は、そのことを図示しています。商品レイヤーの商品企画開発は、事業レイヤーを伴ったものでなければなりません。具体的には、事業に活用すべき自社の中核能力である「コア・コンピタンス」、ビジネスの仕組みや他社との共生システムである「ビジネスモデル・エコシステム」、それと商品共有にもたらされる「顧客経験価値」などです。

 本書の主題は商品開発ですが、商品開発には事業開発的要素がありますので、その関係や構造を理解していただきたいと思います。

 商品開発の全体像は図3にあるように、5つのフェーズで構成されています。この全体像の特徴は、商品・事業企画仮説フェーズで、コンセプチャルナ仮説を立てて、仮説検証フェーズで計数的、論理的に検証することです。そして、準備フェーズで立てた目的、目標を達成する可能性がある程度見えるまで検証仮説を何度か回すことです。この仮説検証は、商品レイヤーと事業レイヤーでの仮説検証となります。仮説検証が終われば、商品企画開発を含む、事業戦略構想フェーズに進み、財務計画を含む事業計画を作成します。その後事業化準備などを含むスタートアップフェーズに入ります。
 事業戦略構想フェーズ、スタートアップフェーズの段階であっても、必要であれば商品・事業企画仮説フェーズに戻ります。つまり商品開発とは絶え間ない仮説検証であると言うことです。

 うまく進まない商品企画開発は、柔軟性がなく硬直的で学習、修正ができません。反対に成功する商品企画開発は、成功するまで粘り強く仮説検証を繰り返します。図3の商品企画開発の全体像は仮説検証のサイクルを著したものです。

■商品企画開発の各フェーズでやるべきこと

 次に商品企画開発の各フェーズの説明と実施すべきことを大まかに説明します。各フェーズの詳細な説明はこの後に述べますので、ここでは、各フェーズの狙いと、おおよそどのようなことを行うのかを理解して、商品企画開発の全体像を把握することに役立ててください。

①  準備フェーズ

 準備フェーズは、商品企画開発プロジェクトを実施するための事前準備を行うフェーズです。具体的には、プジェクト実施のための会社や事業部門がもつ与件の把握、プロジェクトの背景・問題意識の整理、プロジェクト組織体制づくり、プロジェクトの目的、ゴール・成果、プジェクト実施スケジュール、プロジェクト予算などを企画し、事業部長などの事業部門経営トップとすりあわせます。

②  商品企画仮説フェーズ

 商品企画仮説フェーズは、大きく商品の企画仮説と事業仮説の企画で構成されています。前にも述べたとおり、商品の企画は事業の企画を前提としていますので、この2つの仮説を企画します。
 最初に、商品よりも大きな視点の事業仮説を企画します。事業企画の中には、顧客経験価値やコア・コンピタンス、エコシステム・ビジネスモデルの仮説企画が含まれます。
 事業企画仮説の大きな視点を元に商品企画仮説を考えます。商品企画仮説は、「商品アイデア」「商品コンセプト」などです。それをもとに「ビジネスモデル」を企画します。
 大きな着想としての事業企画とその具現化としての商品企画、そして事業企画の中で最も重要なビジネスモデルとして商品企画仮説をまとめ、顧客経験価値実現の仕組みの仮説を構想します。

③  仮説検証フェーズ

 仮説検証フェーズとは、商品・事業企画仮説フェーズで企画した商品・事業仮説を、PoC(Proof of Concept:実証実験)とマーケティングリサーチの2つの観点で検証します。
 PoCは、商品コンセプト、ビジネスモデルの各要素、顧客経験価値など、商品・事業企画仮説において重要な部分を可能な範囲の実証実験を通じて検証します。
 マーケティングリサーチは、マクロトレンド、エコシステム(業界構造)分析、有望市場分析、ターゲット市場分析、ターゲット顧客分析、競合分析、SWOT分析などの一般的なマーケティングの手法を活用して仮説を検証します。

④  事業戦略構想フェーズ

 事業戦略構想フェーズでは、仮説検証フェーズで検証された結果を元に、商品企画開発戦略を含めた事業戦略構想を策定します。顧客経験価値に重きをおいた事業戦略構想では、事業の世界観、価値観、ビジョンや、事業が創造する顧客経験価値を重視します。その他、顧客経験価値を実現するためのエコシステム・ビジネスモデル戦略や顧客経験価値開発マーケティング戦略、財務計画を含んだ事業計画、ロードマップなど、経営トップの投資判断を仰ぐためのいわばビジネスプランを作成します。        

⑤  スタートアップフェーズ

 事業戦略構想が経営トップの承認を受け、投資意思決定が下された後、スタートアップフェーズに入ります。スタートアップフェーズには、商品開発活動や、そのマーケティング開発活動、事業化の準備、事業のスタートアップとモニタリングなどが含まれます。
 スタートアップ後も、市場や顧客とのギャップが存在する場合は、事業の方向転換、軌道変更、いわゆるピボッティングを行います。新商品開発や新事業開発では、スタートアップ後の市場とのすり合わせが必要で、このピボッティングが重視されます。

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