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タイ講演を終えて~日・タイ連携可能性について思うこと~

ニューチャーネットワークス 取締役 シニアコンサルタント
福島 彰一郎

 今年4月25日(火)にタイ・バンコクで、現地企業向けに「Japanese Experiences on R&D,D&D Roadmap setup for Food Industry」というテーマの講演を行った。現地の非営利団体である泰日経済振興協会(Technology Promotion Association: TPA)においての開催である。このTPAは、1973 年1月24日にタイの経済発展のために元日本留学生・研修生が中心となって、日本からタイへの最新技術と知識の移転、普及、人材育成を行うことを目的に設立された。2007年には日本的ものづくりを教える泰日工業大学(TNI)を設立し、日本的ものづくりを理解した学生の育成にも努めてきたとのことである。経済産業省としては、日本に来た留学生がつくったTPAを通じた経済交流は成功事例として注目し、他国での同様の展開の機会を模索しているとの話もある。ものづくり関連の取り組みをしてきたTPAであったが、初の試みとして、製品・事業開発テーマについてのプログラムも検討していきたいと打診を受けての今回の講演であった。対象はタイの主要産業である食品メーカーである。
 ご存じの方も多いと思うが、近年、タイのGDP成長率は頭打ちとなってきている。2016年10月のプミポン前国王崩御後の自粛ムードで個人消費が落ち込んだが、より構造的な問題は高齢化である。タイの年齢の中央値は38歳。日本の46.5歳に比べればまだ若いが、28.4歳のインドネシアや24.2歳のフィリピンなどと比較すると、東南アジアの中では最も高齢化が進んでいる国の1つとなっている。若者が所得を高め、消費を力強く引っ張っていくという東南アジアの従来のイメージは、タイには必ずしも当てはまらなくなっている。「人口ボーナス」から「人口オーナス」になってきており、世界の投資家もわざわざタイの内需ビジネスなどには投資をしなくなっている。しかも未だ軍事政権下であり、良くも悪くも政策変化への期待感は薄いため、投資家の関心はどうしても他国に向いてしまうという。このような状況から脱却していくために、イノベーションとマーケティングが必須であるという意識が政府や企業の間で高まっている。
 講演前はどのくらいの企業が来るのか不安もあったが、蓋を開けてみると40名以上の受講者が集まっていた。食品メーカーを中心に、食品包装材メーカー、宝飾品メーカー、排水処理事業者、エネルギー事業者などから、マネージャークラスの方々が多数参加していた。
 講演内容は、日本の食品メーカーの事例紹介やマーケティング、技術マーケティング、エコシステム、シナリオプランニング、ロードマップ、ブレークスループロジェクトなど、小職が日本国内で製造業向けに普段講演しているものとほぼ同じ内容である。
 タイ語の同時通訳が入り、且つ講演内容が複雑なところもあったため、うまく理解されているか不安であったが、講演中の参加者の表情や頷きなどの反応を見る限り、十分理解されているようであった。講演後の質疑応答の内容も、国内の日系企業向けの普段の講演のときと遜色ない。「コア技術の設定をどのように行うのか?」「エコシステムの仕掛け方は?」「シナリオプランニングの組織的な運用のポイントは?」「アライアンス・M&Aの成功率を上げるためのポイントは?特にポストM&Aにおける日本の成功例は?」「技術者にビジネスマインドを醸成するためのポイントは?」といった具合である。
 特に、日本の食品メーカーの健康食品やIoT活用の事例への質問が多かった。質疑応答のやりとりの中で、参加者の事例への関心の高さについて小職から質問をしてみたところ、タイ側からすると日本企業の具体的な事例等の情報はほとんど入ってこず、日本の情報の多くは英語化されて情報発信されることがないため、入手できる情報は限られているとのことであった。タイは親日国で日本企業もかなり進出しているので、ビジネス情報はかなり流れていると思っていたが、実際は全く異なっていた。
 セミナー後のアンケートをみると、半日セミナーではもの足りなかったというお声を結構いただいた。もっとじっくり勉強して、具体的に戦略を企画してみたいとのことである。また食品メーカーに限らず、他の分野にも通用するので食品業界に限らず、広く発信してほしいとのことであった。

 タイでの講演の1ヶ月後、5月下旬にはタイ側からTPAメンバーおよびタイ政府関係者が来日した。政府関係者はタイの工業省、科学技術省、労働省などの局長クラス、工業連盟のトップなどのキーパーソンである。タイの今後の課題である「高度人材育成」のために、製品・技術開発における日本企業や政府の先進事例を学ぶことが目的とのことであった。
 初日はタイ来日メンバーによる、現在タイ政府が掲げている重点政策「タイランド4.0」の説明であった。これは日本でいえば、高度成長期を牽引した「所得倍増計画」に該当する。冒頭で触れたように、タイ経済はこの10年間のGDP成長率が3.0%と低い。経済成長が停滞する「中所得国の罠」から脱却するための政府政策である。概要は以下の通りであった。   

  • 自動車、エレクトロニクス、医療、ツーリズム、農業・バイオ、次世代食品、航空などを重点産業として、生産性向上と技術・製品・事業開発による付加価値の向上を狙う。そして生活水準を上げる。国民1人当たり所得を1万3000ドルに引き上げる。
  • 主な取り組み
    ①  伝統的な農業→スマートファーム化
    ②  伝統的な中小企業→研究開発などによる付加価値の高いビジネスの創出。
    ③  海外からの技術獲得→自国による技術開発
    ④  伝統的なサービス業→高付加価値サービス化
    ⑤  スキルの伴わない労働力→ナレッジワーカーや高いスキルをもった労働者の育成
  • ①から⑤を自国内の強みを活かしながら、日本を含む他国と連携して進める(特に技術・ノウハウ移転)
  • そしてタイ国内市場だけでなく、タイ周辺国や世界市場へアプローチする

 なかなか壮大な政策との印象を受けたが、講演者達からは「タイランド4.0」が単なる方針やイメージではなく、今後成長が無くなるとう強い危機感と必ず実行しようとする強い意志が感じられた。単なる製品や企業のイノベーションでなく、社会・産業構造の転換が視野に入れられている。直近は、特定の産業・地域を指定し、経済特区として優遇措置をとっていく方針だ。タイというと、多くの日系メーカーが進出している工業団地がイメージされるが、それだけではなく優れた産業クラスターを形成しようとしている。タイ東部において現在進行中のプロジェクトも具体例として示されていた。
 様々な政策を掲げて取り組んでいるが、一番の重点課題は人材育成ではないかと思われた。日本など海外からの技術やノウハウ移転もいいが、それを理解して製品化、事業化までもっていける人材の絶対数が不足しているのではないか。技術による産業の高度化を狙う以上、要となるのは技術系人材の数であり、さらには技術を理解して事業までもっていけるビジネスリーダーの存在である。人材育成とは時間を要するものであり、それが人口ボーナスから人口オーナスの移行の段階にある中で、タイミング的に間に合うかどうかが問題である。
 訪日3日目には、健康食品メーカーへの訪問があった。タイランド4.0では食品メーカーの高度化を重視しているため、事前に日本の食品メーカーへの訪問を強く希望されており、弊社が中堅健康食品メーカーの研究所の訪問コーディネートを行った。小職も健康食品メーカーの研究所訪問は久しぶりであった。
 健康食品メーカーの最前線の取り組みを見て、改めて日本メーカーの研究開発力の高さを実感した。科学的根拠を示した機能性食品の開発、脳機能や睡眠の質の改善といった先進テーマ、腸や胃のどこで成分が吸収されるかを考慮したタブレット加工や表面処理加工など、技術的に奥深いものがあった。タイ側の来日メンバーの方々と話をしてみると、タイでも健康食品ニーズは強く、首都バンコクでは価格も日本市場と同等レベルと高価格帯であっても、多くの健康食品が輸入されているとのことであった。健康食品といっても、ダイエットやビタミン剤などの比較的ベーシックな商品が多いとのことである。そして日本メーカーレベルの技術・商品開発ができる基盤がタイ企業にはないため、日本企業との連携は非常に重要であるとしみじみ語っていた。
 話が前後するが、この訪問を小職がアレンジしていて気になることがあった。この中堅健康食品メーカー以外にもいくつか健康食品メーカーに訪問を依頼したが、かなり反応が悪く断られたのである。日本を代表する大手食品メーカーさえも及び腰であったのは意外であった。理由としては次のようなことが推測された。大手企業の場合は、キーパーソンの対応となるとコーポーレートの確認をとらねばならず、社内手続きが面倒である。中小企業であれば当面のターゲットは日本国内だけでよく、国内市場を固めてから海外市場を考える。将来的には海外展開を考えているが、タイ市場は現時点では狙っておらず、自社戦略と関係ないのでお断りする、などである。
 しかし、日本市場はこれから伸びることもなく、海外市場を視野に入れることは必須である。タイ市場がメインでないといっても、タイはASEANの製造業の中心であり、タイの大手企業やキーパーソンは容易に国境を越えてASEAN市場で活動している。ジニ係数の高い国々の集まりであるASEANにおいて、社会的地位の高いキーパーソン同士のネットワークは日本人が考えている以上に密であると聞く。そのようなキーパーソンとの接点、人脈ルートをなくして、日本企業のアジア展開など基本的にはありえない。その人たちとの接点をつくるチャンスを安易な判断でふいにする日本のメーカーのビジネスセンスについて、正直心配になってしまった。

 この2カ月間、色々と動いてみて、食品分野における日本とタイの連携について小職なりに振り返ってみると、次のようなことが言えそうである。

まずタイについては次のようになる。

  • タイは東南アジアの製造業の拠点であり、東南アジア市場全体へのアクセスも良い。
  • 少子高齢化を背景に、持続的なGDP成長のため高付加価値な製品・事業をつくる技術・ノウハウ・人材を必要としている。
  • 食材は豊かで他国に食品の輸出を行っている。チャロン・ポカパン(CP)グループやタイ・ユニオン・グループなどの財閥系大手タイ企業が得意とする食品系分野が輸出を引っ張っている。その一方で、中小企業の海外展開は不十分である。
  • タイは親日国であり、これからグローバル展開するビギナー企業にとっても取り組みやすいフィールドである。
  • タイでは日本食が日常生活に浸透してきている。ただし、味や質は日本国内に比べれば高くはなく、日本食を受け入れる土壌が出来上がりつつあるという段階である。

 

日本側については次のようになる。

  • 日本には未だに海外展開を十分にしていないが、優れた製品・技術・ノウハウをもつ食品メーカーは大企業から中小企業まで豊富である。
  • 大手企業は別にして、中小企業となると国内市場で十分と考えている企業は結構多い印象を受ける。
  • 食品関連では包装材や加工分野などの優れたメーカーが多い。例えば、高齢者や要介護者向けの食品である。一見ごく普通の食事にみえるが、咀嚼しやすく加工された商品といったように、大塚製薬グループのイーエヌ大塚製薬などは国内のみであるが事業を展開している。見た目や味を楽しみながら食事をとれるということは重要で、人としての尊厳に関わることである。このような技術において、日本は高いレベルにある。
  • 日本には技術やビジネス知識に関する豊富な教育プログラムがある。

 上記を眺めてみると、良い日・タイ連携が出来そうである(図1)。

 

 

 まずは日本側からも積極的に情報を発信して、タイ側に働きかけていくことがスタート地点であろう。親日国だからといって悠長なことをいっている場合ではない。昨今、タイは中国との経済交流が強くなっているといわれており、脱日本化するアジアというトレンドも出てきているという。
 弊社と小職としても、微力ながらタイ企業と日本の食品メーカーの連携などを促進できればと思っている。4月の講演が好評であったこともあり、今年11月上旬には2日間の戦略検討ワークショップを予定している。技術マーケティング、シナリオプランニングとロードマップといった手法を使いながら、具体的な製品や事業企画をするワークショップである。おそらく多くのタイ企業も参加すると思われるが、日系企業にも参加を積極的に呼びかけていきたい。食品メーカーに限らず、包装材メーカーや製造装置メーカー、ITベンダーなど連携可能性がある業界も含めたい。一緒に市場分析・戦略検討する中で、互いに多くの学びがあり、人脈ができ、創発的な戦略を構想できると期待できる。優れた戦略であれば、キーパーソンの人脈も使い、事業化まで繋げることができる。
 ご興味のある企業は、ぜひこの機会にご参加いただきたいと思う。

 

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