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人が集まり、互いが成長する組織 ~人・組織への投資と、学習・成長の仕掛けによる戦略~ 第2回 小さくても人が集まり、互いが成長することで発展する会社

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

前回は「ブランド力があり、業績が良くても人が去り、衰退に向かう会社」が増加しているという話をしました。その一方で、「小さくても人が集まり、互いが成長することで発展する会社」も徐々に増えています。

これも当社のクライアントで、2025年問題の影響を強く受ける物流会社の例です。この会社は住宅設備機器大手の100%出資のグループ企業ですが、親会社からの受注だけでは成長性も収益性も低く、グループ外部からの受注拡大を必要としていました。社長はじめ役員の半数は親会社からの出向者や転籍者、いわば天下りですが、親会社は製造業ですから事業特性がまったく異なります。すなわち直截に言えば、経営陣の過半が物流事業に関しては素人という状況です。

現社長のSさんも、3年前に親会社から転籍になってこの物流子会社の社長に就任しました。そのS社長が実行したのは、事業の拡大やマネジメントについては業界をよく知るプロパー役員に完全に任せること。そして自身は人や組織の成長に集中して改善・改革を進めたのです。

問題だらけだった3年前

S社長が就任した3年前、この会社は人・組織の面でいくつもの問題を抱えていました。

問題1:200名程度の小さな会社にもかかわらず、役員、本部長、部長、課長、課長補佐と組織の階層が多く、意思決定はじめすべての組織行動に時間がかかる「遅すぎる組織」であった。

問題2:上層部からの指示命令が絶対で、社員からのボトムアップ提案はほぼゼロであった。アイデア募集をしても応募はゼロに近かった。

問題3:機能部門、事業部門それぞれが縦割りで、部門間の人事交流もなく、組織が違えば別の会社のようだった。当然、組織間の会話もほとんどなかった。

問題4:業績が悪化すると人事異動や組織改定を実施したり、業績評価制度を見直したりした。管理職も含め社員はみな委縮してしまい、自分の仕事を守ることだけで精いっぱいになっていた。

問題5:会社が成長せず、組織風土も活性化していないせいか、新卒入社は直近3年間でゼロ。キャリア入社もわずか年間1名。半面、待遇のよさそうな会社に転職する人は年間8名を超えていた。

近年、特に物流業では、いくら設備とお金があっても、そして顧客がいても、人材がいなければ売上は上がりません。人材が集まらないことが会社存続の危機に直結します。つまり、この会社にとって人・組織こそ重要な経営課題であり、経営戦略そのもの――。そんな状況下でのSさんの社長就任でした。

まずはアンパンマンから

S社長はまず、趣味で集めたアンパンマン関連のぬいぐるみを30点ほど自宅から持ってきて社長室に飾りました。いわば強引に社員の関心をひきつけたのです。結果として社員が社長室に入りやすくなりました。業務用件で社長室に入ってもすぐには仕事の話にならず、ときには打ち合わせ時間の半分以上がアンパン系の話題となることも。「社長!私、これと同じカレーパンマン持ってます・・・」と若い女子社員が楽しく話す光景も珍しくなくなりました。

ちなみにS社長は就任の3週間後あたりから、社員の間で「ジャムオジ」と呼ばれるようになっていました。白髪で髭を生やしていたのが、アンパンマンの仲間のジャムおじさんに似ていたからでしょう。それだけ早い段階で社員に親しまれていたのです。

次にS社長は、朝礼や会議で話をするとき、会社の問題点を挙げるのではなく、会社のいいところ、社員のいいところを繰り返し強調しました。私が傍で聞いていてもかなりわざとらしいと思うほどでしたが、ほめられた社員は悪い気持ちはしなかったようです。

そして就任3か月目、ついにS社長は動き出しました。「愛と勇気だけプロジェクト」、略称「I・YOUプロジェクト」の開始です。この「愛と勇気だけ」は、やなせたかしさん作詞のあの「アンパンマンのマーチ」からの引用です。誰もが知っている歌で、嫌いな人はいないのではないでしょうか。昭和感たっぷりのネーミングでほほえましいですね。

2年間21回のプロジェクトで会社が変わった

以下、当社が支援したこの「I・YOUプロジェクト」の内容を紹介します。

まず、40代前半の3名をリーダーとして、年齢も部門もバラバラのメンバーで3テーマのプロジェクトを組織しました。①無駄な業務のリストアップと削減、②みんなが参加できる社員イベントの企画実施、③魅力あるホームページ改訂案作成、の3つです。期間は90日と短く、各プロジェクトの目標も、力を合わせて努力すれば達成できるレベルのものに設定しました。

プロジェクト開始後、メンバーには社内SNSで毎日会話すること、小さくてもいいから何か行動を起こすことを実践してもらいました。また、プロジェクト全体のサポーターであるS社長に加え、プロジェクトに関係する部門の部課長もサポーターとし、部門を横断して他のプロジェクトメンバーにも気軽に相談できる環境をつくりました。そして、私たちコンサルタントからサポーターに対しては、プロジェクトメンバーが行動したことや取り組み姿勢をとにかくポジティブにほめることを徹底してもらいました。

この会社ではこのような組織横断的かつ職位も関係ないプロジェクトを行うのは初めてでしたから、プロジェクトメンバーは多くの場面でとても戸惑っていました。会議のファシリテーションやそこでの発言方法、計画の立て方など初めてのことばかり。職制で仕事しているときは決まったことを指示に従ってやるだけですが、プロジェクトでは自発性、コラボレーション、コミュニケーション、経験のないタスクの管理などが求められます。かなり刺激的だったことでしょう。

プロジェクトは決してスムーズには進みませんでしたが、プロジェクト活動自体を楽しいものとすべく、ワイワイやることを意識し、プロジェクトメンバー以外の社員にも協力してもらいました。同時に、プロジェクト活動によって職制の仕事が滞ってしまわないように、業務の配分の見直し、部門によっては役員と相談して年度の業務の優先順位の見直しを行いました。

こうして第1期の「I・YOUプロジェクト」が成功裡に終了すると、会社の雰囲気が少しずつ変わり始めました。社長室に入るたびにアンパンマンと仲間のぬいぐるみたちが「愛と勇気だけ」と歌ってくれている。そんな雰囲気になってきたのです。その後も「I・YOUプロジェクト」は継続し、2年間で合計21プロジェクトが実施され、ドライバー社員も含め社員の60%がプロジェクト参加経験を得ることができました。

その間に実現したことは、在宅勤務制の導入、ホームページ改訂、本社執務室や営業拠点の事務所の改装、一部フリーアドレスおよびiPadなどの端末導入、社員の家族や友人を会社に呼んで交流するファミリー会の実施、期間限定の社内カフェ開設、効果的なリクルート施策実行などなど。こうして「働きやすい、自慢できる会社」に生まれ変わった結果、S社長就任3年目となる今年は5年ぶりの新卒社員が3名入社し、また半年で5名のキャリア採用も達成しています。

この物流子会社は「I・YOUプロジェクト」を一つのきっかけとして、2年間で「小さくても人が集まり、互いが成長する会社になったのです。

カギは覚悟と忍耐

この会社における人・組織の変革成功の要因は「I・YOUプロジェクト」そのものだけでなく、その背景にある社長と役員の覚悟と忍耐でした。「I・YOUプロジェクト」には、兼務といえども常時15名から20名の社員の時間が割かれます。当然、通常業務との兼ね合いの問題が発生し、プロジェクトメンバーの所属長や同僚には負担がかかります。そこでS社長と役員は、プロジェクトを優先させるために業績目標をあえて下げたり、業務の優先順位を変えたりしました。さらにはプロジェクトメンバーの所属長に頭を下げて、プロジェクトを優先してもらうようお願いすると同時に、それら所属長の人材育成面での評価をアップ。もちろん、プロジェクト支援に対する感謝の意を常に示すことも忘れませんでした。

こうしたことの結果、この会社の業績はS社長就任後の2年間、実際に少し下がりました。しかし3年目となる今年は、半期の業績がここ5年間で最も高い水準を記録しています。売上は昨年比120%、利益は180%です。人材の拡充と組織の活性化、スピードの向上、社員の自発性アップの結果、サービスレベルが飛躍的に向上したことが急成長の要因と思われます。3年目に入った「I・YOUプロジェクト」では、進行中の5プロジェクト中3プロジェクトが売上向上、コスト削減、顧客対応力強化など業績アップを狙ったものになっていますので、その効果がこれからますます期待されます。

この物流子会社が「小さくても人が集まり、互いが成長することで発展する会社」となるまでに実践したことは何でしょうか? 業績向上を目標として大きな改革を進めたのではなく、またトップが大きな戦略計画を立てて社員が機械的にそれを実行したのでもありません。また知識やスキル不足を補うため外部の講師を呼んで研修を行ったわけでもありません。

そうではなく、社員の自由度を上げ、自発性を引き出し、ポジティブフィードバックを徹底し、人と組織の活力を上げることに注力したのです。そのために社員の働きやすさを徹底的に見直し、改善し、生まれた活力をすかさず業績の向上に結びつけたのです。その結果、社員自身が本当の「成長実感」を持つことができた。これこそが成功の最大の理由だということがおわかりいただけたかと思います。

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