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第3回 「企画した戦略の実現手段としての人と組織」ではなく「個性的な人と組織が戦略や価値を創造する」時代へ 人が集まり、互いが成長する組織 ~人・組織への投資と、学習・成長の仕掛けによる戦略~

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

これまで日本では「企業経営は人や組織を中心としたものであるべき」という考えが一般的で、それに関連した「日本的経営」についての書籍も数え切れないほど出版されてきました。

確かに日本企業の多くは、規模の大小にかかわらず終身雇用や年功的な賃金制度を特徴としてきましたが、本当の意味で社員のアイデアや発想を重視した「人や組織が中心の経営」であったかと言えばそれはかなり疑問です。

建前と本音

多くの日本企業では、中期経営計画や予算計画を立てるのは経営トップ(あるいは将来の経営者候補である一握りのエリートスタッフたち)であり、各機能部門およびラインの人・組織はそれらの計画を実行するために存在する、というケースがほとんどでした。つまり、「雇用や賃金、福利厚生などは保証するから会社の方針に従って業務に励んでください。みんなで頑張ればいいことありますよ」というのが本音。個々の社員の自発性を尊重し、その個性や創造力を活かした製品・サービス開発や業務改善を行ってきたかと言えば、そうではなかったと思います。

もし社員個人に裁量権があったとしても、それはたいてい、上の人の示した方針や嗜好を踏まえることを前提条件としています。時に入社年次の若い社員に好きなことを企画・実行させる「若手プロジェクト」のようなものが実施されたとしても、内実は若手の不満のガス抜きが目的であったり、出されたアイデアを経営トップが多少参考にしたりする程度で、組織を挙げた本気の取り組みであることは稀でしょう。会社のホームページや年頭あいさつで社長が「社員のみなさんの自発性、創造性を重視した経営にしていきます」と表明しても、それは建前にとどまり、実践に至っていないケースがほとんどではないでしょうか。

トップ主導の経営に何が起きたか

「トップ主導の経営」は、バブル崩壊後の1990年代半ばから2020年ごろまで大きく注目されました。かつての日産自動車のカルロス・ゴーン社長に象徴されるように、そのスタイルは「経営改革」「企業再生」「ポートフォリオ戦略」「グローバル戦略」など、米国ビジネススクール(経営大学院)のMBAコースで教える知識をベースとしたものです。彼らの採用した戦略は「製品・サービスの機能向上」および「コストダウンと効率化」が中心でした。

しかし、これだけでは社員はいくら頑張っても平均賃金は上がりません。そのことがむしろ製品・サービス価格全体への下げ圧力となり、結果として「デフレ時代」を長引かせる原因となってしまったといえます。また、そうした経営によって非正規雇用が増え、下請けへの無理なコストダウン要求も横行。産業全体、社会全体がかなり疲弊し、劣化する原因にもなりました。

しかし新型コロナの影響もあって、今、社会は大きく変化しています。そのなかで、トップ主導の経営改革を進めてきた企業は、程度の差こそあれ、多くが本コラムの第1回で挙げたような「ブランド力があり、業績が良くても人が去り、衰退に向かう会社」になってきています。なぜでしょうか。簡単に言えば、経営トップ主導で「機能アップとコストダウン・効率化」をひたすら追い求める企業は、若い人からの人気が低下し、かつてほど人が集まりにくくなってきたからです。「いくら有名な一流企業でも、自分の力を発揮しにくい会社には行きたくない」と考える人が増えているのです。

chocoZAP急拡大の理由

一方で幸いにも「小さくても人が集まり、互いが成長することで発展する会社」も多くなってきています。

例えば、2015年に「結果にコミットする」のCMで一躍有名になったRIZAPグループが経営する低価格の無人ジム「chocoZAP」。2022年7月の開業からわずか1年10か月、2024年5月時点で全国47都道府県に1,500店、120万人の会員を擁するまでに急成長を遂げ、今もさらに拡大しています。

chocoZAPの特徴は、いくつかあります。

  • 会費が⽉額2,980円(税抜)と低価格で、全国のchocoZAP店舗を利⽤し放題の定額サブスクリクションモデルである。
  • 本格的なトレーニングをする人、いわゆる“筋トレガチ”ではなく、トレーニング初⼼者を広く対象としている。
  • 24時間の無人営業で、スマホのQRコードで入退場する形式である。
  • 服装が⾃由でトレーニングウェアに着替えたり、靴を履き替えたりする必要がない。
  • トレーニング以外の設備・サービスも充実している。セルフエステやセルフ脱⽑などの美容機器が置いてあるほか、一部店舗にはゴルフの練習設備、ランドリー、シェアオフィススペースがあるなど、暮らしや仕事にも便利なサービスを複合的に揃えている。

chocoZAPは常に新しいサービスをテスト的に市場にリリースし、ユーザーの利用データの分析結果をもとにして、サービスの拡大や改善、また撤退・廃止を判断しています。新サービスのアイデアの発想・企画を行うのは、主にターゲットユーザーに近い20代の女性社員です。彼女たちが瀬戸健社長に「社長、chocoZAPに〇〇が欲しいです!」と提案すると社長はじめ経営幹部は「そうなの?じゃあやってみようか!」とトライします。その結果が、セルフエステの美容機器設置など新サービスの導入につながっているのです。

主観的ともいえる社員のアイデアからの出発、テスト、データ収集分析、その結果をもとにしたオープンな意思決定。まさに「個性的な人と組織が戦略や価値を創造する」経営が時代をリードし始めているのです。

RIZAPグループだけでなく、例えばサイボウズ株式会社の青野慶久社長も、「100人100通りの人生を応援する」経営に切り替えることで会社を急成長させています。その他スタートアップ企業や中堅企業でも、同様の発想で大きく伸びるケースが多くなってきました。

トップ主導型が衰退する理由

このように「個性的な人と組織を中心にした企業」が急成長する一方で、知名度が高く規模も大きな「経営トップ主導の経営改革型企業」が衰退する現象にはいくつかの時代背景があります。

一つ目は、顧客が製品・サービスに求めるものが「機能と金銭的コストの見合い」から、感情、感覚、思考、行動、そして共感といった「経験価値」へとシフトしていることが挙げられます。経験価値は時代の気分や環境変化の影響を受けやすいもので、必ずしも分析的・論理的なロジカルシンキングが通用するとは限りません。むしろ顧客にとっての「価値」や「意味」を創り出すデザインシンキングが重要になります。デザインシンキングで大切なのは個人の「主観」。つまり社員一人ひとりの個性と創造力が重視されます。

二つ目は、市場の変化スピードが劇的に上がったことです。「市場、社会環境の変化は激しい」はいつの時代でも定番の枕詞でしたが、生成AIの普及で、そのスピードは桁違いのものとなりつつあります。現在のような変化スピードの市場環境では、スタッフがマーケットリサーチし、データを分析し、経営トップが報告を受けて意思決定し、その内容を大規模ピラミット組織の末端までカスケードしていく経営は効果的とは言えません。求められるのは現場に近い社員とリーダーが短期間で意思決定→実行→振り返り→修正という試行錯誤を繰り返す「アジャイルな経営スタイル」であり、そのためには社員個々人の自発的な発想と行動が必須なのです。

三つ目の時代背景は、経営資源上の人材の重要度の圧倒的な上昇です。かつては「ヒト、モノ、カネ」でしたが、いまや「ヒト、ヒト、ヒト」とまで言われるようになりました。「モノとカネ」は誰もがアクセスできるコモディティとなり、かつてより調達が容易になった一方、アイデアや知識を創造する「ヒト」は足りていません。新しい経験価値を発想・創造する「ヒト」が、経営資源上の争奪戦の対象になっているのです。「ヒト」にとって魅力的な経営を行い、個人がより力を発揮しやすい環境を用意すれば「ヒト」は集まります。そうしなければいくら有名な大企業でも「ヒト」は集まらず、従って市場で生き残ることも難しいでしょう。

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