高利益を達成するための生産財マーケティングとは(4)
先月の日経ビジネスの特集「大手は子に従え」(2015年4月13日号)は日本の産業構造の大きな変化を感じさせる内容でありました。日本の大手企業からなかなか画期的な製品が生まれてこない。自前主義の旧来の枠組みから脱しきれず、イノベーションの壁にぶち当たっている。総合電機メーカーなどをみると、なかなか結果のでないB2Cから安定収益の見込めるB2Bにすっかり舵をきっている。その一方、エンドユーザーニーズを素早くくみ取り、画期的な製品を繰り出すモノ作りベンチャーが続々登場。かつての大手が開発を牽引する「主」の立場から、ベンチャーに言われたとおりに技術や部品を差し出す「従」へ。この主役交代の歯車は既に回転を始めたとのことです。
事業環境を大きく見渡してみると、大企業に比べて経営資源の足りないベンチャーの事業を支えるインフラも着実に整ってきています。経営コンサルティングという仕事柄、様々な分野の企業と接点を持ちますが、直近でも大企業と全国の中小企業をマッチングさせる「リンカーズ」、ベンチャーや中小の資金調達を後押しするクラウドファンディングの「Spot Light」、技術や経営といった各分野のプロフェッショナル(個)を企業に紹介する「サーキュレーション」といった新しいビジネスモデルをもった企業と接点を持ちました。どれも若手が中心の勢いのある企業で、設立してそれほど時間は経っていないようですが、急速に実績を伸ばしてきています。
今後はベンチャーが川下市場をリードし、それを支えるプラットフォームを大企業が提供するような状況も生まれそうです。この状況は主従が逆転したという上下関係の議論ではなく、役割分担が変わってきたということなのでしょう。ベンチャーは事業展開がスピーディーですが、すべての事業インフラを用意できるほど企業体力はなく、大企業のインフラが必要。一方、大企業はベンチャー連携することで、埋もれた特許のライセンスによる収益アップ、社内インフラ提供による稼働率アップ、ベンチャーの人材との交流から得る組織的な刺激による活性化といったメリットもあります。大企業といっても中堅企業の集合体である場合も多く、コーポレートの方針と合わなくなったらカーブアウトし、独立して自由度を高めた展開をしても良いです。一方、ベンチャーや中小企業も状況によっては大企業の組織に組み込まれても良いのです。Googleはベンチャー企業の取り込みに積極的です。そのようなダイナミズムのある共生のビジネス生態系が日本にも出現しつつあるのかもしれません。
現場で働く個々は、どの組織に所属していないといけないということでなく、状況に応じ都度適した組織を渡り続けて、個々が能力を発揮して、成果を出すプロフェッショナルになることが求められます。
アベノミクスの三本の矢で景気が支えられているうちに、新しいビジネス生態系への移行が進むよう、私も微力ながら経営コンサルタントという立場からも大企業からベンチャーまで広く応援していければと考えております。
さて前回のコラム(2015年4月1日)では、高利益を上げるために生産財メーカーがおさえるべきマーケティングの7つのポイントのうち「4.『束にした顧客群』毎のマスカスタム製品のコンセプト企画」について考えました(図1)
今回は「5.製品コンセプトを軸にした『ぶれない』製品開発」について考えていきます。高利益をもたらすマスカスタム製品の開発では、顧客ニーズが多少変わったとしても、それに対応するための手戻りが小さくて済み、個別対応に比べて、コスト低下・納期が短くなるということがポイントとなります(図2)。
そのような製品が最終的にできるように、マスカスタム製品企画の仕様に従って設計・開発を確実に進めて行くことが理想です。しかし、実際にはプロセスの途中で起こるいくつかの問題により、当初企画した製品コンセプトが歪められ、製品が量産化された段階では当初と異なる製品になっていたり、コスト高になっていたりします。例えば次のような問題です。
1.デザインレビュー(DR)でバイアスがかかる
マスカスタム製品の開発に限ったことではないですが、DRを通過させるために、関係する部門の要求を呑まないと次のステージの移行に賛成してくれいないという、ある種政治的な状況が発生し、合意形成のためのDRとなってしまう問題です。
またどの部門が主導権を握るかでもバイアスが発生する問題もあります。例えば、開発部門がリードすると、技術的な視点からみて完璧なものをつくろうとして、いつの間にか機能やデザインが変わり、プロダクト思考が強くなります。すると得てしてコスト上昇、販売延期などが起こってしまいがちです。営業部門がリードすると、営業は担当顧客企業の要望にできるだけ応えたいために個別企業向けのカスタマイズ製品が出来上がってしまいます。また、ニーズ思考の営業と技術思考の開発は性質的に衝突しがちな関係にあり、開発プロセスが滞ってしまうリスクもはらんでいます。理想としては製品企画部門を設置し、製品コンセプトが出来るだけぶれないように関係部門の諸々の事情に発する要求をいかにマネジメントしていくかがポイントとなります。関係部門からの要求は、その組織における人材のスキルや数、開発予算、製品原価、開発期間・発売日までのリードタイム、現状の技術レベルなどの制約条件から発生しています。
そこで製品コンセプトの「機能」に重要度や開発難易度からグレードをつけて、制約条件との間ですりあわせをしていきます。例えば、多くの顧客にとって事業の上で「重要度の高い機能」は、制約条件があっても妥協してはいけませんが、特定の顧客のみに必要な機能であれば、制約条件を呑んで機能を削ることも考えられます。
2.他部門に製品企画の内容の事業的な背景・意義が理解できない
そもそもどのような顧客分析や競合分析やビジネス構想のもと、製品が企画されたのか背景をきちんと説明し、関係メンバーに理解、共感してもらうことが必要です。この手間を省くと、各部門は製品企画の内容を自分達で対応しやすいように変更しようという思考にかられます。
IoT(Internet of Things、モノのインターネット)と毎日のようにメディアでとりあげられており、今後多くの製造業がIoTのトレンドになにかしらの形で巻き込まれていく可能性が高そうです。IoTになると、デバイスに通信機能がつき、クラウドとの連携が前提になります。製品機能がデバイス側とクラウド側で分担されて、デバイスの機能や設計が変わる一方、クラウドからのフィードバック・コントロールや他製品との連携が必須となります。そしてビジネスの収益源の主軸がモノからサービスに移っていくといわれています。
そこでは、他企業・他業界との連携も当然となるために、自社がやる部分(クローズ)、他社に任せる部分(オープン)の戦略的判断も必要とされます。そうなると、製品の企画・設計は従来のスタンドアローン製品の設計からがらりと変わってしまい、旧来型の製品に慣れてしまった設計・開発、生産メンバーから反発がでてしまうことが予想されます。概して大きな組織の技術者は外の風に吹かれていないことが多く、環境変化に対する感覚が鈍いものです。事業環境トレンドなどについての日頃からの情報発信・啓蒙の工夫も必要です。
3.後工程について知識不足のまま設計してしまい、結局高くつく
3次元CADの普及により経験の浅い設計者でも設計をしやすくなりましたが、その一方で、設計図面の1本1本の線を考えて引かなくなったという問題を聞くことがあります。1本の線が、後工程の段取りの手間やコストにどのように影響を及ぼすのかをイメージできなくなったということです。また、数年前の円高と低賃金労働を求めての生産拠点の海外移転やアウトソース化は、設計担当が後工程と交流し学ぶ機会を奪うことにつながりました。さらに短期的な成果主義の弊害で、どの部署・担当者も自分の仕事だけで一杯一杯で、他部署・他メンバーのことまで気にしていられないという組織内の連携の喪失もあります。そのために生産部門が自分の部署のミッション・目標だけを考えて、DRに参加しないというコンカレントエンジニアリングが当たり前の時代に逆行する現象もみられるそうです。後工程で対応しにくい設計をしてしまい、後工程で個別対応をし、結果として製造コストが高くつくことになっているのです。
Appleについて興味深い話があります。同社は好業績企業として知られていますが、約18兆円という非常に大きな売上規模をもつ一方で、高い営業利益率30%を実現していることは意外に見落とされがちな事実です(日経テクノロジーonline『「iPhone」が儲かる本当の理由』2015年4月9日)。高い売上をあげたからといって高い利益率は必ずしも自動的についてくるわけではなく、そこには高い利益率を実現するための設計・生産に一体で取り組む工夫がありました。
Appleは生産アウトソースをしていることは周知のことですが、最も投資がかかる、製品の付加価値を生み出す上で大きな役割を果たす切削加工機やレーザー加工機は、Apple自身が投資を行い台湾メーカーなどに貸与しています。設計者は製品のモデルチェンジがあるにしても、設備・治具・技術はできるだけ変えずに、対応出来る範囲で設計をしているというのです。一度投資した固定費は使い倒すということです。それをするために設計者は、生産のアウトソース先を徹底的に調査・観察し、どのような作業があり、どのような制約があるのか、工程を熟知した上で製品の設計をする。設計者は、魅力ある製品を設計・開発することを目指しつつ、もう一方で、後工程のコストを考慮しているのでした。Appleの高利益はマーケティング面における工夫だけでなく、設計と生産の部分も押さえた上のことであったということです。日本の製造業は水平分業を進めてきました。目の前の効率化のための単なる分業を行ってきたということではないでしょうか。分業したとしても、相手先の組織との情報共有・交流といった連携をきちんと維持する取り組みであったのか確認する必要がありそうです。
次回コラムでは、「6.『束にした顧客群」毎の販売戦略」について考えます。