製造業の良さが再認識されるIoT時代
■製造業にこだわってきて、やっぱり良かった
最近「製造業にこだわってきて、やっぱり良かったなあ」と強く感じます。なぜなら、今から10年、20年と製造業の飛躍的発展が期待できるからです。その理由は、最近マスコミでもよくとりあげられている“モノのインターネット”いわゆるIoT(Internet of Things)の時代が本格的に到来するからです。1995年ごろから今日までの約20年あまりパソコン、携帯電話そしてスマートフォンなどがインターネットでつながることで社会は一変しました。今度はモノとモノがインターネットでつながることでさらに社会は変わっていきます。ようやくモノが情報社会の中心になってきたのです。
IoT時代の到来によってインターネットの世界は、モノのウェイトが大きくなります。米国IBSGの調査によれば、インターネットに接続されるデバイスは2010年に125億台であったものが、2020年には500億台に達すると報告されています。2010年時点でインターネットに接続されているデバイスのほとんどがパソコンやスマートフォンとすると、今後インターネットに接続されるモノの種類は相当数に及ぶと考えられます。
インターネットに接続されるモノが増えるということは、これまで製造業がつくってきたモノの価値が大きく向上するということを意味します。つまりモノはこれまでの物理的な機能を果たすだけでなく、情報機能、さらには問題発見とその解決のためのインテリジェント機能を持つ可能性が出てきたということです。これはどちらかというと、今まで情報は情報として主にコンピューター上だけで扱われていたものが、情報がモノにも強く関係づけられることを意味します。
■IoTによって物の価値は大きく変わる
IoT、モノのインターネット化によって、モノの価値は大きく変わります。たとえば、歯ブラシは「歯を磨く」機能に加え、「個人の適切な歯の磨き方をコーチする」ことが可能になるかもしれません。傘も「雨を避ける」ことに加え、傘同士が通信し合い「実際の降雨状況を教えてくれる」といった機能が加わるかもしれません。すでに一部始まっていますが、車は移動するだけでなく、リアルタイムの道路の状況を知らせてくれる機能が当たり前になるかもしれません。
この様に考えると、これからの10年、20年はまさにモノの時代であると私は認識しています。しかしそれは、何らかの形でモノに情報機能が付いた場合です。すでに多くの電機器具、機械などでその動作が何らかの形で電気信号に置き換えられ、表示されたり制御されたりしていますが、IoT化によりモノに情報機能が付くということは、極端な話ですが、その対象があらゆるモノに拡大するという概念です。
■IoTではモノの特性、それを使うお客様の特性を知っていることがキー
IoTではモノのセンシングがとても重要になってきます。物理的な状態がセンシングできなければ、モノからデータは生成されず、インターネットにもつながりません。いくらIT系の人たちが「IoTブームが来た」と言っても、センシングが出来なければ何も進みません。センシングはモノによって様々です。たとえば、トンネルのコンクリ―ト壁の劣化状態のセンシングと橋の橋脚の状態のセンシング、魚の鮮度のセンシングなど、モノの特性、状態、使い方によってセンシングの方法、レベルも異なります。また、センシングしたデータの扱い方も簡単ではありません。医療関係のデータには個人情報が含まれますので、よりセキュリティが重要視されますし、安全管理上多くの規制が存在します。
この様に、モノのセンシングとそのデータをインターネット上に載せ処理することは簡単ではありません。だからこそ、モノを知っている製造業の人たちの出番なのです。情報技術もさることながら、モノの特性、それを使うお客様の特性を知っていることがキーなのです。
■しかしモノをモノとしか捉えていないと完全に取り残される。モノをサービスとしてとらえる必要がある
この様にモノづくりの中心にいる製造業に追い風が吹いていますが、従来通りモノをモノとしか捉えていないと完全に時代に取り残されてしまうでしょう。大事なことは、モノを企画開発し、製造し、流通させ、顧客に使ってもらい、修理し、取り替え、廃棄するまでに発生するモノに関わる膨大なデータを収集、解析し、他のモノや人・組織にフィードバックし生かすことです。残念ながら今現在、多くの製造業では多くの貴重なデータが捨てられています。実はそれは、宝の山なのです。
そこでよく言われるのは、モノづくりのサービス業化です。サービス業化とは、モノの持つ物理的機能だけでなく、企画から製造、廃棄までのプロセスで発生したデータ、知識、問題解決方法などを顧客の要望に応じて選択し、提供することです。モノのサービス業化のためには、徹底して顧客ベネフィットを想定しなければなりません。「良い機能のモノができました。どうぞ使ってください。」では通用しません。
モノをサービスとしてとらえる中でIoTという概念が生かされます。つまり、複数のモノから上がってくるデータ、モノとモノ間のデータ交換などで、新たな顧客ベネフィットを生み出すことを考えるのです。
■米国GEは戦略を転換した
モノづくりのサービス業化の中心に、IoTを据えた経営戦略を明確に打ち出した企業がいくつかあります。その代表例が米国GE社です。GEではIoTをインダストリアル・インターネットと呼び、航空エンジン、発電用タービン、鉄道、医療機器などにセンサーを設置し、保守のトータル費用の抑制、燃費などエネルギーコストの削減、オペレーションの最適化などの“サービス”を顧客に提供するビジネスに大きく舵を切りました。そのために“GEソフトウェア”を別会社として設立し、オペレーションソフトウェア層に“Predix”、ミドル、アプリケーション層にPredictivity Solutionと呼ぶ共通プラットフォームを構築し、自社のみならず、他社にそれらを開放するビジネスモデルを構築しました。今では、モノづくり事業の売り上げの70%以上をサービスが占めるほどです。
先日4月8日付の日本経済新聞朝刊の一面に、鉱山の生産設備機械のビックデータ解析分野におけるGEと建設機械大手のコマツとの提携が報じられていていました。コマツは2001年からKOMTRAX(コムトラックス)という仕組みで、販売した建設機械の情報を遠隔で確認するシステムを持ち、2011年4月時点で約62,000台のKOMTRAX装備車両が国内で稼働しています。両社の提携は、すでにIoTが経営戦略の中核になってきている象徴と言えます。
■IoTによる価値の創出は2つの方向がある
それではIoTによる実際の顧客価値創出とはどのようなものなのでしょうか。私は大きく2つの軸に分けています。一つは“顧客のコストダウン・効率化”軸。もう一つは“顧客のベネフィット”軸です。(図1)
顧客のコストダウン・効率化軸とは、顧客設備のダウンタイムや取り換えコスト、リスクマネジメント、燃料費などの無駄なコストの削減、人件費の削減、さらには顧客資産の最適活用などです。(図2)
コマツのKOMTRAXの例でいえば、世界中のコマツ製品を購入した顧客の建設機械とコマツを衛星回線で結び、その機器の運転の仕方、稼働状況、燃料消費などをモニタリングし顧客に適切なアドバイスを行うことで、顧客のコストダウン、効率化を促進しています。同時にコマツは、世界中の建設機械稼働状況から顧客ビジネスの実態を把握し、自社の生産計画、サプライチェーンマネジメントに反映させています。
顧客のベネフィット軸とは、顧客製品・サービスの向上や、顧客製品・サービスのメニュー増加、さらには顧客ビジネスモデルの変革です。(図3)
たとえばカーナビゲーション会社では、カーナビを自動車本体の基本機能と連動させることによって、カーナビを使った走行管理、安全管理などの消費者向け新サービスメニューを、顧客である自動車メーカーに提供できます。さらには、カーナビゲーションの情報機能を拡張させ契約自動車の配置場所、稼働状況などを把握できれば、カーシェアリングサービスなどの新サービスが可能になると言ったことです。
上記の様な価値に加え、IoTで集められた情報はインターネット上にアップされるので、業界を超えたデータの交換やビッグデータ解析が、リアルタイムで行われ、今現在は気が付かない様々な価値が新たに生まれると考えられます。
■製造業がIoTに取り組む第一歩とは
このように今後成長が見込めるIoTですが、実際は「目先のことで精一杯で中々検討できない」「ハードウェアは得意で人員も豊富だが、ソフトウェアやITは弱い」などいった様々な障壁が考えられます。そこで製造業がIoTに取り組む第一歩として、IoTに取り組む前にまず自社のモノづくり技術、スキルのサービス転換をお勧めします。技術、スキルのサービス転換とは、モノづくりのベースにある、要素技術開発、設計開発技術、製造物流技術、利用技術・ノウハウを顧客向けのサービスに置き換えパッケージ化できないかということです。自社の設計技術には、使う側の顧客と共有することで、顧客のビジネスのコストダウン・効率化またはベネフィット向上につながるものが潜んでいるはずです。(図4)
そういったものをサービスパッケージにすることで、新たな顧客サービスに挑戦するのです。そういったことを要素技術、生産・物流技術、利用技術などのモノづくりの技術領域で徹底検討していけば、多くの新サービスが見つかります。技術のサービス転換の中で、製品に何らかの情報機能を取り込むことで、自社独自のIoTができるのではないかと考えます。