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生産財におけるグローバル・マーケティング戦略とは④

ニューチャーネットワークス 取締役 シニアコンサルタント
福島 彰一郎

これまで4回にわたって、生産財のグローバル・マーケティングのポイントについて考えてきた。生産財におけるグローバル・マーケティング戦略とは①にて紹介したように、ポイントは(図1)の通り7つある。今回は、そのうちの6つ目、「ビジョナリーな顧客企業を巻き込んだ未来シナリオ構想」について詳しく考えてみたい。

 

 

■迅速な意思決定を促す大胆なシナリオ

ところで、グローバル競争の中で、電機メーカーをはじめとした日本の製造業企業が採るべき戦略は概ね決まっているのではないだろうか。それは、グローバルで強みを発揮できる付加価値の高い製品や事業への集中である。集中することによってROE(株主資本利益率)やROA(総資産利益率)を高め投資余力を増し、さらに次のM&Aや研究開発を進めていく。
集中する対象の製品・事業は、多くの日本企業にとって強みである、いわゆる『すりあわせ型製品』がよいだろう。市場規模が大きくても、『モジュール型製品』では人件費などでコスト優位の新興国企業には勝てない。安易に規模の大きいほうへ流れることなく、『すりあわせ型』が活かせる市場にフォーカスし、不況になったときにでも確実に利益を確保できるようにする。
もしその市場の製品アーキテクチャが『すりあわせ型』から『モジュール型』に転換するトレンドがあれば、製品全体ではなくアーキテクチャ内の特定のモジュールや部品、あるいは製造装置などに早めに転換することも考えなくてはならない。
利幅の薄い競争市場を巧みに避け、付加価値の高い製品・事業を多数揃えていくのである。もちろん製品・事業の個別の取り組みではなく、できるだけ部品やプロセスの共通化を行い効率化していく。
このような戦略を実行していくには、将来のトレンドを見すえた大胆な発想が必要である。当然、M&Aを含む組織体制の変革やドラスティックな戦略転換の検討もしなくてはならない。しかも業績が悪化してからやむなく行うのではなく、業績好調のときから、つまり常に変革に取り組んでいなければならない。
その前提となるのが、未来の市場や社会の変化をとらえようとする活動である。自社を取り巻く事業環境がどのように変化し、それが自社にどのような影響を及ぼすのか、あるいは自社から環境にどのような影響を及ぼしうるのかについて考えておくことだ。
もちろん不確実な未来を一義的に決めつけることはできない。そこでいくつかのパターンを想定し、それぞれの状況に応じた意思決定を予めシミュレーションしておくことが望ましい。すなわち、『未来シナリオ』の構築である。

■未来シナリオ構想に必要なダイバーシティ

未来シナリオとは、市場や社会が中長期スパンでどのように変化していくのかというシナリオである。シナリオは1つだけでなく、論理的に考えられる複数の場合を想定しておく。
構想にあたっては、その範囲の設定がポイントとなる。未来の動きは予測しにくいことが多い。業界の垣根がなくなることもありえるし、地域的な差異がなくなったり大きくなったりすることも考えられる。そこで、構想する未来シナリオの範囲を、自社が属する業界よりも一つ外側の視点から、地域的には原則としてグローバルで設定する。
たとえば製薬企業であれば、未来の変化を製薬業界だけに絞るのではなく、ヘルスケア関連全体に広げて想定する。出版業界の企業であれば、グローバル規模でのコミュニケーションのあり方について構想してみる、といった具合である。
地域的にも、構想するテーマの先進的な地域のメンバーに入ってもらう。バイオ産業であれば欧州、BOPビジネスであれば南アジアなどである。
従って、未来シナリオを構想するメンバーは様々な分野から集めることが必要である。自社の現在の業界だけでなく隣接する業界の関係者、日本人だけではなく様々な地域の人材を招いてディスカッションする。メンバーの選定自体、戦略的に行われなければならない。

■未来シナリオによるベネフィット

未来シナリオ構想を行うことによって、組織レベルで次のようなベネフィットが期待できる。
まず一つ目は、市場変化への感度の向上である。未来の仮説を考える際に事業環境を網羅的かつ具体的に考えたことによって、その仮説のベースとなっている重要な要因の変化に敏感になる。半歩先、一歩先の変化を早く捉えることで事業機会につなげることができるようになる。
二つ目は、事業環境の不確実性への対応力の向上である。構想した未来シナリオを組織メンバーで共有しておくことによって、いざその兆しが現れたときに組織として戦略転換の意思決定を行いやすくなる。有名な事例だが石油メジャーのシェルは、第四次中東戦争の勃発について事前にシナリオを用意し、その可能性を組織全体で共有しておいた。そのおかげで戦争が勃発するやいなや、「これはあのとき議論した石油危機シナリオが始まったのだ」と迅速に対処し行動することができた。
三つ目は、広範囲での社外ネットワークの構築である。未来シナリオ構想は5~10年スパンでの議論であって、直近のビジネスから離れている。また、未来を想像するという知的好奇心をくすぐられる愉しい場であるため、誰とでも議論しやすいオープンな場となる。普段のようにお互いの利害が錯綜する状況では為しえないような、濃密な社外ネットワークを構築しやすい。

生産財メーカーというのは業界の中流に位置し、川下のメーカーやチャネルに対して交渉力が弱い傾向にある。川上からも川下からも圧力を受けやすい。その中でどのように自社のポジションを確立するか、未来シナリオを基に考えてみてほしい。
シナリオを構築しつつ、さらに有望な顧客や将来のパートナー候補企業とのネットワークを創ることができればさらに望ましい。ビジョナリーな個人との信頼関係ができれば、それもまた自社の事業にとって大きな資産となるはずである。
 
次回のコラムでは、具体的な未来シナリオの構想ステップについて考えてみたい。

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