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仕事とプライベートを組み合わせたワーク・ライフ・バランス

ニューチャーネットワークス チーフコンサルタント
張 凌雲

■仕事とプライベートを上手く組み合わせることの大切さ

 ワーク・ライフ・バランスという言葉を聞くと、仕事とプライベートを半々にとか、仕事はそこそこにしてプライベートを楽しむ、などとイメージする人が多いかと思います。しかし現実はというと、残業規制が厳しくなったものの、日本社会は必ずしもそれが許される環境ではなく、両立に悩む人は多いと思います。
 職場での労働時間が限られたことにより、家への持ち込み仕事が増え、家庭で休む時間が減ったという話も多く聞きます。会社から支給されたスマホでいつでもメールを見ることができてしまうため、いつでもどこでも仕事ができ、オンとオフの境界もあやふやになっています。
 1日の活動時間は、睡眠と食事を除くと15時間程度しかありません。この限られた時間の中で仕事とプライベートの時間をきっちりと分け、内閣府の「ワーク・ライフ・バランス憲章」が提唱しているように、やりがいや充実感を感じながら働き、家庭生活、趣味活動、育児・介護、地域活動や自己啓発などを満足に行い、健康で豊かに過ごすのは、休日はともかく平日ではかなり難しいように思われます。仕事とプライベートの切り分けが難しい今日の状況では、両者を無理に分けるのではなく、仕事にプライベートの要素を取り入れ、プライベートの時間でも仕事に活かせるインプットをストレスなく行うことが必要だと考えます。

■プライベートに仕事を上手く取り入れるコツは“発想の転換”

 ストレス研究の分野において、仕事と家庭に関する概念にワーク・ファミリー・スピルオーバー(仕事-家庭流出)というものがあります。スピルオーバーとは、「一方の役割における状況や経験が他方の役割における状況や経験にも影響を及ぼすこと」*1と定義されます。
 ワーク・ファミリー・スピルオーバーの概念では、家事や育児に追われて仕事に支障が出たり、仕事で家のことがおろそかになるといった複数の役割に追われることによる負担や葛藤などのネガティブな感情だけではなく、仕事で身につけた管理術を生かして料理をしたり、私生活を楽しむために仕事を頑張り報酬アップを狙ったりするポジティブな面にも焦点を当てています。「人間が持つ時間や能力は拡張的で,役割が増えると収入や経験,自己実現や拠り所が増える」*2と、忙しいながらもポジティブな思考です。仕事によるプライベートの介入、影響をどう捉えるかは、考え方ややり方次第とも言えます。
 人が一度にできることは1つしかありません。「両立せねば」と焦ったり深刻に悩んだりせず、まずは一方に集中してその中から他方に生かせるところを見つける、そのように少し発想を転換してはどうでしょうか。

■仕事とプライベートを両立させるための取り組み

 仕事(=オン)とプライベート(=オフ)を上手く融合させるためには、働いている中でプライベートのモノの見方や考え方を取り入れること、プライベートの時間の中で仕事への気づきを自然と見つけられることが鍵になってきます。

●オンにオフを取り入れる
 オンにオフを取り入れることは、プライベートの時間で持っている遊びやリラックスの感覚を仕事の中にも取り入れて持つようにするということです。仕事の効率化や高い成果が求められる一方で残業が許されない状況では、遊び心を持ったりリラックスしながら仕事する余裕はないと思われる方も多いと思います。目の前の仕事に追われている状況で、自分だけで仕事への意識や取り組み方を変えるのには限界があります。組織的に、仕事の中にプライベートな時間や遊びの時間を生み出す思考や発想を取り入れることが必要です。その方法例を2つ挙げたいと思います。

①  オフ感覚での観察力、思考力を高める
 ある消費財メーカーの商品開発担当部長から、部下が現場からの商品問合せ対応や既存商品の改良・リニューアルの仕事に追われて疲弊しており、イノベーティブな発想で商品開発ができていないという相談がありました。開発担当者は、消費者や市場の情報はネットやリサーチデータで収集したものをもとに商品企画を行うことがほとんどで、実際の購買や利用シーンに全く触れていない状況でした。その会社はユーザーにライフスタイルを充実させる商品を提供していますが、ワーク・ライフの「ライフ」の時間をほとんど持てていない中で商品を開発しても、ユーザーを満足させる商品は生まれてこないことに懸念を抱いていました。
 この状況を変えるために、普段の仕事で生活者視点を常に持つよう、オフ感覚でのモノの見方を軸にした商品企画の体験ワークショップを行いました。実際に街に出て体験的に観察をしてもらい、そこで得た気づきや刺激から商品企画をする面白さ、エキサイティングさを再認識してもらいました。普段の開発テーマとは離れたこと(もしくはより大きな概念)をテーマにし、普段一緒に仕事をしている同僚と平日の日中にタウンウォッチングすることで、オフィスでは得られないコミュニケーションや、休日・通勤時では気づかなかった生活者のライフスタイルを発見できたことを参加者は実感していました。
 オン感覚だけの商品開発では、自社工場の製造能力や稼働率を念頭に置いた商品開発や競合製品に対して、カタログスペックで勝てる開発や提案になってしまいます。ユーザーに近いオフ感覚を持つことで、ユーザーが何を求めているかを主観的に考え、そのニーズを満たす製品やサービスの提供が可能になります。

②  思考を発散させる場を作る
 仕事とプライベートを分断させてしまう大きな要因の一つが、自分のアイデアや思いを職場で実現させることが難しい状況になっていることです。仕事で自己実現を果たす機会がないために、仕事では課せられた仕事を創造力を使わず処理することにとどまり、創造力、エネルギーを発散する場をプライベートに求めてしまいます。結果として、仕事に対するモチベーションが下がり、充実したプライベートとのギャップが大きくなってしまいます。
 このような状況に陥っている企業は少なくありません。技術者が多く集まった研修などで頻繁に議論になるのが、自分に課せられたテーマとは異なるテーマをどうやって会社の中で実現していくかというものがあります。以前であれば、終業後に自主的に会社に残って実験や開発作業を行ったり、有志で集まって勉強会を行ったりできる環境でしたが、現在は業務上必要な時を除いて、自主的に終業後に残って何かに取り組むことは不可能という会社が少なくありません。3M社の、執務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよいとする「15%カルチャー」は有名ですが、他社の技術者からは常に羨ましがられています。
 また、本コラムでも執筆していただいた株式会社エムテド代表の田子學氏がクリエイティブ・パートナーを務める三井化学グループには、オープン・ラボラトリー活動「そざいの魅力ラボ(MOLp)」というものがあります。MOLpは人の五感と同社が得意とする素材の関係を追求しており、技術者がオン・オフ問わず、日々の生活から得られた感覚、気づきを活かせる場づくりをしている大変興味深い取り組みです。

●オフにオンを取り入れる
 誰もが一定の情報を容易に入手できる中、顧客に選択されるためには、顧客を上回る「探究心」と「創造性」が求められます。顧客が経験、想像していない製品・サービスを提供するためには、仕事だけでは得られないプライベートでの経験価値が役立つ場合があります。例えば、高級ホテルで受けたサービスレベルを自社のアフターサービス部門に導入し、競合では経験できないアフターサービスを提供することで競争優位性を図るといったことです。仕事とプライベートは切り離せるものではなく、むしろ近づいていると言えます。
 残念なことに、仕事では自社商品の営業や開発を一生懸命行っているのに、プライベートの時間になると、自社商品とそのカテゴリーの商品にほとんど関心を示さない人が多くいます。仕事では販売目標や開発目標などに追われているため、プライベートでまで自社や競合の製品・サービスのことを考えたくないかもしれません。しかし、プライベートの時間はユーザーとして製品・サービスをじっくり評価できる機会でもあります。または、友人、知人から自社製品・サービスの評価を聞くこともできるかもしれません。プライベートで得た情報が、次の商品開発や顧客提案のヒントになることは大いにあります。

■仕事とプライベートの壁をストレスなく取り払う

 プライベートの時間で無理をして仕事を意識することはストレスになります。しかし、無意識につなげることができれば、充実した休みを過ごした後に休みで得た経験を仕事に活かし、仕事も充実させるという好循環を作ることができます。禅問答のようになってしまいますが、楽しい週末を過ごすために仕事を頑張り、仕事を頑張るために楽しい休みを過ごすとなると、仕事とプライベートはつながっていると考えられます。仕事とプライベートを明確に分けることは、プライベートに仕事が入ってきた時に過度のストレスを感じてしまうこともあります。
 仕事を通じた知識習得やスキルアップは可能ですが、それだけで仕事の成果を出し続けるのは非常に難しくなっています。または、目の前の仕事に忙殺され、新たな知識習得やスキルアップができない状況にあるという人も多いかと思います。自分自身をステップアップさせるには、仕事を通じたスキルアップだけではなく、自己啓発や何か新たな場面でのインプット時間の確保が欠かせません。ワーク・ライフ・バランスのライフには、単にのんびりとかゆとりとかだけでなく、こうした時間の使い方も含まれているのではないでしょうか。仕事と生活を切り分けようとするのではなく、両者はつながっているという考え方を持つことが大切だと思います。

 

参考文献

*1,2 島津 明人「ワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルス」(『日本労働研究雑誌』、No.653、2014年12月)
内閣府「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」

 

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