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社内イノベータ発掘と高利益マネジメントサイクルの構築③~顧客事業の重要課題をじっくり深く理解せよ~

ニューチャーネットワークス 取締役 シニアコンサルタント
福島 彰一郎

 私の気に入っている言葉に「人生は悪い冗談の連続である」というものがある。2016年になってから、想定外のことが連続的に起こり、これは何か悪い冗談ではないかと新聞を毎朝眺めながら考え込んでしまう。まさかの英国のEU離脱によるEU全体の混乱、急激な円高でさすがにありえないと思われた1ドル=100円の突破と、アベノミクスの金融緩和政策の失敗の実質的な確定、共和党代表にトランプ氏が選出されたことによる大統領選の波乱と保護貿易主義トレンドの発生、中国経済のハードランディングのリスクの顕在化等、どうも急に世の中の様相が変わってしまっている。しばらく続くと思っていたトレンドがどんどん変化する。「ブラックスワン」は希にしかいないはずであるが、どうも最近はあちらこちらに生息しているようで、「ブラックスワン」の存在を常に意識していないと意味のある事業戦略も立てられなくなっている。最悪のシナリオも常に想定し、その状況への対応策を常に考えて、備えておくことが求められるようになった。トレンド変化を従来以上に丁寧にモニタリングし、トレンド転換の兆候をとらえたら、一気に舵を切るための意思決定ルールの整備も必要である。この体制があるかどうか自体も事業の競争戦略の重要成功要因となってきた様相である。皆様の組織にはそのような意思決定の仕組みは整っているだろうか。

 さて「社内イノベータ発掘と高利益マネジメントイクルの構築」というテーマで2回コラムをご紹介してきた。今回のコラムは、社内イノベータの思考と行動(図1)における「ステップ2.顧客の重要課題の深い理解」ついて考えてみる。

 

図1 社内イノベータの思考と行動

 

 顧客の課題を深く理解することは簡単ではない。まず、市販の市場調査レポートなどには市場規模や成長性、顧客の概要は載っているが、顧客の課題・ニーズについて深くまとめたレポートなど長年コンサルティングの仕事をしていてもそうそうお目にかかったことはない。一冊数十万円もする高額の調査レポートの場合でもある。市場調査レポートは市場を概観するにはよいが、顧客の事業課題・ニーズなどについては情報レベルが浅くて、新製品・新事業の発想の手がかりとしてはまったくもって物足りない。社内で市場のことを知っているはずのマーケティング部なども、顧客の事業レベルの課題・ニーズまで詳細に調べていることは実際のところ少ないだろう。顧客の事業課題・ニーズ把握について組織として責任をもって取り組んでいることは少なく、おおよそ個人に依存しているのが現実である。新しい事業価値を創り出したいイノベータとしては、顧客の事業課題・ニーズの把握と深い理解を自ら行っていくしかない。市場調査会社などが作成した表面的なレポート資料など必要なくなるくらい、顧客と直接かつ真摯に向き合い、対話して、顧客のことを把握していくしかない。

 顧客の課題を深く理解するためのポイントは7つある(図2)。

 

図2 顧客の事業課題を深く理解のためのポイント

 

 まず1つ目は、対話で「ありきたりなフィードバック」を得ないために、そもそも「普通でない顧客」を探すことである。必ずしも大口顧客である必要はない、既存製品に詳しい人でもない。重要な課題に直面して困っている顧客、既存製品に強い不満をもち意見をもつ少々尖った顧客であることが望ましい。相手は、営業からの紹介してもらうのもよいが、できれば自分自身のネットワークで見つける。営業の紹介でもヒアリングはできるが、深い対話のためには相手と自分との深い信頼関係が必要であり、個人的なネットワークで探せたほうが、信頼関係の構築までの時間を短くすることができる。

 2つ目のポイントは、顧客に決して「何がほしいのかは尋ねない」ことである。既存製品の改良・改善ならそれでもよいが、製品開発には不適切な質問である。そんな質問をしても、既存製品について「より早く、より軽く、より安く」というような、ありきたりなフィードバックをもらうだけである。顧客自身も既存製品とは異なる新製品として何が欲しいのか、具体的に説明できない場合が多い。顧客も答えのない森の中をさまよっているのであり、自分は何がほしいのかをいつもうまく描けず思い悩んでいるものである。

 そこでヒアリングでは「なぜそのような事業や業務をするのか?」と質問する。なぜそのような業務、方法をとるのか?なぜその製品が必要なのか?なぜその機能が必要なのか?と「なぜ」を投げかけると「対話」は哲学的になり、根本的な問題がみえてくる。

 顧客からの回答については、ただ「聞く」だけではなく、それが何を意味するのか、本質は何かと注意して耳を傾けて聴きこむ傾聴を行う。話のニュアンスやボディランゲージまで注意し、顧客のサインを理解する。そのため、直接会うべきであり、メールや電話は次の手段となる。相手の発言の内容に加えて、相手の回答の早さやトーンなど、「どのように発言されたのか」が大切である。そこからの気づきも多い。

さらに顧客の事業や業務における課題についてだけではなく、相手はどのような人物なのか?興味はなにか?能力はどのようなものか?何に情熱をもっているか?と対話の相手個人を知るために、事前に質問をたくさん用意して望むとよい。そこでは、顧客が「師匠」、自身は「弟子」となって、顧客の言葉に敬意を払い、傾聴する。このような対話をすることで相手に「この企業の技術者は本当に自社のことを理解したいようだ」と信じてもらえるようになる。その熱意で相手からの信頼を得られ、よい対話となる。

 3つ目のポイントは、顧客が普段いる状況に自ら身を置き、五感を通じて体感することで顧客の課題の本質を理解することである。顧客が置かれている状況を外から眺めているだけではわからない。文化人類学で行われるエスノグラフィーという調査手法がある。それは、原住民の生活を理解するためにともに生活し、その状況にどっぷり身を置くことで、課題理解のために「なぜ」を繰り返す。質問し、自問し考えるのである。本当に必要とされているものを洞察する。顧客がいる場所にいくだけで、感覚が研ぎすまされ、より明確に観察でき、注意深くヒアリングできる。その場所で課題を見ることにより、課題がリアルに浮かび上がり、解決したいというモチベーションもぐっとあがるのではないだろうか。技術開発者は、顧客がいる状況に年間通じて1週間ぐらいはいるべきではないかという意見も、小職のコンサルティング活動の中で聞くこともある。顧客の外と内の両面から課題を考えて、立体的に課題を理解するのである。それにより、取り組んでいる課題にすっかり「取り憑かれる」という境地を目指す。課題とともに日々を暮らし、課題にある種、没入する。その課題を「好きになり」、自分のものとなったとき、解決したいというモチベーションが強くなる。それにより、日常生活で見たことや行ったことすべてが、課題に結びついてしまい、課題理解と課題解決のインスピレーションにつながる。

 4つ目のポイントは、1つの顧客だけとの対話を深めるだけでなく、複数の顧客との対話を行うことである。複数の顧客と異なる視点から対話をすることで理解も深まることも期待できる。また同時に、ある特定の顧客の課題と同様の課題を他の顧客ももっているかを検証する。市場とは、顧客がお金を払うことで、製品に対して投票を行った結果。複数の顧客にも同様の課題があるかを確認し、市場全体に一般化できるか判断する。課題をいくら深く理解しても、市場性がなかったら、企業としては本格的にリソースを投入して取り組むことは許されない。

 5つ目のポイントとしては、課題理解のために複数の競合他社のベンチマーキングを行うのも有効である。競合製品のリバースエンジニアリングや特許分析などにより、競合他社がどのように課題を理解し、課題解決を行っているかを確認する。そして課題の定義、解決方法、解決の達成度をみるのである。十分解決されてしまっていたら、テーマを変えたほうがよいかもしれない。十分解決されていないようであれば、さらに達成度をあげるために不十分なところがないかを探る。製品機能だけでなく、マーケティング面も検討できるとよい。そしてどのようなリーダーがどう考え、行動し、リードしたのかも調べる。

 6つ目のポイントは、業界関係者にヒアリングすることだ。関連カンファレンスや学会などにも参加し、特徴を質問して回る。取引業者もヒアリングもして、市場トレンドが上向きかも確認していく。これらは一人では困難なため、チームで行う。もちろん、業界の新聞・雑誌も読む。

 7つ目のポイントは、学習戦略である。課題理解の過程では、自分のもっている知識だけではわからないことも直面するはずである。そのときは、課題について「分かっているところ」と「分かっていないところ」を明確にする。そして、分かっていないところをクリアにするための学習戦略をたてる。自分自身でも学ぶ一方、課題を理解するために、いろんな専門家を巻き込む。そして理解の進捗にあわせて、メンバーを入れ替えていく。そのようなアクションをすぐにとれるように、日頃からインフォーマルネットワークをつくっておくことが望ましい。

 以上のようなポイントをおさえて、複数のアプローチから顧客課題を立体的に深く理解する。顧客、市場、競合といった「点」から課題を理解しようとし、「点」と「点」をつなげて、課題を立体的に把握する。全体をとらえる思考、システム思考が必要である。無駄な部分が削がれ、本質を押さえた、素人にも分かりやすい説明ができるようになる。それにより、他部署・他分野の他メンバーへの説明・巻き込みがし易くなる。逆に素人に理解されないような課題は、課題理解が不十分ということでもあろう。

 技術者は、基本的に科学・技術の専門性が高いから採用されており、入社時はマーケティングなどのビジネストレーニングは受けていないかもしれない。その興味も薄いかもしれない。しかし、顧客にとっての価値、事業としての価値につながらない開発は、意味のないことである。開発の意義をよくよく考えて、顧客との接触、課題の深い理解というアクションを起こして欲しい。顧客の課題理解を深めて、「本当にやらなければならないことはこれだ!」をという心理状態までもっていく。確信を得ることでモチベーションを維持でき、開発の見通しが悪いときにでも、前進しつづけることができるようになる。

 次回のコラムでは「ステップ3.課題解決のための技術的解決アプローチの検討」「ステップ4.製品開発、量産」「ステップ5.市場浸透」について考えてみたい。

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