社内イノベータ発掘と高利益マネジメントサイクルの構築② ~社内イノベータの思考と行動~
前回コラムから、生産財メーカーの技術者向けにマーケティング関連のテーマの公開セミナーを何回か行ってきた。私自身もコンサルタントをいつのまにか16年もやってきて年をとってきたということも影響しているのかもしれないが、セミナー参加者の世代が若くなってきている印象である。公開セミナーでもあり、初対面なので年齢を聞くわけにもいかないのだが、多くは30代前半ぐらいのようである。セミナー中の質疑応答や終了後の名刺交換で個別に話をすると、与えられた開発テーマだけをやる立場から、製品・事業戦略を検討する立場になったものの、具体的にどうやるのかよくわからず困っており、今日参加しましたとのことである。すべて東京開催であったが、参加者の半分以上は関東以外の東北・東海道・関西エリアなどからはるばる参加されており、どうも日本全国の生産財メーカーで同じような状況が起こっているのではないかと推測している。技術者向けのビジネス教育を15年以上行ってきたが、製造業の競争力向上、技術者の自己実現のためにも、改めて技術者のビジネス教育のさらなる必要性を認識し、コンサルタントとしても自身ライフワークとしても取り組んでいかなければならないと40代半ばの自分自身の覚悟を改めている次第である。
■ 高利益製品を連続的に創出するためのマネジメントサイクル構築のステップ:
「ステップ1.社内イノベータの発掘」
さて前回のコラムでは、「高利益製品を連続的に創出するためのマネジメントサイクル」を構築するためのステップを紹介した(図1)。
まず「ステップ1.社内イノベータの発掘」である。発掘のためには、社内イノベータはどのような特徴をもっているのか、思考・行動パターンを把握し、要件を明確にする必要がある。特に大きな会社組織で新しい製品・事業を作れる人材はどのような特徴をもっているのだろうか。私は今までのコンサルティング活動において、素材・化学・電機業界などの生産財メーカーにおいて新製品・新規事業開発を実際にリードした技術者にお会いしてきた。限られた経験の範囲ではあるが、そのような社内イノベータが実際にどのように思考・行動していたのかをまとめるとおおよそ次の図のようになるのではないかと考えている(図2)。
顧客の重要課題をまず発見し、その課題の本質を深く理解する。そして技術的に課題解決の検討を行い、製品化、事業化を行っていく。ステップで表現してあるが、実際には、行ったり来たりしながら進んでいく。ここは十分な時間をかけて、粘り強く行う必要があり、技術に携わるものとしてのフィロソフィーや信念が無ければならない。
事業化のためには多くのメンバーの力が必要であり、他のメンバーを巻き込むための魅力的なビジョンを掲げたリーダーシップが必要となる。また課題によっては自分の従来の知識で足りないことも当然発生する。その際には足りない知識に自ら気づき、学習を行う。そして新しい事業を行うことは既存事業との対立もあるため、社内政治への対応も必要となる。最後に、上記のような活動すべてを一人孤立無援の状態で行うのは無理である。支援する組織体制・社内インフラやトップのコミットメントは大前提である。
■ 社内イノベーターの思考と行動:「ステップ1.顧客の重要課題の発見」
今回コラムではまず「ステップ1.顧客の重要課題の発見」について考えてみたい。課題解決というと、一般的に与えられた課題を解決することばかりにフォーカスしがちである。
人材育成の中で長年、技術者向けに課題解決力向上研修を行っているが、どうも一つの技術分野で開発をしてきた技術者は視野が狭い。ついつい自分の専門分野の範囲の中で課題を決めてしまい、それでよしとしてしまう。しかし、成果につながらない的の外れた課題について全力で取り組んでも、そもそも成果がでないのであるから労力は報われない。間違った課題でも適切な課題でも、取り組む時間は同じ。適切な課題に取り組まないのであれば、それはただの時間の無駄となる。特にこんな変化の激しい時代は、適切な課題の設定そのものに50%、その課題の解決に50%といったウエイト配分ぐらいで取り組むことが大切ではないだろうか。
事業として成果を出すためには自分の専門分野だけでなく、それ以外の視点をもって多角的に課題を設定することが必要である。いろいろな視点から考えて、立体的に課題を設定する。そして、取り組む課題の位置づけ・解決の意義をしっかり考える。意義・意味のない取り組みに人は基本、モチベーションは上がらない。モチベーションが上がらなければ行動は起きない。日本人的に言えば、腹落ちするまで考えることが必要である。
大きい企業組織の社内イノベータが設定すべき課題はどのような要件を具体的に満たしているべきであろうか。次のような要件は満たしているべきであろう。
- 顧客の現場メンバーが大きな時間やコストをかけている課題
- 既存の製品・サービスでは、十分な解決が未だできていない課題
- 多少ストレッチではあるが技術的に解決策が見つかりそうな課題。さすがに技術的に実現不可能なものは無理である
- 課題解決することにより、大幅な売上アップやコストダウンなど顧客にとって財務的インパクトが大きい課題。そして解決した場合、顧客が喜んで対価を払ってくれそうな課題
社内イノベータは、事業として利益があがらないことには次のイノベーションへの投資が行えないことは理解すべきである。個人的に興味があったとしても、取り組む優先度を下げる必要がある(ただし、諦めることはない)。課題解決の内容が、自社の事業ドメイン・戦略と整合性がある課題だと会社からの協力を得やすくなる。ドメイン外だと孤立無援となり、実施の施策、量産で大きな壁にぶつかることはほぼ必然である。
次に上記のような「適切な課題」を見いだすにはどのような知識・思考・行動を技術者は持つべきか挙げてみる。
- 対象の技術分野について深い知識を持つ
- 自分の専門技術分野以外で、周辺分野の知識を持つ。知ろうとする好奇心を持つ
- 他分野や他社の出願した特許をフォローする。何を開発しているのか?なぜ開発しているのか?を探求する。それで重要な課題を知る
- ベンチャー企業を訪問して、なぜその技術を開発しようとしているのか探求する
- 顧客の事業や業務を俯瞰的に理解した上で、顧客の取り組んでいる課題をいろんな角度から捉え直して、課題そのものを書き換えてしまう
- 大きすぎる課題はまずその断片から取り組む。大きい課題があり、急に課題解決が出来ない場合、ロードマップを描き当面解決すべき短期課題を設定し、それに取り組む。それを事業化しつつ、利益をあげて、技術を磨きスパイラル的に進んでいく
- 上司や組織から与えられた課題も一度自分なりにしっかり咀嚼する。上司も課題を十分理解してから部下に振っているとは限らないため、与えられた課題が必ずしも妥当とは限らない。本当に追求すべき課題であると確信するまで、いろんな角度からの検討に時間かける。腹落ちするまで妥協しない。妥協した課題で進むと結局失敗する
- 社内のいろんな部署のメンバーからも意見をもらう。マーケティング、生産、開発、経理、など
- 会社の戦略と整合性のある課題に書き換える。課題解決に取り組むと会社の経営資源を使うことになる。会社の応援を得やすいように自社の事業ドメイン・戦略に合うように、課題を書き換える
- 課題設定では曖昧さを受け入れる。課題設定段階では、いろいろな角度から検討することが求められるが、厳密な分析を行っていないので定量的な表現になっていないなどの曖昧さは残る。技術者は自然科学を扱っているので厳密さにこだわる傾向もあるが、課題の定義が明確出ない場合は、取り組みながら課題を明らかにしていく思考への転換が大切である
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最後に、大きな組織の技術者としては、「今後取り組みたい課題リスト」を常に持っているくらいでないといけない。課題解決したくても様々な困難なケースがあるからである。現状の世の中の技術レベルでは解決不可能でありしばらく時を待たないといけないケースもある。現在の会社の事業ドメイン・戦略に合わないが、将来的に戦略変更がある可能性もある。会社の経営状態では十分な投資が得られず、取り組めないケースもある。一番に取り組みたい課題があっても状況に合わなかったら、状況が変化するのを待つことも大切である。状況に合った優先度の高い課題にひとまず取り組み、それで成果を出すことに注力するのである。成果を出しておくことで組織における「自由」を得ておき、状況が変化したときに真っ先に一番目に取り組みたかった課題に取り組めるようにする。課題リストを常に準備しておいて、柔軟に対応していきたいものである。
次回コラムでは、「ステップ2.顧客の重要課題の深い理解」について考えてみる。