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研ぎ澄ませ五感 -新興国マーケティング

ニューチャーネットワークス コンサルタント 
程塚 正史

「新興国のマーケットを詳しく知りたい。でも分からない。データもない。誰も知らない」、このような状況になったことはないでしょうか。実際、アジアをはじめとした新興国での事業をしている方からよく伺う話です。それもそのはず、そもそも新興国では先進国のようにマーケット資料が整備されていないこともしばしばだからです。

新興国でのマーケット調査は、五感を研ぎ澄まして体験を重ねることが求められます。自分自身が見て、聞いて、食べて、遊んで、実践知を積み上げていきます。生身の人間として吸収する一次情報こそが価値ある資料といえます。自分がどのような価値観を持っていて、どのくらい広い視点で考えることができるのか、異なる世界観を持つ人からも信頼を得て、どのくらい深い関係を築けるのか、そのような知の総合力が試されていると言えるかもしれません。

先月、ベトナムのハノイとホーチミンに出張いたしました。ご承知の通り、ベトナムは世界的な不況下の近年も成長を続けています。インフラが整い始め、都市に人口が集中し、若年層が多く、今後の発展に対する期待も大きい現在のベトナムは、日本の高度成長時代と重ね合わせられます。

ただやはりマーケット資料の未整備という状況は、ベトナムも同様です。普段の生活の中から、敏感に自社の事業に関係のありそうな情報を感じ取ることが重要になります。今回のコラムでは、出張中のベトナムにて出合った出来事をご紹介してまいります。それぞれの出来事から、どのような気づきがあったのかご紹介したいと思います。

■ホーチミンのランドマーク

今回、4年ぶりに訪問するベトナムでしたが、最も景色が変わったと感じたのはホーチミン市の中心街でした。68階建てのビテクスコ・フィナンシャルタワーが完成していたのです。デザインも先進的で、まさにホーチミンの新しいランドマークとしてそびえていました。

周辺の他のビルと比べて頭抜けて高く、展望台もついています。日本にとっての東京タワーのような存在なのかなと想像しました。映画『三丁目の夕日』で見た、東京タワー完成直後の様子を連想してしまいます。展望台に登ろうと、多くの人が詰めかけるという状況です。

滞在中の週末、私も展望台に登ってみることにしました。するとすぐに、『三丁目』の連想は見込み違いだったと気づかされました。清潔感のある取り澄ましたエントランスには、まったく人がいなかったのです。

おかしいなと思いつつチケットを買おうとすると、人の少ない理由はすぐにピンときました。入場料が200,000ドン(約800円)と、ちょっと地元の方が気軽に来ようとする値段ではなかったのです。そんなに高いと思っていなかった私は手持ちがなく、カードで支払いました。

展望台に登ってみるとやはり外国人ばかりで、高級感のあるスーツを着た女性が英語で案内してくれました。タワーができて、多くの人が訪れた東京と、気取った雰囲気のホーチミン、どこか様子が違うように感じられます。

入場料200,000ドンというプライシングは、どのような理由によるものでしょうか。もしかしたら入場料をもっと安くしたほうが、顧客層の幅が大きく広がり、展望台としての収益は高まったようにも思われます。

ただ別の角度からタワーを見ると、タワーには外資や一流企業のオフィスが多数入居していました。この価格設定は、高所得者層しか来られないようにして、タワー全体のブランドを構築するためなのかもしれません。そもそもこの価格政策の背景には、日本の高度成長期に比べて所得格差が大きいことがありそうです。

朝日に映えるビテクスコ・フィナンシャルタワー-ホーチミン

 

■ベトナムの朝食

価格という意味では、毎日の朝食にも発見がありました。ベトナムでは朝から外食する人が多く、私もそれに倣って朝はだいたい外でフォーを食べていました。街中には麺類を出す店があちこちにあり、どの店にするか目移りします。本場のフォーはたくさんの薬味を使っているからか、味に深みがあるように感じました。

その日も地元の人でごった返す店内で食事を終え、値段を聞くと32,000ドンとのこと、つまり日本円で130円です。これだけ満腹で130円なら安いなぁと思って支払った後、ふと気づきました。

ベトナムでの平均年収は、ホーチミン市の場合で年に20万円弱くらいと言われています。一方でフォーの値段は、日本での朝食に比べてせいぜい2分の1くらいです。単純に考えてエンゲル係数は5倍以上になりそうです。

ベトナムではインフレが深刻な問題ですが、生活コストは相当厳しいのではないかと想像できます。生活コストの上昇は賃金上昇圧力となったり、ストライキの可能性を高めたりします。地元の方の暮らし向きも、進出している企業の経営も同時に心配になります。単純にうまいと満足していたフォーの満腹感から一転、生産基地としての先行きについて考えさせられました。

休む間もない朝食時の麺類の店-ホーチミン

 

■バイクへのまなざし

食事もそうですが、カフェのコーヒーも同様に高額な店が多いようです。ただベトナムで若者の娯楽は何かと聞くと、コーヒーショップに集まって友達と過ごすのが一番という話も聞きます。私も何度か打合せの合間、カフェでベトナムコーヒーをいただきました。たしかに彼ら若者は長い時間、特に何があるわけでもなく何人かで集まって話をしていたり、一緒にいながら黙ってお互いの好きなことをしていたりするようです。

あるとき、ハノイの大通りの交差点に面したコーヒーショップで休んでいたのですが、ブルルンブルルンと大音量のバイクがやってきて信号で止まり、青になると挑発的な爆音を残して去っていきました。私には喧しく感じられたのですが、若者たちの視線はバイクに釘付けでした。走り去った後、周りの若者のベトナム語から、ホンダ、カワサキ…といった言葉が聞こえてきました。いつか乗りたいという思いがひしひしと伝わってくる場面でした。

消費者のニーズを捉えるには、表層的な欲求だけでなく、そのモノを通じてどのようなライフスタイルを実現したいのか、どのような自分になりたいのかという価値観レベルまで考えることが必要だと言われます。バイクに憧れていた彼らは、どのような価値観を追求しているのか考えさせられました。一昔前には日本でも爆音バイクが流行った時期があったようです。過去の日本の消費者との類似点と相違点はどのようなことでしょうか。

道端で集まって過ごす人々-ホーチミン

 

■壮大な都市計画

バイクと言えばベトナムは一大市場です。政府としても税金の面で自動車よりもバイクを優遇しているようです。朝夕の渋滞時にはバイクで道路がいっぱいになります。渋滞の解消には都市政策が重要になりますが、ハノイの都市構想は壮大なものでした。ハノイ郊外の大規模な展示場にて、2050年までの都市計画が展示されていました。

私が訪れたときには幸いにも訪問客は他におらず、だだっ広い展示場に私一人という状況でした。そのおかげで建設省の方が丁寧に解説してくださいました。その方の説明によると、現在の市街地は歴史地区として保存しつつ、その周囲に新市街地を建設、さらに数十キロ郊外に5つの衛星都市を設けるというものでした。

ご担当の方の説明からは、まだ未着手の構想が多いにもかかわらず、まるで実現が確実視されているような印象を受けました。将来に対する期待の高さが感じられました。政府の方の口ぶりにも経済の好調さが影響しているようです。バブルの懸念も思い起こさせられつつも、期待の高さが次の投資を呼び、さらに期待が高まるという好循環の一端が表れているようでした。

2050年までのハノイの都市計画模型図-ハノイ

 

■三世代での同居

政府の政策は当然一般の方の生活にも影響を与えます。ベトナムの方とお話ししていて、その点を強く感じたことがありました。20代で未婚の方と食事をしていて、お互いの家族の話になりました。彼は両親と祖父母と暮らしているとのことです。祖父母のことをとても大事にしているようでした。

ベトナムでは年長者を大切にする文化が強くあり、多くの世帯では三世代での同居が一般的とのことでした。同じように年長者に対して敬意を払う日本人にも通じるところがあるなぁと思う、ほのぼのしたご家族の話を聞かせてもらっていました。

ここまでなら割といい話というだけですが、これから仕事で離れるときはどうするのかとか、少し踏み込んだことを聞いてみると、なんとなく話の歯切れが悪くなります。悪いこと聞いたかなと思っていると、どうも三世代同居というのは、年長者を大事にするという文化だけが理由ではないようです。というのは、ベトナムでは年金制度が未発達で、誰かが高齢者の面倒を見なくてはならないという現実的な背景があるとのことでした。

出張前、ベトナムでの事業のマクロ環境情報を集めた際に、政府による福祉についての資料にも目を通していました。私自身の反省となりますが、三世代同居が多いと聞いて、その理由はもしかして高齢者福祉にあるのでは、と仮説を立てられる瞬発力が欲しいところでした。今回はたまたま会話の相手に教えてもらったわけですが、現場で出合う様々な事象の背景に、どのようなマクロ環境があるのかを検討しながら見聞きする必要があります。
 
 

■図書館での空振り

マクロ環境についての情報収集といえば統計資料が重要になりますが、ハノイにあるベトナムの国立図書館は外観も立派で、オシャレなカフェもついていて快適に過ごせます。目立った警備もなく、不案内な私はフラフラとオフィスに入ってしまいました。迷い込んだオフィスでは司書さんはじめスタッフの皆さんに親切にしていただき、わざわざ片言の日本語ができる方を呼んで、私の用事を聞いてくれました。

ベトナムの住宅事情について調べたかった私は、住まいに関する統計資料はないかと尋ねました。しかし彼女は困った顔で、雑誌で載っているものはあるかもしれないが、とのことでした。国立図書館でもそのような資料はまとめていないようでした。

冒頭の話になりますが、やはり特に新興国ではマーケット資料が未整備であることを思い知らされた出来事でした。新興国での調査は、自分の足で情報を稼ぐことが重要になります。新興国に「いる」という時点ですでにマーケティングは始まっていると言えるでしょう。何気なく街を歩いているときに、地元の方と四方山話をしているときに、ハッと気づくことも多いものです。

ベトナム国立図書館正面-ハノイ

 

■研ぎ澄ませ五感

今回のコラムでは、日常生活の一コマとも言える出来事をご紹介いたしました。このような些細なことから得られる知見も、きっとあることと思います。その前提として、自分自身が現場に入り込んでいくという姿勢が求められます。つまりそれは、業種にもよりますが、地元の食事を楽しむ、地元の方とビジネスだけではない関係を築くといったことでしょう。五つ星ホテルのビュッフェだけではなかなかマーケットは見えてきません。

そのためには、観察者ではなく当事者意識を持った参加者であること、自身のバイアスがかかった視点を排除して批判よりも共感を抱くようにすること、つまり地元の方の言動には必ず理由があると考えてそれを探求すること、街を歩くだけで市場調査という意識を強く持ち、かつ楽しんで行えること、などが必要となるでしょう。新興国でのマーケティングは、人間の五感で行います。その経験の積み重ねで、自分自身にしか見えてこない独自の気づきが導かれることと思います。

 

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