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「挑戦すること」は重要な経営資産だ! ~大企業が新事業で成功するための考え方と方策~

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

 大企業の新事業開発はなぜ上手くいかないのでしょうか?トップダウンで新事業開発推進の指示が出てもなかなか進まず、成功しないのはなぜでしょうか?それは考えるまでもなく、会社とそこにいる個人に、挑戦するマインド、実際の行動、習慣が極めて少ない、もしくは無いからです。ソニーやホンダ等が創業した直後の戦後20年くらいはそれがあったかもしれません。しかし今では、日本の多くの企業や研究組織が米国、中国、新興国のベンチャー企業相手に勝てる感じがしません。「挑戦すること」は見えにくいものですが、重要な経営資産です。その重要資産である「挑戦すること」を、企業も個人も軽視しがちなのだと思います。

 

■これでは勝ち目がない 日本の大企業の新事業開発

 大企業は優秀な人材、資金、設備、ブランドなど多くの資源、資産を持っていますが、ベンチャーと比較してみると勝てない要因、そして成功しない要因をいくつも抱えているように思えます。ここでは代表的なものを5つあげます。

①意思決定をする役員や上級管理職に、新事業開発経験者が1人程度もしくは0である
 
新事業では、意思決定をするトップ自らが直感を働かせて技術や市場の動向を探り、リスクテイクしなければなりません。これには若い時期の新事業立ち上げの経験が必要ですが、実際には上層部にその経験者が0人の会社が多いのです。理由は簡単です。ここ20年以上も構造改革やコストダウン、管理の徹底ばかりが進められてきたため、そこでの貢献が大きかった人を昇格させたからです。新事業の経験のない役員、上級管理職は新事業を「管理」し、駄目にしてしまいます。

②チェックする人が多く、新規事業の実務である技術開発やマーケティングを行う人が少ない
 ある会社では、新事業開発の管理、それを評価する部長クラスの人間が20人以上もいるのに対し、実際にプロジェクトを行っている人員は合計5人にも満たないケースがありました。毎週、毎月の進捗会議で資料提出を求められ、メンバーは「競合調査が足りない」「市場の成長性を調べろ」「顧客を捉えろ」と一方的に言われるだけでした。しかもその質問のほとんどが対象技術、市場に対する知識不足と理解力のなさから来る質問で、「そんな会議で進捗確認する時間があるなら、役員さん、あなたが顧客でも紹介してくれ」と思わず叫びたくなりました。(このケースでは実際言いました。)

③完成度の高い技術・商品設計を求めて開発に時間を要するため、市場投入が遅れ、ベンチャー企業に負けてしまう
 ネットが普及した現在では、完璧なものをつくるために時間をかけ過ぎるのは圧倒的に不利です。製品やサービスが完成していなくても顧客の優先順位の高いニーズや課題を、試行錯誤を繰り返しながら解決するスタイルが重要です。しかし、かつてモノづくりで成功した大企業は、完全な技術、製品・サービスを求めます。その結果として市場投入が遅れ、市場からは相手にされなくなります。上場した大企業ならばブランドを守るために完全な品質でなくてはいけないのは解りますが、競争している相手が多少完成度が低くてもスピード重視で実績をつくるベンチャーであれば、そのスピードを越える方法を待たなければなりません。

④結果をつくるために「寝ても覚めても考え、行動する」ベンチャーマインドと行動力が低い
 
ベンチャー企業の社長、社員は結果を出すために土日も働くことが多いと思います。自身の自己実現と仕事が重なっているためです。しかし大企業では、土日は働かないことがほとんどだと思います。働き方改革で残業が禁止されているケースも多いと思います。長い時間仕事をすることが良いとは思いませんが、新事業には時間を忘れて集中するようでなければ成功しないと思います。コンプライアンスが厳しい今の時代、ベンチャー的な働き方を実践する工夫が必要です。

⑤新しいことへのチャレンジが返って損をする企業風土になっている
 そういった会社では、昇格する「保守本流」の人は新事業開発はやらず、管理部門や伝統的なメイン事業に居続けます。従って、新事業で失敗するとあまり良い待遇は受けられません。いくらトップが新事業に取り組めと言っても、新事業に取り組んで失敗した結果、良い処遇を受けられなかった先輩を目の当たりにすれば、若い人はやる気にはなりません。

 

■ポテンシャルのある日本企業が新事業で成功するためには

 私もかつて大企業に勤めていました。全てではありませんが、上記の様なことがあったと思います。しかし日本の大企業は、優秀な人材、高い品質に支えられたブランド力、安定した財務基盤、社会的な信用力など、沢山の魅力があります。ポテンシャルのある日本企業が新事業で成功するためには、どのようなことが必要なのでしょうか。トップマネジメント自体から始める相当な改革が必要だと思います。ここではそのポイントをいくつか述べたいと思います。

①社内だけでなく社外にも投資するコーポレートベンチャー型の新事業開発体制をつくる
 
社内の開発テーマ、新事業は内向きで、評価もどうしても甘くなりがちです。自社の事業とのシナジーがある新事業を社外も含めて検討することで、社内の新事業にも緊張感が出ます。そういった意味で、現在コーポレートベンチャー型の新事業開発の取り組みが注目されています。コーポレートベンチャーとは、事業会社が自社とシナジーのある社外のベンチャーに投資するものです。社外のみならず社内の新事業開発投資も同じような考えで投資し、インキュベーションすることが効果的と思われます。そうすることで常に市場での競争を意識して新事業開発を行うことができます。

②実力主義を徹底し、イノベーターを鍛える教育システムや風土づくりを徹底する
 まず個人の実力をスキル、能力、行動、結果などあらゆる観点から評価する仕組みと、その実践の風土をつくる必要があります。新事業だけでなく既存事業においても、成熟化をブレークスルーするにはこのような実力主義は重要だと思います。新事業を強化するとなれば、「あくなき好奇心」「クリエイティビティ」「構造的思考」「自立心」「リスクテイクの能力」「忍耐力」などのコンピテンシーを評価し、鍛える教育やキャリアプログラムが必要です。こういったことを身につけるには30代では到底遅いと思います。10代、遅くとも20代までに身につけるべきコンピテンシーです。
 また、失敗した経験が生かされる社内外でのキャリア形成の支援プログラムも重要ですし、それを受け入れる組織の多様性も必須となります。当然キャリアは会社や上司任せではなく、個人が自分でデザインし、実践していくことが前提となります。

③従来の発想を捨てイノベーティブなビジョンを構想する
 「既存製品の性能20%アップ」「新機能追加」といった目標では、新事業は成功しません。まず高い目標のビジョンを掲げないとなりません。私は仕事で「従来の顧客価値の2倍以上を狙って構想してみてください」と言っています。たとえば住宅産業であれば、「住宅の空間価値が現在の2倍以上になる構想」といった感じです。初めはそんなのは無理だという人が多いのですが、発想を変え、固定概念を取り払って考え続けることで、「顧客価値が2倍以上」の構想が出来るようになります。またその際、「市場の参加者が半分ぐらい入れ替わるようなエコシステム、ビジネスモデルのイノベーションを考えよう」と言っています。大きなビジョンを掲げることで発想が変わり、様々なアイデアが社内外から入ってくるようになります。

④優先順位の高い顧客ニーズから解決し、リーンスタートアップを実践する
 インダストリアル・インターネットを標榜する米国GEは、2015年末ごろからイメルト会長兼CEO(最高経営責任者)のリーダーシップの元、“ファストワークス”という活動を進めています。ファストワークスとは簡単に言えば「リーンスタートアップ」のことです。そこでは顧客の求める結果からものごと考え、その優先順位の高いものから極めて短時間で取り組んでいくことが求められます。完全なものを目指して技術・製品開発をするのではなく、出来たものから市場にリリースすることで、市場、顧客から情報を素早くフィードバックさせ、試行錯誤を繰り返しながら進める方がむしろ成功確率が高いのです。

⑤リスクの高い不安定な状態でも、気持ちの平静さを保ち、むしろ幸せを感じるメンタリティや組織文化をつくる
 新規事業開発、社内ベンチャー、新しい技術の研究開発などに取り組むということは、常にリスクにさらされることを意味します。大概の人や組織はそのような不安定な状態を嫌い、安定した状態を求めます。たとえ「私は新しいことが好きです。リスクテイクが重要だと思います」と言っても、実際の不安定な状態になった場合耐えられない人が多いのが現実です。それでは新しいものは生まれません。
 不安定でリスクの高い状態に耐えるためには、たとえ周りから認められない状態でも、挑戦している一瞬一瞬にやりがいを感じ、夢を追い続けることが出来なければなりません。ベンチャーで言えば、ガレージやマンションの一室でスタートアップし、挑戦している状況を楽しむことです。また自分のポジションや給与を人と比較してものごとを考えるようなメンタリティも新事業開発やベンチャー企業には向いていません。自分のやりたいことを自分で決めて突き進む、本当の独創性が必要です。入社前のリクルート選抜の段階から、そして入社直後はじめの数年間でそういったことの重要性を“体験的”に教育し、根付かせる仕組みと風土が必要です。

 

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