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対話のスパイラルによる技術理念の深化

ニューチャーネットワークス 取締役 シニアコンサルタント
福島 彰一郎

前回のコラムに て論じたとおり、メーカーにおいて製品・事業を構想する際に、技術者自身が外部プレーヤーと対話することの重要性が高まっている。対話の実践に関連してよ く聞かれる質問が、試作品ができていないと社外の人と会うのは難しいのではないかということである。しかしそのような心配は杞憂である。他社も、市場や社 会のトレンドが今後どうなるか、自分の事業をどうするべきかについて日々思考を繰り返しており、多くの情報・知識を欲している。社外との意見交換を欲して いるものである。このような、未来に思考するビジョナリーな企業は多くなっている。

■技術理念の深化のための対話のスパイラル

試作品ができていない段階で外部プレーヤーと意見交換をする際に大前提となるのは、自社技術の哲学や理念である。その技術が存在することで、社会や時代に どのような変化をもたらすことができるのか、その変化は何のために必要なのか、誰のどのような課題を解決しようとしているのか、どのように開発を行ってい くべきか、などについて、自身の考えを明確にしておくことが重要である。そのようなしっかりした考えを持っている人との議論は相手にとっても知的好奇心を 刺激されるものであり、試作品がなくても活発で創発的な議論が期待できる。創発的な議論を通じて、翻ってさらに自身の技術理念を様々な角度から評価し、深 化させていくことができる。

この「意見交換の実施」と「技術理念の深化」は鶏と卵の関係と言える。理念があるからこそ外部との意見交換ができ、そして意見交換ができることで理念が深化していく。

反対に言えば、外部との意見交換に二の足を踏んで新鮮な情報を取り入れずにいると、自身の理念も停滞したままとなる。停滞して時代遅れとなった理念では意 見交換も難しくなる。負のスパイラルに陥るのである。深化は深化を呼び、停滞は停滞を長引かせる。では、このスパイラルを好循環の方向に持って行くには、 どのような取り組みが効果的であろうか。

■顧客との対話により技術理念を深める手順

実際に対話を行うことを想定すると、技術理念を伝えるだけでは漠然としすぎており、対話の相手にとってはイメージがわきにくい。抽象的な理念を具体的に相 手への提供価値に落とし込んだうえで対話に臨むのがいいだろう。全体としては、次のようなサイクルをまわしていく。「自身の技術の理念を深化させる」「自 身の技術が、顧客にどの様な価値を提供できるか検討する」「想定される潜在的な顧客と意見交換を行う」「収集した情報を整理し、社内で検討する」という流 れである。

もちろん理念というのは日ごとや週ごとに変わるものではない。日々の業務としては、「自身の技術が、顧客にどの様な価値を提供できるか検討する」「想定さ れる潜在的な顧客と意見交換を行う」「収集した情報を整理し、社内で検討する」の3つを特に意識するのがいいだろう。ただし前提に理念があることを忘れて はいけない。

以下、各ステップについて説明していきたい。

(1) 自身の技術理念の深化
多くの場合、技術者は特定の技術分野への関心から研究開発に取り組み始める。社会的な課題を意識して、その課題解決のために領域を定めて研究しようとする 技術者はあまり多くはない。それ自体は決して悪いことではなく、自分の個人的な関心というモチベーションがあるからこそ研究開発もはかどると言える。しか し重要なのは、個人的な関心だけでは価値として認められない。価値が認められない技術には、企業としても投資できない。技術が誰のために何のために使われ るのか、その技術があることでどのような人や組織が価値を感じるのかを、技術者自身で考えておかねばならない。とはいえ技術理念を考えるといっても何の手 がかりもなしでは難しいので、たとえば次のような方法がある。

  1. 自社の経営理念や創業理念と照らし合わせる
    少なくとも大手企業の場合、経営理念や創業理念を必ず持っている。漫然と眺めればただのお題目にしか見えないことも多いが、それは見方が悪いという場合が 多い。社会における自社の役割、果たすべき使命を徹底的に考え抜いた末の渾身の言葉であるはずだ。技術者が自分自身の技術という視点を通して改めて読み直 すと、気づきが得られることも多い。ましてや将来的に事業化することを考えれば、自社の理念に基づいていることが当然である。技術開発の早い段階から自社 理念との整合性を図ることは有益であろう。
  2. マクロ環境の問題に目を向ける
    技術者があるテーマの研究開発に従事する期間は長い。数十年かけて取り組むこともある。その間、世の中では様々な社会問題が提起されてはまた忘れられてい く。環境問題や人口変動、国際情勢の変化など、流行の問題は数年から十数年ごとに入れ替わっていく。技術者は社会問題にも目を向けておかなければならな い。新たに現れた時代の要求が、自身の技術の貢献分野を開拓してくれるかもしれないからである。
  3. 対象領域から一段「目線」を上げて考える
    特定の領域の研究開発を行っていると、どうしてもその領域の内部に目が向きがちになる。一つ枠を広げて考 えてみるのがよい。たとえばシリコンウェハについての研究をしているなら半導体業界全体、蓄電池の研究をしているならエネルギー業界全体についてなどであ る。自身の研究領域を相対化して考えることができ、自身の研究領域の意義について考えることができるようになるだろう。

(2) 顧客提供価値の仮説形成
次に社会における自身の技術の意義や役割を捉えたうえで、実際にどのような顧客に対して価値を提供できるのかを具体的に考える。研究開発部門が陥りがちな のは、自身は技術開発に関する取り組みを行えばよく、実際の用途については事業部が行うことであると、人任せにしてしまうことである。しかし研究開発の時 点からどのような顧客にどのような価値を提供できるのかを想定しておくことで、むしろ多くのヒントを得られるようになる。具体的には、以下の手順で進める のがよい。

  1. 技術から導かれる機能を想定する
    技術原理そのものは、ユーザにとって実はあまり重要ではない。例えば蓄電池で言えば、材料として鉛を使おうがニッケルを使おうがリチウムを使おうが、少な くともエンドユーザからは関心が向けられない。重要なのは、その蓄電池が連続で何時間使えるかとか、エネルギー効率はどの程度であるかとか、何千回充放電 できるか、などの機能である。ユーザから価値を認めてもらうには、技術原理から機能に「翻訳」する必要がある。その技術があることで、どのような機能を実 現できるのかを考える。
  2. 機能に基づいて顧客をターゲッティングする
    機能が分かれば、どのようなプレーヤーがその機能で喜ぶのかについて考えることができる。蓄電池の例で言えば、五千回の充放電ができるという機能を、どの ようなプレーヤーがどのようなシーンで価値を感じるのかを想定するのである。生産財であれば具体的な顧客名を挙げて検討するのもよいだろう。生活者向けで あれば、具体的にどのような人物であるのかというイメージをメンバーで共有するのもよい。
  3. 想定されるターゲットのニーズや業務への貢献を考える
    新技術である場合、顧客自身も気づいていないニーズということもある。従来からの業務プロセ スや生活習慣の改善というよりは、まったく新しいプロセスや習慣の提案になる場合などである。潜在的なニーズを掘り起こす可能性を検討したい。そのために も、顧客の業務プロセスや生活習慣に関する理解が必要となる。まずは二次情報レベルで情報収集し、分かる範囲で検討してみるのがよい。

(3) 潜在顧客など外部の方との対話
主に相手の意見を聞きに行くということは、相手の知識量のほうが多い分野の話をするということである。例えばB2Bの場合、相手の業務などについての理解 が足りないと、意見交換が成り立たないばかりかマイナスの印象を植え付けてしまう。緊張感のある取り組みである。しかし自身の技術が社会でどのような役割 を演じるのかという理念を持ち、さらには相手にとってどのような価値を提供できるのかという仮説を持っていれば、潜在的な顧客との対話は互いに実りあるも のになる可能性が高い。口下手か話上手かという表面的なことは大きな問題ではない。
ここでよく技術者の方から聞くのは、人脈がないから誰とも話ができないという悩みである。しかしネットワークとしては次のようなものがあり、活用可能性はある。

  1. 自社の営業部門が有しているネットワークを活用する
    大企業であるほど、このネットワーク資産を活用できていない可能性が高い。部門間の微妙な関係性だったり、そもそも部門を越えた交流が少なかったりするか らである。しかし営業部門の人脈はそれ自体が資産であり、その資産を活用しないのはもったいないことである。会社としても研究開発部門が外部にアクセスし やすいように、部門間の交流を促す「場」の設定が必要である。
  2. 展示会や学会で顔を合わせたネットワークを活用する
    営業部門のネットワークの活用と同時に、研究開発部門でも独自のネットワークを構築する努力を忘れてはいけない。先端技術が並ぶ展示会で最も存在感をア ピールできるのは技術者である。また技術者どうしが交流する機会となる学会や、国などが主導するプロジェクトでの研究開発部門どうしの交流もできる。
  3. コンサルティング会社などの外部ネットワークを活用する
    営業部門にせよ研究開発部門にせよ、自社が保有しているネットワークは既存の事業の延長で ある場合がほとんどである。新しい技術を開発することで、従来の顧客とは異なる分野のプレーヤーが顧客になる場合もある。その際は外部のコンサルティング 企業や調査会社などのネットワークを活用する選択肢も考えられる。特に自社内にターゲット分野に関する知見が蓄積されていない場合には有効である。

ネットワークの他によくいただくご相談は、実際にどのようにファースト・コンタクトをしたらよいか分からないということである。しかし特別なノウハウが必要なわけではない。意見交換までのステップとしては、たとえば以下のような手順で進めるのがよい。

  1. 接点のある人物に仲介してもらう
    メールでよいので、〇〇という者から連絡が行くということを事前に伝えてもらい、そのうえでメールにてアポイントメントを取る。最初からある程度、どのようなことについて意見交換したいのかというテーマを用意しておくことが必要である。
  2. 質問項目を用意する
    面談の際に意見を聞きたい項目について、事前に相手に知らせておくことが望ましい。相手は回答を考えておくことができるし、簡単に調べてくれる可能性もあ る。項目は大雑把すぎても細かすぎてもいけない。4~6つ程度に分類しておくのがいいだろう。一方で、自身のなかでは詳細な想定問答を用意しておき、いろ いろなパターンを考えておくことが望ましい。
  3. 面談する
    自身の技術はどのような貢献ができるのか、相手にとってどのような価値を提供できるのかについて提案し、意見を伺う。もしかしたら仮説通り相手も価値を感 じてくれるかもしれない。あるいはまったく関心を持たれないのかもしれない。重要なのは、未来のことについて話すということである。今はまだない世界の構 想を行う。

大前提となるマナーとして、自社のために貴重な時間を割いてくれているという、相手に対する感謝を忘れてはいけない。面談時は、聞きたかった質問項目を聞くことも大事な目的だが、むやみに話の流れを切らずに相手の話にじっくりと耳を傾ける姿勢が重要である。
 
面談の相手は、用途開発から行う場合には潜在的なパートナーにもなりうる。一過性のヒアリングと捉えるのではなく、継続的な関係構築のための第一歩という意識が必要であろう。意見交換は未来のことを話す場である。眼前の営業を行うなどは論外であり、マナー違反となる。
 
 
(4) 収集した情報の整理・検討
面談後によく起こる失敗は、意見交換の充実感に浸って、聞き取った情報から得られるエッセンスの抽出作業を怠ってしまうことである。「聞いておもしろかっ た」で終わってはいけない。新しい用途アイデアやコンセプトについて考え、さらにはそもそもその技術が貢献できる社会的意義についても想定することが望ま しい。せっかくの意見交換を有効活用するために、たとえば以下のような方法が考えられる。

  1. メモを丸めずにまとめる
    面談時のメモを、議事録の形でまとめなおすのが望ましい。その際、内容を大雑把に丸めてはいけない。ついつい自分に都合の良いように情報を改ざんしてしま う恐れがあるからである。たとえば「~が欲しい」という発言と、「~があってもよい」という発言は違う。仮にこの話を「~を必要としている」とまとめてし まうと、方向性が微妙にずれてきてしまう。面談の臨場感を出すことで、暗黙知を引き出す。議事録は見る人によって解釈が変わるかもしれない。その違いがさ らに別のアイデアに結び付くこともある。
  2. 報告会などの機会を設ける
    対話の内容がどのようであったのか、そこからどのようなアイデアやコンセプトが考えられたのか、さらにはそもそも自社の 技術の意義は何かについて、アウトプットする場を設けるのもよい。資料として提出するだけでもよいが、できればプレッシャーのかかるトップ報告会などを設 定するのもよいだろう。

 
このようなプロセスを通じて、徐々に自身の技術理念を深化させていくのである。

■顧客との対話により、開発と営業・プロモーションを同時に行う

 
最後に、技術者による外部との対話は、顧客提供価値を検証し、自身の技術理念を深めるだけではなく、もう一つの側面があることを指摘しておきたい。中長期 スパンでの営業・プロモーション活動も行っている側面があるということである。試作もなくコンセプトレベルの話であっても、それが深い理念に基づいたもの であれば、顧客は大いに関心を持ち、いろいろな意見を聞かせてくれる。それに応えてコンセプトを修正すれば、顧客としては、まるで自分たちが製品を育てた かのような感覚になるものである。愛着がわくのである。もしコンセプトが具現化して、製品になればおそらく高い確率で最初に購入してくれる顧客になるだろ う。
開発と営業・プロモーションは別々に行うのではなく、同時に行うのである。そのほうが効果・効率が高いこともあるということをぜひ認識していただきたい。

 

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