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【緊急特集】トランプ関税は何を目指しているのか?これから世界はどうなるのか?日本企業のとるべき方策は?

ニューチャーネットワークス 代表取締役
高橋 透

前回のコラム「【緊急特集】トランプ現象は現代社会の「結果」。私たちはトランプ政権をどう理解するか」には多くの反響をいただきました。次々と世界を驚かせる発言をするトランプ政権誕生の背景について「なぜこんなことになったのかわかった気がする」という感想が寄せられた一方、「あなたの専門はビジネスなのだからビジネスの参考になる話もしてほしい」というお声もありました。

そこで今回は、トランプ政権の公約の中で最もインパクトが強いと思われる「トランプ関税」の本質と、それが今後の企業経営に与える影響に関して、私なりの考えや大まかな方向性を述べてみたいと思います。

このテーマを取り上げる理由は言うまでもありません。トランプ関税とは、戦後拡大してきた自由貿易主義のパラダイムを破壊するもので、経済を含む国家安全保障や企業のビジネスのあり方自体に大きなインパクトを与えるからです。つまり、企業にとってトランプ関税の行く末は、業績に影響するのみならず、場合によっては経営存続の危機にもつながり得るビジネスリスクなのです。

■トランプ大統領就任100日の評価

4月29日でトランプ政権が発足して100日が経ち、日経新聞「トランプ政権100日、「脅し」で不法入国95%減 少ない成果誇示」に「トランプ政権100日間の公約通信簿」が掲載されていました。不法入国者が激減した「国境警備強化」と、一律関税10%を発動するなどした「関税」については、公約をほぼ実行したという意味で5点満点中5点となっています。ただし、この「トランプ関税」で世界経済は大混乱し、世界の株価も急落しました。「米中貿易は最大80%減少しかねない」と世界貿易機関(WTO)のオコンジョイウェアラ事務局長が発言するなど、自由貿易は第二次世界大戦以来の最大の変化点にあると言えます。


「トランプ政権100日間の公約通信簿」:2025年4月29日日経新聞「トランプ政権100日、「脅し」で不法入国95%減 少ない成果誇示」より

就任100日目のトランプ大統領の支持率はおおむね40%でした。就任直後が46%だったのでさほど大きく低下しているわけではありません。トランプ政権100日は失敗だと評価するアナリストも少なくありませんが、毎日のように話題を変えSNSで驚きの発表を続けるトランプ大統領は、ポピュリストとしていまだ多くの米国民から支持されているのも事実です。

ただ、これまでトランプ政権を支持してきたイーロン・マスク氏ら、IT企業創業者をはじめとする新世代のリバタリアン(自由至上主義者)は、規制や税制を極力なくす自由経済・小さな政府を目指しますが、自らのビジネスの存続を危うくするだけのトランプ関税には反対の姿勢です。また、ベッセント財務長官ら金融界に多いグローバリストは、貿易や投資の国際不均衡を是正して持続可能な自由市場を目指し、関税を取引材料に使って中国などとリバランス(再均衡)をなし遂げたいと考えていますが、トランプ支持層が強く願っている格差解消への思いは薄いと言われています。(2025年4月29日日経新聞「トランプ氏、破壊に徹した100日 重なる3つの教義」より引用・加筆)

トランプ政権の公約の中で、グローバル社会の視点で見て最もインパクトが大きいのが、トランプ関税です。その影響はすでに表面化しており、中国との貿易に用いられる主要港、ロサンゼルス港の貨物数は5月4〜10日に前年比36%減と急減速するとされています。また中国発インターネット通販Temu(テム)は米国のサイトで、「中国から送る一部商品の価格を2倍以上に引き上げた」、同じく中国発の衣料品ネット通販「SHEIN(シーイン)」も「米国で最大377%の値上げを始めた」などと発表しています。(2025年4月29日 日経新聞「ウォール街が注視する貨物指標、「5月売り」を示唆」より)

このような状況下、トランプ関税は米国の経済を大きく減速させ株価にも深刻なダメージを与える、という意見が多数発表されているほか、輸入品の価格が高騰してインフレとなり、景気も悪化するスタグフレーションに陥る可能性も指摘されています。

■関税のターゲットは米国に不都合な中国中核のグローバルバリューチェーン

1990年以降の米国は、それまでに弱体化してしまった自国の製造業を立て直すのではなく、日本、ASEAN、さらには中国でモノづくりを行う方向へと急速に展開していきました。多くの米国企業は、製品の企画やソフトウエア開発、インターネットによる取引システムの構築については米国内で行いつつ、ハードウエアの製造や部品の組み立ては海外で実施する「グローバルバリューチェーン」をつくりあげてきたのです。これは日本や欧州など他の先進国企業も同様でした。この過程で低賃金を武器にした中国の製造業が拡大、中国を中核とするグローバルバリューチェーンが構築・強化されていくことになりました。

一方この間、米国の製造業にかかわる人の雇用は1970年以降減少し続け、2010年以降には米国の総雇用に占める製造業に従事する労働者割合は1割に満たないほどにとどまる状況となりました。

2024年9月10日 第一生命経済研究所「ラストベルトの雇用はどこに消えたのか?」より

このような歴史的背景からトランプ政権は、失われてきた自国の製造業の雇用を取り戻すため、「関税」を武器に米国へ輸出する国・企業とディール(取引)を始めたのです。

しかし、このトランプ関税は、製造業も含めた米国自身の経済に大きなマイナスの作用をもたらすと予測されています。その理由は、製造業のみならず米国の多くの産業がグローバルバリューチェーンをベースに成り立っており、トランプ関税によって、そこから調達する製品・部品・部素材などの価格が跳ね上がるためです。

アジア経済研究所が4月21日に発表した「トランプ政権が発表した関税措置が世界経済に与える影響(2025年4月2日ホワイトハウス発表対応版)」のシミュレーションによると、2027年の米国GDPは関税措置を含まないベースラインケース比でマイナス5.2%。世界で最もマイナスの影響を受けるのは米国自身という予測となっています。4月2日に米国が発表した国別関税率を適用) 

※アジア経済研究所の算出の前提
4月2日に米国が発表した国別関税率を適用。ただし、自動車産業に対してはこの関税を適用せず、別途25%の追加関税を課す。中国に対しては、第2次トランプ政権発足後に導入された20%の追加関税にさらに相互関税が加わる(自動車産業では20%+25%の45%)。メキシコ・カナダについては、すべての財に米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が適用されるとみなし、この関税や自動車産業への追加関税を行わない。その他、国別の関税率が公表されていない国については4月5日に発効した10%の追加関税を仮定する。各国から米国への報復関税は仮定しない。

この2027年GDPへの影響シミュレーションでは、中国がマイナス1.9%、メキシコがマイナス4%、日本はプラス0.2%、EUがプラス0.3%、全世界ではマイナス1.3%です。日本の中の産業別にみると自動車がマイナス1.7%、食品加工がマイナス0.6%です。

■トランプ関税で変わるグローバルバリューチェーンと進む「経済の武器化」

トランプ関税の特徴は3つあると考えます。①相手国にかかわらず海外から米国に輸入販売されるものに一律10%の関税をかけること、②自動車など特定の産業には別途大きな関税をかけること、そして③中国には他国とは異なった大幅な関税をかけることです。

これに対して同じ関税で対抗処置をとった中国には、4月9日から現在のところ概算で145%の関税がかけられると報道されています。


2025月4月11日 毎日新聞「対中国のトランプ関税、125%+20%で計145%の適用スタート」より

米国の中国に対する関税は、実はバイデン大統領の時代にも大幅に引き上げられています。特に半導体やバッテリーなど経済の基盤となる財のうち、中国依存度の高いものに関して関税を上げてきました。この背景にあるのは、1990年代から中国を経済面で西側に取り込もうとしてきた政策の転換です。また、2014年の習近平氏の国家主席就任後、中国が世界でも大国・強国になってきたことに対する危機感の表れでもあります。民主、共和どちらの政権であっても米国は、中国を「手ごわいライバル国」として明確に認識し、その勢力を抑え込んで制御可能にしたいと考えているのです。


バイデン大統領による関税引き上げ 2024年9月27日日経新聞「米国が対中関税引き上げ実施 EVなどに最高100%」より

そのため米中は共に「経済の武器化」を進め、厳しくけん制し合うようになりました。「経済の武器化」とは、グローバルバリューチェーンが普及していく中で、相互依存した経済の連鎖に政治が介入し、「経済」を相手国との交渉材料にすることです。例を挙げれば、ロシアのウクライナ侵攻に伴う欧米・日本の経済制裁や、これまで何度か実施されてきた中国政府による日本商品の不買運動などが該当します。グローバルバリューチェーンの中には「チョークポイント」と呼ばれるボトルネック部分があり、そこを効果的に押さえることが重要な戦略とされます。具体的な対象には、小麦・大豆といった基礎的食料のほか、通信機器、半導体、電池、その素材であるレアメタルなどがあります。

経済の武器化が進むにつれて欧米・日本などの西側諸国は、今や大国・強国となった中国とは距離を置き、それぞれが独立したシステムをコントロールする「中国とのデカップリング」を進める方向にあるといってよいでしょう。デカップリングとは「切り離し」とも訳されるように、相手国とのヒト・モノ・カネ・情報の動きを阻害することです。敵対する相手国の経済的影響力を相対的に弱め、相手国の経済力・軍事力を低下させることを狙いとします。

米中新冷戦の視点で見ると、今回のトランプ関税には、米国が「グローバルバリューチェーンの組み換え」や「中国とのデカップリング」などによって中国の経済力・軍事力を低下させ、米国が監視しやすい仕組みへと転換する意図があることは明確です。 

■「国防が経済やビジネスより上にある」時代に企業に求められること

米ソ冷戦の終結とともに中国を組み入れたグローバルバリューチェーンが急速に普及した現在、米国、中国、ロシア、EUの大国は「経済の武器化」を意識して活用するようになったことをここまで見てきました。その流れを受けて各国は、自国民の生命・財産に対し他国から脅威が及ばないようにするための方策として「国家安全保障」の強化・法制度化を進めています。日本も、2014年に国家安全保障会議と国家安全保障局を設置。2022年には国家安全保障戦略を閣議決定し、防衛費の大幅な増額を決定しています。

これら国家安全保障に関連する各国の動きは、我々ビジネス関係者にとっても極めて重要な意味を持ちます。長らく自由貿易を前提とするグローバルバリューチェーンの発展が続いてきたため、企業はそれを当然のものと考え、「安保・国防のための政治より経済・ビジネスが優先」という意識が働いてきたのではないでしょうか。しかし時代は変わり、今や「国防が経済・ビジネスよりも上位にある」という認識も持たざるを得なくなりました。

これほどインターネットが普及し、人や企業がグローバルで活躍できる今の時代に、トランプ関税やその背後にある米中新冷戦、中国のデカップリングなどは、経済界・ビジネス界の人からすれば理解しがたい前時代の闘争のように感じると思います。しかし、米国ように国内の失業や格差問題に不満を持つ国民から信任を得た政権が、国家安全保障を盾に、自国に有利なネットワークを強引につくる行動に出れば、経済もビジネスも莫大な影響を受けることは避けられません。

そのような中で今、企業は何をすべきなのでしょうか。近年我々が経験したことのない難しい問題ですが、私なりに3つの提言をさせていただきたいと思います。

一つ目は「自社独自のインテリジェンス機能を持つ、つまり自ら外部環境の情報を収集し、自社への影響分析に力を入れること」です。現状では、キヤノングローバル戦略研究所を持つキヤノンのように、インテリジェンス機能を別組織にして外部とのオープンな接点を持つ企業は極めて少数です。経営企画部門がインテリジェンス機能を持つべきと考える企業であっても、専任はおろか情報収集分析のノウハウすら確立されていない場合が少なくありません。その他、知財部門や研究開発部門にインテリジェンス機能を持たせる企業も増えてきてはいますが、技術的側面に偏り過ぎているようです。

自社の事業にとってグローバルバリューチェーンが不可欠な上場企業なのであれば、社内のインテリジェンス機能をもっと強化すべきです。大きな組織でなくてよく、3~4人の少人数でも構いません。それら専任スタッフが、国際情勢や自社のグローバルバリューチェーンの変化、市場を大きく変える新技術開発の動向などについて、JETROなど国の調査機関や民間のシンクタンクと連携して情報を収集・分析し、経営者にレポートしてリスク対応策を一緒に企画するのです。中小企業なら、社長もしくは特定の役員がその機能を果たすべきでしょう。繰り返しますが、重要なのはインテリジェンス機能を持つ、つまり変化する社会情勢、現在でいうと米中を中心とした政治経済情報を自ら集め、自社の視点で分析し、行動につなげることです。

二つ目は、グローバルバリューチェーンの変化を乗り越えられる「強いエコシステム・ビジネスモデルやそれを支える独自の技術・ノウハウを開発・強化すること」です。グローバルで特許を取得した先端技術を保有しているなら、それを梃子にして海外の企業や社会と共生関係をつくる、つまりエコシステム・ビジネスモデル戦略を考えるべきです。先端技術でなくても、例えば驚くような低コストで生産できるノウハウでもいいでしょう。米国、欧州、中国、日本など各国に製造販売拠点を持つことでバランスをとる戦略、あるいは技術ライセンスや各国での生産・販売データを1か所に集め、独自にAI解析してフィードバックするビジネスモデルでもよいと思います。企業規模が大きくなければ、グローバルバリューチェーンを避け、国内に閉じたビジネスモデル構築を検討するのも選択肢となり得ます。

重要なことは、グローバルバリューチェーンの変化をいち早く察知し、新たな共生の仕組みであるエコシステム・ビジネスモデル戦略を企画し、それを支える独自の技術・ノウハウを開発・強化することです。そして、そのモデルや技術・ノウハウは、他国の産業や人を排除するのではなく、彼らと共生し、共に繁栄することを目指すものでなければなりません。

三つ目は、「その地域の人に愛され、必要不可欠な存在となるのを目指すこと」です。ここで言う「地域」とはグローバルで考えてもいいですし、日本だけ、特定の一地域だけでも構いません。そこに暮らす人々の仕事・生活に浸透し、物理的にも精神的にもなくてはならない存在になるのです。そういった製品やサービスのビジネスモデルで重要なのは、自社だけ、あるいはその製品の最終製造地だけに利益が偏らないようにすること。ここでもエコシステム・ビジネスモデル、つまり利益を一極集中させず共生関係を通して分散させるモデルが必要になるでしょう。

まだまだ成功事例は少ないものの、そういったモデルを採用している組織はグローバルな社会課題解決を目指したスタートアップ企業やNPO、特に教育や医療サービス分野にいくつか見られます。老舗のグローバル企業は、時代を先取りした社会課題解決型の企業から学ぶ必要があるのかもしれません。

ニューチャーの書籍ご紹介

『顧客経験価値を創造する商品開発入門』
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高橋 透 著(中央経済社出版)
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『デジタル異業種連携戦略』
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『技術マーケティング戦略』
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高橋 透 著(中央経済社出版)
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『勝ち抜く戦略実践のための競合分析手法』
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高橋 透 著(中央経済社出版)
2015年1月20日発行
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