未来シナリオに基づく事業機会の模索
ニューチャーネットワークス 程塚 正史
皆さん、こんにちは。横河電機の松井と申します。本日はお時間を頂きまして誠にありがとうございます。
今回、このような機会を頂きました事に感謝致します。本日は「未来シナリオ」という事をテーマに、Outside-In、「外部からの刺激で会社の中を変えていく」というお話を差し上げたいと思います。
「イノベーションプロセス構築」という取り組みを、2009年にスタートさせました。「イノベーションプロセス」って何?という質問をよくされるのですけれども、これは料理のようなモノと考えていただければと思います。例えばカレーを作る時は、野菜や肉を持ってきて、切って、炒めて、カレールーを入れる。すると野菜や肉は、料理によって元の味からカレーに変化しますよね。そのようなプロセスだと思っています。どういうことかというと、トレンド情報を社内に入れていって、それを社内でいろいろと料理して、将来の事業に変えていくというプロセスなんですね。
本業を強くする経営を行うには、Focus「選択と集中」、Expand「成長」、Redefine「発展」のステージが必要になります。それでは「成長」と「発展」の違いとは何でしょうか。「成長」というのは、「垂直飛び」みたいなものなのですね。ある地点から、高く飛ぶという事です。すでにある事業を、いかに伸ばすかを考えるということです。一方で、「発展」というのはちょっと違っていて、高く飛ぶのじゃなく、ある地点から斜めに向かって飛ぶという事です。すでにある事業ではなくて、強みを活かせる近傍事業に拡大していくということですね。イノベーションプロセスというのは、「発展」への貢献です。それをやろうとしました。「成長」だけやっていたのでは、非連続な未来に耐えられない。逆に未来からバックキャストして考えることが必要です。そしてそれは現在の事業に対する刺激にもなるかもしれません。
そこで、そのためには本社機構がお客様ともっと対話をする必要がある、という話になりました。通常のビジネスユニットは、セールスが居たり、エンジニアが居たりするので、お客様の声が届いてきます。ビジネスユニットは、その声を基に「成長」を日々模索しているわけです。同様に、「発展」を考える本社機構もお客様とのインタラクティブなやり取りが必要だろうという話になったのです。ただし本社機能は未来からバックキャストするという「発展」の観点から、今まで行っていないお客様と対話をする事が必要だろうとなりました。ここで言うお客様というのは、私たちの普段のお客様である生産プロセスの方とはちょっと違います。普段、工場とのお付き合いはありますが、研究所であったり、ビジネスディベロップメントといった部門とはお付き合いがなかった。「発展」を目指すには、そういう部門と対話をしていく中で、新たな刺激を受けて、新しい発想をしていくのだという意識を持ってやってきました。
ここまで議論を進めてきて、社内の機能を確立していく時期を迎えました。これは事業アイデアの仮説を出して、研究開発のステージに入れて、そして実証のフェーズに持っていくという事です。このような施策を社内で具体的にどのように進めたかというと、すぐに組織体制を変えられませんので、まずは機能面だけ実現する事を目的に、既存の組織を利用したクロスファンクショナルチームを作りました。
そして本社機構がお客様ともっと対話をする為の方法として、いわゆるシナリオプランニングを活用しました。ただ闇雲にお客様のところに行くのではなく、お客様の役に立つような「ネタ」が必要だろう、という事です。今後お客様の世界がどのように変わるのかという観点から6ヶ月掛けて、大きく4つのシナリオを作りました。これが未来シナリオです。事業部が連続的な将来に向けて事業を行っているのに対し、もしこういう非連続な未来が来た場合にはどうするのか、というのを、本社機構で考えておくという意味でもあります。
シナリオは、2つの観点から4つの未来の世界を想定しました。縦軸は環境規制がどうなるかという観点です。上側は規制が強くなって、石油はもう燃やさないとかで、否応なしにサステナブルソサエティになってしまうという状況です。下側はなんだかんだ言って、まだ大丈夫な世界。次に、横軸は、プロセスオートメーションユーザーの収益源がどのようにシフトしていくかという観点です。左側は、相変わらずモノづくりに価値の源泉を求めているという状況で、右側はマニュファクチュアリングからサービスにシフトしていく状況です。
これら4つの未来の世界に、左上を「Material World」、右上を「A Whole New World」、左下を「Let It Be」、右下を「Lazy Days」と名付けました。例えば、洋服の例でそれぞれの象限を説明しますと、「Material World」は、素材等の研究開発の結果、全く洗わないで済むような洋服ができるという世界です。「A Whole New World」は、環境規制が強くなってサービス事業が大きくなるわけで、たとえば家族の中で洋服をシェアできるという世界です。ちなみに、ホテルなどでは、皆さんもタオルなどを共有していますよね。あれはホテルのサービスを買っているわけであって、タオルを買っているわけではないというわけで、サービスシフトの世界の一端といえると思います。下の2つの世界「Let It Be」、「Lazy Days」、環境規制が進んでいない世界ですが、これは基本的には、現状をもっとよくした、という状況でしょう。例えば今まで5~10万したスーツが5円で買えます、という事ですね。
このようなシナリオを持って、海外の製薬会社や石油会社などに説明をしたところ、非常に興味を持ってもらって、更に「うちでも似たような事をやってますよ」などの声もありました。そして「ワークショップでもやりたいね」という事になりまして、まずは今年の7月にロンドンで、お客様を呼んでワークショップを実施しました。
そもそも欧州で実施しようと決めていましたが、候補地としては、化学関係の学術、研究機関が集まるイギリス、BASF様のような現業の化学会社が多いドイツが最終候補に残りました。最後は、今回のワークショップの目的を考えるとロングタームの視点を重視して、イギリスで開催することにし、ドイツの化学会社様にはイギリスに来ていただく事にしました。
メンバーには、ファシリテーションのプロの方にも参加して頂き、英国化学協会様や化学関係の大学の教授、ほかにも大手企業の方々、12名の方にご参加頂き、2泊3日でセッションを実施し、ともかくやってしまいました。そこで様々なアイデアが出てきまして、その内の3~4つは、実際の研究テーマになりそうだな、と思われるものもありました。一端をお話しますと、「Material World」では、最終的に世界はSuper-Efficientな世界になると考えていました。例えば食料・水・資源は今後限られていく為に、未来シナリオでは、最小限のInputで、途中工程は今の数百倍の効率に上げて、今までと同様のOutputを目指すという事になります。
私たちはワークショップの結果に非常に満足しまして、「シナリオを作って、ワークショップをやって、アイデアが出てきた」「これですぐにでも研究開発に取り掛かれる」と考えたのですが、ところがそこにミッシングリンクがありました。何がミッシングリンクだったかといいますと、アイデアマネジメントが足りなかったという点です。せっかくワークショップで出てきたアイデアも、次の段階に移ることができなかったのです。ロンドンから帰ってきて一か月くらいして研究開発や事業部の人に、あれどうなったんですかと聞いたのですが、プロジェクトとして動いてはいなかったのですね。
それで、その理由を尋ねたところ、既存の仕事がいっぱいあって…との返答がありました。これを先ほどの料理の話に例えますと、満腹の人に、「この生肉も食べなさい!」と言っているようなものだったのです。それで「これじゃあいけない」という事になりまして、チームメンバーとも色々と話をした結果、研究開発のスタッフに受け入れてもらう為には、その生肉に何らかの調理を施すプロセスが必要であるという結論にいたしました。つまり、アイデアマネジメントですね。
ここまでの流れを解釈しますと、「仮説構築」、「素材調達」とここまではやってきました。その次に、前述のアイデアマネジメントと呼ばれる「反応・発酵」があり、その後に「濾過、抽出」となります。その全ての結果を基に、様々な「プロジェクト」を起こしていく、このようなプロセスを踏んでいかないといけないなと感じています。このように全体像を可視化した事によって、自社流のプロセスを作って回し続ける事が必要であると考えたわけです。これはあくまでも横河でのプロセスですので、そのままほかの会社に持っていって上手くいくかというと、難しいかもしれません。ここでお話ししたかったのは、何らかの形で行動を起こし、トライ&エラーを繰り返していく中で、このイノベーションプロセスを作り直して回し続ける事が重要であるという事です。現状としての我々の感覚では、上手く回ってきたと感じていたのは上の2つ「仮説構築」と「素材調達」までです。「反応・発酵」以降のプロセスには、まだ課題が残っていると言えます。その課題を乗り越える為にはどうしたら良いかという点について、もう少し詳しくお話ししたいと思います。
この「反応・発酵」のプロセス以降を進める為には、新たな組織体制の構築が必要ではないだろうかという結論に至りました。今の組織は、多くの会社で同じだと思いますが、機能別で部門も違いますし予算も異なる仕組みになっています。今年の8~10月にかけて、欧米企業のカンファレンスに出席したところ、海外の大手企業も同じような悩みを抱えており、スケールは別として、我々も同様の方法で出来るんじゃないかという事になりました。つまり、トップに人材(ヒト)と予算(カネ)を司るゼネラルマネジャーを置き、社、その下に、先ほどの例えで申し上げたような肉や野菜などの食材などを集めてきて、それを反応させたり、料理したりする人を置くといった事です。その後、その料理をどこに出すのかというと、もちろん社内に出すケースもあれば社外に出すケースもあります。例えば、買収というケースがあれば、M&Aチームが担当し、知財権の売買というケースであれば、この知財チームが担当します。このような機能を構築する事で、全体のリソースを、組織として機能させることが出来るのではないかという仮説を立てております。現状ではチーム内で、「『反応・発酵』以降のプロセスの為には、上記のような組織の必要性がある」と話し合っている段階です。
この組織が仮に出来たとしても、今後の課題として残る点が大きく分けて3つあります。仮に箱が出来ても、中を動かす部分が、弱ければこれは続かないですよね。このイノベーター人材をどう発掘するかという事がまず1点です。このような出る杭のような人材が居たとしても、過剰な免疫機構がこれを排除してしまうという事が多々見受けられます。2点目は、投資に関してどのようにファンドするかという事。この投資は、明確にいつまでに返すという類ではないので、どのようにエグゼクティブを説得して捻出するかという課題があります。もしくは現在の固定費をどう都合するかという事です。エグゼクティブにどのように説明するかというと、「これは保険なんです!そう思ってください」と言っています。どうなるか見極めにくい未来への保険ということですね。それと最後の課題ですが、イノベーションプロセスを、どのように構築・定着させるかという点です。これは1つ目の人材とも関連するんですが、やはり企業活動なので、何らかのTangible Winが無いと、なかなか予算が付きません。この課題に対する解決策については、非常に苦しんでいます。現状ではまだ有意義なアイデアが出てきていませんが、ただ一つヒントがあるとしたら、来年実施する、アメリカとインドでのワークショップではないかと思っています。7月に実施したヨーロッパでの結果も併せて、異なる地域、異なるシナリオのワークショップの中から、共通のIssueが出てくる事を期待しています。その共通のIssueをまとめて、横河電機のFuture Direction、10年後の姿を見せる事が出来れば良いなと考えています。
最後にまとめになりますけれども、お伝えしたかった事は2点です。1つ目は、イノベーションプロセスの構築は自分なりに納得して進める事が必要です。苦労を重ねて、行動してみて、トライ&エラーを繰り返す。その中で、プロセス構築に対する確固たる自信が出てきます。もう1つは、構築したイノベーションプロセスを継続する為にはどうすべきかという事。この事は現在も悩んでいるのですが、仮にプロセスが出来た後も、それは常に直面する問題だと思います。むしろ我々が悩んでいる点を、今回ご参加いただいている皆様と意見を交換・共有する事で、何かしらの示唆が見出すことが出来れば、今日の講演の目的は果たせたのではないかと思っております。以上でございます。ご清聴ありがとうございました。
松井 慶生(まつい よしお)
・所属・役職
横河電機株式会社
イノベーション室
・略歴
1995年 慶応大学法学部法律学科卒業、2003年 イリノイ大学経営大学院卒業。
日本IBM株式会社を経て、横河電機株式会社に入社し現在に至る。
開発・製造・販売の業務フローに精通しており、特に、ミッションクリティカルな業務を行う
国内外の顧客を対象とするB2Bビジネスにおいて豊富な実績がある。