サービス化する技術
■今期に入って製品売上が落ちている
「上期の製品(ハード)売上が予想を大きく下回っている。サービスを含めた新規事業開発プロジェクトを進めてきたが、まずは現行製品(ハード)の売り上げを取り戻すための方策を至急考えなければならない」 先日、ある会社の役員から新たに持ち掛けられた話です。しかし「だからこそこの会社はこれまでサービスを取り込んだ新規事業開発プロジェクトを進めていたのではないか!?」と私は大きな矛盾を感じざるを得ませんでした。おそらく外部の我々以上に、クライアントの新規事業開発プロジェクトメンバーは相当やる気をなくしたと思います。役員の気持ちはよく分かります。しかし、これまで何度となくハード依存の事業構造を変える戦略が無い中で、目先の業績を追いかけさせられ、結果として市場競争に敗れ、利益を落とし、最終的には固定費カットの構造改革の大きな犠牲を負わされてきた社員は、今回もまた大きな憤りを感じるに違いありません。
上記に挙げた会社に限らず、ハード依存の会社の業績は全体的に良くありません。それもそのはずで、市場や社会が大きく変化しているにもかかわらず、そのような企業は大雑把に言えば30年以上前の事業構造のままなのです。
■同じ製品(ハード)売る会社でも業績が良い会社とは
その一方で、同じハードビジネスでもサービス転換に成功し、高収益を上げている企業があります。日経ビジネス2015年6月8日号の特集「孤高の製造業 ファナック 利益率40%を生む異様な経営」で紹介されたFA機器のファナックは、世界中に張り巡らされたサービス網が強さの源泉です。また、営業利益が安定的に20%前後の自転車部品のシマノの源泉は、変速機システムだけでなく、自転車のフレームメーカー用にシマノの変速機システムを使った自転車設計がスムーズにできるシミュレーションシステムを展開しており、シマノは膨大な投資をそのシミュレーションシステムに投じているといわれています。ハードを売る前提の顧客支援のサービスが、利益の源泉になっています。
この様に、高い営業利益を生み出している企業とは、製品(ハード)を販売し収益を得るのみでなく、実は高度なノウハウ、ソリューションなどのソフトやサービスを売るビジネスモデルを持ち、その結果ライバル企業と比較して飛び抜けた顧客価値を提供している企業なのです。
■製品(ハード)依存の企業の共通の問題点
製品(ハード)依存の企業には、業種を超えて共通した特徴があります。
1つ目は、サービス売り上げのアカウントが無いことです。経営ビジョンや事業戦略で「サービス付加価値の獲得」「モノづくりからコトづくり」などと標榜していても、サービス売りのアカウントがないケースです。具体的には、予算計画は製品分類のみで、サービスは「その他」に分類されており、そもそも経営者の本気度が低いことです。利益の算定も難しく、また特に立ち上げ時は赤字なので、悪者扱いされがちです。
2つ目は現場任せのサービス事業化です。ファナックもシマノも、ビジネスのソリューション化、サービス化はすべてトップが先頭に立ってけん引し、その後に社員が付いていきました。そのような経営者は、時には社員の反対にも遭っています。製品(ハード)依存の会社がサービス化するのは、既存製品の改良や品ぞろえを増やすこととは違います。それは、イノベーションです。経営者のリスクテイクの覚悟と、率先垂範が必須なのです。担当任せでは進みません。
3つ目は、2つ目と重なりますが、発想を変えたサービス化の戦略が十分に練られていないことです。米国に本社を置くGE(General Electric)は全体の売り上げの約75%が長期メンテナンス契約などサービス売上で占められていますが、それは20年以上前に当時のジャック・ウェルチ会長が業界No.1、No.2の事業に絞り込むことで市場で寡占状況をつくり、いわば顧客に選択肢があまりない形でサービス契約を進めました。現在は、ジェフリー・イメルト会長の下で、インダストリアル・インターネットと標榜し、参入市場を梃子にソフトウェアビジネス、ビックデータビジネスに転換しようとしています。つまり、相当入念に練られた戦略のもとに、サービス化が進められているのです。サービス化した際には、顧客がそのサービスを無料化するプレッシャーが掛かります。そのプレッシャーをいかにはねのけて自社のサービスの対価を主張するか、それともサービス対価を認めてくれる顧客とアライアンスして、そのほかの陣営を市場の外に追いやるかなど、厳しい戦略の企画とその実行が求められます。
■ではどうするか?
「正直、トップ自身の認識レベルも経営力も乏しい、長年の成果主義のおかげで各事業部の壁も恐ろしく高くて厚い。社員も技術思考で顧客価値、サービスから発想する人は極まれ」このような四面楚歌の状況で、もしあなたが「サービスビジネス推進プロジェクトリーダー」を依頼されたらどうするか。即、断ることが正解です。しかし、サラリーマン稼業ではそう簡単ではありません。何かしなければならないとすれば、どんな方法があるのでしょうか。
①短期で結果を出すプロジェクトから始める
どの企業でも、成果が出にくそうなテーマでは、大がかりなプロジェクトチームをつくり「長期間かかる難しそうな計画」を立てたがります。なぜなら、皆結果が出ないとわかっているからです。賢い人は結果が出ないと本能的に察知すると、様々な調査をし、コンサルティング会社まで使って「なかなか難しい」という結論を出し、次へバトンタッチします。
一方、組織とは面白いもので、小さくても質の高い成果が出始めると「あれは俺が初めに発想したんだ」「俺が手伝ったからだ」という人が出てきて、多くの人がプロジェクトに関わってくれます。その結果、短期で成果が出ます。製品事業のサービス化は難しいテーマには違いありませんが、開発、設計、生産、営業が組織横断的に、コアとなる一社に短期間集中すれば、小さくても必ず成果が出るはずです。退路を断った、成果を出さなくてはいけない状況に追い込むのです。例えば「中堅得意先A社に対し、製品ビジネスの5%のサービスビジネス契約を、90日以内に契約する」といった成果目標を設定し、その成果を出すために何をするかを考え、即行動してみるのです。このようなプロジェクトを弊社は「ブレークスループロジェクト」と呼んでおります。(参考:「90日で必ず目標達成するリーダーになる方法」 高橋 透 著 SBクリエイティブ)実行が難しそうなテーマは、成果を出すことをやや先行させ、戦略や計画から入らない方がよいのです。
②アライアンスによる事業体質転換
人や組織とは、過去の成功体験からなかなか抜け出せないものです。それが普通です。その成功体験が大きければ大きいほど、頑なです。今の50代、60代の経営者は、高度成長期後期の「モノづくりだけやっておけば世界一」という時代に強烈な成功原体験を持った人がほとんどです。そういった人がトップにいる企業に、サービスイノベーションを行えと誰かが言ったところで、まず無理です。
そこで「他社とのアライアンスを仕掛ける」という後戻りできない方法があります。業務提携だけでなく、ジョイントベンチャーなどの資本提携も含めた包括提携が望ましいと思われます。アライアンスの成功のポイントは、過去の成功体験を持った古い体質の経営者のガバナンス(経営統治)を外すことです。簡単に言えば、口出しできない「出島」をつくってしまうのです。
「モノのインターネット」と言われていますが、製造業であれば相性の良さそうなITソリューション企業と合弁事業をつくることや、部品事業であれば、ソフト、ソリューションサービス事業者とアライアンスや合弁事業をつくることです。しかし、アライアンス事業を創りだすことやそれを運営することもまた困難が伴いますので、その知識やノウハウが必要になることも忘れてはなりません。
③社内ベンチャーを立ち上げる
サービス事業化の独立採算性がありそうであれば、社内ベンチャーとして本体から切り離し、別会社にすることが良いと思います。これも出島戦略の一つのバリエーションかもしれません。別会社にする際に、アライアンスを見込める企業からの投資を受け入れ、本体のガバナンスから少し離れる形もよいと思います。独立した社内ベンチャーにするメリットは、採算性を意識するため、あいまいなビジネスモデルが許されず、経営としての規律が働くことです。本体との関係も公式の商取引となり、利害が明確になります。
また、いくつかの会社で実際起こっていることですが、本社社員に社内ベンチャーの公募をかけると、多くの優秀な社員が応募することです。将来のある若手はいくら老舗会社の本体事業であっても、明らかな斜陽産業に埋没し、時代錯誤の経営者のマネジメントの犠牲になるのを嫌います。しかし転職にはリスクが伴い、人間関係という財産も失います。その点、転職よりも社内ベンチャー公募の方が安全ですし、事業が成長していて成功の確率が高いとなれば、応募します。本社からの優秀な社員の移動が止まらないという優良子会社の話も聞きます。また、会社を別にすると人事業評価制度なども変えることができ、業態に適した諸制度をつくることができ、競争環境を整えることができます。
以上、製品(ハード)ビジネスのサービス業化のいくつかの変革方法を述べましたが、日本の製造が掛け声だけの「サービス化」を脱し、競合と比較して断トツな顧客価値を創りだす企業にイノベーションすることに、我々も一サービス業として知恵を絞り、行動していきたいと思います。