高利益を達成するための生産財マーケティングとは(2)
弊社は12月決算でまた年末に各種プロジェクトが重なったこともあり、昨年の末はバタバタとしたスケジュールをこなしておりました。仕事納めをして正月休みになり、改めて自社の通年の業績を眺めながら、そもそも売上や利益とは何かと考えておりました。
それらは会社とそこで働く人が存続するために必要なものなのですが、売上があがるということは市場・顧客が自社の提供する製品・サービスの価値を認め、対価を払ってくれたのであり、市場からみたときの自社の存在価値があることの証明でもあります。自社の社会における存在価値を図る指標ともいえます。利益があがるということは社会的存在である公器としての自社が、組織外から調達したヒト・モノ・カネといった経営資源をうまく活用して、付加価値を生み出したということです。
これは、組織の個々の能力と個と個のチーム力の全体の指標といったところでしょうか。プロサッカー選手が最終成果である「点数」にこだわって全力をつくし、振り返りを行い、トレーニングを続けていくように、会社組織もトップだけでなく全メンバーが売上や利益という指標にもっとこだわる。その数字を通じて、自分達のパフォーマンスを振り返り、レベルアップのための不断の「トレーニング」をし続けることが必要なのだと思った次第です。このプロセス自体を組織全体が楽しめるようになることが理想の状態なのかもしれません。
IoT(Internet of Things)やグローバル競争などの潮流の中で、製造業のビジネスモデルもハードとソフトの組み合わせ、国を超えた異業種連携など、どんどん変化していきます。ご承知のように、優れた技術・製品=高い売上・利益は昔のようには成り立ちません。売上や利益が伸び悩んでいるとしたら、それらの「指標」を通じて、変化する事業環境に照らして自社事業の足りない部分をバランスト・スコアカードのフレームワークなどで俯瞰的に洗い出す反省の機会とし、次はよい「点数」をとるため組織のトップもボトムも粛々とトレーニングしレベルアップしていくことが必要です。
さて、前回(2014年10月22日)のコラムでは、高利益を上げるために生産財メーカーがおさえるべきマーケティングの7つのポイントのうち『1.高い利益率の期待できる事業課題・ニーズの「存在」の探索』と『2.高い利益率の期待できる事業課題・ニーズをもつ顧客を探索して「束」にする』について考えました。
今回は『3.マスカスタム製品の市場ポジション』について考えてみます。
高利益を上げるため顧客事業において重要であり、かつ複数の顧客に対して共通の事業課題・ニーズにフォーカスして製品を企画開発していくことになりますが、このアプローチは多くの日本の生産財メーカーにとって重要なポジションではないでしょう。生産財メーカーが利益をあげる上でのポジションには、大きく3つあります(図2)。
1つ目は、図2の左側の特定顧客企業に向けた「カスタマイズ製品」をつくるポジションです。オフィスビルやプラント、造船などが挙げられ、建設会社やエンジニアリング会社の領域であります。大型製品を長いスパンに渡りつくっていくので、参入するためには高度な技術・ノウハウが必要となります。
このポジションは基本的に一定量のロット数をつくらないと採算のあわないメーカーには向きませんが、このポジションを意図せずやってきてしまったのが従来の日本の多くの生産財メーカーではないでしょうか。たまたま声の掛かってきた顧客ニーズに合わせて製品をつくり込む。しかし、つくり込みをしすぎて他の顧客に売ろうとしても売りにくい。また次に声をかけてきた顧客のニーズに合わせて、また製品を作り込む。そして他の顧客に売りにくい。これを繰り返した結果、横展開できない豊富な製品ラインナップとなっているのです。
2つ目は、図2の真ん中の、ある一定ボリュームの顧客「群」をターゲットとし、顧客「群」の重要ニーズを充足する製品をつくる「マスカスタム製品」のポジションです。顧客企業の重要ニーズを充足するために高価格設定が可能な一方、顧客数のボリュームもあるので、コスト低減を図れるポジションです。うまく売上とコストとのバランスをとれば、利益を大きくとれます。国内で高利益をあげている生産財メーカーがとっているケースが多い戦略です。
3つ目は、右側の多くの顧客企業向けの「汎用製品」をつくるポジションです。メモリやMPUといった半導体、石油・化学、木材などが挙げられます。スピーディかつ大量に製品を生産・供給できることが必要になります。大規模な投資をスピーディに行う意思決定力と、コスト競争力が必要です。多くの日本の生産財メーカーの場合、「汎用製品」ポジションでの勝負は、投資規模の大きい中国など東アジアをはじめとした海外マーケットにおいて、グローバル企業相手に困難でしょう。現実的には、「マスカスタム製品」ポジションにフォーカスした戦略を基本的にとっていくことが競争戦略として有効と考えられます。
このようなポジションをとった有名な成功事例としては、ファクトリーオートメーション向けセンサーを製造・販売しているキーエンスが挙げられます。マスカスタマイゼーション戦略を軸にして、営業利益率40%台という驚異的な数字をたたき出し、豊富なFCF(フリー・キャッシュフロー)で自己資本比率は90%以上。海外展開も加速させており、国内市場と同様上記戦略で海外売上比率を40%以上まで高めています。時価総額は売上規模7兆円の東芝(キーエンスの売上の30倍程度)よりも大きく、海外の投資家からの評価も高いといわれています。キーエンス以外にも業績のよい生産財メーカーは、マスカスタマイゼーション戦略をそれぞれ工夫しています。例えば、SMCやディスコ、安川電機、アマダなどです。
1つ目の「SMC」は、空圧機器メーカーです。顧客からの特注品要求には基本「ノー」といわない方針です。毎月2,000件の特注品に対応しており、顧客の駆け込み寺となっています。特注品に対応するため、設計設備・生産設備を2倍もっているといわれます。特注品とともに、顧客の「旬」の情報も届き、社内に蓄積される。それが積もっていくと「標準品」に転換される。情報が蓄積されると、どのポイントさえ押さえれば売れるか分かるようになるプロセスができ上がります。設計や生産のプラットフォームがしっかりしているので、顧客から情報収集して技術を磨きながら、標準品に転換している。それによって営業利益30%を達成しています。
2つ目の「ディスコ」は、シリコンウエハ加工機器メーカーです。ウエハのテストカット専用の顧客向けラボを世界各地にもっています。50台以上の装置と3,000種類以上の砥石があり、顧客の多様な相談に対応できる体制をとっています。数ヶ月先まで予約いっぱいという状態で、年間4,000以上のテストカットに無償で対応しているのです。自社が顧客ニーズを伺いに多様な顧客のところに赴くのではなく、顧客が自社に集まる仕組みをつくることによって、複数の顧客ニーズをスピーディにつかみ、標準的な製品開発につなげて、高い利益をあげているのです。
3つ目の「安川電機」は、産業用ロボットメーカーです。若手設計者でも設計を行えるように、設計のデータベースを充実させています。これにより、個別の顧客ニーズに対応する際にも、できるだけ汎用的にする体勢をとっています。「外専内標」を方針としてもっており、顧客からみたら専用化しているように見えますが、社内では標準品に近い開発プロセスを確立しているのです。
4つ目の「アマダ」は、国内で金属加工機械のトップクラスのメーカーです。以前は「デモカー商法」といって、顧客のところに工作機械をトラックで運び、実際にデモ加工する営業展開をしておりました。その後、製品ラインナップが増えると自社に常設展示場をつくり、各地の営業担当が顧客をお連れする方式に転換。宿泊施設も用意して密に接客し、顧客との関係性を強める。それにより、顧客の潜在的な重要ニーズを効率的に吸い上げ、製品開発を行うプロセスを構築しています。
ビジネスの市場ポジションの検討にはいろいろな軸の取り方がありますが、利益を考慮しながら汎用とカスタマイズのバランスがとれるポジションを確保するという考え方は、戦略検討において重要です。そして、マスカスタムを実現するためにとった仕組みの工夫も重要です。
次回コラムでは、7つのポイントのうちの『4.「束にした顧客群」毎のマスカスタム製品のコンセプト企画』について考えていきます。