同僚・上司が外国人になる日
昨今注目されているグローバル化の議論において、職場でのグローバル化が話題にのぼるようになりました。英語で会議を行う企業があるかと思えば、採用の80%を外国人にすると公言する日本企業も現れました。
一口に職場でのグローバル化と言っても、条件により状況が全く変わるかと思います。
まずは業務プロセス、人事制度など組織構造を含めて会社全体をグローバル化するケースがあります。この場合は経営層、意思決定者が外国人を含む場合がほとんどです。一方で、日本企業という傘の下に日本式の組織や評価に同意の上で入社する外国人を職場に配置する場合もあります。これは、自分たちの慣れ親しんだルール基盤の上で外国人と接するわけですから、受け入れる日本人側のメンタリティ、価値観、仕事のやり方を無理に変える必要はないでしょう。問題は、前者の場合です。
労働人口の減少、経済のグローバル化に対応するためにはもちろん職場のグローバル化は必要なことだと思われます。あるいは、自分の意に反して会社がグローバル企業になる場合もあるでしょう。今回のコラムでは、業務を遂行する立場の人間から見て、グローバル化する職場において「個人に求められるスキルとは何か」、「組織として対応すべき課題は何か」という2つの視点を中心にお伝えできればと思います。
■個人に求められるスキル
コミュニケーションツールとしての語学力
グローバル化と同時に話題になるのは「グローバルリーダー」であり、どのような要素を持っていることが重要か、ということが焦点となります。その一つが語学力(英語)です。以前であれば「グローバルリーダー」とは、トップマネジメントのポジションを指していたでしょう。そしてトップマネジメントレベルの方たちにとっては、お互い英語が話せる、専属の通訳がつく、実際のオペレーションをされていないため必要性が無い等の理由により、問題はあまり大きくないかと思われます。ところが、現場がグローバル化するということは、実務レベルの人材にとって日々の仕事に関わりますから、ある意味死活問題となります。
例えば、語学ができない人が周りにいる場合、できる人が通訳・翻訳をすることになり、業務の多くの時間をそのために割くことになります。そして、語学ができる人とのコミュニケーションが必然的に中心となり、語学ができない人にとっては、発言のチャンスまでも減っていくこととなります。実務レベルで意思疎通ができないまま仕事を進めることは難しいため、語学ができないということは実務上かなりのマイナスです。
キャリアという側面で考えた場合は、もっと深刻かもしれません。語学ができないということはポジションが限られてきてしまいます。結果、将来のキャリアが狭まってしまい、当然上のポストを狙うことは難しくなってしまいます。ましてや、ライバルは日本人だけではありませんから。
コミュニケーション力
コミュニケーション力といっても様々な要素があると思いますが、まず自分の意見をはっきりと述べるということは非常に重要です。これは、単に同僚に対してだけではなく、上司に対しても同様です。非常にシンプルに聞こえますが、日本人にとっては意外に難しいことです。最近の話ですが、役職がない者が部長と直接話をしようとして怒られたということを日本の企業で聞いて驚きました。私の場合は、日本式のまま、フランス人の上司に対して彼の話を黙って聞いていると、「秘書ではないのだから意見を言わないと駄目だ」と逆に怒られたことがありました。西洋人の考えでは、何も言わない人は自分の意見やアイデアが全く無い人、つまりあまり重要でない人というように判断されてしまいがちです。更に、マネージャーレベル以上の職についている場合、性別も関係なく、そのポジションに求められる行動を取ることが期待されているので、発言することは必要不可欠です。
二つ目の要素として重要なのは、これは常識だからとか、きっと察してくれるだろう、という前提や期待を忘れ、一から十まで全て明確に説明することが必要です。それも外国語で・・・。説明を十分にしないと、後から誤解が生じていることが発覚し、業務に支障をもたらす場合が多いと思います。例えば、以前海外の同僚・外部ベンダーとシステムを構築するプロジェクトの時には次のような問題がありました。システムの試作品が出来上がり、テストをしてびっくりです。なぜなら、日本のベンダーだったら言わなくても当然、あるいは常識として組み込まれるべき機能が、全く含まれていなかったのです。日本のベンダーに頼む場合と違い、海外のベンダーに依頼する場合は全て要件定義書に明記しなくてはならないという基本的なことを体験することとなりました。
別の例として、現在の仕事のプロセスについて問われる場合があります。自分が関わっている仕事であれば当然のように、関連する情報全ての説明を自分一人でできなくてはなりません。残念なことに日本の企業でしばしば見受けられるのは、質問をすると複数の人の意見を総合しないと回答が得られなかったり、明瞭な答えが返ってこないということが少なくありません。そのためか、何か隠しているのではないかという不信感を覚える外国人も少なくありません。
三つ目の要素として重要なことは、反対意見やアイデアを聞き入れ、討論し合うというコミュニケーション力です。一つ目と二つ目は、自分から発信するという一方向からのコミュニケーション力でしたが、これは双方向からのコミュニケーション力です。当然、方向性や決定事項がその場で大きく変わることもしばしばあります。話し合いにより方針や決定事項が変わった時点で、再スタートをするというマインドの切り替えはあまり日本人が得意とするやり方ではないかもしれません。日本人の場合は、事前に関係者に説明をし、ある程度の同意を取った上で会議なり話し合いに臨むというスタンスが多いのではないのでしょうか。その後の進み方は日本式の方がとてもスムーズですが・・・。
四つ目のコミュニケーション力の要素は、仕事以外の知識や話題を持つということです。仕事で付き合う人とのコミュニケーションは仕事の話だけとは限りません。外国人との会話では必ず日本のことを聞かれます。食べ物や習慣といったことだけではなく、政治や社会情勢など様々な分野に渡ります。驚くべきは欧米人の知識の深さです。自分の国の歴史だけではなく、日本の歴史や芸術にも造詣が深い人も少なくありません。日本人である自分の方が日本について知らないことも多く、もっと勉強しないといけないと痛感することがよくあります。企業の中で、高いポジションに行けば行くほどこの傾向が強いのは、仕事での付き合いの中で、コミュニケーション力を求められる機会が多いからでしょうか。
変化への適応力
コミュニケーション力、語学力の次に、グローバル環境下で働く場合、変化への適応力が重要視されます。マネージャーの資質は、変化に対して柔軟な姿勢を持っているのか、チームに対して変化を奨励するような環境づくりに取り組んでいるのか等、あらゆる角度からの「適応力」の有無によって評価されます。
一生同じ企業で勤め続けることが多い日本人の場合、変化に触れる機会が少ないためか、変化についていくことが困難なケースが多くみられます。仕事のやり方にしても、入社以来他のやり方に触れる機会もなかなかありません。そのため、「変えなくてはいけない」という発想も思いつかない場面が多いようです。もしくは入社当時は違和感を覚えたとしても、時が経つにつれて当たり前として受け流していってしまいます。それ故業務変革をせざるを得ない状況になっても、他の経験を知らないためどのように変えていくべきかというアイデアにも乏しいようです。もっとも、製造ラインにおける「改善」は日本企業の得意とするところですから、これは本社に限定される課題なのかもしれません。
グローバル組織では、人が流動します。人が代わるということ、同じ文化を持っていない同僚と働くということで、多かれ少なかれ常に変化が発生するということです。新しい文化や価値観の発見がある一方で、異なった文化や価値観に適応することが求められるという訳です。
このような経験は外部研修を受けるということでも体験できると思います。社内で講師を招く、もしくは社内人材のみを対象とした研修だけでなく、外部で他企業の人と交えるような研修に参加することで刺激を受けることができるのではないのでしょうか。
■組織として取り組むべき課題
ここまでは「個人」に求められるスキルのお話でしたが、ここでは「組織」として取り組むべき課題についてお話したいと思います。
標準化・マニュアル化
グローバルな職場では、英語で書かれたマニュアルやプロセスの標準化が準備されている必要があります。英語で書かれているというのは、当然日本語ができない人のためですが、プロセスの標準化というのは、異なったバックグラウンド・文化を持った人たちが一緒に働く時に、その摩擦を軽減することに寄与します。日本企業の場合、一生を同じ企業で過ごす従業員が多いためでしょうか、ナレッジは全て各々の頭の中というケースも多いように見受けられます。全てを知っている人が居なかったり、人によって定義が違ったりすることがあり、色々な人に訊ねないと正解になかなかたどりつけません。今までの歴史を知っている人が居ないと過去になぜそうしたのかということもわからないのです。マニュアルや標準化されたプロセスが存在しない場合は、正しいプロセスや定義を探すことにかなりの時間を費やし、時間とナレッジのロスになります。旅費精算一つをとってみても、日本人の同僚の手助けなしには進まないということも起こってきます。
結果として人に仕事がついて行くため、人材の流動化も難しくなってきます。日本企業の場合、Job Description(職務明細書)が明確に決められていないことにも原因があるのかもしれません。
また、人事面の標準化で考えた場合、人事考課におけるコンピタンスの評価基準はある程度の指標が必要かと思われます。文化の違いにより感じ方が多少なりとも変わってくる可能性があるためです。例えば、職務遂行にあたり、日本の場合は結果に到達するまでの過程も重要で、特に報告を上司や部下に適切に行ったかといった点を評価の考慮に入れます。ところがグローバルな環境下では、過程は全くといっていいほど気にしません。結果に到達するまでの過程は各人の裁量に任されており、結果の方が重要視されるからです。チームワークも同様です。協調性や情報を共有しているかということでチームワーク力が測られる日本と違い、目的を達成するために人を巻き込んでいく力があるかどうか、違いというものを認めることができるかということの方が評価が高いとみなされます。
このように、文化の違いにより評価基準が異なるという例が発生します。グローバルな職場においては不公平感が無いように、人事評価の仕組みも標準化と透明性の構築がポイントです。
日本人の強みを活かしたグローバル化のしくみ作り
日本人の長所を活かした職場という意味では、協調性や勤勉さを前面に出した仕事のやり方が重要視されます。ものづくりの現場ではまさに擦り合わせ型による比較優位で発展してきました。これを可能にするためには、日本の企業に力があり、個人対個人というよりは会社の傘に守られて、自分たちに優位な立場でマネジメントすることができる場合です。
しかし、グローバル環境下での教育を受けていない日本人にとっては、多くの場合においてはグローバル標準というものに適応しなくてはならず、かなりのチャレンジが必要となるでしょう。彼らをマネジメントすること自体大変ですが、日本人従業員の居場所の確保ということだけを考えてみても難しいのではないのでしょうか。また、全てにおいてグローバル化することが日本企業にとってベストプラクティスなのか疑問が残ります。
以前、フランスのビジネス雑誌でフランス人労働者がトヨタの工場で働くことに満足しているという記事を目にしたことがあります。フランスにある工場ですが、100%日本式のやり方であるにもかかわらずです。フランスでは、工場の労働者と幹部とではいろいろな面で差があり、大きな違いが見られます。ところが、トヨタのフランス工場の場合、管理職かそうでないかに区別なく、従業員の家族にまで同じ医療手当を適応し、社宅を提供すること等により、この工場が地域で1番の工場に選ばれたというような内容の記事でした。
つまり、日本人、日本企業特有の強みを活かしたグローバル化とは何かを熟考した上で実行していくことが大切であり、日本の優れている面をグローバルの標準化に押し上げていくことで優位性を保つという考えを持ってグローバル化を進めていく必要があるのではないのでしょうか。
■最後に
グローバルな職場で業務を行ってきた立場の人間として、垣間見られる必要なスキルと課題についていくつかの事例と共に紹介させていただきました。グローバル化において、まず個人として語学力、コミュニケーション力、適応力を修得する必要があります。また組織としては、業務の標準化とマニュアル化、日本企業及び日本人特有の強みを活かしたグローバル化の考察が課題だと考えます。といいますのもグローバルな職場で働いていて感じることは、日本人は優れているのに実力を十分に見せきれていない、外国人の中では目立たない存在に甘んじてしまうことにより、実際よりも評価が低く見られてしまっているからです。良い意味でのしたたかさやずる賢さを持ち、グローバル化が更に激化する中で、日本企業や日本人材が世界で活躍できるよう、早急に取り組む必要があるのではないでしょうか。
小野 香織 (おの かおり)
所属・役職
マグ・イゾベール株式会社(サンゴバン株式会社より出向)
ファイナンス部 コントローラー
略歴
上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、丸紅株式会社入社。
エセック経済商科大学院大学(ESSEC)にてMaster of Science in Management取得。
帰国後、日本ミシュランタイヤ株式会社、サンゴバン株式会社を経て現職。
商社にて欧米企業との輸入業務に携わる。
外資系多国籍企業にて、多国籍の同僚とシステム・業務プロセス改善プロジェクトをアジア地域代表部レベルで数多く経験。