なぜ新規営業がうまく進まないのか?
■新規営業はなぜうまく進まないのか
「新規目標に対して達成率10%」「新規営業の開始が半年以上遅れた」「既存ビジネスの売上減を新規営業でカバーしきれず前年比10%の減収」。新規営業、ここでは既存製品の新規顧客への営業、または既存顧客への新製品の営業を意味するが、多くの企業でその業績結果は惨憺たるものである。
東日本大震災、世界経済の落ち込み、業界全体の低迷、日本の人口の減少、中国はじめ新興国の台頭などなど、いくらでも言い訳の材料はある。しかし企業経営は、市場競争で負け、縮小し、キャッシュフローがまわらなくなれば、それですべて終わりなのである。営業組織はビジネスの結果を直視する最前戦にいる。
コンサルティングの現場で新規営業の実態を冷静に見ていると、いくつかの問題点が浮かび上がる。
1つめは「リソース不足で成果に達しない」ことである。設定された目標に対し人、モノ、カネのリソースが圧倒的に不足している。高い目標とリソースとのギャップは、経営者はじめ営業部門幹部に問題がある。戦略に対する経営者の本気度、責任感は経営資源の投入具合でわかる。経営資源投入の意思決定の結果と課程をみると戦略思考の緻密さのレベルも推測される。また経営資源に対して高すぎる目標を受ける現場の部課長の「責任認識」と「現状把握力と計画力」のレベルもわかる。マーケティングの通説であるが「既存顧客を維持するコストに比べ、新規顧客を開拓にするには11倍のコストがかかる」と言われる。その数値の正しさはともかくも、新規営業は既存取引の維持に比較して、数倍のコストがかかることは間違いない。新規営業を行うのであれば、集中したリソース投入が必須である。
2つめは「競合との製品・サービスの格差化が不明確」であることだ。競合製品・サービスとの基本コンセプトやそれを表すスペックがあまり変わらないまま市場投入されることである。中には競合ベンチマークさえ不十分の場合もある。またたとえ競合ベンチマーキングをおこなったとしても、表に見える製品・サービスだけをベンチマークし、競合の技術力、設計力、生産力などの潜在能力の把握ができていないこともある。その結果、参入後に予想外の苦戦や撤退を強いられる場合も多い。新規参入とは競合並みの製品・サービスをつくり販売するのではなく、競合よりも優れた製品、サービスを市場に投入することである。
3つめは「顧客をよく理解していない、研究不足」であること。顧客の理解とは、単に製品を使用する現場のことだけでなく、顧客の持つ経営・事業戦略、さらには顧客を取り巻く事業環境、そして顧客も予想していない市場シナリオや戦略シナリオまでも把握していることである。顧客の盲点、顧客が知らない事象から、顧客の業績に大きなインパクトを与えることを予測できるからこそ、顧客に対して優位性を持ち、交渉力が出てくるのである。単に顧客の要望に答えるだけであれば、そこに価格交渉が待っているのは当然である。
4つめは「新規営業をやらなくても許されてしまう」実態である。上から降ってきた非現実的な営業目標、それに対して経営資源の投入も不十分。しかも多くの担当者は新規営業の経験もない。実は組織全体が新規営業に対して現実感が全くないということが多いのである。「やらなくても許されてしまう」は大変危険である。“無責任の病原菌”が営業組織全体、会社全体に蔓延し、組織の規律が乱れてくる可能性があるからだ。またさらに非現実的な目標設定とその未達を繰り返し、その結果はびこる無責任体質は、さらに非現実的な目標やビジョンなどの大きな計画をつくることにつながり、一種「戦略計画バブル」といった現象が数年続く。そしていつしか事業は破綻し、撤退、解散となる。
■新規営業の問題の根本原因はいったい何か?
このような新規営業の問題の根本原因はいったい何か?企業のなかでは心ある多くのビジネスリーダーが悩んでいるが、その原因は実は極めて単純明快なことにあることに気づく。
それは、「新しいものにチャレンジする文化が薄れてきていること。経営者も含め新規営業の経験者が少ないこと」。すべての会社には創業期がある。その創業期には、一人またはごく少数の人が、極めて困難な「新規営業」から仕事を始めていたはずだ。そこではすべてのことが新しいことに対するチャレンジであったはずである。しかし会社が大きくなり、市場も順調に成長する中で、新しいことに対してチャレンジすることはほとんど語られなくなり、また実際のチャレンジも少なくなった。そのうち市場が低迷し、リスクが高くなり、ますます新しいことにチャレンジする人は少なくなる傾向にある。人事制度の成果主義導入の行き過ぎからか、新規営業、新規事業にチャレンジして成功体験をもつ役員が、“実は一人もいない”ことも少なくない。これでは「新規営業」は進まないのも当然である。新規営業の精神、理念が薄まっている。ここに「新規停滞」の本質的な問題がある。
また社員の方にも、いつからかおかしな名門意識が根付いてしまったためか、「新規営業はやらなくても何とか生きていけるだろう」という楽観論が存在する。しかし、多くの人は仕事で怠けているわけではない、むしろ多忙である。そこが問題なのである。「多忙感」「繁忙感」は人間の危機感、ひいては創造力、構想力を退化させる麻薬である。今日の業務が多忙なことに小さな充実感を感じてしまい、未来の大きな達成感を放棄してしまっている。単なる怠惰から出ている楽観論ならば単純な話だが、今の延長線に未来はあるだろうという本質的に間違った意識、思考、行動に基づく根強い問題だけに解決は簡単ではない。
そのような多忙感、繁忙感に拍車をかけているのが「無駄な会議、書類づくり、雑務、手続きが多い」ことである。私の印象であるが、まじめで優秀な社員を持つ企業や組織ほど「過去に決めた制度やきまりを捨てないで、新たな難しい制度、決まりを導入し、何とかこなしてしまう」傾向がある。本社であればそれも可能かもしれないが、営業の最善線では、正味営業時間は間接業務に浸食され減少する。また間接業務を効率的にこなすワークスタイルの変更の努力も少ないことも問題として挙げられる。
■まず原点に帰って考える
本田技研工業株式会社の創業者本田宗一郎氏は生前「チャレンジして失敗することを恐れるよりも、チャレンジしないことを恐れろ!!」とおしゃっていた。新規営業の基本精神もこの本田氏の言葉にあるのではなかろうか。
仕組みや手法、トレーニングも大事であるが、まずは企業や組織、具体的にはそこで働く個々人に、新規営業、新しい事にチャレンジする理念、フィロソフィを植え付ければならない。新規営業がうまくいかない企業や組織では、その意識合わせがほとんど行われていない。言葉や文章だけでは説得力がない。経営トップや幹部、管理職自身が自らやってみせ、現場を巻き込み、体験させることを通じて説得する必要がある。
本田技研工業では、経営戦略としてプライベートジェット機事業を手がけ、またロボットの「アシモ」に本気で挑戦している。その結果直接その事業に関わっていない社員であっても、そのチャレンジ精神を日常の業務の改革、改善にぶつけ、経営が真に活性化するよう努力している。本田のチャレンジ精神はまさに経営の理念、フィロソフィそのものと言える。
すべての企業には創業時に「非常識とも言えるチャレンジ」があったはずだ。その精神に戻り、また現在や未来に置き換え、その理念、フィロソフィを広め、浸透させる、具体的な実践行動がなくてはならない。
■新規営業や新しいことにチャレンジすることを企業文化にする
新規営業を成功させるには、「新しいことにチャレンジすることを企業文化にする」ことが前提になる。「新しいことにチャレンジすること」には3つが挙げられる。
1つは「新しいことにチャレンジすること」を実践しつづけることで「非常識と思える新しいことに チャレンジし失敗、成功した経験者」を数多く生み出すことである。正確に言うと「失敗」という概念は無く、未来の成功の材料なのである。実際新規事業、新製品、新規営業の成功の要素を確認してみると、その多くは過去の「失敗」からの学習である。重要なことは、他社よりも、成功の要素となる学習を質、数ともに蓄積することと言える。
2つめは「すべての業務で新しいことにチャレンジする習慣」を組織全体に広めることである。「私は本社管理部門だから新しいことに触れることはありません」という意識では本社スタッフは務まらない。開発や営業の最前線はもちろん、本社もそれ以上に、新しいことにチャレンジしていなければ、会社を革新することはできない。新しいことへのチャレンジは今いる職場でこそ実践すべきである。
3つめは「新しいことにチャレンジし続けなければ生きていけないという危機感」を常に持つことであろう。未来の繁栄とは「危機感との共存」である。そのためには、目を社内にむけるのではなく、世界の経済社会動向、他業界、自社の業界、競合、顧客など意識を外に向けておくこと、それから自社、自分の実力を認識し、そのギャップを直視することだ。そこから「こうしていられない」「今がチャンスだ」「自分なりに努力すれば可能性があるかもしれない」という危機感、つまり「危険」と「機会」がみつかる。
■新規営業を実践するための鉄則
これまでは理念、フィロソフィ、企業文化といったことを述べてきたが、新規営業を実践するためにはどのようなことが重要なのかを、具体的に述べていきたい。
①無駄を省き時間の余裕をつくれ。仕事の30%以上は新規営業。
まず新規営業に投入する時間は、大まかに言って30%は必要である。30%という数字は個人別でもよいし、組織単位でもよい。つまり一営業担当の時間の30%である場合もあるし、新規営業の専任担当が数名いて、組織全体として30%新規営業に投入するといったケースでもよい。分担は市場特性、事業特性に応じて戦略的に検討すべきである。
比率も30%というのは一つの目安に過ぎない。状況に応じて40%あるいは50%
などと比率を戦略的に考える。大事なことは、相当な時間、人的リソースを新規営業にあてなければならないということであり、そのためには無駄な仕事を徹底して排除することが必須である。一度職場全員で集まって無駄な業務のリストアップを行ってみるのもよい。全員が無駄と思う業務がいくつも出てくる。全員が無駄だと思う業務は即やめるべきである。そのような業務改善を重ねて、新規営業の時間を創造する。
②生き残りをかけて人、ノウハウ、技術の経営資源を集中投下せよ。
新規営業の最大の問題の一つに、機能部門が既存の事業に資源を優先的に配分して、新規に資源が投入されないことであることは前にも述べた。それを防ぐには、生き残りをかけて戦略的に人、ノウハウ、技術などの経営資源を集中させること、思い切って新規営業に経営資源を傾斜させることである。具体的には営業部門を起点に、設計、生産、物流などの各機能部門の経営資源を投入し、事業として統合していくことである。
ここで重要なのが、事業トップ、各機能部門のトップ、キーパーソンを徹底的に巻き込むことである。事業としてあるべき姿のデザインとその共有、そして上からのトップダウン、さらには横や下への巻き込みが必須である。ここで手を抜いては先には進まない。
③平均値にだまされず、顧客の現場、実態をつかめ。
顧客や市場を把握する上で重要なことは、平均値にだまされず、自分の足でまわり、目で確認することである。市場全体の成長率がたとえマイナスであっても、その中身を詳しく見ると成長分野がいくつもある場合もある。また特定の顧客だけが一人勝ちして、高い成長率を確保している場合もあるし、その中でも特に売れている製品、サービスが存在する場合もある。市場縮小は、市場を寡占し、残存者利益を獲得するよいチャンスとも言える。市場や顧客の実態を把握するには、データベースなどの2次情報ではなく、自身のホットなネットワークによる直接情報が重要であることは言うまでもない。そこでネットワークが重視される。
④つねに逆転の発想をもて。人の考えないアイデアを出せ。
昨今のような世界的な景気後退時には、市場の実態を直接把握した結果、悲観的な情報しかなかったという場合もある。そこで大事なのが、「逆転の発想」「独自のアイデア」などの発想の転換である。競争優位は、競合の追従からは生まれない。自社の強みを起点に、顧客、競合、市場環境の変化から脅威を機会に変える、または弱みを強みに転換する発想が大変効果的である。スティーブ・ジョブスのアップルの逆転劇は、アップルがパーソナルコンピューターでの劣勢という状況の中で、「だれでもが自由で創造的にIT機器を使うこと」に企業のDNAを置くアップルが、iPod、iPhone、iPadで事業を成功させてきた。また、かつて長距離輸送に出遅れたヤマト運輸が、創業時からの強みである小口輸送の高いサービス品質をテコに宅急便ビジネスをはじめ、見事成功させたことなど、ビジネスの多くの成功の原点はこの「逆転の発想」にある。
⑤机上で考えるな、行動しながら現場で考えよ。インテリジェンスが大事。
市場の成長が鈍化し、リスクが高まると、多くの企業は計画にかける時間が増加する傾向がある。しかし競争が厳しくなればなるほど、机上の情報では適確な戦略計画を立てることは難しくなる。むしろ顧客の現場に近い情報が勝負となる。競争で有効な情報は、受け身では入手できない。こちらから提案したり働きかけたりしながら、顧客や競合のリアクションを察知し、洞察することで入手すべきものなのである。そのようにして入手した戦略上重要な情報をインテリジェンスと呼ぶ。競争が厳しくなる中で、このインテリジェンスが重要になる。
⑥結果を直視し、ダメなら撤退せよ。生き残りの危機感を植え付けよ。
新規営業をはじめとする新しい取り組みが成果を出すまで、どこまで待つべきか。どこまで赤字を許容するべきか。大変難しい話である。簡単に撤退したのでは、あきらめが早く、勝利のための執念、粘りが無くなる心配もある。しかしいつまでもだらだらやっていると緊張感、規律が薄れてしまう。
この撤退、継続こそトップの判断と言える。正しい答えは無い。狙いがそもそも間違っていたならば思い切って撤退するべきである。しかし狙いは正しいし、今後も何とかしてその市場をものにしたい、しかし今の方法ではうまくいかないということであれば、一旦は撤退を宣言し、反省し、再度別な方法で攻め込むべきである。良くないのは撤退の必要性があるにもかかわらず、同じ方法でだらだらと仕事を進めることである。重要なのは新規営業はじめ新しい事に挑戦する意欲を下げないで、かつ高い緊張感、危機感をもちつつ、うまく撤退または資源投入の継続を進めることである。このようなことは組織のすべてのことを鑑みた経営トップの判断と説得力がものをいう課題と言える。
■メジャー意識を叩きつぶせ
最後に新規営業で大事なこととして挙げたいのが、会社や担当者の心に潜む「自社は品質に優れた日本企業である」「業界トップクラスの会社」「中核事業部門に所属している」という“メジャー意識”である。シェアトップも中核事業も、多くは先人の業績である。大概は自身が自ら築いてきたものではない。またたとえそうだとしてもそれは過去の話である。
新規営業ができず守り一方の企業や組織には、この悪いメジャー意識がはびこっている。悪いメジャー意識とは具体的に、競合他社を見下し、顧客やサプライヤーを軽視し、自分本位でものごとを考えることである。
産業の歴史で変えがたい真実とは、「永遠にシェアトップの企業はないということ」「産業は栄枯盛衰の歴史そのものであること」である。皮肉なことにこの真実にこそ自社の新規営業、新規参入の余地が存在するのだ。従って“叩きつぶすターゲット”とは、“社内そして競合のメジャー意識”ということになる。